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タイ、混迷からの脱出

カテゴリー:アジア

(霧山昴)
著者  高橋 徹 、 出版  日本経済新聞出版社
 私はタイのバンコクに10年ほど前に一度だけ行ったことがあります。仏教を信じる人が多く、おだやかな人々の暮らしが営まれているという印象でした。個人的には、繁華街の路上でフットマッサージをしてもらい、心地良かったことも思い出します。
ところが、そんなバンコク中心部をデモ隊が占領したり、果ては暴動の現場となったり、バンコクとタイへの印象をすっかり変えなければいけない事態が頻発しました。言わずと知れた、タクシン派と反タクシン派の抗争です。激しい政争というのは理解できるのですが、暴力的な占拠や衝突、そして軍部によるクーデダまで起きると、私の理解をはるかに超えてしまいます。
この本は、タイの政治の内情を新聞記者らしく紹介しています。
民主主義のルールを無視し、議会政治をないがしろにした、力任せの「街頭政治」がまかり通ってきたのが、ここ数年のタイの状況だ。
タクシン派は「選挙がすべて」と叫び、国民の多数の支持を受けたという権力の「正統性」を主張する。それに対して、恩赦法案のような多数派の横暴は、権力行使の「正当性」を欠くと反タクシン派は訴える。
タクシン政権の圧倒的な議席数におごった強権的な政治姿勢や不透明な政策プロセス、一族や取り巻きの企業に露骨に利権誘導する金権体質が、官僚や企業経営者、知識人、そして都市中間層など保守勢力の反感を招いた。
2014年10月の時点で、タイに住む日本人は6万4千人。これは、アメリカ、中国、オーストラリア、イギリスに次いで5番目に多い。そして、タイに進出している日本企業は4600社。バンコクの日本人学校(小・中学)は、3000人の小・中学生徒が通う、世界最大規模だ。
外国からタイへの投資額の6割を日本が占める。
日本に来たタイ人は、2013年に45万人、2014万人に66万人。
タイで売れる新車の9割は日本製。和食や日本アニメも大人気。
タイの中心部を流れるチャオプラセ川を一般名詞の「川」と呼んだのが川の名前だと勘違いした。
タイの都市部の識字率は96%。タイが「アジアの工場」として発展したのは、この識字率の高さと無関係ではない。
タイでは華人が積極的に同化することもすすんでいる。現在のタイで、華人への偏見、差別は、まったくない。
1976年、タマサート大学の構内で抗議デモをしている学生たちへ警察隊が無差別発砲して、46人の死者を出した。血の水曜日事件と呼ばれる。その後、森に入った学生闘士は3千人にのぼると言われた。
2001年2月、51歳のタクシン首相が誕生した。漢字で丘達新と書く。警察士官学校を首席で卒業し、警察官となった。副業としてコンピューター関連の仕事をし、ケータイ分野に乗り出し、通信王と呼ばれるほどに成功した。タクシン人気は、農村振興と貧困対策を基にしている。これによって世帯収入の低いコメ農家の多い東北部、北部の有権者に熱狂的に支持された。タイも貧富の格差が大きい。11.1倍。日本は6.5倍。
仏教国のタイでも、最南部の3県では、住民の9割がイスラム教徒で占める。タイでは、クーデターのたびに憲法の廃止と制定を繰り返し、最近も12回目の憲法制定がなされた。
タイでも汚職は状態化している。政治軍人も政治実業家も、汚職体質という点では、同じ穴のムジナだ。
王室の「中立性」が揺らいでしまった。王室は反タクシン派と寄りみられるようになった。
ジャーナリストとしての視点がありますので、概説としてはいいのですが、もっと本質的な突っ込んだ分析がほしいと思わせる本でもありました。
(2015年9月刊。2600円+税)
仏検(フランス語検定試験)の結果を知らせるハガキが届きました。11月に受けた準一級の試験です。予想どおり合格でした。自己採点で87点でしたが、なんと2点も上回っていて、89点です。合格点は73点ですから16点もオーバーしています(150点満点です)。いつも控え目で謙虚な私の性格から自己採点が低かったとつぶやいたところ、「えっ、なんのこと、、、」という反応がありました。つい本当のことを言っただけなのですが、、、。1月下旬に、口頭試問を受けます。難行苦行が続きます。

NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  上村 達男 、 出版  東陽経済新報社
 NHKの籾井会長が今もなお罷面されずに居座っているのが不思議でなりません。
 九大を出て三井物産に入り、副社長にまでなっているので、グローバル人材と言えるはずなのですが、その内実は粗野にして卑、なにかというと怒鳴り散らすという、知性のかけらもない人物のようです。残念です・・・。
 「政府が右と言ってるものを、我々が左と言うわけにはいかない」
 「特定秘密保護法案は成立したのだから・・」
 NHKが政府の方針に反する報道はできないというのは、放送法に明らかに反する。NHKの会長が、そんなことも理解できないとは・・・・。
 籾井会長は、理事全員に日付のない辞表の提出を強要した。それが国会で問題になったときには、理事にカン口会を敷いたが、理事たちが造反して、事実を証言した。
  籾井会長は、人を敵か味方かに分けて、自分を批判する人は、敵だからと受け止める。いかにも単純な二分法なので、これでは議論が成り立たない。
  「不偏不党」「自立と表現の自由の確保」を定めた放送法の精神は、籾井会長とそれに追従する人々によって、危機に瀕している。
NHKの会長は経営委員会によって選任される。著者も3年間、その経営委員12人の一人でした。
従軍慰安婦問題について、籾井会長は、「どこの国にもあったことです」と言い、「日韓条約で全部解決している」と高言した。とんでもない間違いだ。籾井会長は、これを失言と認めるつもりは、今もない。
籾井会長は、人の話を聞けないし、人のいうことが理解できない。だから、議論ができない。建設的なコミュニケーション能力がまったくない。理事が報告書を出しても読まないし、読めない。
今のNHKは、物事をまともに考えている人たちを、何も考えていない人が支配し、結果として、その人たちの人生を好きにもてあそんでいる。
籾井会長は、ふだんからNHKの番組は見ていない。ところが、偏向番組という評価だけは、しっかり認定している。
「俺は宴会は得意だ」。こんなことを籾井会長は言うのだそうです。やり切れませんね。
2015年3月の国会におけるNHK予算の審議においては、それまでの与野党全会一致という原則が崩れて、可否同数になった。実質的には否決されたということ。
日本の文化を世界に発信してきた天下のNHKが、今、泣いています。モミイなんて会長は一刻も早く更迭すべきです。
  
(2015年10月刊。1500円+税)

時を刻む湖

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  中川毅 、 出版  岩波書店
「レイク・スイゲツ」というのが世界に有名なのだそうです。福井県にある水月湖のことです。いった何のことでしょうか・・・。
  「世界一精密な年代目盛り。福井・水月湖。堆積物5万年分。誤差は170年。考古学の標準時に」
  水月湖は、日本海の若狭海岸に位置している。水月湖には直接流入する河川がなく、水深も30メートル以上と深い。水月湖の年縞は、氷河期の寒い時代には1枚が0.6ミリ、その後の暖かい時代には1,2ミリ。これが厚さにして45メートル、時間にして7万年分たまっている。
縞模様は、1枚が1ミリにも満たない薄い地層。この薄い地層は1年に1枚ずつ、きわめて規則正しく堆積したもの。年縞と呼ばれる。
水月湖の底にたまる物質は、春は、珪藻が大繁殖したあと死滅して湖底にたまったもの。夏は、植物プランクトンが死んで湖底に沈んだもの。これは、比較的厚い有機物の層となる。秋から冬にかけては、鉄の炭酸塩が析出して湖底にたまる。このように水月湖の湖底には、季節ごとに違う物質が堆積している。
  水月湖は、周囲を高い山に囲まれているため、日本海の強風が直接吹き付けることがない。多少の風が吹いても、水深34メートルと深いため、湖底の水までかき混ぜることはない。だから、波や風によって湖底に酸素を供給することはない。
  水月湖の湖底には、セ氏4度の水があり、湖底から浮かび上がれないので、湖底は大気から切り離されて酸欠状態になる。そのため、年縞が生物によってかき乱されることもなかった。
水月湖にある活断層は水月湖を深くする方向に作用している。このスピードは、水月湖に堆積物がたまるスピードよりわずかに速い。この絶妙なバランスのおかげで、水月湖は埋積によって浅くなることもなく、7万年もの長いあいだ年縞を形成し続けることができた。
  学者たちは、土の縞模様をひたすら数え、葉っぱの年代をひたすら測り、それらを組み合わせていった。単純だが、それだけに根気のいる作業を何年にもわたって続けたのです。偉いですよね。木の年輪と同じものを垂直の土の縞で明らかにしたというのです。しかも7万年分も・・・。その多大なご苦労に対して心からなる拍手を贈ります。
(2015年9月刊。1200円+税)

FIFA、腐敗の全内幕

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者  アンドリュー・ジェニングス 、 出版  文芸春秋
  71歳の調査報道記者が世界サッカーを統括する国際サッカー連盟(FIFA)を食い物にする、汚いヤミ取引の内幕を暴露しています。
  スイス警察がFIFAの最高幹部7人を逮捕した。その容疑は、1億5000万ドルの横領。
  著者のジェニングスは、1980年代には汚職警察、タイの麻薬取引そして、イタリアのマフィアを調べ上げた。そして、ここ15年は、国際サッカー連盟(FIFA)に焦点を絞っていた。
  FIFAをマフィアと呼ぶのは冗談ではない。FIFAを牛耳るブラッター会長のグループは、組織犯罪シンジケートを共通する要素をすべてそなえている。強くて冷酷なリーダー、序列、メンバーに対する厳しい掟、権力と金という目標、入り組んだ違法で不道徳な活動内容。
ブラッター会長は6つのサッカー連盟を支配している。
ブラッター会長は、ワールドカップが稼ぎ出す何十億ドルもの大金を背景に、巨大な権力を握っている。その権力をつかって209の国と地域を買収する。そして、相手は彼が権力の座を確保できるように喜んで投票する。潤滑油となっているのは、ほとんど無審査の「開発育成交付金」であり、現金で売られる莫大な数のワールドカップ・チケットだ。
  チケットは闇マーケットに流れ、表に出ない無税の利益になる。ブラッターが見返りに求めるのは、投票場での忠誠と会議での沈黙だけ。
  連盟や協会の多くの代表にとって、ブラッター会長は自分たちのお金で買うことのできる最高の会長だ。そんなブラッターを交代させる手はない。ブラッターよ。永遠なれ!
  こんな巨大な国際組織の中で反対意見はめったに聞こえてこない。FIFAは本質的に反民主主義の組織なのである。
  FIFAは2010年に2018年と2022年の開催地を同時投票で決定した。大会の開催地を一度に2回分決めたことは、かつてないこと。10年先のスポンサー権やテレビ放送権の価値を正確に予測することは誰もできないのに・・・。
  ブラッター会長の世界では、「沈黙の掟」を破ることこそ、組織犯罪で最大の罪である。
  この「掟」を破った理事は永久追放される。
ブラッター会長は、役員会の内容をすべて規則によって「極秘」とした。それによって、FIFAのお金を自由に使える。最高級のホテルで贅沢三昧をし、チャーター機で王様のような旅をした。給料、ボーナス、必要経費、車、住宅手当など、あらゆる項目で、自分と家族そして愛人のためにFIFAからお金を絞りとった。
  ブラッター会長は、ほかの役員の同意を要せず、自由に小切手を切ることができた。
  そして、FIFAのお金を、どんな相手にも渡せた。FIFAの規約では、ブラッター会長は、世界のいかなる国の法律の制約も受けないと定められている。
  この本を読むと、サッカー試合って、まるで汚物まみれにしか見えなくなります。スポーツによって健全な精神が養われ、育つどころではありません。早くなんとかしてほしいものです。
(2015年10月刊。1600円+税)

ゴリラ(第2版)

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  山極 寿一 、 出版  東京大学出版会
  初版の「ゴリラ」も読んでいますが、10年ぶりの第2版です。
  著者は、現在、京都大学総長です。アフリカのゴリラ研究の第一人者です。今から40年も前のことに始まります。著者が初めてアフリカの地を踏んだのは、1978年7月のこと。
  ゴリラのメスは、まれにしか交尾をしないし、繁殖には時間がかかる。258日間という長い妊婦期間を経て出産すると、その後、3年間の授乳期間は発情しない。
  マウンテンゴリラは、特殊化した葉食者とみなされた。
  葉食者が果実食者と比べて集団重量あたりの遊動域が狭くてすむのは、葉が果実に比べて大量に、そしてどこにでも得られる性質ももっているから。そして、仲間が増えても、食物が不足することがない。
  父系の会社は、アフリカにすむチンパンジーとボノボなどに知られている。
  類人猿の社会構造は大変多様だ。テナガザルはペア、オランウータンは単独生活、ゴリラは単雄複雌の集団、チンパンジーとボノボは複雄複雌の集団をつくって暮らしている。
  ところが、どれも思春期にメスが母親のもとを離れるという性質をもっている。
  メスが血縁どうしで結束する社会からは、メスが集団間を移籍する社会は生まれない。
  チンパンジーとゴリラの社会はメスの移入を許さない。ゴリラのメスは、一緒に遊動するオスがいれば、メスの仲間がいなくても生きていける。これが母系社会と違うところ。
  母系社会のメスにとって、ともに遊動生活を送るメスの仲間がいることが生存するうえで不可欠。それも血縁のメスであることが望ましい。
  ゴリラのメスは、みずから積極的に移籍している。およそ8歳のころのこと。移籍先で子どもが生まれないと、再移籍することが多い。
  幼児のころから顔見知りの親子や兄弟の間柄にあるオスたちは、ひとつの集団にメスとともに共存できる。
  単独オスは、音を立てずに距離をおいてついて歩くので、気づかれない。メスだけに自分の姿を見せて誘う。若いオスが離脱するときには、まず親集団とつかず離れずして自分の遊動域を拡大していく。オスのほうがメスより集団に未練を残しながら、ゆっくりと去っていく。
  ゴリラは、ニホンザルと違って、力の劣る相手に自分の採食場を譲ることがある。そして、食物を譲るときにも、必ず地面や膝の上に落としから相手にとらせる。口や手で渡すことはしない。ゴリラは相手と直接かかわるのを避け、なるべく接触しないようにして対等につきあおうとする傾向が強い。
  こんなゴリラの生活習慣って、本当に人間とよく似ていますよね。そのゴリラが、アフリカで絶滅の心配があるといいます。森林がなくなり、戦争し、人間が病気をもち込むからです。みんな、私たちにはね返ってきます。
 ゴリラ、チンパンジー、サル。本当に面白いですね。観察するのは大変だと思いますが、ぜひ引き続きたくさんレポートしてほしいものです。
(2015年8月刊2900円+税)

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