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半導体有事

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 湯之上 隆 、 出版 文春新書
 熊本にTSMCが進出して、巨大な工場をつくりあげました。日本政府は1兆円でしたか、莫大な税金を投入しました。外国の営利企業にそんなに巨額の税金を投入していいものなんでしょうか…。著者は、それに批判的です。
 営利企業であるTSMCのために、日本の税金を使うのは、はっきり言って間違っている。TSMCの工場を熊本に誘致しても、日本の経済安保はまったく担保されないし、サプライチェーンも強靭(きょうじん)化されない。このように、土地、インフラ、助成金など、日本の税金を使うことは許されないと断言しています。
TSMCの熊本の工場でロジック半導体を生産する前工程は日本国内で行うとしても、マスク設計、製造と後工程は今までと同じく台湾で行われ、中国本土で最終製品に組み込まれることに変わりはない。中国の工場というのは、ホンハイという本社は台湾の会社がもっている工場のことで、そこでアイフォンなどのスマートフォンに組み込まれる。
 そもそも、半導体とは、演算するロジック半導体、データを保存するメモリ半導体、電気、音、光、温度、圧力などを処理するアナログ半導体に分かれる。このなかで、とくにロジック半導体の不足が深刻となり、今やTSMCが9割を占めている。
半導体は一国や一地域で閉じて生産できるものではない。TSMCの最先端技術なくして、最新のアイフォンも、高性能コンピューターも、AI半導体も、製造することはできない。
人類の文明の進歩は、TSMCの微細加工技術に大きく依存している。
 TSMCは、世界中のファブレスが設計しやすい世界標準の仕組みを構築した。つまり、TSMCは、受託生産専門だが、設計を制しているのだ。
TSMCの売上高の成長はすさまじいし、その営業利益率は50%に近い。売上高の半分が利益だ。
 EUVは、オランダの露光装置メーカーASMLLしか製造できない。
中国の半導体産業は、市場規模で世界最大だが、自給率が低い。
 日本は、この分野で、韓国に、技術でもビジネスでも負けている。日本は、過剰技術で、過剰品質をつくってしまう。
 昨年(2023年)4月に刊行された新書なので、事態はさらに変化しているとは思いますが、半導体をめぐる動向を少しばかり理解することができました。
(2023年12月刊。950円+税)

動物のひみつ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 アシュリー・ウォード 、 出版 ダイヤモンド社
 人間は万物の霊長なんかでは決してない。そりゃあ、そうですよね。いつまでたっても人間が人間を殺す、しかも大量に殺す戦争が果てしなく続いていますし、むしろ拡大しています。そのうえ、地球の温暖化がすすんでいて、南極・北極の氷がどんどん溶けていって、ホッキョクグマの生息域を狭くしているのですから…。
 700頁もの分厚い本なので、昼寝の枕にするのにも、ちょっと高すぎかな…と、ついためらってしまいます。ところが、滅法面白くて、ついつい頁をめくる手が止まりません。といっても読み終えるのに、4日間もかかってしまいました。毎日曜日午後の楽しみにていたのです。そんな前口上はほどほどにして、ちょっとばかり内容を紹介します。
 同じネグラを共有するコウモリは、食事ができなかった者がいると、満腹になったコウモリが自分の飲んだ血の一部を吐き戻して、空腹のコウモリに与える。
 オキアミは1匹は人間の小指ほどの大きさしかないが、とてつもなく大量に生存していて、その全部をあわせた重量は、全世界の人間の全体重より重い。そして、このオキアミを、魚もイカも、ペンギンもアホウドリも、アザラシも巨大なクジラも、みな重要な食料としている。
 クジラの糞は、濃い雲のようなもの。鉄・リン・窒素などの栄養分が多く含まれ、植物プランクトンは、この栄養分を利用する。オキアミは、この植物プランクトンを食べている。
 ゴキブリは学習する。ゴキブリの種の数は5000にもなる。ゴキブリの集団には明確な階層がなく、リータンもいない。
アリとシロアリは、何百万年と戦い続けている。
 グンタイアリの女王は、わずか4日か5日のうちに、なんと30万個もの卵を産む。コロニーが50万匹を超えるころ、3年周期で、コロニーが二つに分裂する。
 地球には、100兆匹ものアリがいる。南極を除く、すべての陸地にアリはいる。
 魚は、身体に占める筋肉の割合がもっとも多い動物である。全体重の80%が筋肉。
ムクドリは大集団になって空を飛んでいるが、どの個も自分のそばの7羽ほどの個体の動きに反応しているだけ。それによって仲間同士が衝突しないように予防する。
 鳥たちにとって、上昇気流は、踏石、あるいは燃料補給基地のようになっている。
ニワトリの間には序列がある。ニワトリの序列は、一度決まったら、数ヶ月いや年数も続くことが多い。
 ニワトリを大集団で飼うこと自体が、ニワトリの自然な習性に反すること。
 ネズミは賢く、さまざまな環境に適応できる。ネズミの嗅覚は非常に鋭い。ネズミは用心深い動物でもあり、巧みに毒餌(エサ)を避ける。
 ネズミは、仲間が飢えていると、気前よく食べ物を分け与える。あれれ、これってコウモリもやっていましたよね。
 母親に大切に育てられた子どもたちは、穏やかな、精神のバランスの取れた大人になる。これは、50年も弁護士をしている私の実感でもあります。逆に言うと、親から見捨てられていると感じた子どもは大きくなってから、親と大人社会に復讐しようとする傾向にあります。
 ハダカデバネズミは、30年以上も生きるのが珍しくない、というように長生きする。
ハダカデバネズミは、ガンにならないし、皮膚には痛覚がない。ハダカデバネズミは糞をよく食べる。ワーカーが女王の糞を食べると、女性ホルモンによって、多くのエストロゲンが入ったとき、子ネズミたちにとっての良き代理母となる。なーるほど、ですね。
 全世界に10億頭以上もいるウシ(牛)の血流は、肥沃(ひよく)な三日月地帯にいた80頭のオーロックスにまでさかのぼれる。
 牛は個体の違いを見極めることが出来る。牛は、群れの仲間の顔を少なくとも50頭、識別できる。写真であっても見事に個体を識別できる。これは人間についても同じ。自分への態度の悪かった人間、美味しい食べ物をくれるなど良くしてくれた人も、きちんと覚えていて、区分できる。
 象の嗅覚は、とてつもなく鋭い。数十キロメートル先に水たまりがあると察知できる。象は10キロメートル離れた仲間の発する可聴可音を察知できる。象には驚異的な記憶力がある。
 シンガポールというのはライオンの街という意味。シンはライオンのこと。雄ライオンの全盛期は、わずか2年か3年。ライオンの雄も狩りをする。ただ、雌とは方法が違う。
 ハイエナの社会ではメスのほうがオスより攻撃的で、全体として優勢。最下位のメスですら、最高位のオスよりも地位が上。ハイエナが笑い声をあげるのは、恐怖を感じていたり、緊張しているという合図。
 ハイエナは標的とした動物集団をよく観察し、「こいつは弱い」と判断した標的をしぼる。
 クジラの子どもは、母クジラの乳を吸うのではなく、食べる。カッテージチーズのようになっているから。
 バンドウイルカには、高度で複雑な言語があり、絶えず近況を伝えあっている。
 著者はシドニー大学の動物行動学の教授。対象とする動物の幅広さ、そして、その認識の深さには驚嘆するばかりです。
(2024年4月刊。2200円)

佐賀戦争、130年目の真実

カテゴリー:日本史(明治)

(霧山昴)
著者 毛利 敏彦 、 出版 明治維新史研究会
 佐賀に行って出会った冊子です。いま、佐賀では江藤新平の見直しがすすんでいるそうです。そして、江藤新平が刑死することになった「佐賀の乱」も「佐賀戦争」と呼び名が変わりました。
 佐賀戦争は明治7(1874)年2月に起きた。5300人が出動した政府軍側の戦死者184人、負傷者174人。これに対して、佐賀士族の戦死者も173人、負傷者170人です。双方、同じくらいの死傷者が出ました。
そのきっかけとなったのは、佐賀士族が小野組を襲って官金20万円を略奪したとされている件です。-実は、県と小野組とのあいだでお金が動いたことはあっても、略奪されていないというのです。2月11日の電信で、「金みなある。安心すべし」と東京に知らされています。
 ところが、大久保利通は、土佐出身の岩村高俊を佐賀県の県令に抜擢(ばってき)して、熊本鎮台に兵を出させ、この兵を率いて佐賀県庁に乗り込み、江藤新平たちを呼び出したのです。いわば挑発したのでした。それに対抗して江藤新平たちは急に戦争準備を始め、ついに戦争が始まりました。
 要するに、大久保利通は岩村を鉄砲玉として利用して、江藤新平の抹殺を狙ったのです。なぜか…。
 大久保利通は、江藤新平のすぐれた能力・頭脳に対して異常な嫉妬心をもち、憎んでいた。三条実美・太政大臣も岩倉俱視右大臣も江藤新平に対して絶大な信頼を寄せていた。江藤新平が政府に復活したら、明治政府のトップは江藤がなり、薩摩閥はその下に扱われる心配がある。そこで、江藤新平は抹殺された。
また、このころ、民戦議院建白が動いていた。江藤新平は地元の佐賀に戻って、自由民権運動の組織をつくろうとしていた。大久保利通は、民選議院が設立されることを大いに恐れていた。うむむ、そうだったのですか…。
(2005年3月刊。非売品)

住吉物語

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者 吉海 直人 、 出版 角川ソフィア文庫
 「平安貴族が夢中になったシンデレラストーリー」「紫式部、清少納言も愛読」
 こんなキャッチフレーズがオビについた本です。ええっ、何、なに、平安時代にシンデレラ物語があっただなんて嘘でしょ、信じられなーい。
 「住吉物語」と「落窪(おちくの)物語」は、どちらも10世紀に書かれたもので、「継子(ままこ)」いじめの物語というのが共通している。
 「住吉物語」は「源氏物語」に引用され、「落窪物語」は枕草子に引用されている。
「落窪物語」のほうは男性作家、「住吉物語」は女性作家が書いたとみられている。
 同じ継子いじめといっても、「落窪物語」は、あとで復讐しているのに対して、「住吉物語」では目立った復讐はされていない。
 継子いじめのストーリーでは、前提として母親が死んで、継母と同居するようになり、その継母には娘がいるけれど、継子(ヒロイン)のほうが美人で才能にも恵まれているので、それが継母は気に入らないという流れです。なるほど、そうすると、シンデレラ物語と確かに共通するとことがありますね・・・。
 御前(ごぜん)は、武士階級の妻に用いるもので、「女房」は中世、とくに近世以降に使われることになった呼び名。正妻は、北の方、本妻、嫡妻(ちゃくさい)と呼んだ。
 平安朝の貴族の子女には、必ず複数の乳母が付けられる。授乳期間が終わっても養君が成人しても、乳母は側についている。乳母と養君の結びつきは単なる雇用関係(主従)を超える強固なもの。ときに乳母は結婚相手の選定にまで関与している。つまり、貴族には、実母と乳母という複数の母がいた。
 「時の鐘」とは午前3時を告げる除夜の鐘のこと。この鐘は、夜をともに過ごした男女の「後朝(きぬぎぬ)の別れ」の時を告げるもの。乳母は養君に忠実に仕えるもの、そして、フツーの女房は、主人を裏切る心配がある。
 平安時代にラブストーリーそして復讐の話(ストーリー)があったとは、驚きです。
 まあ、騙されたと思って、あなたも読んでみてください。驚くほど似た展開なのです。
(2023年4月刊。1040円+税)

ハマスの実像

カテゴリー:中近東

(霧山昴)
著者 川上 泰徳 、 出版 集英社新書
 2023年10月7日、イスラム組織「ハマス」の武装メンバーがイスラエル南部で開かれていた音楽イベントを襲撃した。260人が殺害されたという。
 これに対するイスラエルの反撃がガザ侵攻です。すでにガザ地区では4万4千人が死亡、その半数は戦闘員ではない女性と子どもたちです。本当にむごいことです。
 私はハマスのこの襲撃を絶対に許すことはできません。と同時に、イスラエルの大々的な軍事作戦も許せません。イスラエル軍は直ちにガザ地区から撤退すべきです。
 この新書はハマスの実体に迫っています。
 ハマスには政治部門と軍事部門があり、政治部門にはガザや西岸のパレスチナにいる政治リーダーと、パレスチナの外にいる政治リーダーがいる。ハマスの政治部門と軍事部門は出自が異なる。
ハマスの創設は1987年12月。ハマスとは、「イスラム抵抗運動」の単語の頭文字の3文字であり、アラビア語で「熱情」を意味する。
 最高指導者だったヤシーンは2004年3月、イスラエル軍のミサイル攻撃で殺害された。パレスチナ自治政府を占めていたファタハ指導部は腐敗していて、住民の支持を喪っていた。それに比して、イスラムの理念を掲げるハマスの堅固さ、経済的な清廉さ、行動の純粋さに住民の信頼があつかった。
パレスチナのムスリム同胞団は、非政治的な社会活動をしていたが、インティファーダを境として「ハマス」として政治闘争に参加するようになった。
 ファタハもパレスチナのムスリム同胞団から出ているので、ハマスとは同根になる。
イスラム大学はハマスの人材供給の機関となった。
戦闘員は自分たちのメンバーしか知らず、組織については何も知らないし、知らされない。
ガザの中で日常的に目にするハマスは、イスラム的な社会慈善組織。ガザには、イスラム協会、イスラムセンター、サラーハ協会という3つの社会慈善組織がある。この3つとも公的に承認され、ガザ全域に支部をもつなど、組織化され、サービスも充実している。これら慈善組織はハマスの政治・軍事部門の統制下にあるわけではない。
ハマスは潤沢な資金をもつ闘争組織。
ハマスの最初の自爆テロは1994年4月に起きた。
コーランは殺人も自殺も禁じている。なので、自爆は殺人ではなく聖戦、自殺ではなく殉教という。コーランは、「この世の生活は偽りの快楽に過ぎない」という。また、「現世の生活の楽しみは、来世に比べれば微少なものに過ぎない」とする。
宗教心の強い若者が自分で「殉教」を選ぶ。自爆者は、次第に高学歴化する傾向にある。今や半分近くが大学生。殉教者は神に選ばれた存在だと親たちは語る。
ガザ地区に入ってくる物資の9割は、エジプトから密輸のトンネルで入ってくる。南部のトンネルは全長1キロに達する。トンネルから入ってくる物資には、ハマスが独自に税金をかけ、ガザ自治政府の収入になっている。
もちろん、ガザ地区には、軍事用地下トンネルもある。
ガザ地区の若者たちは、物心ついたときから封鎖があり、働こうと思っても失業率が高く、そのうえ戦争が続いていて千人単位で人が死に、万単位で建物が破壊される。そのなかで何ら希望のない生活を送ってきた。そんなガザの若者たちの絶望を吸収したのがハマス。
希望を失っている若者に「殉教」という希望を与えているのは、ハマス軍事部門のカッサーム軍団だ。
重ねて、イスラエル軍がガザ地区から即時撤退するのを求めます。なにより停戦です。とても考えさせられる新書でした。軍事に軍事で対抗してもダメなんです。日本が軍備を大拡張しても日本人の安全と生活は守ることが出来るはずはありません。
(2024年8月刊。1050円+税)

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