法律相談センター検索 弁護士検索

安倍政治と言論統制

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  「週刊金曜日」編 、 出版  金曜日
NHK、テレビ朝日、TBSという大手3社のそれぞれの看板番組のメインキャスターが同時に降板するという出来事は、決して偶然のことではなく、メディアを思うままに操ろうと目論む安倍政権と、それをむしろ歓迎するような社会の一部の風潮で引き起こされた。
NHKには籾井という独善的かつ強権的な特異なキャラクターをもつ会長がいることから、組織運営のルールから逸脱した意思決定が繰り返され、その結果、現場に混乱と疑心暗鬼を生みだして組織自体が崩壊しかねない危機的状況に陥っている。
NHKの内部では、誰も暴走する籾井会長を止めようとしないばかりか、自らの保身のために籾井会長に迎合したり、ひたすら頭を下げて沈黙し、嵐が過ぎ去るのを待つような幹部職員ばかりになってしまった。全国のNHK職員あいだに不安と不満が充満し、現場の土気は著しく低下して、自由で創造的な番組制作など、とても出来る雰囲気ではなくなった。
アメリカの駐日大使であるケネディは、従軍慰安婦問題での発言にみられる籾井のような人物が会長であるNHKのインタビューは受けたくないと言って断っていた。
NHK政治部の岩田明子記者は安倍首相のタイコ持ちのような存在のようです。残念ですね。権力への批判的な視点を欠いたジャーナリストなんて、存在価値がどれほどあるのでしょうか・・・。
官邸は、リアルタイムでテレビ番組をチェックし、即行で脅かしをかける。
菅官房長官は、昼も夜も、テレビに出るようなキャスター、コメンテーター、有識者と食事を共にしている。そして、彼らを持ち上げ、味方につけている。
安倍首相のほうは、もっと大々的にメディア幹部との会食を重ねている。毎日、朝日、日経、サンケイ、NHK、フジテレビなどの会長・社長・政治部長らが対象。まさしく、常連だ。
日本の今の政治は、政党交付金と小選挙区制によって完全に歪められていますよね。
この本によると、それらの制度をつくったのは小沢一郎であり、安倍首相は一番の思恵を蒙っているとのことです。
こんなひどい制度は、どちらもすぐに止めるべきだと思います。政党が国民の税金で支えられるなんておかしいです。そして、とりあえず以前のような中選挙区制に戻し、いずれ完全比例代表制にしたらいいと思います。
それにしても、今の籾井会長って、あまりにも下品で、知性がなさすぎて、恥ずかしい限りです。一刻も早く、こんな人間は更迭すべきです。といっても、次の会長が同じようなことを上品にやられても困るのですが・・・。
(2016年3月刊。1300円+税)
今年もホタルが飛びかう季節となりました。わが家から歩いて5分くらい先の小川でホタルを見ることができます。そっと手のひらに乗せてみます。ふわっふわっと飛びながら明滅するのが、なんとも言えません。
 地震お見舞いということで、北海道から見事なグリーン・アスパラガスをいただきました。実害こそありませんでしたが、本当に怖い思いをしました。まだ震度6級の余震がありそうだというので、恐れずおののいています。
 しょうぶの花が終わりましたので、せんていバサミで刈って庭をすっきりさせました。ピンクのアマリリスが今年はちゃんと咲いてくれました。そして、意外なところに紅いツバメ水仙が花を咲かせました。ほれぼれするほど見事な色と形です。

悩ましい国語辞典

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  神永 暁 、 出版  時事通信社
 『舟を編む』(三浦しおん)は辞書編集作業の苦労話として、とてもよく分かる本でした。
 36年間、ほぼ辞書編集一筋に生きてきたという著者は、この『舟を編む』という本を高く評価しています。
 それにしても、20年かけて20万項目の辞典をたった一人で完成させようと計画する人が、この世の中にはいるのですね。いったい、どうやってその20年間、メシを食べていくのでしょうか・・・。不思議でなりません。辞書の編集をする人に、誰が高額(でなくても)の報酬を支払うのでしょうか、ついつい心配になってしまいます。
 20年かけて20万項目を執筆するということは、1日に33語について何か書かなくてはいけない計算です。有名な「オックスフォード辞書」も、1日30語ほど執筆したとのことです。ともかく、健康で長生きしなければ出来ないのが辞書編さんですよね。
 辞書編集者の主な仕事の一つは、時代とともに思いがけない形で変化していく言葉の諸相を観察していくこと。その変化し続ける言葉を、どの時点で切り取り、それをどう記述するのかが、まさしく辞書編集者の腕の見せどころだ。つまり、言葉の変化を観察していくのが辞書編集者の主な仕事の一つである。ところが、残念なことに、辞書では変化の結果だけしか記載できないことが多い。一番スリリングな変化の過程を記述することは難しい。
 その変化の面白さが本書で紹介されています。「あばよ」は、幼児語が元になって生まれ、いまだによく使われている。「あばよ」は江戸時代に使われ始めている。
 お母(かあ)さんは、江戸後期に上方(関西)で使われるようになって、明治36年の国定読本(教科書)で一気に全国に普及した。お父(とう)さんも同じ。
「おはよう」と同じような言葉として、「おひなりましたか」「おひんなりまいたか」というのがあるそうです。「おひる」とは、貴人が眠りから覚めること。おひる(お昼)なるは、お起きになるということ。「お夜(よる)」という貴人がお休みになるというコトバもある。
 体格のいい人のことを、「がたいがいい」というのは、比較的新しいコトバだ。
 同じように、「がっつり」というのも新しいコトバである。「ざっくり」というコトバは最近よく使われますね。これは、2008年から辞書にのっているコトバです。大ざっぱという意味のことばです。
 スコップとシャベルは、東日本と西日本とでは反対。東日本で大型のものをスコップ、小型のものがシャベルと言い、西日本では大型のものをシャベル、小型のものをスコップと言う。
 「すばらしい」というコトバは、江戸時代には、ひどいとかあきれるという意味で使われていた。
 「真逆(まぎゃく)」は、2004年の流行語大賞の候補になったほど新しいコトバ。
 「まじ」というのは、江戸時歳からあったコトバ。
 漢字のふりがなという意味のルビは英語だけど、英語にルビはない。あくまでも日本での呼び名でしかない。
 コトバが生きているということを、辞書編集者の立場から、実証的に解説していて、とても勉強になりました。
(2016年3月刊。1600円+税)

「ギリシア人の物語」Ⅰ

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者  塩野 七生 、 出版  新潮社
 ギリシアに始まった民主政治の原点、その実態を知りたくて読みました。
 オリンピックに参加するのは男だけ。選手はすべて裸体での参加と決まっていた。女性の観戦は認められていなかった。観客席には、ギリシア人以外の外国人も、奴隷でさえも座れた。男女同権ではなかったのですね。
 ギリシア人とは、ギリシア語を話す人々、ギリシアの神々を信仰する人々であること。
 オリンピックとは、古くから戦いばかりしていた古代のギリシア人から生まれた、人間性に深くもとづいた「知恵」だった。きのうまで戦場で敵と味方に分かれて戦っていても、この1ヶ月間だけは戦いが凍結された。
勝者が頭上にするのは、ギリシアならどこにでもある月桂樹の枝葉を編んでつくった冠でしかない。
 393年に、ローマ皇帝テオドシウスがオリンピックの終わりを命じた。キリスト教徒として、ゼウスに捧げるオリンピックなど認めるわけにはいかなかった。そして、裸体も競争も嫌った。
 スパルタの男性は、20歳から60歳まで「現役」として、集団生活を過ごす。30歳になったら、寄宿舎の外に家をもち、妻子との家庭生活も認められるが、それでも夜には寄宿舎に戻って眠らねばならなかった。
 スパルタは、私有財産をまったく認めなかった。アテネでは、著名人の多くは海外に資産をもっていた。アテネも、市民皆兵という点では、スパルタと同じで、18歳になったら、アテネの若者は自分の「デモ」に出向いて、兵隊の訓練期間に入る届出をしなければならなかった。
 アテネは、重装歩兵を常にスパルタの2倍は維持できた。マラトンの平原での戦闘においてアテネは、9千の重装歩兵を投入した。
 アテネでは、紀元前508年ころ、人類史上はじめて、一般の市民までが積極的に国政に参加できる政体が誕生した。つまり、国政の最高決定機関は20歳以上の成年男子の全員が投票権をもつ「市民集会」となった。都市国家アテネの市民は、4万人から6万人と推定されている。
陶片(オストラコン)追放は、最低6000人の参加する投票で、過半数をこえる人は10年間の国外追放とされる。ただし、10年すぎれば堂々と帰国できるし、10年たたなくても帰国できることもある。資産が没収されることはなく、家族もアテナ内に自由に住んでいてよい。
 陶片追放は、気にくわない政敵を排除する手際になっていた。制定から85年後に廃止された。まあ、実効性がなかったということでしょうね・・・。
軽装歩兵と重装歩兵のちがいは、武器の優劣にあるというより、かぶと、胸甲、脚甲、盾という。兵士の一人ひとりを敵の攻撃から守る防御用の武軍の優劣にあった。
ペルシア兵の槍の長さは2メートル。アテネ兵の槍はその2倍はあった。パルシア兵の剣の長さは40センチであるのに対して、その2倍近い長さがある。
マラトンの戦いでギリシア軍のほうが勝ったことの歴史は意義は大きい。なぜなら、無敵とされてきたペルシアが無敗だといえないということが実証された。
 紀元前480年の「サラミスの海戦」において、ペルシア軍は500隻も繰り出していたのに、アテネ等の連合国軍の135隻から完膚なきまで敗北させられた。
 重装歩兵にとっての最強の武器はなんといっても槍。身長の2倍以上もの長さがある。これほどもの長さの槍を自在に操る能力がギリシアの都市国家の重装歩兵には約束させられた。
 ギリシアという、遠くて近い不思議な国についての本でした。
(2015年12月刊。2800円+税)

灘・東大理Ⅲの3兄弟の母が教える中学受験

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  佐藤 亮子 、 出版  カドカワ
 私自身も、私の三人の子にも「中学お受験」なんて考えたことはありません。
 この本を読むと、楽しく勉強して子どもが伸びていく、そして勉強は楽しいと思える接し方があるんだなと実感させられます。著者をけなすネット社会での声もあるようですが、それは著者の本をきちんと読んでいないからではないのかなと、私は考えています。
 子どもと一緒に楽しい勉強を続ける秘訣が満載なので、読んで損をすることはありません。なにも著者のやったこと、言っていることを全部が全部、実践することはありません。自分でもやれそうだな、そう思ったところをやればいいんじゃないでしょうか・・・。
 受験は、ラクに楽しく、そして絶対に合格のがポイント。なるほど、なーるほど、そうですよね・・・。
 子どもたちの受験勉強の世界には一切登場しないパパは優しい性格です。私も同じ弁護士として、よく知っていますが、パパが中途半端に関わらないで、ママ(妻)をバックアップするのに徹したことが良かったのだと思いました。
 私も小学4年生から近所の塾に通いましたが、何のための塾なのか、よく分からないまま、続けました。著者の長男も同じです。著者は、初めにこう言いました。
 「うちは中学受験は考えていないから、いやだったら、すぐにやめていいわよ」
 ところが、長男は、塾からニコニコ顔で帰ってきたのです。「楽しい、楽しい。算数の問題が面白い」と言って・・・。私も小学生の算数のツルカメ算などを学び、それなりに面白いと思いましたが、塾はそれほどの刺激はありませんでした。
著者は、10年間にわたって、中学受験生の母の生活を続けたのです。偉いですね、タフですね。なにしろ、一日の睡眠時間が3~4時間というのでも、倒れることなく続けたのですから・・・。
 人間の価値は、その人の地位や職業とは関係ないと考えて生きてきた。ただ、その子のもっている能力を最大限に生かしてあげるように育てたいと考えた。
社会人としていい仕事をするには、基礎知識や思考力が不可欠だ。
 ちょっとずつ成績を上げていく戦法。惜しくも間違った問題を正解することで、ちょっと点をあげるようにする。
 子どもにとって、本当に頼れる道連れになるためには、点数が悪いときこそ、寄り添ってしっかり手をぎゅっと握ってやる。
他の子と比較するのではなく、我が子のできない部分を見直して、子どものレベルを上げるしかない。我が子のことだけを考えればいい・・・。
きれいすぎるノートは、ムダ。受験は効率が一番。
 元英語教師の著者は、早期の英語教育には意味がないという考えです。私も同感です。大事なのは英語力より国語力。論理展開する力を身につけること。この点は、私もまったく同じ意見です。英語はダメ、フランス語が少しばかり(フランスで旅行するのが、なんとかなる程度)話せる私ですが、なんといっても論理的展開力こそ必要なものだと痛感しています。
 今回も後輩の佐藤弁護士に贈呈(実は、強要しました)を受けて一読しました。あなたの子育てに役立つヒント満載の本として、おすすめします。
(2016年3月刊。1300円+税)

教皇フランシスコの挑戦

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者  ポール・バレリー 、 出版  春秋社
 アルゼンチン出身の司祭が全世界のカトリック教会を率いる266代教皇になった。アメリカ大陸出身で初めて、南半球出身で初めて、イエズス会士で初めて、そしてフランシスコの名を冠した初めての教皇。
 イタリア人の家系で、スペイン、アイルランド、ドイツで学んだラテンアメリカ人。教区司祭だが、修道会士でもある。神学の教師だが、親しみやすい司祭だ。謙遜と活力が合わさっている。
ベルグリオ(フランシスコ教皇)は神学的には伝統主義者だが、教会のあり方については改革支持者だ。急進主義者だが、自由主義者ではない。ほかの人に権限を与えようと努めるが、権威主義の痕跡も残している。保守的だが、アルゼンチンの反動的な司教会議のなかでは、はるかに左の立場にいた。宗教的な単純さと、政治的な狡猾さをあわせ持っており、進歩的で開放的だが、飾り気がなく、厳しい。
 父親は、イタリアでは公認会計士だったが、アルゼンチンでは資格が通用せず、靴下工場の帳簿係だった。ベルグリオは、13歳のとき、働き始めた。そこで、働くことは人々に尊厳を与えることを学んだ。
 失業している人は、自分が存在していない感じを抱かされる。尊厳は働くことによってこそ、もたらされる。そして、仕事と生活のバランスをとることも大切だ。
 ベルグリオは、10代のころ、共産主義思想に好奇心をもち、共産党の雑誌等を熱心に読んだ。しかし、共産主義者にはならなかった。むしろ、右派のペロン主義者になった。
 アルゼンチンでは、1976年、軍部独裁政権が始まり、何万人もの人々が誘拐され、拷問を受け、殺害されて姿を消していった。その犠牲者のなかには150人ものカトリック司祭、何百人もの修道女や一般信徒の伝道師がふくまれていた。当時のアルゼンチンには、推定6000人の政治犯、2万人の行方不明者がいた。拷問と暗殺が行われている証拠があった。  
『行方不明者』はヘリコプターなどに乗せられ、大西洋に落とされた。
アメリカのCIAは、アルゼンチンのカトリック教会と共同行動をとり、巨額の資金を協力する司教や司祭に提供し、何百人もの急進的な司祭や修道女に関する情報も提供した。彼らは、そのために、軍事独裁政権の犠牲になった。
 元独裁者のビデラは、カトリック教会の上層部と協力関係にあったと証言した。では、ベルグリオはどうしたのか・・・。それが、問題です。
ベルグリオは、軍事独裁債権の暴力から人々を守ろうと多くのことをしたのは疑う余地がない。しかし、拉致・殺害自体を止めるために、どれだけ行動したのかというと・・・。
「教会政治家」ベルグリオは、すべてを通じて、極めて慎重な道を選んだ。
ベルグリオの「成長」の重要な部分は、貧しい人々が必要としているのは、「施し」ではなく「正義」だということ。ベルグリオは、大多数の国民が甚大な打撃を受けている最中も、自分たちの特権的な地位を守ろうとしている富裕階級の強欲さを糾弾した。
ベルグリオは、新自由主義の経済政策を強く批判した。
教皇フランシスコは、政治に関与することは、キリスト教徒のつとめですと話した。それは、隣人愛の至高の表現の一つなのだ。
ベルグリオは、115人の選挙人のうち90票の支持を得て教皇に選出された。
 これまでの教皇の名前の使用頻度は、ヨハネが23回、グレゴリウスとベネディクトがそれぞれ16回、クレメンス14回、レオ13回、ピオ12回、ステファヌス9回、ボニファティウスとアレクサンデル、ウルバヌスがそれぞれ8回。
 日本は、2009年12月に白柳誠一・枢機卿が亡くなってから、空席のままとなっている。韓国とフィリピンでは2人目の枢機卿が選ばれているのに・・・。
最新の教皇の活動状況をふくめて、カトリック教会の課題を少し知ることができました。
(2014年10月刊。2800円+税)
「殿、利息でござる」をみました。実話ですので、圧倒されます。江戸時代の人々が精神的に豊だったこと、そして、町民が10人集まって町のために3億円をつくることが出来たほどの資産をもっていたことなど、江戸時代を根本的に見直させる、とてもいい映画です。映画の原作「無私の日本人」は、このコーナーで先に紹介しましたが、泣けてくる本です。まだ読んでいない人は、ぜひ映画とあわせて、お読みください。
 昨日、ベトナム戦争のときに戦死した若い女医さんの日記を本にした「トゥイーの日記」が映画になったとのことで、DVDを送っていただきました。まだみていませんが、楽しみです。ありがとうございました。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.