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銀行員30年、弁護士20年

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  浜中 善彦 、 出版  商事法務
 著者が大学を卒業して銀行に入ったのは昭和39年。東京オリンピックのあった年です。私が高校に入学した年でもあります。
 そのころ、銀行の総務部には総会屋が「毎月の給料」をもらいに来ていたというのです。銀行のトップは昔から黒い世界と交際していたのです。そして、インサイダー取引も半ば公然と行われていたとのこと。今ではまったくない、と果たして言い切れるのでしょうか・・・。
 著者は融資課長のとき、毎日、夕方6時前には退社していたとのこと。これって、すごいことですよね。でも、これでは、恐らく出世はしなかったでしょうね。
 管理者として、もっとも力を入れたのは、部下の教育。接客の際、相手に失礼がないよう言葉づかいに注意する。部屋の出入りの順序や席順等にも目を配らせた。
 銀行の有担保貸出は、長期貸付金の場合であり、短期貸付金は無担保が原則。銀行は担保にお金を貸すのではない。
銀行員としての経験から、大企業とは、無駄が多いほど大企業であると思う。大企業の特徴として、コピーや紙の消費量が多い。いまでは、ネット活用によって、ペーパレス化は進んでいるのでしょうか・・・。
 著者は43歳のとき、経営相談所へ配属された。窓際の仕事である。ところが、著者はこれをチャンスだと考えたのでした。
銀行員になって20年仕事をしてきて、はじめて定時出勤、定時退社の部署に来ることができた。さあ、与えられて時間を、どうするか。よくよく著者は考えたのです。水泳を始め、座禅をし、司法試験に挑戦することにしました。
 資格を取ることに限らず、何かを達成しようとするとき、もっとも重要なのはモチベーション。動機と目的と工夫がなければ勉強時間をつくり出すこともできない。日本一難しい試験に挑戦してみよう、定年後は、銀行が決めた人生ではなく、自分でも選択肢をもちたいというのが動機だった。
 いかに勉強時間を確保するか。そのためには極力、無駄な時間を省くことが必要になる。スケジュール管理の方法として、目的別に3冊の手帳を使うことにした。
 スケジュール管理で大切なことは、単に予定を立てるだけでなく、記録すること。そして、記録した結果をチェックし、今後の計画の参考にする必要がある。次に、確保した時間を、いかに有効活用するか。
学者の解説は、予備校の講師とは全然比べ物にならない。予備校の講師の解説は、一旦極めて明快なようだが、これは問題を単純化して説明しているからなので、まるきり深みに欠ける。
かばんには、まとまった時間が出来たときに読む本と、細切れの時間に読む本の2種類を入れている。
私の場合には、カバンの外側には、ホームの待ちあいでも読めるように絶えず新書を入れています。電車のなかでは部厚い単行本を読みます
 著者は54歳で30年勤めた銀行を定年退職しました。定年が54歳だなんて、早すぎますよね・・・。
平成7年に和光の司法研修所に入った。730人の合格者があり、12クラスで、1クラス60人ほど。
サラリーマンになれないような弁護士は、弁護士としても無能だと思う。
私にとっては耳の痛い言葉です。私は、とてもサラリーマンには向いていないと思うからです。
 プロフェッションといわれる医師、聖職者および法律家の共通点は、いずれも何らかの形で人間のもつ悩みの解決に奉仕する職業であるということ。医師は肉体的悩みの解決、聖職者は精神的な悩みの解決が本来の任務である。法律家は、人間関係から生ずる紛争の解決をその任務とする。
職業としての弁護士は、決して気楽ではない。むしろ、精神的には、かなりストレスのかかる職業である。受任事件から来るプレッシャーは大きい。
弁護士にとって大事なことは信頼関係である。しかし、そのことは依頼者の言いなりになればいいということを意味しない。依頼者を説得するのも弁護士の役割。しかし、他人を論理で説得することはできない。人が他人の意見に納得するのは、論理ではなく感情による。 
弁護士の仕事のいいところは、仕事を通じて、常に社会との接点があること。
さすがは人生の大先輩です。いかにも含蓄深い言葉ばかりでした。
著者の、今後ますますのご健勝を祈念します。
(2016年7月刊。2700円+税)

なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  大村 大次郎 、 出版  ビジネス社
 読んでいると、本当に腹の立つ本です。いえ、著者に対する怒りではありません。
 トヨタのひどさに呆れ、かつ驚きと怒りを禁じえません。亡国企業トヨタの正体!とありますが、まさしくそのとおりです。
 トヨタの車に毎日のっているのが私は恥ずかしくなってしまいました。これまでニッサン社長のカルロス・ゴーンの年収10億円に腹を立てていましたが、トヨタのひどさは日本という国を狂わしている点で、ニッサンをはるかに上回ります。
 まず、なんといっても、トヨタはもうかっているのに法人税を5年間支払っていませんでした。そして、消費税のおかげで戻し税と称して、支払うどころかガッポリ3300億円もらっていました。プリウスなどを開発するために国から4000億円という莫大は援助金をもらっていました。 
税金は支払わないのに、もうかったお金を株主には高配当を続けていました。ところが労働者の賃上げはせず、非正規の社員は国の援助金がもらえなくなると一斉に首切りました。
 まさしく、自分さえ良ければ、日本という国がどうなろうとかまわないという大企業エゴむき出し。そして、そんなトヨタが日本経団連を牛耳り、政治を動かしているのです。
 こんな世の中、間違ってますよね。
 地震多発国の日本で原発推進を今なおやめない電力会社もひどいと私は思いますが、トヨタも日本の将来を暗いものとしている点では同罪です。
 この本は、データを示して明快に論じています。トヨタの反論を知りたいものです。
 トヨタは、税制の優遇制度をうまく利用したのではない。自社の利益になるように税制そのものを変えた。
 トヨタは、それほどの力をもっているのですね・・・。
 トヨタの最大の罪の一つは、日本の賃金水準を低いままに抑え込んでいる張本人だということ。トヨタは史上最高の利益をあげ、株主に対して毎年1000億円から6000億円も配当している。
 ところが、どんなにもうかっていても従業員の賃金(ベア)は1円も上げなかった。それが8年間も続いた。7万人の従業員に1000円のベースアップしても8億円ほど。1万円でも80億円。株主への配当金とはケタ違いに低い。
 トヨタは、日本の雇用や経済活動への貢献度をどんどん減らしているのに、税制面での優遇だけは増やしている。
 こんなおかしいことって、ないですよね。トヨタの車なんか、もう乗りたくない気分です。ぷんぷんぷん・・・。
(2016年6月刊。1000円+税)

トランボ

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者  ブルース・クック、 出版  世界文化社
 映画を見逃してしまったのは残念でした。東京では満員で入れず、福岡では上映時間が1回のみで、時間が合わず入れなかったのです。
 素晴らしいヒーローがいる。大きな障害と戦い、強力な敵の迫害にあったヒーローが。それに、すべて本当に起こったこと。おまけにハッピーエンドの実話だなんて、めったにお目にかかれない。
 アメリカ映画の有名な脚本家は、アカというレッテルを貼られて映画界から追放された。しかし、才能ある彼は友人の名前を借りて発表し続けた。生活のためだ。そして「ローマの休日」など、誰でも知っている映画の脚本を書いて大当たりをとった。
 「オレはハリウッド一の脚本家ではないかもしれない。でも、仕事の早さにかけては並ぶものなしだ」
 トランボは、小説「ジョニーは戦場へいった」の著者でもある。
 トランボは、急速な社会変革を求める急進主義者だった。
 戦争が始まったとき、限られた選択肢のなかから、共産党員になる道を選んだ。
 トランボはスイミングプール・コミュ二ストと呼ばれ、裕福だった。
 ハリウッドでは、才能ある人は、ドルをたくさんもらえた。そして、あとでブラックリストに載せられたとき、仲間を密告するより、そのプールを進んで手放した。
 トランボは、刑務所から出てすぐから、すさまじい不屈の精神と攻撃性で仕事を勝ちとり、苦難を乗り切った。
 トランボは、苦境にあっても抜け目なく、前向きな男だった。
 トランボは仕事を頼まれて、断ったことがほとんどない。いつも限界以上の仕事を引き受けた。貧しかった少年・青年時代を忘れていなかったからだろう。
 トランボは、衝動的でありながら、粘り強く、その集中力は、ほとんど執念にひとしいものだった。 
 トランボは、アイデアノートをもっていた。使いきれないほどのアイデアが書き込まれていた。将来必要になったときのために、アイデアを書きためていた。それをもとに脚本を書き、売れたら、アイデアノートから、その項目を消してしまう。
 1943年12月トランボはアメリカ共産党に入った。1944年5月アメリカ共産党の党員は8万人だった。ニューヨーク市で1945年に2人の市議会議員が当選した
 「入党を後悔したことはない。いや、入党しなければ後悔していただろう。それは、生きることそのもので、歴史上の重要な時期、今世紀で、もっとも重要な時期、もっとも壊滅的な時期の一部になることだった」
 1935年から45年のあいだに、共産党にかかわった人は100万人に近い。
 トランボは、ハリウッドのなかで、表だって共産党員として激しくたたかった。協調路線はとらなかった。 
 トランボは現実主義者だったから、刑務所行きになることが分かっていた。それで、しっかりと目を見開き、志を高くもって、苦難の道を歩きはじめた。
 トランボに励ましや称賛の電報が殺到した。しかし、トランボには汚点がついた。
 トランボは1948年に共産党を離党した。
 トランボが刑務所に入ると、そこには、トランポを刑務所送りにした元国会議員のバーネル・ノーマスと出会うことになった。給与の水増し請求をして、実刑をくらったのだった。せこい国会議員は、アメリカにも日本にもいるのですよね・・・。
 刑務所には入れられたけれど、トランボは自分のしたことに自ら罪の意識はなかった。HUACへの協力を拒否したことは誇らしい行為だったと確信していた。
トランボは模範囚として2ヵ月の減刑があり、10ヶ月間で刑務所から出てきた。
トランボは、1975年に正式にオスカー賞が与えられた。そして、翌76年9月に亡くなった。
 アメリカにも、すごい映画人がいたのですね。マッカーシー旋風、そして今なお激しいアカへの偏見が根づいているアメリカで果敢にたたかった、その勇気と才能には驚嘆するばかりです。
(2016年7月刊。2000円+税)

花の品種改良の日本史

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  柴田 道夫 、 出版  悠書館
 私の数少ない趣味の一つは、ガーデニングです。野菜にはあまり挑戦せず(たまに、ジャガイモとか玉ネギを植えつけます。アスパラガスは植えっぱなしです)、もっぱら四季折々の花です。
といっても、秋のコスモスは何年も前にあきらめました。花は美しいのですが、後始末が大変なのです。根が太くて、地面にへばりついていて、掘り下げるのに手間を要します。そして、植えつけのとき、育ちざかりに夏の日照りにあったり、台風でなぎ倒されたりして、何度も泣きました。
同期の妻波弁護士(島根)からもらったボタンの花は、5年か6年ほど、咲いてくれましたが、ついに枯らしてしましました。ハナミズキも気品ある美しさに魅かれていましたが、いつのまにか枯れました。美人薄明というと、私の世話の足りなさを棚に上げているようで、申し訳ない感じです。それでも、私の庭には四季折々いろんな花が咲いてくれます。それをデジカメで撮って私の個人ブログで紹介するのも楽しみの一つなのです。
 この本は、日本で育っている花が、いかに品種改良されてきたのか、たくさんのカラー写真とともに紹介していますので、花好きの私にはこたえられませんでした。
 花が美しいな、いいね、この花と思うときには、その名前はもちろんのこと、原産地はどこで、今の色と形になるためには、誰が、どんな苦労をしてきたのか、その故事来歴も知りたくなりますよね。それにぴったりこたえてくれる本です。
 そして、花の品種改良という点では、江戸時代の日本人が多大なる貢献をしているのですよね。驚くばかりです。
現在、日本は、世界の中でもオランダやアメリカと肩を並べるほど、花の生産消費が盛んな先進国になっている。
 軍事面でアメリカと並んだなんて言われても、ちっともうれしくありませんが、こんな評価を知ると、うれしくなります。
 チューリップは、16世紀になってトルコからオランダに入って栽培が始まった。もともとのチューリップの故郷は、カザフスタン、ウズベキスタンなどの中央アジア。チューリップが日本に渡来したのは、江戸時代も末期の1863年2月のこと。しかし、日本でチューリップが植付けられるようになったのは、明治時代後期にオランダから輸入されてから。
チューリップには、800種類ほどあるが、日本では、半分の400品種しか栽培されていない。品種改良し、育成するには、20年という努力と資本を要する。
チューリップをタネから育てるのは大変なことで、私は、毎年、球根を買い求めています。
ハナショウブは、アヤメ科アヤメ属。ノハナショブは黄色、アヤメは縞目模様がある。カキツバタは、白く先が尖る。キショウブをふくめて、いつも混乱させられます。
肥後ハナショウブは、細川の殿様(斉護・なりもり)が育てたのでした。それで庶民も楽しめるようになったのです。その豪華絢爛さに、人々は圧倒されたのでした。
毎年6月、熊本地裁玉名支部に行くと、肥後ショウブが近くの高瀬川の川べりに沿って咲き誇っているのをタダで見ることが出来ます。それは見物(みもの)です。
見て楽しく、読んで面白い花の本です。
(2016年6月刊。4800円+税)
 宮﨑に出張し、フレンチ・ビストロに二晩続けて通いました。残念ながら美女同伴とはいかず、カウンターで一人寂しく美食とワインを味わいました。20人も入ったら満員という小さなビストロです。シェフが一人、補助の女性と給仕担当の女性の三人で、大勢の客の注文をテキパキこなしていくのも小気味よいものでした。
一晩目はシェフのおまかせコースにしました。ここは宮﨑牛のなかでも特別な尾﨑牛を扱っています。魚介のテリーヌには生ホタテが入っています。そして牛頬肉は赤ワイン煮込みでした。
 二晩目は、おまかせコースに出てこなかったものを注文しました。コラーゲンのソテーは、尾﨑牛のホルモンです。そして、自家製ソーセージとチョソリは、香料たっぷり。最後にトマトハーブの煮込み。尾﨑牛のミノ・センマイ・ハツそしてアカセンが入っていて、まるでポトフのよう。野菜もたっぷり入った健康食でした。
 久しぶりにキールロワイヤルをいただきました。カオールは次の機会の楽しむことにしましたので、またぜひ行きたいと思います。「直樹」というお店です。

書斎の鍵

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  喜多川 泰 、 出版  現代書林
 本を読む楽しみに満ちた本です。
 読書の習慣をもちましょうというのは、立派な常識人になろうというのではない。むしろ、立派な変人になろうと言っている。つまり、変人のすすめ。
 常識などというのは、誰かがつくり出した空想。「常識人」など、実は、一人としていない。人はすべて、誰とも違う常識をもって生きている。
 弁護士の世界では、お互いに「あんたは奇人、変人やねぇ」と言いあうことが少なくありません。実際、そう言いたくなる人がたくさんいます。もちろん、私も、本人はいたって「常識人」だと思っているのですが、はたからみたら、かなりの奇人・変人の類なのでしょう・・・。
 小説には、いろんな人が出てくる。うれしいこと、悲しいこと、ピンチの連続に勇気や感動。ぐうたらな人もいれば、必死で生きている人もいる。そして、たとえ小説であっても、主人公の生き方に共感できるとき、それは、ただの作り話ではなくなる。生き方の指針にすらなる。自分だって、そうありたいと思えたら、人生を支えてくれる力になる。
 どれほど遺伝的に健康に生まれてきても、生活習慣や思考習慣が悪いと簡単に病気になるし、それでも改善しなければ死に至る。良くも悪くも、私たちの人生は、私たちの手にした習慣の産物と言える。
 よい習慣をもっている人は、人生において良いものをたくさん手に入れることができる。今あるのは才能のおかげというより、習慣のおかげだ。
習慣によってつくり出すべきものは思考だ。心と言ってもいい。人間の思考には、習慣性がある。放っておくと、いつも同じことを考えている。自分に自信がない者は、放っておくと、いつも自分に自信がない方向に物事を考える。悲観的な者は、何かが起こるたびに悲観的に物事を考える。
人間の行動が心に左右される以上、この心の習慣をよくしない限り、よりよい人生になることはない。だから、私たちが身につけるべき習慣は、心を強く、明るく、美しくするための習慣ということになる。
そうした心から生み出される言葉、行動そして結果は生きているあいだ、ずっとその人を幸せにしてくれる。人生に大きな意義を与えてくれる。そして、そんな習慣をもつ人は、自分だけでなく、たくさんの人を幸せにすることができる。
一冊の本に出会ったら、心が楽になることがある。一冊の本に出会ったら、前に進む勇気をもらえることがある。一冊の本に出会ったら、未来が少しだけ明るく見えることがある。
私も、毎日、そんな思いで、ひたすらいい本にめぐりあいたいと期待して本を読み、こうやって書評を書いています。
(2016年1月刊。1400円+税)

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