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米軍基地がやってきたこと

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者  デイヴィット・ヴァイン 、 出版  原書房
 米軍基地は世界中に展開する超大型フランチャイズだ。アメリカ国内には独立した外国の基地はひとつもないのに、外国には米軍基地が800近くもあり、何十万人もの米兵が駐留している。
 米国国防総省(ペンタゴン)によると、戦後70年たった現在でも、ドイツに174、日本に13、韓国に83の米軍基地が存在する。世界の70ヶ国以上に米軍基地はある。
アメリカ以外の国々のもつ在外基地は30。それに対してアメリカは800。
海外で暮らす50万人以上のアメリカ人が基地関係者だ。日本やドイツのように受け入れ国が費用を一部負担していても、アメリカの納税者の負担は、国内にいる兵士と比べて年間平均で4万ドルも増える。在外基地や軍の駐留を維持する費用総額は少なくとも年間718億ドルにのぼる。
 アフガニスタンやイラクにおける基地と兵士にかかる経費をふくめると、総額では1700億ドルをこえてしまう。
 在外基地を維持するためには、アメリカは好ましくない相手と手を組むこともいとわない。イタリアでは、米軍とマフィアが癒着している。
基地の存在が受け入れ国の安全を実際にどこまで高めているのかは疑問である。
輸送技術が進歩した現在、アメリカが海外に軍を駐留させておくメリットは、実は、ほとんどない。アメリカ本土やハワイから軍を配備するのにかかる時間は、海外にある多くの基地とほぼ変わらなくなっている。
 外国の基地は、危険な地域を安定させるどころか、軍事的緊張を高め、紛争の外交的解決を妨げることが多い。
米軍は、アフガニスタンから正式に撤退したあとも、少なくとも9つもの大規模な基地を残している。イラクから撤退したあと58か所の持続的な基地を保持しようとして失敗したが、要塞のような大使館は基地のような存在であり、アメリカの民間軍事会社の大規模部隊も残っている。そして、ISとの新しい戦争が始まると、何千人もの米兵がイラクにある5つの基地に戻っている。
 1980年代に起きた大虐殺で、ニカラグアでは5万人、エルサルバドルでは7万5千人、グアテマラでは240万人が死亡あるいは行方不明となっている。犠牲者の大部分は、貧しい一般市民だった。そして何十万人もの難民が近隣の国々やアメリカに殺到した。その原因は、アメリカ政府が供与した銃弾にある。
 1980年代、アメリカ政府は麻薬取引に関与する残忍なコントラや、ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルの圧倒的な政権を支援し、中米の汚い戦争をあおった。その戦争によって何十万人もの人々が殺傷され、社会的関係がずたずたに壊された結果、貧困と危険、麻薬密売が蔓延し、かなりの人々がアメリカなどへの移住を強いられた。
在外米軍基地からは、すさまじい量のゴミが出る。平均的な沖縄住民の出すごみの量は年間270キロであるのに対して、米軍兵士はその3倍近い年間680キロものゴミを出す。
基地の外で女性を搾取するように若い兵士にけしかけておきながら、その舌の根も乾かないうちに、軍の女性を仲間のひとりとして扱えなどといっても、それは無理な注文だ。
 米軍の女性兵士は、敵の兵士に殺されるよりも、軍の仲間であるはずの男性兵によってレイプされることのほうが多かった。人間の社会では、ある種の条件でレイプや性的暴行が起きやすくなる。そうした条件がそろっているのが米軍であり、世界にある在外基地だ。そこでは、女性が男性より劣った存在とみなされる。ポルノやショーで女性はセックスの対象でしかない。男性は男らしさを発揮するよう教え込まれ、そそのかされる。その男らしさの概念の中心を占めるのは自分より弱く劣っていて、支配されてもしかたのない人間に対しては、いくら力と権力をふるってもかまわないという思想なのだ。
 沖縄にいる海兵隊は、緊急時に重要な活動に参加するための輸送手段をもたない。沖縄から単独で、迅速に作戦行動がとれないということは、この地域に海兵隊がいても抑止力があると言えるのか、疑問だ。海兵隊が沖縄に配属されるのは、訓練に絶好の場所だからだ。 
この本は、アメリカ軍の海外基地が日本にとっても有害無益であることを実証しているといって過言ではありません。
(2016年4月刊。2800円+税)

ガザの空の下、それでも明日は来るし人は生きる

カテゴリー:未分類

(霧山昴)
著者  藤原 亮司 、 出版  インプレス
 自爆攻撃をして爆死した子の親は次のように語った。
 「その日もいつもと同じ時間に起きてきて、いつもと同じように家族と朝食を食べ、そして家を出た。息子は、パレスチナの子どもや女性が撃たれるニュースを見て、憤りを感じていた。10人いる兄弟のなかでも、とくに優しい子だった。世界では、息子のような人間をテロリストと呼ぶことは知っている。でも、戦闘機やヘリコプターでパレスチナ人を殺し、町を破壊するイスラエルと、せいぜいライフルくらいしかない我々がどう戦えというんだ。私は殉教した息子を誇りに思う」
 むむむ、なんということでしょうか・・・。
 パレスチナ人の女の子に「大きくなったら何になりたいの?」と質問をした。その答えは、「朝、目が覚めて自分が生きていると分かったら、その日、何をしようかと考えるけれど、いつ死ぬかもしれないから、先のことは分からないな」。そして、続けた。「将来のことは、大人になるまで生きていたら考えるよ」 これが10歳の少女の言葉です。なんと苛酷な状況下に生きているのでしょうか・・・。
 イスラエルでは、男女ともに18歳になると兵役義務があり、男性は3年、女性は2年弱の兵役に就き、男性は40歳までは毎年1ヶ月間の予備役義務がある。もし兵役拒否をしようものなら、イスラエル社会のコミュニティーからはみ出して生きることになる。
 イスラエルでは、学校教育の中で、軍がいかに素晴らしいものであるかを徹底的に刷り込んでいく。
分離壁の効果は絶大だった。それは、パレスチナ人「テロリスト」の侵入を防ぐとともに、イスラエル人の意識のなかで、パレスチナ人の存在を薄める効果をもたらした。ユダヤ人だけでなく、イスラエル国籍をもつアラブ人にとっても、パレスチナ人が同胞という意識は薄れた。
 今やイスラエル軍の姿は見えない。無人攻撃機やF16からの空爆と遠方からの砲撃。イスラエル軍の兵士や戦車を一般のパレスチナ人は見ることがない。そして、遠くから飛んできたミサイルで突然に殺され、家を壊される。
 危険がいっぱいのパレスチナ現地を取材している数少ない日本人ジャーナリストです。ヨミウリ・サンケイもパレスチナの現地に特派員を出して戦場の実際を生々しく報道したらいいと思うのですが・・・。
 たくさんの写真も臨場感にあふれています。
(2016年5月刊。1800円+税)

夕張毒ぶどう酒事件・自白の罠を解く

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  浜田 寿美男 、 出版  岩波書店
 事件発生は1961年3月28日。25戸しかない小さな村で宴会に供されたぶどう酒を飲んで5人の女性が死亡するという大事件が起きた。犯人として逮捕された奥西勝は当時35歳。妻と愛人の女性二人が死亡したことからも疑われた。三角関係の清算のために殺したのではないか・・・。
奥西勝は、4月2日深夜から3日の未明にかけて「自白」した。しかし、4月24日には否認に転じた。奥西勝に犯行を裏付ける決定的証拠は何もなかった。
 第一審は、奥西勝に無罪の判決を言い渡した(1964年)。ところが、第二審は、逆転死刑判決を言い渡した(1969年)。そして、奥西勝は延々と再審請求し、ついに2015年10月4日、89歳で獄死した。
奥西勝の「自白」によって、何か新たな事実が明らかになったわけでも、それが物的証拠で裏づけられたわけでもない。
 無罪は、無実とは異なる。検察側は「有罪」の立証を求められるが、弁護側に無実の立証が求められるわけではない。検察側が黒だと証明できない限り、灰色は「無罪」なのである。これが法の理念である。ところが、現実には、しばしば、あたかも弁護側は「無実」を証明しなければならないかのような状況に置かれてしまう。
 無実の人が虚偽の自白をしたあと、世間に向けて謝罪するというのは珍しくないこと。無実の人であっても、犯人だとして自白してしまった以上、求められたら犯人として謝罪するほかないからである。だから、謝罪までしたんだから犯人に間違いないと考えるのは虚偽自白の実際を十分に知らない、素朴すぎる見方でしかない。
 足利事件では、DNA鑑定によって無実とされたS氏は、任意同行で取り調べされて10時間ほどで「自白」した。その後、公判廷でも一貫して自白を維持し、1年たって結審したあと、ようやく否認に転じた。
 S氏は裁判所でも犯人であるかのように振る舞い続け、求められるたびに被害女児への謝罪の言葉を繰り返した。
たとえ虚偽の自白であっても、自分の口で語る以上は、そこに被疑者の主体的な側面が皆無ということはありえない。その状況を自ら引き受けて、自分から嘘をつく。そうした一種の主体性が虚偽自白の背後には必ずある。
 「自白」する前の厳しく辛い状況にあと戻りしたくない、出来ない心境にいる。だから、本当はやっていないのだけれども、もし自分がやったとすれば、どうしたろうかと、その犯行筋書きを考えざるをえない。その筋書きを想像しても語り、それが捜査側のもっている証拠と合致していればよし、合致していなければ、取調官のチェックを受け、その追及内容にヒントを得て、それにそって修正していく。このようにして、無実の被疑者が取調官の追及にそいながら「犯人を演じていく」。
 自白調書は取調官と被疑者との相互作用の産物なのである。このとき相互作用は、対等なもの同士のものではなく、両者には圧倒的な落差がある。その場を主導し「支配する」のは取調官である。被疑者は取調官によって「支配される」。人は任意捜査段階でも、状況次第で心理的に身柄拘束下に等しい状況に追い込まれる。
無実の人にとっては、死刑への恐怖が現実感をもって感じられず、それが自白に落ちる歯止めにはなりにくい。裁判官は、自分の無実の訴えをちゃんと聞いて、正しく判断してくれるだろうと、無実の人は考える。
被疑者は、拷問で落ちるというより、むしろ孤立無援のなか、無力感にさいなまれ、それがいつまで続くのか分からないなかで、明日への見通しを失って「自白」に落ちる。これが典型である。
冤罪は、言葉の世界が生み出す罪過の一つである。だからこそ、裁判のなかで積み上げられてきた「ことばの迷宮」にメスを入れ、これを整理し、分析し、総合し可能なかぎり妥当な結論を導くことが人にとって大事な仕事になる。
裁判官をはじめとする法の実務家は、思いのほか虚偽自白の現実に無知である。冤罪を防ぐ立場にいる裁判が防げるのに見抜けなかったとしたら、それこそ重大な犯罪だと言われなければならない。
 裁判官そして法曹の責任は重大であることを痛感させられる本でした。いささか重複したところもありますが、300頁の本書は法律家がじっくり読んで味わうに足りるものだと思いました。
(2016年6月刊。3000円+税)

吉野家で経済入門

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 安部修仁・伊藤元重  出版 日本経済新聞出版社  
吉野家の牛丼は、若いころにはときどき食べていました。早い、安い、うまいという点で、文句はありませんでした。最近は食べていません。
牛丼を構成しているのは、牛肉、米、玉ねぎ、たれの4品種。
牛肉はアメリカ産のショートプレート。はじめは国産牛肉だった。スライサーできる牛肉の厚さは1.3ミリというのを、ずっと変えていない。季節によって牛肉の質が変わるので、そのつど0.1ミリ単位で食感テストをやっている。煮上がったとき、どの厚さがもっとも食べやすいかを常に研究している。大事にしているのは食感。
国産のショートプレートではバラつきが大きく、味をはじめ標準化に無理があった。質の安定は大きな問題。脂身とまろやかさにショートプレートが最適。アメリカ産のショートプレートはジャパンスペックという品名で呼ばれる。このジャパンスペックは歩留料が99%になる。
吉野家としては、牛丼が永遠に主力商品であるという認識には立っていない。
熟成肉は、中心温度をマイナス1.7度にして、2週間保管する。熟成肉は、うまみがあって柔らかい。
松屋はチルド牛肉。部分牛肉を一度も凍結させず、冷蔵で回している。2ヶ月日持ちしないのが難点。
牛丼の原価は40%をこえる。牛丼380円のうち、材料費が150円。お米は北海道のきらら397。丼の上からつゆをかけるので、それがうまく染み込んでくれるのがベスト。粒張りとか固さとか、水分含有率など、いろいろ研究した。
吉野家に適した玉ねぎは、今は中国産。はじめは台湾産で、次はアメリカ産だった。
生姜は、ずっとタイがメイン。たれは、毎日、全国の店に配達している。各店の在庫量は、最大で1.5日分。朝に到着したら、翌朝までに使い切る。たれには、輸入物の白ワインを入れている。
アメリカ産の牛肉が入ってこなかったのは2003年12月から2006年7月までの2年半。牛丼を止めたのは、アメリカ産牛肉以外では、吉野家の味が出ないから。外の穀物肥育以外の牛肉を使うと、それを加熱したときに出るジュースが違う。だから、たれの構成成分も変えなくてはいけない。別の牛丼になってしまう。期待を裏切らないというのは、最優先の必須条件だ。
中国に吉野家は350店ある。人口500~600万以上の都市が50店以上の規模を想定できる地域。つまり、少なくとも数十店舗が出店できる地域(マーケット)じゃないと進出できない。
吉野家の店舗は日本に1200店、海外に650店ある。人材は、どんどん現地化している。牛肉はアメリカから、その他は、お米も含めてすべて現地調達。経済は現地で回す。海外で日本人が経営している子会社は、一つもない。
丼に肉盛りするまで、半年はかかる。離職率をできるだけ低くする取り組みをしている。人材を確保して、定着性を高めることを目指している。
現実にそうなっているのか知りませんが、ブラックバイトをなくすという目標をかかげているというのには共感しました。
味は三つある。先味、中味、後味。先味はうまそうだな、食べたい。中味は、これは本当においしい。後味は、ああ、うまかった、また食べたい、というもの。このなかで後味がもっとも大切だ。
たかが牛丼、されど牛丼なんですね・・・。
(2016年2月刊。1300円+税)

白磁の人

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 江宮 隆之 、 出版 河出文庫 
日本が朝鮮半島を植民地として支配していたとき、朝鮮民族の文化を尊重して、地を這うように活動していた日本人がいたんですね・・・。
浅川巧という人物です。いまもソウル郊外の共同墓地に眠っています。韓国の人々によって浅川巧の墓は今日まで守られてきました。碑文には、次のように書かれています。
「韓国が好きで、韓国人を愛し、韓国の山と民芸に身を捧げた日本人、ここに韓国の土地となれり」
日本帝国主義の先兵となった日本人ばかりではなかったことを知り、うれしく思いました。
浅川巧は明治24年(1891年)に山梨県に生まれた。生まれたのは山梨県北巨摩(きたこま)郡。この巨摩というのは朝鮮半島の高麗(こま)人が住んだところという意味。つまり、浅川巧には、遠い朝鮮民族の血が流れている・・・。
浅川巧の兄・浅川伯教は、近代日本人として初めて李朝白磁の美に着目した。李朝白磁は、それより前に高い評価が定着していた高麗青磁に比べて、まだその美しさが認められておらず、二束三文で当時の朝鮮で、古道具店に置かれていた。
日本に併合される前、朝鮮の山は、その多くが共同利用地となっていた。「無主公山」と呼ばれて、個人所有者こそいないものの、共同で入会権をもつ山である。ところが、日本政府は軍用木材を必要としていたことから、韓国政府に「無主公山」を国有林野とさせたうえ、日韓併合によって日本の国有林とした。それによって朝鮮の人々は、共同利用地としての入会権を失った。そして、次に朝鮮総督府は、「朝鮮特別縁故森林譲与令」という奇異な法令によって、日本人や親日派の朝鮮人地主に分け与えた。新しい地主は、軍用材の需要にこたえて、もらった山林を乱伐していった。こうやって、朝鮮の山が荒れていった。
浅川巧は、そんな状況下で林業試験場で働いた。
李朝の陶磁には、白磁が断然多い。それは李朝の人々が白を貴び、白を愛好し、白色についての認識と感覚に優れていたせいだろう。
白磁の原料である白土も全土で見つけることができた。量も質も、とても良好な白土だ。
李朝時代の人々は、清浄潔白に対する敬愛の念から人間としても『清白の人』を理想とした。着衣も、上下ひとしく白衣を用いた。祭礼用の儀器も祭器も、ほとんど白磁だった。
京城で、日本軍人から迫害される唯一の日本人・浅川巧を周囲の朝鮮人は、敬愛し、敬慕した。
浅川巧は、ひどい目にあってもチョゴリ・パジを脱ごうとせず、朝鮮語で話し、笑った。朝鮮人は日本人を憎んだが、浅川巧は愛した。
浅川巧は昭和6年(1931年)4月、40歳で病死した。
日本敗戦のあと、在朝日本人の立退を求めて朝鮮の民衆が押しかけてきた。浅川巧の遺族の家に来たとき、浅川巧の家であることを知ると、人々は何もしないで立ち去ったそうです。死せる巧は、最愛の二人、妻と娘を守った。
映画にもなったそうですね。残念なことに、私は知りませんでした。170頁ほどの文庫本ですが、涙なくしては読めませんでした。
(2012年6月刊。580円+税)

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