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ブラックアース(下)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ティモシー・スナイダー 、 出版  慶應義塾大学出版会
 ユダヤ人へのホロコーストの実情が刻明に掘り起こされています。
 ユダヤ人の大量殺戮は、何万ものドイツ軍が3年にわたって何百という死の穴のうえで何百万というユダヤ人を射殺していた東方では、ほとんどの者は何が起きているのかを知っていた。何十万ものドイツ人が殺戮を実際に目のあたりにしたし、東部戦線の何百万ものドイツ人将兵は、それを知っていた。
 戦時中、妻や子どもたちまでが殺戮現場を訪れていたし、兵士や警察官はもとより、ドイツはときに写真付きで家族に詳細を書いた手紙を送った。
 ドイツの家庭は、殺害されたユダヤ人からの略奪品で豊かになった。それは何百万というケースではなかった。略奪品は郵便で送られたり、休暇で帰省する兵士や警察官によって持ち帰られた。
 1940年6月にソ連に占領されたエストニアでは、1941年7月にドイツ軍がやってきたときに居住していたユダヤ人の実に99%が殺害された。これに対してデンマークでは、市民権をもつユダヤ人の99%が生きのびた。エストニアでは国家が破壊されたが、デンマーク国家は一度も破壊されなかった。ドイツの占領は、明らかにデンマークの主権をもとにして進められていた。デンマーク当局は、ユダヤ人市民をドイツに引き渡すのは、デンマークの主権を損なうことになると理解していた。
デンマーク人は、自国のユダヤ人をドイツではなく、スウェーデンに送り届けるために小型船隊を組んだ。ドイツ警察は、この企てを知ったが、留はしなかったし、ドイツ海軍も、眺めるだけだった。デンマーク市民は、同胞の市民を自分たちの国で救うのは犯罪ではないので、ほとんど身に危険を感じず、やってのけた。ドイツ警察が10月2日に急襲したときにも、デンマーク市民権をもった5000人のユダヤ人のうち481人だけしか捕まらなかった。
ドイツ当局は、収容所におけるユダヤ人の外見上は良好な状態を見せるプロパガンダ映画を製作するのに、デンマークからのユダヤ人を利用した。
なるほど、国家体制が残るっていうのは、こんな効果もあるのですね・・・。
国家が破壊された場所では、誰も市民ではなかったし、予想できるいかなる形の国家の保護も享受していなかった。ドイツの官僚制度はドイツのユダヤ人を殺害することはできなかった。ドイツのユダヤ人は、戦前からのドイツの地においては、ごくごく少数の例外を除いては、殺害されることはなかった。
 市民権、官僚制度、外交政策が、ヨーロッパのユダヤ人全員を殺害せよというナチスの衝動を妨げた。
伝統的にルーマニアは、フランスの従属国であり、ルーマニアのエリート層はフランス文化に自己を重ねあわせていたし、フランス語が広く話されていた。
ヒトラーは、ルーマニア陸軍を重要視していた。ポーランドの崩壊後、赤軍に対抗するのに使える東ヨーロッパにおける唯一のまとまった数の軍隊だった。
 ルーマニアは、1944年、ドイツに抗しながら終戦を迎えた。ルーマニアのユダヤ人の3分の2が生きのびていた。
 ハンガリーでは、1944年になっても、80万人がハンガリー領内で生きのびていた。ブルガリアの支配の及んだ地域に住んでいたユダヤ人の4分の3が生きのびた。
 イタリアは、反ユダヤなどの人種立法を通過させたが、ムッソリーニは、イタリアのユダヤ人を死の施設に移送することに何の関心も示さなかった。イタリアにいたユダヤ人の5分の4は生きのびた。
これに対して、領有者がかわった地域のユダヤ人は、たいてい殺されてしまった。
 フランスのユダヤ人は4分の3が生き残り、オランダとギリシャのユダヤ人は4分の3が殺害された。オランダは、国家のない状態に近かった。国の元首はいなくなったし、政府は亡命してしまった。
生きのびたユダヤ人は、ほぼ全員が非ユダヤ人から、何らかの援助を受けていた。ドイツ人は、ある状況では救助者となり、別の状況では殺人者となった。
 ホロコーストの実際が、とても詳細に分析されていて、大変勉強になりました。
 この本を読みながら、つくづく歴史を学ぶ意義は大きいと痛感しました。
 
(2016年7月刊。3000円+税)

希望の裁判所

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 日本裁判官ネットワーク 、 出版  LABO
このタイトルは、ジョークでも皮肉でもない。日本の現元裁判官が大まじめでつけたもの。
希望が今後も大きくなるように、さらなる司法改革を心から訴えている本である。
日本裁判官ネットワークは、1999年(平成11年)9月に、現職裁判官をメンバーとする日本で唯一の裁判官団体(裁判官OBがサポーターとなっている)。
この本の冒頭にあるのは、なんと「判決どどいつ」です。弁護士から裁判官になった竹内浩史判事です。それがなるほど、よく出来た「どどいつ」なのです。たとえば、次のようなものがあります。
セブン・イレブン、反省気分、多分報告、不十分
これは、最高裁判決がセブン・イレブンの本部に仕入の詳細に関する情報開示を命じたものに関するものです。
福岡高裁を最後に定年退官した森野俊彦弁護士は非嫡出子の相続分差別規定を憲法違反とした最高裁判決を積極的に評価しながらも、その理由づけに不満を述べています。立法理由の合理性の判断から逃げているという点です。そして、夫婦同姓規定について合憲とした最高裁判決については大いなる疑問を投げかけています。
ただ、鎌倉時代の北条政子について、官位を付与するときの便宜的なもので、記録上だけとしているのは、本当なのでしょうか。同じように、夫婦別姓だったとして有名なのは日野富子もいますし、江戸時代は夫婦別墓で、妻は実家の墓に入っていたということですし、単に便宜とか記録上というのではないように私は考えています(私も、さらに調べてみます)。
人生の半分以上を費やした場所である裁判所になお、希望を見出そうとする思いがにじみ出ている論稿でした。
浅見宣義判事は、激動する日本社会の中で、裁判官という職務のやりがいが特に大きくなり、その魅力が高まっていると力説しています。
私も、そう考えている裁判官がもっと増えてほしいと思います。現実には、やる気のない裁判官、記録をじっくり検討しているのか疑わしい裁判官、枝葉を妙にこじくりまわす裁判官、いかにも勇気のない裁判官があまりに目立つからです。
裁判員裁判を経験した刑事裁判官が、体験して本当に良かったと述懐していたとのこと。私も、こういう話を聞くと、うれしくなります。私は残念ながら、裁判員裁判を1件も経験していません。殺人事件を担当したら、いわゆる認定落ちになってしまったのです。
体験した弁護士の、必ずしも全員が裁判員裁判を積極評価しているわけではありません。先日、これまで8件ほど体験した福岡の弁護士に意見を求めると、昔の職業裁判官による裁判に比べたら断然いいと思うし、やり甲斐があると語っていました。パワーポイントなど使わず、裁判員の顔を見ながら弁論するので、反応がすぐ分かり、手ごたえがあるのが良い、とのことでした。
これまでの調書偏重裁判を打破したという点で、裁判員裁判は画期的なものだと私も考えています。そして、被告人の保釈が認められやすくなったのも事実です。「人質司法」が少しだけ改善されたのです。
もちろん、裁判所は、もっともっと改革されるべきです。たとえば、裁判官の再任審査にあたって外部意見を取り入れる建前になっていますが、それは「外部」といっても、せいぜい弁護士しか想定していません。広く裁判を利用した国民の声を反映させるものではまったくありません。実は、弁護士会のなかにも、その点について消極的な声があるので、驚くばかりです。大学でも学生が教授を評価するのがあたりまえになっている世の中です。裁判を担当した裁判官について、利用した国民がプラス・マイナスの評価をつけることが「裁判の独立」をおかすものとは私には思えません。
最後に『法服の王国』の著者である黒木亮氏がイギリスの裁判では、みんなが活発議論していることを紹介しています。私は日本でも、もっと本当の口頭弁論をしなければいけないと考えていますので、日本はイギリスを見習うべきだと思いました。
ともあれ、日本の司法について希望を捨ててしまったら、いいことは何もありません。
日本国憲法の輝ける人権保護規定を深く根づかせるためにも、私たち弁護士も、裁判官も、もっと努力する必要がある。そのことを確信させる貴重な問題提起の本です。
私の同期の元裁判官(仲戸川隆人弁護士)より贈呈を受けました。ありがとうございました。日本裁判官ネットワークのさらなる健闘を心から期待しています。
(2016年12月刊。2500円+税)

ライオンは、とてつもなく不味い

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 山形 豪 、 出版  集英社新書ヴィジュアル版
アフリカで育った日本人がいるのですね。そんな野生児は、現代日本社会では住みにくいと感じるのも当然です。その野生児は、大人になってフリーのカメラマンとして、主としてアフリカやインドで野生動物の撮影をしています。
被写体となった野生動物の表情が、みな生き生きとしています。カメラマンに向かって突進寸前のものまでいて、ド迫力満点です。
タイトルは、まさかと思いました。ライオンの肉を食べるなんて、そんなことはありえない。何かのたとえだろうと思っていると、なんと、本当にライオンの干し肉を食べたというのです。
家畜を襲ったライオンは害獣として駆除してよいという法律があり、駆除されたライオンは殺された牛の持ち主に所有権がある。毛皮は売って、肉は干して食用にする。味付けをしていないただの干し肉だったせいもあるかもしれないが、今まで食べたどの肉よりもマズかった。とにかく生臭いうえに、猛烈に筋っぽかった。
人間にとっては牛のような草食動物のほうが美味しいのですよね。肉食動物の肉は一般に人間の口にはあわないようです。
ライオンから人間が襲われる事故は決して多くはない。それは、そもそもライオンは総数4万頭以下と個体数が決して多くはないから。人と接触し、事故が起きる確率が低い。
これに対して、カバによる事故は多い。カバの気性が荒いというだけでなく、水辺を好むカバと人間とは接触する機会が多いからだ。
現実世界の「草食系」動物は、決して優しくもないし、おっとりもしていない猛獣たちなのである。
テントの周囲にライオンやハイエナがうろついていても、テントの中にいて寝込みを襲われたという話は聞いたことがない。テントを破って中身を食おうという気にはならないのだ。
しかし、テントのフラップを開け放して寝ていた人間がハイエナに食べられたというケースはある。
アフリカで食べられないように注意しなくてはいけないのは、ナイルワニ。カバの次に多くの人の命を奪う動物は、ワニである。
しかし、もっとも恐ろしいのは、なんといっても、人間である。他の動物にはない、悪意や物欲というものを持っている。しかも、刃物や銃をもっているので、危険きわまりない。
写真と文章で、しっかりアフリカの野生動物たちの生態を堪能できる新書です。東アフリカの野生動物の写真といえば、小倉寛太郎氏を思い出しました。『沈まぬ太陽』のモデルとなった人物です。小倉氏は大阪の石川元也弁護士の親友でしたので、その関係で一度だけ挨拶しました。大人の風格を感じました。
(2016年8月刊。1300円+税)

驚くべき日本語

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 ロジャー・パルバース 、 出版  集英社
日本語って、ガイジンさんには難しいと思っていますが、実は話し言葉としては、世界でも易しいほうなのだそうです。難しいのは漢字のまじっている読み書きなのです。
日本人は、日本語があいまいな言語だと信じ込んでいる。しかし、日本語は明らかにあいまいではない。日本語には秘密もなければ、不可解さも、暗号のようなところもない。
話し言葉としての日本語は、学ぶにはもっとも平易な言語の一つである。
言語は、結局、戦いの基本的な道具である。
言語は「同じ人種でくくられた集団」という意識をつくり上げる武器である。「他者」をたしかな方法で識別して自分たちの集団から疎外することに加担する。自分がどの民族に属するかを決定するのは、言語なのである。
第一言語を話す能力と外国語のそれとは、それぞれ脳の違う部分に刷り込まれる。
第一言語の音の響きだけが、ものごとのイメージと結びつく。
言語は私たちに民族的なアイデンティティを与えるもの。国家にとって、言語はきわめて大切な道具であり、一方で目に見えない武器なのである。民族を一つにまとめるのに、まさに言葉ほど力をもつものはない。言語はまた、悪しき目的のために強制的に使われることもある。
多くの人は、自分の頭を白紙状態にできないでいる。これは、それ以上、他の言語を学ぶことができない状態でいるということ。他言語を学びたいと思うなら、その独自の秩序を学ぶためには、すでに頭のなかにセットされている第一言語の統語の体系をまず消し去る必要がある。自分の第一言語の論理を消し去れば、だれでも日本語の修得は可能である。
日本語のきわだって特徴的で重要なポイントは、日本語の表現力は異なる言葉によって生み出されるのではなく、同じコトバの語尾変化によって生まれるということにある。
動詞と連結させて縦横無尽に表現をつむぎ出せる擬態語という道具があれば、もともとの語彙の数が多くなくても、さまざまな行動や感情を表現することが可能になる。
日本の国際化は、英語で始まるのではない。日本語で始まる。
日本語の音の響きの美しさは、書き言葉とのすばらしい連携から生まれる。
1944年にアメリカで生まれ、日本には1967年以来、50年も生活していますので、もちろん日本語はぺらぺらです。いえ、ロシア語も、ポーランド語もできます。すごい人ですね。
私も、フランス語をもっと気楽に自由に話せるようになりたいです。
それにしても、世界のなかの日本語の位置づけを考え直しました。
(2014年8月刊。1000円+税)

世界をたべよう!旅ごはん

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 杉浦 さやか 、 出版 祥伝社
眺めているだけでも楽しい、旅ごはんの本です。なにしろ世界24ヶ国、そして日本国内も21軒のレストランやら屋台を素敵なカラー・イラストで紹介していますから、ついついよだれがこぼれそうになってしまいます。
著者はいったい何を職業としているんだろうかと、やっかみ半分で頁をめくっていきます。最後の著者紹介にイラストレーターとあります。なるほど絵がうまいはずです。それにしても、旅行して美味しいものを食べて、それを絵に描いて本にして、本が売れたら収入となるなんて、なんてうらやましいことでしょう。まさしく趣味と実益が一致しています。
ベトナムでは若い女性二人だけで、100%男性客しかいないビアホイに入った。ビアホイとは、工場直送のポリ容器入りの生ビールのこと。そして、そのビアホイを飲める店のこと。ビアホイは、東南アジア特有のかなりの薄味。冷え方はあまく、ジョッキに氷を入れて飲む。薄いビールがさらに薄まるけれど、これがクセになる美味しさ。この薄々ビールと絶妙なおふくろの味、そして、ベトナムおやじたちの優しいまなざしに迎えられて、最高の旅の思い出となった。
インドネシアのバリでは、昼食にバイキング方式みたいに好きなものをたくさん食べ、ついに夕食は抜かしてしまった。これも若さからの失敗ですね。今の私は、なんでも腹六分目をモットーとして、少しずついただくようにしています。
ハンガリーではグヤーシュを食べたとのこと。昔、私の行きつけのプチ・レストランにハンガリアン・グラッシュという名前の料理があり、大好物でした。たっぷりの野菜と牛肉を粉末のパプリカで煮込んだシチューです。その店は今はもうありませんが、ぜひまた食べたいです。
フランスでは、ノルマンディのカキを食べて、なんとあたってしまったとのこと。お気の毒です。10年以上も前にパリのカルチェラタンで泊まったプチ・ホテルの近くに生カキを食べさせてくれる店があり、一家5人で美味しく食べたことを思い出しました。このプチ・ホテルで食べたフランスパン(バゲット)の塩加減の素晴らしさは、今でも家族全員のいい思い出です。
著者はラム(羊肉)がダメだとのこと。可哀想ですね。でも、ノルウェーのラム肉は臭くなくて、柔らかくて、初めて完食したそうです。おめでとうございます。
いかにも若い女性の手になる可愛いらしいイラストが満載です。ぜひ手にとって眺めて楽しんでください。
(2016年11月刊。1400円+税)

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