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佐藤ママの強運子育て心得帖

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 佐藤 亮子 、 出版  小学館
著者の本は、どれを読んでも、じんわり心が温まる思いがします。同時に、自らの子育てを振り返ると、ああ、そうか、あれは良くなかったんだなあと、反省することしきりです。でも、まあ、3人の子がそれなりに元気に生きていることで、それほど大きな間違いはしてないよね、と自らを慰めています。
そもそも、子どもには、親の恩なんて感じさせないように育てるのが一番いい子育てだ。
ともに笑ったり、泣いたり、かわいいころを一緒に過ごせる幸せに感謝。
まったく、そのとおりです。でも、その幸せに気がつくのは、たいてい過ぎ去ってから何年も何十年もたってからのことなんですよね・・・。
ケアレスミスという言葉をつかってはダメ。間違いは、すべて間違い。
人間はみな、基本的に怠け者である。
子どもの泣き声が耳障りなのは、生きていくために親の注意をひく目的があるから。
そうなんです。サルやチンパンジーの赤ちゃんは泣かない。なぜか・・・。赤ちゃんは母親にぴったり密着しているから、泣く必要がない。人間の赤ちゃんは母親と密着していないので、泣いて母親の注意を喚起する必要があるのです。
隣の子に言えないような言葉は自分の子にも決して言ってはならない。
アドバイスを受けたら、まず、感謝する。「だけどね・・・」と言うべきではない。
子どもから相談をされたら、何を差しおいても、ふたつ返事で引き受ける。
うーん、これって簡単そうで、実際には難しいですよね。親にも都合があり、気分の変化もありますからね・・・。それでも、ということなんですよね。
家庭のなかで、みんなが明るく生きていけるように演じてみる。
自分の心に毒になってしまいそうなことはスルーしてしまう。
そうですよね、ストレスもためこまない工夫が必要です。
子どもにとって、親は絶対的な存在であって、相対的なものではない。
親が何ごとにも好奇心旺盛で積極的に行動していると、子どもは伸びる。
子育てにおいて一番大切なことは余裕をもつこと。そして、十分な睡眠は集中力に欠かせない。
4人の子(男3人、女1人)を全員、東大理Ⅲに合格させた佐藤ママの言葉は、どれをとってもなるほどと思わせるものばかりです。あとは、ひとつひとつ実行していくことですね。
わずか130頁たらずの小さな新書ですが、子育て途中のパパ・ママには価値ある1000円に間違いありません。
(2018年4月刊。1000円+税)

スバル360開発物語

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 桂木 洋二 、 出版  グランプリ出版
スバル360とは、軽自動車の車名です。1958年(昭和33年)3月に売り出され、12年間もモデルチェンジされませんでした。42万5000円で売られましたが、これは1500CCの小型乗用車の半値以下でした。もっとも、ふつうのサラリーマンの年収を大幅に上回っています。それでも、売れました。軽自動車の免許で乗れ、安くて故障が少なく、加速力などの性能が良かったのです。
小さいクルマなのに室内が驚くほど広く、加速が良いうえ軽快に走りました。丸くてずんぐりとした形で、愛嬌がありました。富士重工業がつくり、伊藤忠商事が販売しました。
私が40年前にUターンして独立開業したときの初めての車はスバルの中古車でした。あろうことか走行中に交差点のド真ん中でエンストを起こし、3歳の長男が泣き出してしまいました。親切な若者がうしろから押してくれて、危地を脱することが出来ました。中古車って、そんなこともあるのか・・・と悟り、それから車音痴で安全第一の私は中古車に乗るのはやめました。
スバルは「すばる」のこと。清少納言の『枕草子』に「星はすばる」とありますが、プレヤデス星団を指しています。ちなみに、このコーナーの著者名(ペンネーム)も昴(すばる)です。
スバル360の開発計画がスタートしてから、わずか1年4ヶ月で試作車第1号が完成した。驚くべき速さだった。
クルマのデザインは、会社にとって最高機密に属する。
スバル360が走っていたのは、私が小学生から中学・高校生までのことです。よく見かけました。ダイハツのミゼットは高用車でしたが、スバル360は家族そろってのお出かけに最適だったようです。
なつかしいクルマに久しぶりに出会うことができる本でした。
(2015年5月刊。1600円+税)

勘定奉行の江戸時代

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 藤田 覚 、 出版  ちくま新書
江戸時代というと身分によってガチガチに固まっている窮屈な社会だったというイメージがありますが、その実態は必ずしもそうではなくて、運と能力次第では、かなり上の役職・身分までのぼりつめることも出来ていたようです。
能力が求められるという点では、江戸時代の勘定奉行は、その筆頭に来ます。なにしろ破綻しかけている幕府財政をなんとか立て直すという課題について、父子相伝のボンクラ頭でつとまるはずはありません。
江戸時代は、福沢諭吉が「親のかたき」と言ったような厳しい身分制・家格制でガチガチに固められていたとみられがちだ。なるほど基本的にはそうだったけれど、勘定奉行をみてみると、必ずしもそれだけではなかった。
勘定奉行の第一の特徴は、職掌のように幅が広く、しかも職務が重要なことにある。幕府財政の運営、全国の交通体系の維持、裁判の運営、さらには三奉行の一員として江戸幕府の重要な政策・意見決定に参画していた。
勘定奉行は、それほど江戸幕府の重職・要職だった。
勘定所内部の職階を上ってトップの奉行に昇進した人が、少ないとはいえ、10%いた。この事実こそ、勘定所の昇進システムの特異なところであり、重要なことだった。このように、勘定所の職員が内部昇進する仕組は、幕府の重要役所として異例なことだった。
なるほど、なるほど、と思いながらあっというまに読了しました。
(2018年2月刊。780円+税)

戦争とトラウマ

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 中村 江里 、 出版  吉川弘文館
戦争中、日本軍兵士には戦争神経症患者は少なかった。それは、戦死がこのうえない名誉と考えられていたうえ、生物として有する生命維持への恐怖を最小にし、結果として欲求不満を最小にする状況であったからだ。
こんなバカげた意見を2002年に発表した自衛隊員(研究者)がいたそうです。これって、まったく観念論の極致です。戦場と戦病死の実際を完全に無視した観念的精神論者の筆法でしかありません。
この本は、病院に残された資料をもとに戦争神経症患者の実態に迫っています。終戦直後、軍部は一斉に証拠隠滅を図りました。それは満州にあった七三一部隊だけではなかったのです。病院でも次々に資料が焼却されていきました。日本軍そして今の自衛隊の真相隠しは悪しき伝統なのです。
アフガニスタン・イラク戦争に派遣されたアメリカ軍兵士のなかでは、戦死した兵士よりもアメリカ国内に戻って自殺した帰還兵のほうが多い。
戦争では、加害者が被害者意識をもち、被害者がむしろ加害者意識や生き残ったことへの罪悪感を抱いてしまうという転倒現象がみられる。
日本兵士については、加害者としての一面があると同時に、国によって戦場へ駆り出されたという被害者の一面もあった。
戦時中、中国において上官の命令で罪のない市民を殺してしまったことによるトラウマを戦後の日本でずっとかかえ、慢性の統合失調症患者と扱われてきた男性がいる。
「人を殺せる」兵士こそが「正常」だという圧倒的な価値体系のもとで生きなければならなかった元兵士のなかには、個人の良心や戦後の市民社会における加害行為を否定する論理とのギャップに苦しみながら戦後を生きた人々が間違いなくいる。
トラウマを負った人は「二つの時計」をもっている。一つは、現在その人が生きている時間であり、もう一つは時間がたっても色あせず、瞬間冷凍されたかのように保存されている過去の心的外傷体験に関わる時間である。「戦場」という空間から離れ、「戦時」という時間が終わってもなお、傷が心身に刻み込まれて残っている。
戦争は狂気。敵も味方も、恐怖と憎悪にゆがんだものすごい形相でにらみあい、黙ったまま突き殺し、切殺し、逃げまどい、追いすがる。こんな白兵戦を経験したら、どんな人間でも鬼になってしまう・・・。
戦時中、兵士の欠乏に悩んだ当局は、不合格としていた知的障がい者たちも徴集し、軍務を担わせた。しかし、それは「帯患入隊」ということなので、恩給や傷痍(しょうい)軍人としての恩典は与えられなかった。
ええっ、これはひどいですね、ひどすぎます。
今ではかなり知られていることですが、日本軍は兵士が人を殺すことへの抵抗感をなくすため「実的刺突」を実施していた。これは、初年兵教育のなかで、生きている中国人を標的として、銃剣で刺し殺すというものです。その中国人は、たまたま日本軍に捕まったというだけで、殺人犯として死刑宣告になったとか、スパイとして潜入した中国兵とかいうものではありません。刺し殺すことに何の大義名分もなかったのです。
「なに、相手は中国人、チャンコロじゃねえか。オレは世界一優秀な大和民族なんだ。まして天皇陛下と同じ上官の命令じゃないか。一人や二人、いや、国のためなら、もっと殺せる」
こう考え、納得させて、日本兵は鬼と化していくのです。これでトラウマにならないほうが人間として不思議です。
日本兵に戦争神経症患者が少なかったというのは、肝心な記録が焼却処分されているなかで、自分に都合の良い資料だけをもとに、ヘイトスピーチと同じ精神構造でやっつけた妄想にすぎません。戦争の現実は直視する必要があります。
(2018年3月刊。4600円+税)

天文館強姦えん罪事件報告書

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 伊藤 俊介 ・ 西田 隆二 ・ 野平 康博ほか 、 非売品
天文館事件が福岡高裁高崎支部で無罪判決が出て、検察官の控訴がなく確定したあと、控訴審弁護団がその教訓を座談会を通じて明らかにしたものです。私はゴールデンウィーク中は自宅に籠っていましたので、一気に読了しました。
控訴審(裁判長・岡田信、増尾崇・安部利幸裁判官)の無罪判決は30頁もあって詳細をきわめていて、読むとなるほどと説得力があります。それにひきかえ、一審で有罪とした判決文は9頁しかなく、拙劣としか言いようがありません(裁判長・安永武央、植田類・竹中輝順裁判官)。この3人の裁判官の名前はしっかり記憶しておくことにします。
一審判決は「典型的な路上強姦の事案」だとしながら、しかも路上に2回も倒されたという被害女性の着衣にも人体にも何ら損傷がなかったことを検察官も認めているのに、「客観的事実と矛盾」しないとしているのです。でも、まあ、これは許される事実認定の幅なのかもしれません。さらに重大なのは、路上での強姦行為が「45秒間」で成立したかのような事実認定をしたり、行動手順の時間経過を裁判所が勝手に入れかえたうえで「客観的に不可能」とまでは言えないとしているのです。そして、きわめつけは、被害女性から検出された精液が被告人のものとは認められていないのに、被告人を強姦罪で有罪としたのです。信じられません。開いた口がふさがりませんでした。
この点、控訴審はあらためてDNA鑑定をした結果、被告人とは別の男性の精子が検出され、被告人のものは検出されていないとしています。そして、これは、警察の鑑定結果が被告人のものではなかったことから、虚偽の報告をしてごまかしたのではないかと指摘しています。モリ・カケ事案においてアベ政権がやったことと同じですね。権力(警察と検察庁)がウソとごまかしをしてはいけません。
控訴審判決は精子のDNA鑑定で被告人のものが検出されなかったので、それだけで無罪にできるところを、前述したように、さらに他の論点まで触れて、被告人の無実を完璧に明らかにしています。ついでに、和久本圭介検察官(この人の名前も覚えておきます)が、こっそり鑑定したことを厳しく弾劾しています。
弁護団の座談会は47頁もあり、やや未整理で冗長なところもありますが、それだけに臨場感をもって苦労話を追体験できます。
そもそも鹿児島一の繁華街である天文館で、たとえ夜中の2時であり、裏の路地であっても、路上強姦が果たして可能なものなのか・・・。弁護士たちはその時間に現場に立ってみます。そして、街頭や店舗の監視カメラの映像を求めて聞き込みに歩くのです。なるほど、弁護人の無罪立証のためにはそこまでしなくてはいけないのですね・・・。今村核弁護士をテーマとしたNHKの「ブレイブ」を思い出しました。
それにしても、逮捕されてから保釈が認められるまで、被告人が2年4ヶ月も拘留されていたというのは裁判所は本当はひどいです。DNA鑑定で被告人とは別の男性の精子が出たことが分かってからかのことです。いま、モリトモ事件でカゴイケ夫妻が半年以上も拘置所に入れられています。逃亡も証拠隠滅もまったく心配ないのに、裁判所が保釈を認めないのです。人質司法というより、政治におもねる裁判所を許せません。広島で民商の女性事務局員が否認したら1年以上も拘留されていたことがありました。裁判所は、自分の頭で考えるべきですし、過ちを素直に認めるべきだと思います。本件で一審の安永武央裁判官たちは無罪確定のあと少しは反省しているのでしょうか・・・。
裁判所に青法協会員がいなくなり、裁判官懇話会が消滅してしまって久しくなります。真面目な裁判官は、どうやって励ましあっているのでしょうか・・・。大いに心配です。
いい冊子でした。DNA鑑定の実際を知ることができるなど、実務的にも大変勉強になる報告書です。弁護士のみなさん、ぜひ手にとって読んでみてください。
(2018年4月刊。無料)

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