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コンゴ共和国、マルミミゾウとホタルのいきかう森から

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者  西原 智昭 、 出版  現代書館
ゴリラは平和主義者です。大きな身体だけど静かな気性、不器用だけど、きれい好き。隣のグループとも、いたって平和的。泥沼に肩まで浸かりながら、幸福そうに目を細めて大好物の水草を食べる。
ゴリラは歌をうたう。ハミングで、うまい。ヨーロッパの民謡みたいなメロディーで、人間そっくり。草食性のゴリラの糞は草っぽい匂い。これに対して、肉を食べるチンパンジーの糞は人間と同じで臭い。ゴリラはチンパンジーとちがって肉は食べないが、アリやシロアリは食べる。
アフリカで生活するとき、マラリアには予防接種はない。予防薬をのみ、蚊にむやみに刺されないよう用心するしかない。しかし、村から遠く離れた森のなかで生活していると安全。人が住んでいないので、マラリア蚊がいないから・・・。
アフリカのジャングルにすむ野生動物は一般的に危険がない。基本的におとなしく、想像されるほどの危険はない。こちらがひどく相手を驚かさない、静かにしている、相手に異常に接近しない、武器をもたない、そうすると加害を加えてくることはまずない。危険なのは、視界の悪い森のなかで急に鉢合わせしたときくらいのこと。
あえて危険な動物をあげるとなると、ヘビだろう。
アフリカで何より怖いのは、東京のド真ん中と同じで、人間。内戦があって殺し合いが始まると、その前に逃げ出すしかない。
アフリカの森に無数のホタルが明滅する森があるといいます。ぜひ行ってみたいです。
学者って、森の中でじっとゴリラを観察し続けるのですよね。その忍耐強さに驚嘆します。
(2018年1月刊。2200円+税)

穢れ舌

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 原 宏一 、 出版  角川書店
面白いです。前に『星をつける女』(KADOKAWA)を読みましたが、同じシリーズのような本です。
料理研究家やレストランのインチキ、さらには産地偽装のカラクリまでを暴いていく過程は、手に汗を握るハラハラドキドキ感もあり、なるほど、この分野ではこんなことが起きているのかという知的好奇心もたっぷり満たしてくれます。
料理研究会と銘うっている女性は、実は黒幕に踊らされているだけの存在でしかありません。へとへとになるまで働かされます。そして産地農家と提携というのもインチキ。その場しのぎの契約でしかありません。
どうやって、そのインチキを暴くのか・・・。
日本酒の特定銘柄がネットでプレミアムつきで転々売買されている。しかし、その日本酒は実は桶買いでしかない。そんなに高値の日本酒がつくれるわけがない。また、どうやって秘密を守り通せるか・・・。
ネットで一般客をだますのは、いとも簡単のようです。サクラをたくさんつくって、さも人気商品であるかのように装ったらいいのです。
寿司店。銀座の高級寿司に私も一度は行ってみたいです。アベ首相やオバマ大統領の行った店でなくてもいいのですが・・・。
いいネタをどうやって安く仕入れるか、店の主人は苦労しています。そこで、大胆なインチキをする店のも出てくるというわけです。
『神田鶴八鮨ばなし』などを参考にしたというだけあって、料理場面はノドから手が出るほど、美味しそうです。
(2018年3月刊。1500円+税)

法の番人として生きるー大森政輔回顧録

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 牧原 出 、 出版  岩波書店
著者は青法協の会員裁判官でした。今も、安倍首相の集団的自衛権の解釈は憲法違反だと断言します。
著者は灘中・高から京都大学法学部に進学しました。学問の自由を戦った京大法学部にあこがれたのでした。京大法学部では社会主義に大きな関心をもち、自治会活動にも参加します。そして、司法試験を目ざして在学中に合格します。
司法修習生になったら、当然のように青法協に入りました。青法協は、市民に足を置く良心的な法律家の集団と思われていて、青法協に入る意欲のないような法律家は良識に欠ける存在だと思われていた。実際、最高裁のなかの所付判事補の多くが優秀であり、青法協の会員でした。
 学園紛争、70年安保ぐらいから、青法協会員だというのは、よほど過激な者だということになったようで、非常に残念。
私は、著者が青法協を脱会したことを責めるつもりはまったくありませんが、青法協会員だった最高裁のエリート裁判官たちがこぞって脱会したあと、裁判所内に自由闊達な雰囲気がなくなり、ヒラメ裁判官だらけになってしまったことについては、厳しく指摘してほしいと思いました。
著者が裁判官になるときの面接で、「政治活動はしないだろうな」という質問を受けたといいます。とんでもない質問ではないでしょうか。今は、こんな質問なんかする必要がない状況ですが、それをつくり出したのが、このような質問をする司法当局だと思います。
最高裁にいた若い局付判事補はほとんどが青法協の会員だった。若い時代には日本国憲法を擁護する意識をもつのが通常で、その意識のない若い裁判官は腰抜けだと考えられていた。結局、著者は、司法反動の嵐のなかで配達証明付の脱会届を送るのです。
岡山に赴任したときには、事務総局から青法協を逃げ出した男だという前評判で迎えられた。それでも岡山のあと東京に戻れなかったのは、青法協脱退をぐずぐずして抵抗したからだという理由があげられています。ひどい話です。
そのあと、法務省へ出向します。さらに内閣法制局への出向です。
安倍内閣の集団的自衛権の憲法解釈変更は明らかに暴挙だというのが著者の考えです。
舌先三寸で、黒を白と言いくるめられたら何でもできると思い上がった人が総理になるということほど恐ろしいことはない。このように著者は言い切ります。胸のすく思いです。
わが国を取り巻く安全保障環境の変化を考慮しても、憲法9条の改正がない限りは、集団的自衛権の行使は、今後とも憲法9条の下で許容できる余地はない。内閣の権限をこえたもので、とうてい認められない。
気骨あふれる裁判官の語るオーラル・ヒストリーは興味深いものがあり、一気に読了しました。
(2018年2月刊。2800円+税)

ほどよく距離を置きなさい

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 湯川 久子 、 出版  サンマーク出版
著者は九州で第一号の女性弁護士として活躍してきました。90歳の今も現役の弁護士です。事件を扱うときには稲村鈴代弁護士と共同作業のようですから、心配は無用です。
弁護士生活61年という体験をふまえていますので、その言葉には重みがあります。
先日、たまたま赤坂近くのけやき通りで著者に出会い、ほんの少しだけ言葉をかわしました。腰を痛めて能のほうはやめて、座ってできる謡(うたい)だけにしているとのことですが、足取りはしっかりしていて、とても90歳をこえているとは思えない元気の良さでした。
相談に来て目の前に座った人がうつむいてボソボソと力なく話しはじめたときには、こう言う。「顔を上げて、私の目を見てお話ししなさい」
すると、顔を上げ、目に光が戻ってくる。声のトーンが変わり、背筋が伸びてくる。問題をかかえた姿から、問題と向きあう姿勢に変わった瞬間だ。顔を上げ、前を向くだけで、未来を見る姿勢になる。
本当にそうなんです。逃げの姿勢から、物事に向きあい、乗りこえていく。これが求められています。
弁護士の事務所は、悩める人たちにとって、その心の病気の治療室のようなものである。
これまた、まったく同感です。
離婚問題をかかえたとき、長引けば長引くほど、人生の再起は遅れ、再起するためのエネルギーも失われていく。
たった1回だけの人生です。大切に扱いたいものです。
和解は、させられるときには納得いかないけれど、主体的に和解を選ぶようにする。発想を転換させるのですね・・・。
「話す」ことは「離す」こと。
話していくと、自分というものが、客観的に見えてくるようになるのです。
子どもは成長する過程で百粒をこえる喜びと幸せを親に与えてくれる。子どものことで傷ついた親は百粒の涙を流す。子どものことで苦労した親は、人として成長し、人にやさしくなる。
数多くの熟年離婚を見てきて、我慢の先に幸せはないと痛感する。
私は子どものために離婚をガマンしてきたという言葉を聞かされると、それは、子どもこそ気の毒だったと思います。もっとはやく親が別れてくれていたら、たとえ片親であっても笑顔の絶えない、明るい生活を過ごせたはずなのです。それを親の都合で子どもから奪いながら、子どもにあんたのせいだと責任をおしつけるなんて、親としてすべきことではありません。
こころに余裕がある人は、他人に寛大になれる。他人の幸せを妬んだり、うらやんだりすることもない。未来を向いて、今を楽しんでいると、幸福度は、ますます高まっていく。そのためには、いくつになっても好奇心をもち、新たな挑戦をしてみることです。
長生きは、ごほうびの時間だと考えている著者に、ますますのご健勝を心から祈念します。10万部も売れているとのこと。これまたすばらしいです。
(2017年11月刊。1300円+税)

瀬長 亀次郎の生涯

カテゴリー:日本史(戦後)

(霧山昴)
著者 佐古 忠彦 、 出版  講談社
私はカメジロー本人を遠くから一度だけ見たように思います。彼が噂のカメジローか・・・と、畏敬の念をもって眺めました。
カメジローは戦後の沖縄が生んだ偉大な政治家です。なんと沖縄民謡の歌詞にも登場します。那覇市長に当選したのに、アメリカ軍の圧力でやめさせられます。さらにアメリカ軍の意向を受けた保守反動の議員たちが再度カメジローを引きずりおろしました。でも、次の市長選はカメジローの後継者が見事に当選したのです。
この本は、いま話題の映画(残念なことに、まだ見ていません)を文章に起こしたようなものです。ぜひとも15万人の大集会で語ったカメジローの肉声を聞きたいです。
「この瀬長ひとりが叫んだならば、50メートル先まで聞こえます。ここに集まった人々が声をそろえて叫んだならば、全那覇市民にまで聞こえます。沖縄70万の人民が声をそろえて叫んだならば、太平洋の荒波を越えてワシントン政府を動かすことができます」
いやあ、すごい演説です。ほれぼれします。この演説の文章に接するだけでも、この本を手にする価値があるというものです。
カメジローが演説するときには、早い時間から会場には聴衆がつめかけて座って待っていた。カメジローは、タレント、芸能人のような存在だった。若い青年には憧れの人だった。演説会場にいた聴衆は、非常に痛快で、帰るときには、みんなニコニコしていた。
「したいひゃー!カメジロー!!」
「したいひゃー」とは、やった、でかした、あっぱれという意味の沖縄の方言。権力者を前に言えないことをカメジローが言ってくれる。民衆は胸のすく言葉に熱狂していた。
裸電球が一つ吊るされ、演台の上にはやかん。これがカメジローの演説のスタイルだった。神様(カメジロー)の演説は、聴いた者の心をつかんで離さなかった。
アメリカの失敗は、カメジローを投獄したこと(カメジローは、逃亡犯をかくまったとして2年の実刑判決を受けました)。投獄すれば屈すると思っていたのに、逆にカメジローはますますヒーローになって帰ってきた。しかも、治療を受けて元気になって出てきた。カメジローだって無事に生きて帰ってこられたのだから、どんなに弾圧されてもがんばろうと、みんなに勇気を与えた。
すごいことですよね。私は車中で読んでいて、このくだりで思わず涙を流してしまいました。花粉症の涙のようにティッシュでごまかしましたが・・・。
カメジローは1956年12月、那覇市長に当選した。保守派が分裂したためでもあった。アメリカ軍政府は、沖縄財界とともに銀行預金凍結とか、水道ストップとか、えげつない圧力をかけ、ついに市長の座を奪ってしまうのです。
アメリカの秘密報告書は、カメジローについて、「ダイナミックで、多彩な個性をもった雄弁家」、「軍事占領に対する抵抗のシンボルになった男」、「庶民性を兼ね備え、とても機知に富み、退屈で陳腐な決まり文句は使わない」としている。
政治家は、かくあるべしという見本のようなカメジローを知ることができました。アベ首相の品性のなさ、アソウ大臣の下劣さに呆れる日々のなか、目と心が洗われ、スッキリしました。
(2018年4月刊。1600円+税)

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