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ギャングを抜けて

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 工藤 律子 、 出版  合同出版
中央アメリカのホンジュラスのスラムで生まれ育ち、ギャングに入った一人の若者が、なんとか故国から脱出してメキシコで再生しようとする苦難の歩みが、分かりやすい文章といくつかの写真で紹介されています。
ホンジュラスで2番目に大きな都市がサン・ペドロ。亜熱帯気候なので、1年中、ランニングシャツ1枚で過ごせる。ところが、町の大部分は貧しい人々の質素な家が並ぶスラムで、活気がないし、しかも危険な空気に満ちている。
サン・ペドロは、世界で一番、殺人事件の発生率が高い。いたるところに、「マラス」と呼ばれる若者ギャング団がいて、町のスラムを支配している。
マラスは、メキシコやコロンビアの麻薬密売組織(麻薬カルテル)と手を組み、マリファナやコカインを売ったり、ライバルのマラスと縄張り争いをして殺し合っている。
ホンジュラスには、マラスのメンバーが3万人以上いる。スラムにいるマラスのメンバーに指示を出しているのは、刑務所に入っている大ボスたち。指示は、外で活動している「ホーミー」と呼ばれるリーダーに伝えられ、その下の「バイサ」へ伝えられていく。
ホーミーからケータイで指示を受けながら、支配地域で実際にギャング団の仕事をしているのは、バイサやその下っ端の連中。それから、特別な命令で動く暗殺部隊。
ギャングたちが10代の少年たちの前で、こう言った。
「このあたりは、これから俺たちの縄張りだ。おまえたちも仲間にならないか」
そして若者はギャングの仲間になることを選んだ。その環境では、それがもっとも現実的な答えだった。ほとんど唯一の選択肢だった。もし、「仲間にならない」と言ったら、ここから逃げるか、殺されるか、しかない。
このスラム街に入ってくる車は窓を開けていないと攻撃される。窓を開けていないと誰が乗っているか、外から分からないから。この決まりごとを知らないと、命を喪う。
学校でいじめられっ子の若者はギャングに入った。いじられないし、むしろ恐れられ、リスペクトされるから・・・。
ギャングの犯罪を取り締まるはずの警察や軍の内部にもマラスのメンバーが潜入していた。
マラスのメンバーに昇格するためには、敵あるいは自分の家族や知人を一人殺さなければならないことになっていた。
「霧社事件」を起こした台湾の現地民(タイヤール人など)は、一人前の男として認められるためには、首ひとつを村にもち帰る必要がありました。このことを思い出しました。
それにしても苛酷過ぎるルールです。この若者は、自分は殺したくない、そう決意してギャングのいる故郷のスラムから脱出したのです。そして、今では難民認定も受けてメキシコ・シティでがんばっています。
小学生時代に一緒に遊んでいた幼なじみの大半は、もうこの世にはいない。生き残った人間の一部は塀の中にいる。麻薬密売や強盗・殺人などで警察に捕まった。残りは国内の別の地域にひっこして息を潜めて暮らしている。
いちどギャングになってしまえば、まわりの人々の抱く恐怖心が、ギャング少年たちをいい気分にさせる。単に恐ろしがられているだけなのに、リスペストされていると勘違いしてしまう。
この若者は、物事が思いどおりに運んでいるときは、実に賢く立派に振る舞う。ところが、いったん歯車が狂いはじめると、周囲の支えがなければ、自暴自棄に陥ってしまう。これは、幼いころ、誰かにしっかりと守られ、愛されたという経験がないため、本当の意味の自信が育まれていないからだろう。
暴力と殺人が日常茶飯事の中央アメリカのスラムに育った若者が人としてまともに育つことの難しさも証明しているように思いました。現代日本の若者の生育状況と対比させながら読むと、さらに新しい知見がきっと得られます。
(2018年6月刊。1560円+税)

国体論

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 白井 聡 、 出版  集英社新書
この若手の政治学者の指摘には、いつも驚嘆させられるのですが、今回も期待を裏切りませんでした。その切り口が、想像したこともないほど斬新なので、刮目(かつもく)せざるをえません。
国体(こくたい)とは、国民体育大会の略称でありません。戦前の日本では、その内容が曖昧(あいまい)なまま至高のものとされてきました。そして、この国体は日本の敗戦と同時に掃滅・追放されたと考えていました。ところが、著者は「そうではない」と異を唱えるのです。
現代日本の入り込んだ奇怪な逼塞(ひっそく)状態を分析・説明することのできる唯一の概念が「国体」である。「国体」は、表面的には廃棄されたにもかかわらず、実は再編されたかたちで生き残った。しかも、アメリカの媒介によって「国体」は再編され、維持された。
安倍首相に連なる右翼は、「天皇は祈っているだけでよい」、「天皇家は続くことと、祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割だと考えるのは、いかがなものか」などと、平成天皇の言動を真っ向から否定している。
日本会議と同じ傾向にある八木秀次は、「天皇・皇后は安倍政権の改憲を邪魔するな」という小文を雑誌に発表した。
平成天皇夫妻は、現代日本において、平和憲法を守れと叫ぶ有力メンバーの1人になっていると私は考えていますが、日本会議や安倍首相周辺は天皇夫妻の言動をいかにも苦々しく考えているのです。
自民党などの「永続敗戦レジームの管理者」たちは、アメリカからの収奪攻勢に対して抵抗する代わりに、その先導役として振る舞うことによって自己利益を図るようになり、対米従属は、国益追求の手段ではなく、自己目的化した。
アベ首相の自称する「保守主義」とは、この暗愚なる者を二度までも宰相の地位に押し上げた権力の構造を、手段を選ばずに「保守する」という指針にほかならなかった。
昭和天皇が積極的にアメリカを「迎え入れた」最大の動機は、共産主義への恐怖と嫌悪にあった。
日米地位協定は、多くの点において、世界でもっともアメリカに有利な内容になっている。アメリカのカイライでしかないアフガニスタン政府より日本政府の位置づけは低い。
日本の対米従属の理由は、日米間の現実的な格差、軍事力の格差ではなく、軍事的な緊急性にもないことを意味している。
諸外国のメディアは、安倍首相についてアメリカのトランプ大統領に「へつらう」と報道されているのに対して、日本国内では、アメリカのトランプ大統領とうまくやっている日本の首相というイメージが流通している。
アメリカは日本を守ってくれている。
アメリカは日本を愛してくれている。
どちらも、大変な間違い妄想をしている。
敗戦の前、アメリカ軍は日本人について、愛情や敬意どころか、人種的偏見と軽蔑だった。戦前、アメリカ軍は日本人の特性について深くきびしいものがあるとしていた。
「日本人は、自分自身が神だと信じており、民主主義やアメリカの理想主義を知らないし、絶対に理解もできない。アメリカ軍にとって、天皇制の存続それ自体はどうでもよいことで、円滑な占領のために必要だったに過ぎない」
アメリカのマッカーサーは、天皇の戦争責任の追及よりもより原理的な「国体の敵」から天皇を守った。その敵とは共産主義である。昭和天皇は、マッカーサー三原則の意味、天皇制の存続と戦争放棄の相互補完性を、当時の政府首脳の誰よりもよく理解していた。
戦後の日本は、アメリカの同盟者として「冷たい戦争」を闘い、そこから受益しながら、勝者の地位を獲得した。アメリカは、日本に代わって八紘一宇を実現してくれたのであり、日本は、それを助けたのである。
平成天皇が「お言葉」を読みあげた、あの常のごとく穏やかな姿には、同時に烈しさがにじみ出ていた。それは、闘う人間の烈しさだ。この人は、何かと闘っており、その闘いには義がある。著者は、そう確信した。不条理と戦うすべての人に対して抱く敬意から、黙って通り過ぎることはできないと感じた。
著者の固い決意がひしひしと伝わってくる終章です。
まことに、不条理を黙って許しておくわけにはいきません。不条理の行きつく先には全破壊の荒涼たる破滅が待ち構えているからです。鋭い指摘に胸のすく思いがしました。
(2018年6月刊。940円+税)

ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅(下)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ラウル・ヒルバーグ 、 出版  柏書房
この下巻だけでも、上下2段組みで420頁超という大著です。
著者は1926年にオーストリア・ウィーンで生まれたユダヤ人で、アメリカに脱出し、アメリカ兵としてヨーロッパ戦線に出かけ、戦後はドイツにおけるアメリカ軍の尋問担当教授でした。その後、アメリカのコロンビア大学で学び、ヴァーモント大学で政治学を教えています。この本の初版は1961年に刊行されました。
著者は、ハンナ・アーレントより前にユダヤ人の無抵抗・文書や口頭による請願のほかは危機的に服従するだけというユダヤ人のとった態度を強調していた。
ユダヤ人評議会がゲットーを存続させるために行ったあらゆることは、結局のところ、ドイツ人をユダヤ人絶滅という目標に近づけることを助けた、と指摘した。
600万人ものユダヤ人がなぜヒトラー・ナチスに抵抗せずに、易々と羊のように殺されていったのか・・・。
何世紀にもわたって、ユダヤ人は生き残るためには抵抗を避けなければならないと学んできた。繰り返し、彼らは、攻撃を受けた。十字軍、コサックの襲撃、ツァーリの迫害などを耐え忍んだ。このような危機の時代には、多数の犠牲者が出たが、潮が引いたあとにあらわれる岩礁のように、常にユダヤ人の共同体は再生した。つまり、ユダヤ人を抹殺することはできない。この考えが律法のような力を持つほどになっていた。
2000年間に学んだことをユダヤ人は忘れることは出来なかった。考えを切り替えることが出来なかったのだ。
ユダヤ人は、「登録」、「移住」、「風呂」、「吸入」という言葉に騙された。
ユダヤ人指導者は、犠牲者たちが切迫した死に直面しているという明白な証拠がなければ、ドイツの命令を拒絶できないという主張に確執していた。
デンマークのコペンハーゲンではユダヤ人の99%以上が生き残った。
ポーランドのワルシャワはユダヤ人の99%近くが亡くなった。
ドイツ人官僚はユダヤ人絶滅のため仕事の成就に向けて突進した。最小限ではけっして満足せず、常に最大限のことを行った。
イタリア人のように口実に頼ることはしない。ハンガリー人のように見せかけの措置をとることはしない。ブルガリア人のようにぐずぐずすることもなかった。
虐殺したナチス・ドイツの側の記録では、ユダヤ人の反応パターンの特徴は、抵抗がほとんど欠落していたこと。もし、ユダヤ人が何らかの組織をもっていたら、何百万人は救われていただろう。実際には、自分たちにふりかかる災難に、これほどまでに無頓着だった民族はいないだろう。
ユダヤ人の多くは逃亡を無益だと考えていた。
ハンガリーのユダヤ人が他のほとんどの国のユダヤ人と違うところは、たんに中産階級であるというのではなく、大部分は唯一の中産階級であり、ハンガリーのすべての専門職と商業の活動の主力であったことである。1930年代のハンガリーの開業医と弁護士半分以上がユダヤ人、貿易業者とジャーナリストの3分の1がユダヤ人だった。ユダヤ人は通常の経済生活にとって真に欠くべからざる存在だった。
ブタペストには全部で3万の商店があったが、ユダヤ人の営業所は1万8千であり、その閉鎖は、「かなりの支障」をひきおこした。
ヨーロッパに住んでいた何百万人ものユダヤ人を絶滅する過程で何が起きていたのかをあますところなく実証していった画期的な労作です。
ながく積ん読く(つんどく)状態にあったのを、この猛暑のなかで、ついに完読しました。決して忘れ去ってはいけない歴史です。かのアベ君に頭を押さえつけてでも真っ先に読ませたいのですが、残念ながら無理でしょうね・・・。図書館で借りてご一読をおすすめします。
(1997年11月刊。1万9千円+税)

権力の背信

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 朝日新聞取材班 、 出版  朝日新聞出版
森友・加計学園問題で朝日新聞はよくよく健闘していると思います。そのスクープの現場が実況中継されている本です。
 それにしても、これだけ明らかに一国の首相が国会で平然とウソをつき、そして高級官僚の多くがそのウソを必死でカバーするという構図がまがり通る日本って、これから一体どうなるのでしょうか・・・。
私は、何より日本人の投票率の低さがウソつき首相の開き直りを許している最大の原因だと考えます。政治家不信、バカバカしいと、棄権してしまったら、それこそアベ首相と取り巻き連中の思うツボなんですが、現実には投票所に足を運ぶのは、有権者の半分ほどでしかありません。でも、決してあきらめてはいけないのです。
モリ・カケ騒動で野党の追及が甘いという人がいます。だけど、決してそうではありません。アベ・チルドレンとそのお仲間たちが国会の議席を多数占めているため、国会でまっとうな正論が無視されているだけなのです。
モリトモ学園は、アベ首相と思想を同じくするカゴイケ夫妻が「安倍晋三記念小学校」を設立しようとしていたのでした。
「大人の人たちは、日本が他の国に負けぬよう、尖閣列島、竹島、北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国、韓国が心改め、歴史教科書でうそを教えないよう、お願いいたします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ。安保法制、国会通過よかったです」
これが幼稚園の運動会で代表の園児4人が声をそろえて叫んだセリフです。涙が出てくるほど、私は悲しいです。
カゴイケ理事長は、自分の幼稚園について、「日本国を良くしようとする教育機関」と言ったそうです。驚き、かつ呆れてしまいます。子どもたちの豊かな人間性をはぐくむというのではなく、国に奉仕する人材育成のための幼稚園だったのです・・・。信じられません。
モリトモ学園は表面上は8億円の実損(税金)のようです(本当は、もっと高額でしょうが・・・)。それに対して、カケ学園はケタ違いです。アベ首相のアメリカ留学仲間のコータローのためにありえないことが起きたのです。100億円ではすみません。「総理案件」ということで、「特例」に次ぐ「特例」。このことが愛媛県庁の職員の報告文書で明らかになっているのに、アベ首相は今なおシラを切り、コータローは国会で証人喚問もされません。
アベ首相から今やバッサリ切られたカゴイケ氏は拘置所に長く閉じ込められたのに、コータローは「文春砲」をふくめて、マスコミの突撃取材もないまま、もうウンザリ、人の噂も49日・・・、を待っているようです。許せません。
この本を読んで、日本の民主主義を守るためには、私たちはもっと怒り、もっと声を上げ続けなければいけないと改めて強く思いました。
(2018年6月刊。1500円+税)

腸と脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 エムラン・メイヤー 、 出版  紀伊國屋書店
アメリカにおける肥満率は、1927年の13%から2012年35%へと増大した。
今日のアメリカでは、1億5470万人の成人と、2歳から19歳の子どもの17%、つまり6人に1人の子どもが太り気味か肥満だ。また、毎年、少なくとも280万人が肥満が原因で亡くなっている。糖尿病の44%、虚血性心疾患の23%、各種がんの7~41%は、その原因を太り気味と肥満に求めることができる。
消化器系と脳は、密接に関連していることが判明している。「脳腸相関」というコトバであらわされる。ヒトの消化器系は、これまで考えられていたより、はるかに精緻で複雑で強力だ。
腸は、そこに宿る微生物との密接な相互作用を通して、基本的な情動、痛覚感受性、社会的な振る舞いに影響を及ぼし、意思決定さえ導く。
腸は、他のいかなる組織も凌駕し、脳にさえ匹敵する能力をもつ。腸管神経系と呼ばれる独自の神経系を備え、「第二の脳」とも呼ばれる。この第二の脳は、脊髄にも匹敵する5000万から1億の神経細胞で構成されている。
ほとんど酸素が存在しない暗闇の世界たる人間の腸内には、100兆を超える微生物が生息している。これは赤血球をふくめた人体の細胞の数にほぼ匹敵する。すべての腸内微生物をひとかたまりにすると、重さは900グラムから2700グラムのあいだになり、およそ1200グラムの脳に近似する。
何かに脅威を感じ、不安や怒りを覚えたとき、脳の情動の中枢は、消化管の個々の細胞に指示を送ったりせず、腸管神経系にシグナルを送って日常業務を一時中断するよう指令する。ひとたび情動の発露がおさまると、消化器系は日常業務に戻る。
脳は、さまざまなメカニズムと通じて、腸内で、その種の運動プログラムを実行する。神経回路は、胃腸にシグナルを送り、活動に必要なエネルギーを浪費しないような、内容物の除去を要求する。だから、重要なプレゼンテーションの直前になると、トイレに駆け込みたくなるのだ。なーるほど、そういうことだったんですね・・・。
消化管で集められた感覚情報の90%以上は、意識的に気がつかない。
24時間、365日間、消化管と腸管神経系と脳は、常に連絡をとりあっている。
セロトニンは、腸と脳のシグナル交換に用いられる、究極の分子である。セロトニンをふくむ細胞は、小さな脳と大きな脳の両方に密接に結びついている。
ホロコーストの生存者が生んだ子どもが成人すると、自分自身はトラウマを経験せずに育ったにもかかわらず、うつ病、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神障害を発症させる高いリスクを与えている。ストレスって、親から子に伝わるものなんですね。
腸の大切さを改めて認識しました。
(2017年10月刊。1600円+税)

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