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運命

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 文在寅 、 出版  岩波書店
韓国の文在寅大統領の自伝です。その迫力にただただ圧倒されました。
日本にも、これだけの信念と行動力のある人権派弁護士であり革新的政治家であるという人物があらわれることを心から切望します。
北朝鮮の金正恩委員長との会談も素晴らしい成果をあげました。ああ、これで朝鮮半島に本当の平和が定着する、戦争の危機は遠のいた、そう思って胸をなでおろし、熱くなるものを感じました。
文大統領が数万人の平壌市民に語りかけた演説を読んだとき、心を打たれました。北朝鮮の人々のプライドを傷つけることのないように十分に配慮した格調の高い内容でした。本当にすごい人です。
この本は、まだ文在寅が韓国大統領になる前に(2011年6月)出版されました。虚武鉉(ノムヒョン)大統領の不幸な自死事件(2009年5月)からそれほどたっていませんでした。
文在寅は弁護士です。司法研修院の成績は「次席」だったというのです。トップではなくて、2番目だったということなのでしょう。ですから、1982年8月に研修を終わったとき、破格の報酬、車を買い与える、3年たったらアメリカのロースクール留学という好条件で大きな法律事務所から誘われたのです。しかし、それを蹴って、釜山で、ごく普通の弁護士として開業することにしました。
当時の韓国の弁護士は、個人営業が一般的で、複数の弁護士が同じ事務所で協業するのはよくないという固定観念があった。それほどではありませんが、日本も似たようなところがかつてはありました。
盧武鉉弁護士は6年も先輩にあたります。そして、盧武鉉弁護士は「クリーンな弁護士」を目ざしたものの、いざやってみると思っていたほど簡単ではないと告白した。
業界の慣行があったのです。紹介者へ20%ほどのコミッション(紹介料)を支払うというもの。裁判所、検察庁、刑務所の職員、警察官が弁護士に依頼者を紹介すると、20%ほどの紹介料をもらっていた。銀行や企業の法務部も同じように、弁護士に外注してコミッションを懐(ふところ)に入れていた。これは、今では弁護士法で禁止されている。
そして、判事や検事の接待も慣行でやられていた。最後の裁判を担当した弁護士たちが、その日の法廷に出てきた判事たち全員をまとめて接待する慣行もあった。裁判所の周辺には、そのときに利用する高級料亭(「座布団屋」と呼ばれていた)が何軒かあった。
私も30年以上も前に、韓国の弁護士って、裁判官を接待するのが当たり前なんだよと聞いて、びっくりたまげました。
当時の釜山の弁護士は全部で100人、しかも法廷に立つ弁護士は50人以下だった。
文在寅は、はじめから人権弁護士になろうと決めていたのではない。ただ、大学生たちの学生運動が息を吹き返し、労働者が勤労基準法の尊守を要求したり、集団解雇されて飛び込んできたとき、目を背けることなく、彼らの言葉に共感して熱心に弁護した。
すると、他に引き受け手となる弁護士がいないので、いちど依頼を引き受けると、洪水のように押し寄せてきた。
時局事件や民主化運動に関わるなかで、文在寅たちは二つのことに神経をつかった。
一つは、自分たち自身がクリーンであり続けること。紹介料をやめ、財務状況にも徹底的に確認して税務申告した。私生活も、できるだけ謹厳実直であろうと努力した。
盧弁護士は、食事も酒も高級なものを避け、好きなヨットもやめた。文在寅はゴルフをしない。洋酒やワインではなく、焼酎やマッコリを飲む。二次会には行かず、爆弾酒の一気飲みもしない。
二番目に、法廷の内外で刑事訴訟法の規定を捜査機関に対して徹底的に守らせるように努力した。被告人を立たせたまま審理する。被告人に手錠をかけたまま裁判をすすめる。被告人席の両側に刑務官たちが座る。傍聴席には私服の警察官たちが大勢いる。こんな慣行をやめさせた。
1980年に光州民主化抗争があった。さらに、1987年6月の六月抗争は市民の力で軍事独裁政権を倒した偉大な市民民主抗争だった。
盧弁護士が逮捕・起訴されたとき、その弁護団には釜山弁護士会のほとんどの弁護士が駆けつけた。この状況は韓国映画『弁護人』に活写されています。見ていないという人は、DVDを買って(借りて)見て(読んで)ください。
文在寅は、徴兵制のために入隊し、陸軍特殊戦司令部の第1空挺特戦旅団第三大隊に配属された。パラシュート降下、野営訓練などを経験し、上等兵となり、陸軍兵長になった。
そして、司法試験に合格するのです。そして、二次試験の合格発表をデモに参加してつかまった留置場で知らされました。合格者141人のなかにすべりこんだのです。たいしたものです。
司法研修院のときは判事を目ざしていました。ところが、デモ参加の前歴のため、道を閉ざされたのです。
盧武鉉大統領の失敗を文在寅は生かしていると思いますが、アメリカ軍との対応など、なかなか難しい課題があり、進歩勢力があまりに性急な要求をつきつけたことを反省すべきではないかと指摘しています。
たしかに権力を握ったとき、それを維持するため、一定の妥協は必要なのだと思いますが、それが「裏切り」ではないということとの境界線は実際にはとても難しいところだろうと推測します。
いま、読んで最高に元気の出る本の一つとして強く一読をおすすめします。
(2018年10月刊。2700円+税)

トラ学のすすめ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 関 啓子 、 出版  三冬社
動物園の飼育員がホワイトタイガーにかまれて亡くなるという痛ましい事故が起きました。トラはやっぱり怖いですよね。でも、自然界で、トラが人間を襲うことはありません。人間を警戒して近づかないのです。ただ、お互い不意打ちのように出会ったりしたら不幸な事故は避けられないでしょうね。
ヒョウは人間になつかないが、トラは人間になつく。
動物園で通路に誤ってネコが入っても、トラは何もしない。
アムールトラは、ネコ科で最大の獰猛で優雅な生きもの。体長2メートル、体重250キロ。
アムールトラは、足の裏がやわらかで、音を出さずに歩けるので、獲物になる動物に気づかれずに近づける。川も泳ぎ渡る。
アムールトラの毛色は淡い黄金色で、そこに黒いしまもようが入る。えらく派手で目立ちそうだが、森のなかでは保護色となって見えなくなる。
アムールトラは長距離走は苦手で、瞬時にけりをつけるしかない。
アムールトラが傷ついて、走れなくなると、もう飢え死にするしかない。
メスのトラは、女手ひとつで子どもを3歳まで育てる。
トラの最大の敵はヒグマではなく、人間だ。
アムールトラは、温厚で、おっとりとしていて、うたたねが好きな、怠惰とも思える性格だ。
トラは、孤高の動物であり、強いけれど、孤立無援を生きる生きものだ。
アムールトラは、自然界に500頭、世界中の動物園に500頭、合計して地球上に1000頭しか生きていない。まさしく絶滅危惧種である。
生物多様性は、地球の生命線である。トラは、この生物多様性のバロメーターなのだ。
トラは、餌になる主として中・小の動物、それらの動物たちが食べる木の実やコケ類、それを育む森林などなど、総じて生息地(ロシア極東)の生態系が一定の条件で維持されていないと生きていくことができない。したがって、この生態系の保存は人間にとっても大切なものなのだ。
日本人がトラ好きなのは、トラさん映画をみても分かると指摘され、ああ、そうだったと我が身をふり返りました。読んで楽しいトラ学入門書です。
(2018年6月刊。1800円+税)

文字講話、甲骨文・金文編

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 白川 静 、 出版  平凡社
2004年から2005年にかけての著者の講話が文字になっています。
甲骨文というのが写真で説明されていますが、よくぞ、今の漢字にあてはめたものだと驚嘆します。よほど漢字の成りたちを知らなければ解説できないと思いますが、さすが大先達は、軽々と文章を読み解いていきます。
日本の古代王朝では、あまりにも近親婚が多い。天智天皇の皇女4人が天智天皇の弟の天武天皇の妃になっている。兄の娘を弟が4人とも嫁にもらうというのは、明らかに異常な状況だ。
しかし、殷(いん)の皇位継承も似ていて、系統法には、これら二つのクラスに分けられる。要するに、相互に交替しながら継承するという形式をとっている。
第一に、殷王朝は、わが国と非常に親縁の関係にあった。
第二として、殷王朝は子安貝を非常に貴重な宝として用いた。子安貝は、生産力の象徴だった。
入墨の風習があったのは、中国では沿海民族だけだった。
戦争のときには、女シャーマンが前線に3千人ほど、ずらりと並び、呪力のかけあいをする。
目は非常な呪力をもっているので、目の威力で敵を感服させる。
文字は、古代においては、まことに神聖なものだった。
よく分からないなりに、漢字の源流を眺めました。それにしても、シャンポリオンがヒエログリフを解説したほどのものではないのかもしれませんが、大した偉業です。
(2018年2月刊。1300円+税)

ナポレオン

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 杉本 淑彦 、 出版  岩波新書
ナポレオンが皇帝になったあと、なぜ次々に周囲の国々へ戦争を仕掛けていったのか、この本を読んで初めて理解できました。
国内体制を固めたナポレオンは、対外戦争にのめりこんでいった。海ではイギリス上陸作戦が計画され、英仏海峡にのぞむブーローニュに一大軍事基地が建設された。陸では、総勢50万人に及ぶ大陸軍の編成が企画された。徴兵制度が整備・拡大され兵員適齢男性の30%が軍務に就いた。
ナポレオンを戦争に駆り立した動機の一つは、軍備増強に起因する財政負担の重荷だった。戦争に勝てば、占領地に巨額の賠償金や税金を課すことができる。戦争への備えが、戦争をもたらした。
ナポレオンがロシアへ侵攻していったのは、ロシアに占領地を得て、賠償金をもぎとることが大きな目的だった。しかし、その目論見ははずれ、冬将軍の下で退却するナポレオン軍をロシア軍が追撃してきた。ついに、ナポレオン軍がロシア領から無事に帰還できたのは、1割の3万人にみたなかった。
ナポレオンのアフリカ遠征は、結果としては失敗、敗退したにもかかわらず、当時の新聞等への報告をうまく操作して、フランス軍が連勝していたかのような幻想をフランス本国に与え続けていた。その意味で、ナポレオンのマスコミ操作術は見事としか言いようがない。
その結果、フランス国民はあたかも救世主かのようにナポレオンを熱狂的に迎え入れた。
ナポレオンがセント・ヘレナ島で死んだのは享年51歳のとき。その死因は、胃がんが現在では最有力。
ナポレオンについて、改めて深く認識することができました。
(2018年2月刊。840円+税)

ねないこは わたし

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 せな けいこ 、 出版  文芸春秋
絵本。私は絵本が大好きです。ごく最近のものだと、『あらしのよるに』ですね。福岡で舞台劇になるといいます。ぜひ、みたいものなんですが・・・。古くは滝平二郎の『八郎』とか、かこさとしの『どろぼう学校』も良かったですね。子どもたちに一生けん命に読んでやりました。繰り返して読みましたので、すっかり暗記できるほどでしたが、それでも子どもたちは「読んで、読んで」とせがむのですよね。心地いい、ひとときでした。
そんな絵本のひとつが、この著者のものです。『ねないこ だれだ』、『いやだ いやだ』、『あーん あん』・・・。素朴な絵に心が惹きつけられました。
「おばけになって 飛んでいけ・・・」と言われたら、子どものなかには、「いいよ、飛んでいくよ」と答える子もいるとのこと。ええっ、おばけって怖くないのかしらん。一人じゃなくて、親と一緒なら、おばけなんか子どもは怖くないんです。
著者は「貼り絵」が得意です。なんだか身近な新聞紙などを無造作にちぎって並べて貼りつけているように見えますが、どうしてどうして、簡単なものではありません。この本を読むと、やはり基本はデッサン力だと痛感します。
『いやだ いやだ』の絵本。子どもはみんな、やがてこの時期に突入します。なんでも『いや』と言って、抵抗し、親を泣かせ、怒らせます。それでも子どもは「いやだ」と言って、したばたするのです。まさしく親の忍耐力が試されています。若い私はガマン力に欠けていましたので、ずいぶんと乱暴に対応してしまい、今では深く反省しています(時おそしなのですが・・・)。
楽しい絵本づくりの本でした。本当にありがとうございました。大変お世話になりました。これからもどうぞお元気に絵本を描いて世の中に送り出してください。孫に読んでやりますので・・・。
(2016年7月刊。1450円+税)

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