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分かちあう心の進化

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 松沢 哲郎 、 出版  岩波書店
有名なチンパンジーのアイをパートナーとして40年以上も研究をしている学者の本ですから、面白くないはずがありません。しかも、NHKのラジオ放送をもとにしていますので、分かりやすく語りかけていて、最初から最後まで知的好奇心をすっかり満足させてくれました。2017年10月から12月にかけて、13回にわたって、毎回40分間、1万字ほどの原稿をもとに話したのです。それにさらに手を加えていますので、充実した内容は文句なしです。
研究の狙いは、人間とそれ以外の動物の心を操ることで、「人間とは何か?」という問いを自らに投げかけて考察することにある。
人間とチンパンジーのゲノムは98,8%が共通していて、違いはわずか12%。
チンパンジーには人間とりも優れた記憶能力がある。一瞬に数字を記憶することができる。
チンパンジーには石器を使う文化がある。
チンパンジーは、目の前にない物に思いをはせることは苦手。ことばの学習もむずかしい。
チンパンジーは、人間と同じように色が見えている。視力は両眼で1,5。
逆さま顔写真の認識は、人間は苦手だが、チンパンジーには簡単。
チンパンジーは、人間と目と目を合わせるし、物のやりとりができる。
霊長類学は日本が世界のなかで常に先頭を走ってきた。今も先頭集団にいて、その拠点が京都大学。山極寿一・京都大学総長もゴリラ研究の権威者である。
チンパンジーにも利き手があり、3人に2人(チンパンジーは1頭とは言いません)は右利き。
チンパンジーは、石器をつかうほか、アリを木の枝で釣って食べる。
アフリカの村では、チンパンジーは祖先とあがめる信仰の対象であり、恐ろしい生き物だ。チンパンジーは村のパパイヤの木にのぼって、パパイヤの実をもぎとる。2個を両手にして持ち去ると、うちの1個は必ず女性(チンパンジー)にあげる。相手は母親か、お尻がピンク色に腫れた魅力的な女性(チンパンジー)。
チンパンジーの平均寿命は50年。女性の初潮は8歳で、子どもを産みはじめるのは13歳前後。出産間隔は5年。
野生のチンパンジーは、女性全員が無事に赤ん坊を産んで母親になる。野生だと、日々の暮らしのなかで、出産や子育てを見たり、参加したりしている。
チンパンジーは、235日で赤ん坊が生まれる。そして、赤ん坊が母親にしがみつくので、母親は赤ん坊を抱き、母性が発動する。
チンパンジーには、おばあさんはいない。女性は生涯、現役で子どもを産み続ける。
チンパンジーの赤ん坊は、決して夜泣きをしない。する必要がない。なぜなら、母親はいつもそばにいるから。
サルは真似をしない。「サル真似」というコトバは事実と違う。サルは教え込まれた動作しかしない。
チンパンジーは、鏡にうつった像が自分だと分かる。人間がする動作を見ただけで真似ることも、ある程度はできる。でも、何でもできるというのではない。
チンパンジーでは、互恵的な利他性が成立するのは難しい。つまり、お互いに相手のために働くのは難しい。
チンパンジーは、子どもに教えることはしない。教えない教育、見習う学習がある。
チンパンジーは、うなずくこともしない。子どもをほめることもしない。
チンパンジーも笑う。しかし、身体的な接触がないと、笑い声をたてることはない。
チンパンジーは薬草を利用している。下痢をしたときだけに食べる葉(ボンレー)がある。
チンパンジーになく、人間にあるのが想像するちから、そして希望をもつこと。その想像するちからによって、人間は心に愛を育んできた。
200頁あまりの本ですが、人間にとって大切なことがぎっしり詰まっていると思いました。ご一読を強くおすすめします。
(2018年8月刊。1800円+税)

手塚番、神様の伴走者

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 佐藤 敏幸 、 出版  小学館文庫
手塚治虫とは、天才というより神様ですよね。60歳で亡くなったのが、本当に残念でたまりません。
この本は、手塚治虫を担当した編集者たちへのインタビューから成っています。いわば、天才というか神様の実像をあばき出したような本なのですが、本当に憎めない神様の実体の一面を知ることができます。車中で読みふけってしまい、乗り過ごしを警戒しました。
横で見ていると、手塚さん、わがままだし、やきもち焼きだし、原稿遅いし、約束守んないし、「こんな野郎とは、1日でも早く別れたい」と思う。でも、遠く離れてしまうと、富士山ではないけれど、その高さ、姿の美しさが分かる。
手塚さんの記憶力は、直感像という、デジカメと同じで、思い出そうとすると、原稿のどの場面でも、瞬時に、たぶん見開き単位で頭の中に出てくるのだろう。
原稿の催促のために、そばに編集者が山ほどいてくれるというのが、手塚さんのベストコンディションなのだ。
手塚さんは、平気でウソつくところがある。まあ、可愛げのあるウソなんだけど・・・。
手塚さんは、寂しがり屋だね。ずーっと自分のことを思っていて欲しい人なんだよね。
すべて自分の思いどおりに持っていくんだけど、ものすごく心の弱い人なので、担当者に相談する。「これでいいです」というコトバを聞きたいんだ。担当者がいいと言わない限り、できない。必ず聞いてくる。
原稿が遅いと、テヅカオソムシ。それでも着かないと、テヅカウソムシ。これが、デンポーの文言だった。うひゃあ、そ、そうだったんですか・・・。
手塚さんにしてみると、担当編集者がいないと、「何なんだ、ぼくだけ働かしておいて・・・」という気持ちになる。寝ずにやっていると、被害者意識が出てくる。だから手塚番は、手塚さんが起きているときは、絶対に起きている必要がある。
編集者は、描き手に気持ち良く描かせるのが、絶対条件だ。
手塚先生は、宇宙のかなたから地球にきて、使命を終えて帰っていったんだ・・・。
こんな弔電があったそうです。60歳にして、かぐや姫のように月世界か宇宙の果てに帰っていったのでしょうね。残念です・・・。
とても面白い文庫本でした。ありがとうございました。
(2018年6月刊。610円+税)

窒息死に向かう日本経済

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 浜 矩子 、 出版  角川新書
いつ読んでも歯切れがよく、心地よいテンポでたたみかけられる気がします。
日本国債等の発行残高は1092兆円(2017年12月末時点)。このうち半分近い449兆円を日銀が保有している。これは、政府の借金の4割を日銀が面倒みてやっているということ。2017年の日本のGDP(名目)は546.5兆円だった。一国政府への中央銀行の債権が、その国の経済規模と同じだというのは、まともな状況とは言えない。なるほど、心配ですよね。
今の黒田・日銀は国債の大量購入をそもそも本来の目的としているのではないか。政府の借金を政府の言いなりにまかなってあげる。政府のためにおカネを握り出す「打ち出の小槌」の役割を果たす。これを狙っているとしか考えられない。それがいいはずはありません。
安倍首相は、「政府と日銀は親会社と子会社みたいなもの」と言い切った。
コーポレート・ガバナンス(企業統治)元年に大企業のモノづくりの不祥事が次々に発覚した。データ改ざんをしたのは、三菱と日産自動車、スバル、神戸製鋼、東レ、三菱マテリアルなど、次々に日本を代表する大企業の不祥事が表沙汰になった。
モノづくり大企業の不正行為が長く続いていたことの本当の意味を考える必要がある。
安倍首相は、かつて神戸製鋼の社員として働いたことがあった。大々的に日本が武器輸出に乗り出したなか、神戸製鋼は、その重要な役割を担っている。つまり、神戸製鋼のアルミ製品は自衛隊の航空機や誘導兵器、魚雷などにも使用されている。まさに、死の商人ですね。ここに安倍首相のルーツがあるというわけです。恐ろしいことです。
(2018年7月刊。820円+税)

教育のなかのマイノリティを語る

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 前川 喜平 ほか 、 出版  明石書店
異色の文科省トップ(事務次官)だった人の語る教育論は、さすがです。さまざまな分野の教育現場で活躍している人たちとの対話で議論が深まり、読み手をぐいぐい引きずり込んでいきます。読んで損は決してしない教育論です。まあ、私が教育論で「損」をするとかしないとか言うのも、おかしいことだと思いますが・・・。
高校生自立支援事業(高サポプロジェクト)では、ソーシャルスキル・トレーニングをする。一番初歩的なのは、お金を貸してくれと言われたときの断り方。それから、万引きしてこいと言われたときの断り方。友だちと話しているときの同意の仕方、いいよねと相手をほめる方法・・・。
なるほど、こういうこともきちんと教えておく必要があるのですね。
ロールモデルは大切。しかし、身近な家族のなかにロールモデルの存在しない子は少なくない。ひどい親の元にいるより、児童養護施設にいるほうがいい。
貧困層の多い、公営住宅の集中しているところでは、子どもたちが、小中学校のころから親に放置され、夜もなかなか家に帰らないで、フラフラしている。家に帰っても、ご飯が待っていないから。
「親が悪い」とか「親がしっかりしないからだ」と言っても、しっかりしない親の元に生まれ育ってしまった子どもは、じゃあ一体どうすればいいのか。それは、社会で受けとめて、なんとかしてあげなければいけない。居場所がない、ご飯が食べられない、勉強する場所がない、勉強を教えてくれる大人がいないとか、いろんな不利な条件が重なっている。
決定的なのは、高校中退。子どもに原因があるというより、システムに問題がある。高校進学が98%だといっても、実際には90%ほどしか卒業はしていない。
文科省は、いわゆるいい学校には、とてつもないお金をかける。一つの高校に何千万円もポーンと渡したりする。
大学進学についてみると、生活保護世帯の子に比べて、児童養護学校出身者は18歳から先の進学機会がものすごく低い。
授業料の負担を減らすだけでは足りない。生活支援も必要。そのためには、給付型の奨学金で支える必要がある。
不登校になった子どもにフリースクールに行くように学校がすすめてしまうのは、学校からの切り捨て、責任放棄につながってしまう。
前川さんは、福島と厚木の自主夜間中学で教えています。「善意というよりも、気まぐれというか、好きでやっています」と語っています。大したものです。大拍手です。
言葉は言葉だけで存在しているわけではなく、言葉の裏側に自分の体験があるわけだから、自分の経験や体験が言葉の意味をつくっていく。だから、経験のない人にとってみると、単に言葉は記号でしかない。居場所と学び場の両方をつくるのは非常に大事なこと。
この本を読んで、前川さんより私が一つだけ勝っていることがありました。私は、週1回、30分間で自己流のクロールで1キロメートル泳ぎます。ところが、前川さんは泳げないのです。といっても、25メートルプールでターンして50メートルは泳げるようになったそうなんですが・・・。
前川さんと対話した人たちの実践を踏まえた指摘と提言もズシンと来ました。ぜひ、あなたにご一読をおすすめします。
(2018年9月刊。1500円+税)

シンプルな勉強法

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 河野 玄斗 、 出版  KADOKAWA
いま、東大医学部5年生の著者が、昨年、司法試験に一発合格した、その体験記です。信じられない話ですが、読んでみると、なるほど、とうなづける点も多々ありました。
でも、とでも出来そうもないという違和感を抱いたところも少なくありません。
たとえば、著者は数学を楽しんでいたようです。まあ、そうでしょうね。数学が好きでなければ東大理Ⅲに合格できるはずもありません。
著者は、小学3年生のときに、公文式(くもんしき)で、数学の高校過程をすべて終了していたといいます。独学で、楽しい科目を学年のしばりがなくて好きなだけやれたので、高校3年まで進めたといいます。
ええっ、そんなこと、ありえない、私は、つい叫びそうになりました。
ただ、著者の勉強法はきわめて合理的で明快です。この点は、誰でも実践していいんじゃないかなと思いました。
たとえば、授業を受ける目的は、メリハリを押さえつつ、全体像を把握することにある。予習の時間は最小限にして、残りの時間は復習にまわしたほうがい。一度覚えたものは、なるべく早いうちに反復したほうが、復習時間を短縮できる。脳は、ある情報に何回も接すると、おっ、この情報はきっと重要なんだと思い込むので、反復すればするほど、長期記憶に定着する。
一度教科書を読んだとき、1章分を読み終えたら、もう1回、その章を初めから飛ばし読みするといい。このとき、30秒で、1つの章をおさらいする。1回目にじっくり読んでおけば、その直後だと30秒で全体像を把握できる。
著者は、医師と弁護士の資格をもった医療弁護士になりたいと思って司法試験を目ざしたとのこと、大いに期待します。がんばってください。残念な事件で途中辞任した米山・前新潟県知事も医師・弁護士でしたよね。ときどき、世の中にはそんな人が誕生するのですね。
まあ、それにしても、時給4万円になる将来が約束されているんだから、「なんで、みんな、そんなに勉強しないの?」と問いかけられても困惑します。だって、時給4万円もらえるからって、それを目ざした人生設計(職業選択)って、本当に考えられるものでしょうか・・・。
私には想像もつきません。そんな人が弁護士になってどんな人間関係を築いていくのか、いささかの不安を感じます。それでも大いに知的刺激を受けました。
私も必死で勉強して司法試験になんとか合格しましたが、その苦闘のあとを『小説・司法試験』(花伝社)にまとめています。この本を読んだ人に読み比べていただけたら幸いです。なにしろ、私の本はさっぱり売れず、大量の在庫をかかえて困っているのです。朝日新聞の一面下に広告も出しましたが、反応がちょっとよろしくありません。応援するつもりで私の本も買って読んでください。
(2018年9月刊。1400円+税)

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