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地銀衰退の真実

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 浪川 攻 、 出版  PHPビジネス新書
銀行、とりわけ地方銀行や信用金庫の経営はかなり厳しいようですね。
人口も事業所数も減っていますので、地方経済はピンチですし、銀行の伝統的収益と言える利ざや(運用利回りと資金調達利回りの金利格差)は悪化するばかり、だからです。
広島市信用組合は預金残高に貸出金残高が占める比率である預貸率が85%もある。これは、営業現場が徹底的に営業エリアを訪問し続け、取引先企業の相談に乗り、悩みを聞くことをやっているからだ。なるほど、必要なことですよね。
スルガ銀行では、組織ぐるみの不正行為が蔓延していた。ディベロッパーと銀行とが結託し、砂上の楼閣のようなインチキビジネスを繰り広げていた。
同じことは、アパマンローンを活用して建設したアパート・賃貸マンションが当初の想定どおり高い入居率を維持し、事業者に期待どおりの賃料収入が続くと言えるのか・・・。
1989年に全国で454の信用金庫、信組の415組合があった。ところが、30年たった2018年には261の信金と146の信組のみとなった。半分ほどに減ったわけである。それでも危機の噂は止まらない・・・。
地方銀行や信用金庫の実情と、少しだけ明るい展望を見つけたところを対比させて書いてあり、大変面白く、一気に読みました。
(2019年5月刊。870円+税)

渡来人と帰化人

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者 田中 史生 、 出版  角川選書
古代日本に朝鮮半島からやって来た中国・朝鮮の人々をかつては「帰化人」と呼んでいましたが、「帰化」とは国家があることを前提としているけれども、果たして当時の日本列島に国家と呼べるものが存在したのか、そんな根本的疑問から、やがて「渡来人」と言い換えられるようになりました。
ところが、日本に定住せず、中国・朝鮮へ戻っていく人々も少なくなかったようですので、果たして「渡来人」と呼んでいいのだろうかという疑問が次に生まれたのです。
本書は、帰化人とは何か、渡来人とは何かを深く考察しています。
日本の倭王権は、渡来の技能者の受け入れを大いに重視した。特殊な技能をもっていて有用な存在だったからである。
5世紀後半の倭国では、姓をもっていたのは、王族のほかは中国系の人々ぐらいだった。
磐井(いわい)の乱(527年)と継体王権の瓦解(がかい)の背後には、首長層そして渡来系の人々の越境的社会関係の錯綜があった。
このころ、仏教は国際関係を考えるとき、重要な要素となっていた。中国が仏教を中心とした国際社会の秩序化を目指していたからである。
倭国が送った600年の遣隋使は、随の皇帝に「はなはだ義理なし」と一蹴されてしまった。そこで、次の607年の遣隋使は、小野妹子を大使として、中国の髄の皇帝を「海西の菩薩天子」ともちあげた。
7世紀の後半、朝鮮半島では百済が滅亡し、高句麗も滅んだ。そこで、朝鮮半島からの亡命者が数千人規模で日本にやって来た。
このころ、太宰府の北に朝鮮式の風格をもつ大野城や基肄(きい)城が設置された。
そして、7世紀の後半、倭が日本へ、大王が天皇へ切り替わり、律令国家が成立した。
そして、帰化人は、戸籍に登録され、支配される身分となった。
唐も日本も、帰化人を、明王の徳化を慕い、自らその民となることを願う者と位置づけながら、その裏では、出身国とのつながりを警戒していた。
日本では、帰化人は東国に配置され、西国には配置されなかった。
8世紀も半ばになると、今後は新羅からの「帰化」が急増した。飢饉や疾病のため生活に苦しむ人々が国外へ非難していった。
渡来人にしても帰化人にしても、中国大陸や朝鮮半島から「日本」へ移住・定住した人と限定的にとらえると、古代の実態と大きくかけ離れたものとなる。
このことが分かっただけでも、本書を読んだ甲斐がありました。
(2019年2月刊。1700円+税)

なぜ人は騙されるのか

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 岡本 真一郎 、 出版  中公新書
「振り込め詐欺」と、それに類似した詐欺にひっかかる人が後を絶ちません。
人類の情報処理の基本設定(デフォルト)は、自動的処理。つまり、考えることなく、自動的に処理されている。不都合が起きたときだけ、制御的処理のシステムが積極的に介入して認知を修正している。
感謝先行型の表現の貼り紙「いつもご清潔にご使用いただき、ありがとうございます」のほうが、「清潔に使用しましょう」というより、印象が断然いいし、それに従おうという気持ちも強くなる。
話し方の印象がいいと、説得力は高くなる。
このようなことは滅多にないということ自体が疑いを弱めることにつながる。免疫のない出来事は説得されやすい。
特殊詐欺の被害者のなかに、繰り返して被害にあう人もいる。
ものすごくよく出来た台本があり、そこからひっぱり出してくるのです。
学習性無力感というコトバがあるそうです。今の世のなかにぴったりのコトバですよね・・・。
本書の後半では安倍首相のウソと詭弁を見事に論証しています。
先日の参院選でも、堂々と憲法に自衛隊を書き込んでも何も変わらない、なんてとんでもない嘘を繰り返していました。
「私も妻も一切関係がない。私や妻が関係していたことになれば、間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」(2017年2月17日、衆議院)。
ところが、あとになって、この「関わり」というのを「贈収賄に関すること」だと安倍首相は言い換えて、責任のがれを図りました。とんでないごまかし答弁です。安倍首相は直ちに国会議員であるのを恥じて、辞任すべきなのです。
こんな首相が堂々と開き直って居座っている姿は、日本の子どもたちにどうしようもないという無気力感を植えつけていると思います。
それにしても、投票率が5割に達しないというのは日本の民主主義の危機です。あきらめてはけないのですけどね・・・。
(2019年5月刊。820円+税)

日本の異国

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 室橋 裕和 、 出版  晶文社
日本は今や移民大国になっているのですよね。日頃、あまり自覚していませんが・・・。
その現実を、日本全国を歩いてレポートしている本です。
東京の高田馬場にはミャンマー人が多く、インドのIT技術者は西葛西(かさい)にたくさん暮らしている。大和市(神奈川県)には、ベトナム・カンボジア・ラオスの人々が寄り集まっている。西川口(埼玉県)は新しいチャイナタウンとして注目されている。
これをもっと詳しく、現地に足を運んで取材し、写真とともに実情を教えてくれます。
足立区竹ノ塚にはフィリピンパブが集まっている。早朝5時から営業しているパブがある。飲み放題、歌い放題、そして和定食がついて3時間で、2000円。これは、とてつもなく安い。そこに、トラック運転手や年暮らしのおじいちゃんたちが早朝から詰めかける。お客の多くは性的サービスではなく、フィリピーナの大らかさと、ホスピタリティに甘えと癒しを求めてやってきます。すごいですね、朝5時からやってるパブに行く人がいるなんて信じられません。
埼玉県八潮(やしお)市には、パキスタン人の中古車関連業者が集中している。だから、ここは「ヤシオスタン」とも呼ばれる。
代々木上原には、日本最大のイスラム寺院(モスク)がある。
東京メトロ・西葛西駅周辺には4千人をこえるインド人が住んでいる。東京都全体で1万2千人なので、その3分の1が江戸川区に住んでいる。
高田馬場は、「リトル・ヤンゴン」と呼ばれるほどミャンマー人が多く、集中している。
日本に暮らしているモンゴル人は1万人。そのうち3分の1の3500人が留学生。技能実習生は1000人のみ。モンゴル人留学生がコミュニティの中心としているのは、街ではなく、フェイスブック。
いちょう団地(神奈川県大和市)は全体の2割以上が外国人。10ヶ国の人々が住んでいて、もっとも多いのはベトナム人。
いま日本にやって来るインドシナの人々に難民はいない。いまでは技能実習生が中心になっている。彼らは東京の新大久保に集中している。
御殿場市(静岡県)には日本最大のアウトレット・モール「プレミアム・アウトレット」がある。年間売上が900億円をこえる。中国人観光客による爆買いの総本山だ。
多民族共生に向けた地道な取り組みが各地で持たれている。そのことを実感させてくれる本でもありました。
(2019年5月刊。1800円+税)

敗北者たち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ローベルト・ゲルヴァルト 、 出版  みすず書房
第一次世界大戦と、それが終わったあとのヨーロッパの状況を詳しく紹介しています。
第一次世界大戦では1000万人近くが死亡し、2000万人以上が負傷した。そして、そのあとに暴力的な激変が続いた。その凄惨な殺戮(さつりく)の様子が読んでいて気分が悪くなるほど語られていて、人間の狂気はこんなにまで落ちるものかとおぞましく、絶望感すら覚えます。京都のアニメーション会社での大量殺人事件を一気に拡大した感があります。
ロシア革命に至るとき、ケレンスキーは、軍の最高司令官であるコルニーロフ将軍から革命を「守る」ために、ギリシェヴィキの助けを借りた。ボリシェヴィキの指導者たちを監獄から解放し、武器と弾薬を与えた。このとき、ちょうど組織づくりの天才であるトロツキーが亡命先のアメリカから帰還したこともボリシェヴィキに有利に働いた。レーニンは土地の国有化とあわせて、戦争からの撤退を公約として、国民の好評を博した。
第一次大戦においてドイツ軍は初期こそ華々しく勝利したものの、援軍がなく、無理に無理を重ね、病気と攻勢による大損失で弱体化してしまった。形勢がドイツの不利に転じたことが明白になると、兵士の士気も民間人の戦意も、急激に低下した。
ロシア内戦は、300万人以上の命を奪うという規模と激しさだった。
食糧供給の危機を打開するため、レーニンは銃をつきつけた食糧徴発を断行した。名の知れたクラーク、富裕者を少なくとも100人は絞首刑にせよ(必ず吊るせ、民衆に見えるように)というのがレーニンの指令だった。
いかに内戦時であったとしても、これはいけませんよね。
もっとも、レーニンの赤軍兵が敗退したときには、公開での絞首刑があり、捕虜になった赤軍兵士は生きたまま焼かれた。このような状況も一方ではあったのでした・・・。
1919年7月16日、捕えられていたツァーリの一家は地下室で全員が殺害された。レーニンの指令による。
ロシア内戦で赤軍が勝利したのは、ボリシェヴィキの悪のほうが白軍という悪よりもましだというのがロシア国民の大方の見方となったことによる。
ローザ・ルクセンブルグは、1871年に棄教したユダヤ人材木商の末娘として生まれた。
ミュンヘンは、ヴァイマル・ドイツのどこよりも強固にナショナリスティックで、反ボリシェヴィキ的な都市だった。そして、このバイエルンの首都はナチズム誕生の地となった。
ムッソリーニは、第一次大戦前は、名うての社会主義者だったが、急進的ナショナリストに転向した。ムッソリーニは戦線で負傷したのではなく、梅毒にかかっていた。
ヒトラーは、しがない税関役人の息子であり、バイエルン軍の伝令兵として西部戦線に従軍し、上等兵(伍長は誤り)として退役した。ヒトラーは社会主義に関心をもったことがあったが、すぐに極右に「転向」した。
ヴェルサイユ条約によってドイツ陸軍は最大で10万人、そのうえ戦車や軍用機、潜水艦の保有は禁止された。また、海軍は、1万5000人に削減され、大型軍艦の新建設も禁止された。丸腰にされたも同然である。
ドイツ軍は、第二次大戦のとき、惨憺たる敗戦を迎えるまで、無益な戦闘を続け、そのため戦争の最期の3ヶ月間で150万人もの兵士が戦死した。
日本が満州によって中国を支配することになったとき、それについてヨーロッパ各国が激しく抗議することがなかったことから、イタリアのムッソリーニは、日本と同じことを真似するようにした。
第二次世界大戦の始まった状況を見るときに忘れてはいけないのが、その前の第一次世界大戦の状況だということがよく分かり、私には、とても興味深い記述でした。
400頁もある、ぎっしり詰まった本格的な歴史書です。
(2019年2月刊。5200円+税)

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