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星をかすめる風

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 イ・ジョンミョン 、 出版  論創社
この小説の主人公と言うべき詩人の尹東柱は、1917年に中国東北部(旧満州)に生まれた。中学生のころから詩を書いていて、ソウルの延世大学(当時は延嬉専門学校)文学部に進学し、日本に留学して立教大学そして同志社大学で学んだ。同志社大学の学生のとき治安維持法違反で逮捕され、福岡刑務所に収監中、1945年に27歳の若さで獄死した。戦後、詩集は韓国でベストセラーとなり、全詩集『空と風と星と詩』が出版されている。
この小説は福岡刑務所の残忍な検閲官として活動している杉山という看守とともに働く若い看守兵の目を通した形で進行する。なかなか凝った仕掛けの多い小説になっています。
刑務所は、あらゆる人間群像の集合場所だ。囚人は思想犯だったり、暗殺者、詐欺師、逃亡者だった。
彼らの目には絶望が、そうでなければ陰謀が漂っていた。彼らは互いに騙し騙され、その二つを同時にやったりした。唯一の共通点は、みな潔白を主張することだ。もちろん、それは嘘だった。
刑務所も人が生きる場所で、人が生きる場所には、どこでも往来があるものだ。まともな商売人は、死さえも売り買いするものだ。
どうせ片方にゆだねるのなら、希望に賭けろ。絶望に賭けても、残るものは、もっと大きな絶望だ。商売は、うまくいくだろうという側に賭けるほうが、利益が多く残るものだ。
言葉と文章という手綱を両手に握り、検閲の刃物を避け、囚人たちの切々たる思いを乗せて文章にした。
ある本を読んだ人は、その本を読む前の人ではない。文章は、一人の人間を根こそぎ変化させる不治の病だ。文章は骨に刻まれ、細胞の中に染み込み、子音と母音はウィルスのように血管のなかを流れ、読む人に感染する。そして、本や文章なしに生きられない中毒者で、依存症になる。
いやはや、まったく私のことですね、これって・・・。
いちばん大事なのは、最初の文章。最初の文章がうまく書けたら、最後の文章まで書くことができる。たしかに、書き出しの文章には、いつも頭を悩まします。
星をかぞえる夜
季節の移りゆく空は
いま 秋たけなわです。
わたしは なんの憂い(うれい)もなく
秋の星々をひとつ残らずかぞえられそうです。
胸にひとつふたつと刻まれる星を
今すべてかぞえきれないのは
すぐに朝がくるからで、明日の夜が残っているからで、
まだわたしの青春が終わってないからです。
星ひとつに 追憶と
星ひとつに 愛と
星ひとつに 寂しさと
星ひとつに 憧れと
星ひとつに 詩と
星ひとつに 母さん、母さん
(2018年12月刊。2200円+税)

本の読み方

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 平野 啓一郎 、 出版  PHP文庫
スロー・リーディングの実践を提唱している文庫本です。
工夫次第で、読書は何倍にも楽しくなる。
オビの言葉に私もまったく同感です。といっても、私はスロー・リーディング派ではなく速読派の人間です。少なくともこの20年来、年間500冊以上の本を読んでいます。もちろん、これは単行本です。雑誌もいくつか読んでいますし、新聞は毎日5紙は読みます。FBでの情報入手にも努めていますので、スロー・リーディングというわけにはいきません。そんな私ですが、著者のすすめるスロー・リーディングの考え方には大いに心が惹かれます。
それほどまでに疲れる世の中だからこそ、私たちにはゆったりとした読書時間が必要なのである。
本当の読書は、単に表面的な知識で人を飾り立てるのではなく、内面から人を変え、思慮深さと賢明さをもたらし、人間性に深みを与えるものである。何より、ゆっくり時間をかけさえすれば、読書は楽しい。
速読家の知識は、単なる脂肪である。速読とは、「明日のための読書」である。これに対して、スロー・リーディングは、「5年後、10年後のための読書」である。
読書は、読み終わったときにこそ本当に始まる。
読書は、コミュニケーションのための準備である。
速読の一番の問題点は、助詞、助動詞をおろそかにしてしまうことだ。
分からない言葉が出てきたら、煩を厭わず(はんをいとわず)、立ち止まって必ず辞書を引くこと。
私は、これが出来ていません。反省させられます。
スロー・リーディングに最適なのは、黙読である。文章のリズムは、黙読のほうが正確に感じとることができる。気になる箇所に線を引いたり、印をつけたりする習慣をつけておくと、内容の理解が一段と深まる。
私が速読なのは、知りたいこと、情感に浸りたいことが次から次に出てくるので、それにつきあうには早く読むしかないからです。そして、一気に読んだあと、赤エンピツで印をつけたところを振り返って引用しながら書評を書いて自分のものとし、そして忘れてしまうのです。
(2019年7月刊。680円+税)

物流危機は終わらない

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 首藤 若菜 、 出版  岩波新書
日本のトラック業界には、200万人が働いている。
私も宅急便には大変お世話になっています。東京への出張は日帰りせず、必ず一泊出張とし、最低でも6冊は読み上げることにしています。そして、行きはなるべくかさばる本を読み、読み終わったら宅急便で自宅へ送ります。1回1500円もかかりませんので、私にとっては安くて便利なものです。東京の弁護士会館の地下にある本屋で、読むべき本、必要な本を仕入れますが、これはいくら重くても持ち帰るしかありません。ともかく、便利な宅急便は私にとって必須不可欠で、いかに地球環境を破壊していると言われても、やめられないのです。
佐川急便は、2013年にアマゾンジャパンの運送をとりやめた。
ヤマト運輸は、2006年から2016年の10年間で、取扱個数が1.54倍、6億700万個も増えた。そして、いま日本を流れる宅配便の半数を握っていて、「ヤマト一人勝ち」の状況にある。
トラック運転手には、労働時間の短縮より、収入の増加を求める声が少なくない。
「ドライバーズ・ダイレクト」は、ドライバーの労働条件を悪化させる要因の一つ。
ヤマト運輸は、グループ全体で20万人の従業員をかかえる巨大企業だ。
ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の3社でシェアの9割以上を占める。
高速道路料金は、荷主から支払われない。
深夜の運転は睡魔とのたたかい。ドライバーたちは、常に時間に追われている。
パレットを使うと、積載効率が下がる。
長距離ドライバーの労働現場では、連続運転時間も、拘束時間も、休息時間も、国の基準がことごとく守られていないという現実がある、ドライバーは、1週間で10時間、1ヶ月で40時間、年間で460時間も長く働いている。つまり、1週間あたり、平均より1日も多く働いている。
トラック業界は、一手に非効率を引き受けてきた。現代社会は、無駄に車両を走らせる物流を基礎として、便利で効率的な仕事や暮らしを獲得していった。
日本郵便は本業(中核)である郵便事業について、赤字が続いている。
働く人々の高学歴化は、ドライバーのなり手不足に拍車をかけた。
かつては、トラック運転手は、「きついけど、稼げる」仕事だった。ところが、今ではきついうえに、稼げない仕事になってしまっています。
ネット通販が急激に拡大するなかで日本の物流が危機的状況にあることがひしひしと伝わってくる新書でした。
(2018年12月刊。820円+税)

金剛の塔

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者 木下 昌輝 、 出版  徳間書店
日本には、創業1400年の金剛組という会社があります。寺社建築の会社です。
各地の五重塔は戦災にあって消失したものの、その多くは再建されています。そして、大地震にも見事に耐え抜いてきました。
なぜ五重塔が倒れないかは、今もって完全に解明されてはいないそうです。知りませんでした。そして、寺社建築を手がける宮大工さんは独特の技術継承があります。そんなことを小説にして分かりやすく解き明かした歴史小説です。
宮大工に必要なことは、手先や才能よりも大切なのは、木を扱うことが好きだということ。それがなければ、どんなに手先が器用でも、つとまらない。
木を選ぶ。北の斜面に育った木は、ほとんど陽が差さない。おかげで、陽当たりが均等で、芯が中心にくる傾向が強い。陽当たりのいいところに育った木は中心が大きくずれている。木は太陽のあたる側が大きく成長するから。柱につかうと、当然に年月がたつにつれてゆがみが生まれる。
五重塔は、梃子(てこ)の原理で重い屋根を支えている。各層がスネークダンスと呼ばれる奇妙な動きで互いちがいに揺れ、それで地震の揺れを殺している。
しかし、どんなに研究がすすんでも分からないのは、心柱(しんばしら)だ。飛鳥時代に建築された法隆寺の五重塔は、震度5以上の地震に6回、震度6以上だと3回、あっているけれど、倒れなかった。なぜ心柱は存在するのか、それはどんな働きをしているのか、まだ仮説段階でしかなく、その仕組みは科学的に究明されていない。
すごいですね。そのことを歴史小説の形にして私たちに理解を迫ってくるのです・・・。
(2019年5月刊。1700円+税)

ペリリュー玉砕

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 早坂 隆 、 出版  文春新書
パラオ諸島の一つ、ペリリュー島を前の天皇夫妻がわざわざ訪問したのは、天皇としての戦争責任のとり方として、私は評価したいと思います。天皇夫妻がはるばる訪問したことで、私をはじめとする多くの日本人がパラオ諸島での日本軍のむなしい戦いを認識し、あえなく戦病死させられた日本人青年たち(兵士)を追悼する気持ちを抱いたのです。ペリリュー島の戦いはマンガにもなり、イメージをつかむことができました。
本書は、守備隊長の中川州男(くにお)大佐に焦点をあてています。ペリリュー島を守備する日本軍は1万人。生き残ったのは、わずか34人。攻めたアメリカ軍は4万2千人。圧倒的な戦力の差があった。 ところが、74日間に及ぶ激戦が続き、昭和天皇は11回も「お褒めの言葉」を贈った。そして、日本の敗戦後も残存兵が森の中にいて、1947年(昭和22年)4月に救出されるまで、「戦いは続いていた」。
 明治31年(1898年)生まれの守備隊長である中川大佐の出生地(本籍)は玉名郡玉名町大字岩崎。熊本地方裁判所玉名支部からほんの少し先の玉名市中心部です。そして、南関町の小学校から玉名中学に進みます。中学では剣道部。そして、久留米にある歩兵第48連隊に入ります。士官候補生です。八女工業学校に配属将校となり、4年をすごしました。そして、陸軍少佐として中国に渡り、大隊長をつとめます。陸軍大学校の専科を経て、連隊長となります。関東軍の一員として中国にいたところ、南方の第一線に投じられたのでした。
連隊長の中川大佐(46歳)の率いる連隊総員は3588人。
パラオ最大の町コロールにはデパートが2つあり、その一つは経営者は玉名郡岱明(たいめい)町の出身だった。
ペリリュー島では、住民を退避させ、地下に強固な地下複郭(ふくかく)陣地を構築した。
1944年(昭和19年)9月15日、午前5時30分、米軍がペリリュー島への上陸作戦を開始した。「アメリカ海兵隊史上、最悪の死傷率」という激しい戦闘になった。ペリリュー戦に参加した米軍兵士の4割がPTSDにかかった。
アメリカ軍は消耗の激しい第一海兵師団を後方に戻し、代わりに陸軍第81師団を投入した。海兵隊単独でのペリリュー島占領をあきらめたのだ。
日本軍による最後の電報は「サクラ、サクラ、サクラ」だった。ちなみに、「ウメ、ウメ、ウメ」が始まりだった。
戦死者は、日本軍が1万22人、アメリカ軍が1684人。戦傷者は日本軍が446人、アメリカ軍が7160人。アメリカ軍の戦死傷者は1万人をこえた。
天皇夫妻がペリリュー島を訪問したのは2015年(平成27年)4月28日のこと。海上保安庁の巡視船「あきつしま」に宿泊した。これも異例のことですよね。
戦没者の碑に向かって頭を下げている光景は、私も自然に頭の下がる思いでした。なにより、こんなところで戦死させられた日本人青年たちの悔しさに思いをはせてのことです。
戦争のむごさ、むなしさを実感させてもくれる本として読みすすめました。
(2019年6月刊。880円+税)

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