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ダイヴ・トゥ・バングラデシュ

カテゴリー:アジア

(霧山昴)
著者 梶井 照陰 、 出版  リトルモア
私はインドにもバングラデシュにも行ったことがありません。バングラデシュというと、日本の大手衣料品メーカーが現地で安く縫製させて、日本で「高く」売りつけているというイメージです。
まずは表紙の写真に圧倒されてしまいます。夜の駅に無数としかいいようのない大群衆がホームにひしめいている写真です。ええっ、こんなにバングラデシュって、人口が多いのか・・・、と思わず息を呑みます。
著者は僧侶であると同時に写真家です。高野山で修業して真言宗の僧侶になり、世界各国を取材してまわっています。バングラデシュに2013年から2018年まで通って撮った写真が紹介されています。
2013年4月にバングラデシュ(ダッカ)で縫製工場の入っていたビルが崩落したときには死者1127人、負傷者2700人以上という大惨事でした。
低賃金で働かされる縫製工場に発注している世界的衣料メーカーは、GAP,H&M、ZARA、ユニクロなど、世界的ブランドのメーカーです。
線路のすぐ脇にまでスラム街が広がっています。スラム街の貧しさから抜け出すために、男は劣悪な環境の炭鉱で働き、女は売春婦になっていく・・・。いやはや、なんとも言いようのないほどの貧困と人々の多さです。しかし、そんななかでも原発建設の反対を訴えるデモ行進があったりもするのです。希望がないわけではありません。
まさしく、雑然、混沌とした世界が奥深く広がっているのがバングラデシュのようです。その一端を垣間見た思いがしました。
(2019年5月刊。2900円+税)

耳鼻削ぎの日本史

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者 清水 克行 、 出版  文春学芸ライブラリー
耳鼻削ぎは、「みみはなそぎ」と読みます。
耳塚としては、京都の方広寺が有名です。秀吉の朝鮮出兵のとき、討ちとった朝鮮人の耳を日本に運んできて埋めたとされる塚です。
正しくは鼻塚なのだが、江戸時代以降、「耳塚」と誤伝されている。
著者は、「耳鼻を削ぐ」ということの意味を深く追求しています。
日本中世社会において、「耳鼻削ぎ」は女性に対する刑罰だった。これは一見すると、残虐な刑罰だと思えるが、実は死一等を免除するという、宥免措置、ぎりぎりの人命救助措置だった。
ええっ、そうなんですか・・・。つまり、殺されるのに比べたら、耳鼻削ぎのほうがましだ、という切実な感覚が当時の人々にあったというのです。
日本の中世社会においては、女性を男性と同じように処罰するのは避けたいとする心理(観念)があった。浅はかな女性に男性と同じ法的責任を負わせることはできないというのが、女性の刑罰が軽減された理由だった。
このように、耳鼻削ぎは、現代の私たちが思うように残酷なものとは考えず、むしろ温情的な処罰だと考えられていた。
戦場で、大将クラスを討ちとったときには、首を戦功の証とした。しかし、雑兵については、首ではなく耳や鼻でかまわないという認識があった。
秀吉は、朝鮮人の鼻をまつった鼻塚を方広寺をつくったパフォーマンスとして鼻供養しようとしたのだった。敵兵の菩提をも弔う慈悲深いリーダーとしてのイメージを人々にアピールしようとしたのだ。
全国各地の耳塚・鼻塚は、実は、形状や立地から「耳塚」と呼ばれるようになっただけで、本当に耳や鼻を埋設したものではなかったようです。
面白い研究の本として最後まで一気に読み通しました。
(2019年3月刊。1400円+税)

福島の記憶

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 飛田 晋秀 、 出版  旬報社
3.11で止まった町。こんなサブタイトルのついた写真集です。
まずは、大津波の恐ろしさに圧倒されます。
大きな船が陸に打ち上げられ、無残な船体をさらけ出しています。そして、建物はスッポンポン、もぬけのカラです。
駅があり、電車が停車したまま。
地震で火災も起き、津波に流されて火災が広がった。久之浜町では、家の今に車が突っ込んだまま。
3.11の恐ろしさは津波の被害だけではなく、放射能汚染にある。
楢葉町(ならはまち)では、津波の被害があったところが広大な空き地となり、そこに除染土壌を入れたフレコンバックが置かれている。
川内(かわうち)村は、原発事故のため中心地は無人。人の姿は見えない。至るところにフレコンバックが置かれている。
都路(みやこじ)町では、放射能被害が影響したのか、元気だった中年の女性が6年後に亡くなった。
葛尾(かつらお)村は、地震の影響は少なかったが、原発事故のため、全村避難した。村の風景を写真にとると、ありふれたフツーの田舎の光景だ。しかし、どこにも人がいない。牛も鳥もそして犬や猫の姿も見かけない。村全体で3000頭の牛を飼育していたのが、今や、雑草に家がのみこまれている。
富岡町の目抜き通りに桜が見事に咲いた。しかし、この桜も放射能に汚染されている。
除染作業をしたあとでも、1.62とか1.67マイクロシーベルトという高い線量だ。
町なかでもイノシシが出てきて徘徊している。除染したあとでも3.15マイクロシーベルトを示しているのを見ると、除染作業って本当に有効なのか疑問をもってしまう。
大熊町では放置された家の玄関先がなんと24.2マイクロシーベルト。かつてはにぎわった商店街は、今や完全な無人街。不気味だ。
双葉町(ふたばまち)には、有名な「原子力、明るい未来のエネルギー」という大看板があった。原発の「安全神話」は、今なおなくなってはいない。日本経団連は、幸いにも実現しなかったが、これほど危険な原発をベトナムやトルコなどの海外へ輸出しようとしていた。正気の沙汰ではない。
無人の商店街のキャプション(説明書)は、「地震被害だけなら復興が進んでいたはず」と書かれている。
抜けるような青空の下に広々とした草原が延々と続いています。いやはや東北地方も狭い平野ばかりではないのです。アベ首相の「アンダーコントロール」宣言をせせら笑うかのようにフレコンバックがあちこちに広がっています。
よく出来た写真集です。全国の図書館には必携ですね。
(2019年2月刊。1800円+税)

ふるさとって呼んでもいいですか

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 ナディ 、 出版  大月書店
1991年8月、イラン人の両親と3人の子どもがイランから日本に「出稼ぎ」にやってきた。子どもは6歳(長女)、5歳(長男)、1歳(次男)。3人とも日本語は話せず、ビザもなし。一家は強制送還されることもなく、子どもたちは34歳、33歳、29歳となった。
そして長女の著者は、こう書いています。
「イラン生まれで日本育ち、中身はほぼ日本人。これが私。イラン系の日本人なんだ」
2015年に著者が結婚した相手の男性は、日本とパラグアイのハーフで、生まれはボリビア。日本国籍。著者はイスラム教徒。今も豚肉は食べず、お酒も飲まない。夫君はキリスト教徒。
この本は、漢字すべてルビ(振りがな)がふってあります。漢字が読めない人にも読んでほしいという配慮なのでしょう。
一家が入国するとき、なんと手続に6時間もかかりました。そして、それから、目的地まで日本語も読めず、話せないなかで電車・バスに乗って、3人の幼い子どもを連れて目的地になんとかたどり着いたのです。
イラン人の両親は、なんとか工場で働けるようになった。すると、子どもたち3人は自宅で留守番。おおっぴらに外で遊ぶことはできない・・・。
言葉が通じない子どもたちは、笑顔とおじぎをまず覚えた。人に会ったら、とりあえずニコッと笑顔を見せ、次にペコリとおじぎをする。すると相手も笑顔になってくれる。
人がいないのを見はからって、子ども3人で、向かいの公園で遊ぶ。人目を避けていたつもりだが、実は、外国人の3人姉弟は近所でかなり目立っていた。
子どもたちはもらったテレビを自宅で見ているうちに、半年でそれなりの日本語を話せるようになった。イラン人の両親は働いているばかりで、テレビも見ないため、なかなか日本語は話せないまま・・・。
子ども同士で遊んでいると、「外国人とは遊んじゃだめよ」という日本人の親にも出会った。それでも、仲良しの子の母親が字を教えてくれた。そして、いじめっ子の家には、母親が乗り込み、著者が通訳した。いじめっ子の父親が、きちんと対応してお詫びしてくれた。
在留外国人は270万人。しかし、日本国籍をもつ人も含めると400万人と推定されている。
強制送還される外国人は、1990年代には毎年5万人もいた。最近では、1万人以下となっている。
「在留資格なし」でも、小学校に入ることができた。ところが、算数についていけない。漢字は強敵だ。
ケガすると、健康保険がつかえないので、自費。足首を痛めただけで1回4000円。これでは医者にはかかれない。ケガできない。
ブルマや水着はイスラム教の教えに反する。
ようやく在留特別許可がおりて、不法滞在ではなくなった。
400万人もの人々が、日本の文化と「たたかい」ながら、必死に生きている姿を想像できる本でした。それにしてもイランの6歳の女の子が弟2人の面倒をみながら、日本で立派に育っていく姿を本人が自信をもって語っているのに圧倒され、思わず心の中で拍手をしてしまいました。ちょっと疲れ気味のあなたに活力補強材として一読をおすすめします。そんな、いい本なんです。
(2019年8月刊。1600円+税)

弁護士研修ノート

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 原 和良 、 出版  第一法規
初版が出てから、もう6年にもなるそうです。改訂版が出たので早速注文したところ、本屋から届いた翌日に著者からも贈呈本が届きました。
とても実践的な本ですので、若手弁護士に役に立つことは間違いありませんが、私のような「ベテラン」弁護士にとっても知らないこともあり、大変役に立つ内容でした。
著者は佐賀県出身で、今は東京で大活躍中の弁護士(47期)です。
弁護士が相談を受けるとき、「お地蔵さん」になってはいけない。極度に緊張した相談者とは、ときに子どもや孫のこと、仕事の話など、事件に関係のない、自慢話を聴くのは距離感を縮めるうえで役に立つ。また、弁護士自身のことも少し話したらいいことも多い。
相談者の話に共感はしても同化してはいけない。「私も同じ気持ちです」となっては、弁護士ではない。こちらは解決のためのプロフェッショナルだから。弁護士が相談者と一緒になって、浮いたり沈んだりしていたら、相談者は不安を覚えて相談など出来ない。
相談を受けるときは、要件事実を意識しながら言葉のキャッチボールをする。
頭ごなしに、「それは間違い」「あんたが悪い」と叱りつけてしまうのが一番悪い相談態度だ。
相談を受けたとき、分からないことは分からない、調査をしますと答えたほうが良い。誠実な態度をとって依頼を断られたら、これはどうせ先々で依頼者と大きなトラブルになる可能性があった相談だと考え直して、むしろラッキーだと思ったほうが良い。
これには、私も、まったく同感です。
解決策を選ぶのは依頼者であり、弁護士は、本人の選択した人生をお手伝いする、そのガイドしかできない。
私は、これに賛成しつつ、弁護士は、いくつかのプランを示しつつ、私はこのうちこのプラン(方針)を勧めると、までは言うべきだと考えています。もちろん、押しつけにならないような注意(配慮)は必要です。いくつかのプランを併列的にならべて、「はい、このなかから勝手に選んでください」というのでは、あまりに不親切だと考えています。
そして、受任率が低い若手弁護士には、笑顔を見せて相談者を安心させる、大きな声で自信たっぷりに言うといった役者を演じることも弁護士には必要なんだと、そうアドバイスしています。
弁護士にとって、準備書面とは、裁判官に向けたラブレターだ。読んでもらわないといけない。そして、読んでこちらに好意をもってもらわないといけない。そのためには、魅力的かつ説得的な法律論を分かりやすく展開しなければいけない。大切なこと、注目してほしいことは繰り返し述べて裁判官の印象に残るようにする。
論理的緻密さと日本語としての分かりやすさは、不可欠の要素だ。
最終準備書面は、尋問の終わった当日に、少なくとも要点のメモくらいは残しておく。証言調書ができあがってからでは遅すぎるし、忘れてしまって時間の浪費だ。
著者は依頼者の期待を裏切ることをすすめています。ええっ、なんという、とんでもないことを著者は言っている・・・、と思ったら、まっとうなことを著者は言っているのでした。つまり、依頼者(お客)の固定観念を裏切ることをすすめているのです。たとえば、依頼者の自宅を訪問するとか、事件が終了して3ヶ月後に電話を入れて、様子を聞いてみるとか、気楽に出張相談をしてみるとか・・・。なーるほど、ですね。
著者は大学生と交流会をしたとき、今まで一番つらかった事件は何ですかと問われて、「忘れました」と答えたそうです。素晴らしい答えです。そういえば、私も、いやなことは「忘れました」という感じで70歳になるまで生きてきましたし、生きています。
引き受けたくない人は、どんな人ですかという問いに対しては、「できるだけ安く依頼しようと考えている人」と著者は回答しました。まったく同感です。弁護士は典型的な頭脳労働ですから、あまりに値切ってほしくないと従前より考えてきましたし、実行しています。
二つのアンバランスに陥らないようにする。自分のやりたいこと、社会貢献活動にばかり時間と労力をとられて、日常業務に支障をきたしてはまずい。逆に、日常業務に迫られて、人権活動などがおろそかになってもいけない。
私にとっても、永遠の課題です。
実務・雑務を一人でかかえこまない。ストレスフルな弁護士生活を乗り切るには、仕事のことをまったく忘れることのできる自分の時間と趣味をもち、自分自身が煮詰まらないように自己管理することが大切。
いやはや、とてもとても実践的な本なので、一気に読了しました。弁護士としてのスキルアップを考えている人に超おすすめの本です。小型本なので、カバンのなかに入れてスキ間時間に読んでみてください。
(2019年8月刊。1800円+税)

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