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無人の兵団

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ポール・シャーレ 、 出版  早川書房
ドローンが空を勝手に飛びはじめたら恐ろしいばかりです。飛んでいる途中で故障して落下。空中から狙われて物を落とされる。空中から四六時中、監視される。ああ、いやだ、いやだ。考えてみただけでも身震いしてしまいます。
戦場に無人戦車が出現し、あたりかまわず無差別に射撃する。この無人戦車は遠隔操作するのではなく、自律型兵器として、誰かれかまわず砲撃し、「敵」をせん滅してしまう。非戦闘員だろうが、おかまいなし・・・。
著者はアメリカ軍のレンジャー部隊出身。イラクにもアフガニスタンにも出征した経験があります。イラクの山中で発見した一人の羊飼いの青年が「敵」のスパイなのかどうか判断に迷ったという経験も紹介されています。青年は何かを話しているようです。無線で位置情報を発信しているのか・・・。実は、単に一人で歌っていただけなのでした。危く無実の青年を殺すところだったのです。
イラクではタリバン勢力から襲われて反撃していると、実は「敵」と思い込んだのは味方であり、味方が同士射ちしていた。人家の民衆しているところだったので、二手に分かれたどちらも、相互に「敵」と思い込んで撃ちあったのだ。
自律型兵器は、このようなこみ入った複雑な状況に対応できない。できるはずがない。にもかかわらず、射撃だけは止めないだろう。いったい、そのとき誰が責任をとるのか・・・。
武装ドローンが進化している。ベネズエラのマドゥラ大統領の暗殺未遂事件も武装ドローンだった。武装ロボットも、陸上と海上で拡散している。
イスラエルは武装無人艇プロテクターを開発し、海岸線をパトロールさせている。
ロシアは、ウラン9という無人の自動戦車を開発し、大量に配置している。人間が乗っていないので、装甲は弱くてすむし、なにより安価だ。
兵器がAIをつかって進化している実情をレポートしている怖い本です。目をそむけたくなりますが、軍需産業はこのような人殺し機械を開発してもうけているのですね。嫌ですね。
安倍政権の果てしない軍拡路線は、このような無人殺人兵器に行きつくのでしょう。怖いことです。消費税10%は5兆円をこす軍事予算を支えるのです。とんでもないです。それより、年金ふやせ、授業料をタダにしろと叫びたいです。
(2019年7月刊。3700円+税)

昆虫考古学

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者 小畑 弘己 、 出版  角川選書
縄文時代の遺跡として有名な三内丸山遺跡(青森)からは、コクゾウムシ、材木を食べるオオナガシンクウ、糞を食べるマグソコガネ、ドングリやクリを食べるクリシギゾウムシやコナラシギゾウムシの幼虫、キクイムシ類を捕食したりするエンマムシ科の一種などが発見されている。家屋に棲みついた害虫と思われる。
宮崎県の本野原(もとのはる)遺跡で縄文時代のクロゴキブリの卵の圧痕を検出した。クロゴキブリは、中国南部を原産地とする外来種。それ以外の日本の屋内に普遍的なゴキブリの原産地はアフリカだ。
福岡の鴻臚館のトイレからはベニバナの花粉が多量に検出されている。それは、花を直接食べたような出方だ。ベニバナは現代でも漢方薬として使われているが、腹痛の薬として食べられていたと想定されている。
鴻臚館のトイレは、誰がみてもトイレと分かる遺構である、トイレ遺構から発見されるコクゾウムシやマメゾウムシの類は、トイレに捨てられた加害穀物に混じっていたものではなく、ムシに加害された穀物やマメをいれたお粥(かゆ)やスープ、パンなどを人が食べた結果だと考えられている。
土器という大地に種実を埋め込むのは、種子や実が再び生まれてくること、再生や豊穣を願った行為と思われる。
クリやドングリも縄文人たちにとって重要な食料だった。縄文人たちは、コクゾウムシをクリなどの堅果類の生まれ変わりと考えていたのではないのか・・・。
縄文時代、コクゾウムシはイネではなく、ドングリやクリを食べ、縄文人たちの家に棲みついていた。これが判明してから、まだ10年もたっていない。縄文人たちが、ダイズやアズキ、そしてクリを栽培していたことが分かったのも、この10年ほどのあいだのこと。これは、土器圧痕と呼ばれる、人の作った土器粘土中やタネやムシの化石によって判明したのだった・・・。
古代の遺跡を調べると、男性トイレと女性トイレは土壌分析で判明するとのこと。土壌の成分が男女で異なるというのです。これまた不思議な話ですよね。誰がいったいそんな区別があると考えて調べたのでしょうか・・・。
同じものを食べていても人間の便の成分が男女で違うって、いったい人間の身体はどうなっているのでしょうか・・・。誰か教えてください。
(2018年12月刊。1700円+税)

世界で一番美しいかくれんぼ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 アンナ・レヴィン 、 出版  小学館
生きものたち、森に海に雪原に生活する生きものたちの擬態を紹介した写真集です。
まずは森のなか。ナマケモノは背景の森に溶け込むために、体の表面に緑色の藻類をすまわせている。
テルシオペロという毒ヘビは落ち葉に擬態し、じっと身をひそめて獲物を待ち伏せる。言われなければ、まったく気がつきません。
体の模様は落ち葉の葉脈や日差しによる陰影まで写しとったかのようなソメワケササクレヤモリの身体は、まさに一級の芸術品。
有名なカメレオンは皮膚の構造を変えて光の反射の仕方を変えることで、気分、体温、性的状態、攻撃性、健康状態を色で示す。オスはライバルと縄張り争いをするとき、メスを惹きつけるため、鮮やかな体色になる。
マダガスカルには、落ち葉そっくりのアマガエルがいる。体の表面に光沢があり、質感まで落ち葉にそっくりだ。
マダガスカルの森にすむテングキノボリヘビは、木の枝そっくり。日中は木にぶらさがって休み、夜中にトカゲなどの獲物に木の上から襲いかかる。
これはまるでヘビではありません。まったく木の枝そのものです。
アフリカの砂漠にすむナマクアカメレオンは、砂の色に完全に同化した体色。そして周囲の温度変化で体色を変えて体温調節している。
砂漠にもカマキリがいる。枯れ枝そっくりの姿をしている。どうやったら、これほど似ることができるのか、不思議ですよね。意思の力なのでしょうか・・・。
海の中にも上手にかくれんぼしている生き物がいます。たとえば、ハナオコゼ。海藻のじゅうたんの中にひそめば、まず、見つけられない。
タツノオトシゴの仲間のリーフィーシードラゴンは、波に揺れる海藻のまねをして、ゆっくりと揺れるような動きで泳いでいる。
この本の最後に登場してくるコチ科の大型種、クロコダイルフィッシュは、写真をみても、どこからどこまでが魚体なのか、とても判読できません。
まさしく世の中は、不思議だらけなことを実感させる不思議な写真集です。よくぞ、これだけの生き物を撮影したものです。心から敬意を表します。
(2018年12月刊。2700円+税)

江戸の古本屋

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 橋口 侯之介 、 出版  平凡社
日本人は昔から本が大好きだったことがよく分かります。
昔の日本人は、本を読むというのは、声を出して読む、音読するのか普通だったようですね。寺子屋で、「し、のたまわく・・・」と声をそろえて習っていたことの延長線にあったのでしょうか・・・。
寛永のころ(1624年から1644年)、収益を目的として本を刊行する商業出版が始まった。出版する本屋が京都だけで、享保年間(1716~1736)には200軒も存在していた。
大阪の本屋も享保11年に89人だったのが、享和1年(1801年)に130人、文化10年(1813年)には、343人に達した。江戸では、京保7年に本屋仲間が47軒で結成された。
江戸時代を通じて、大手の書林といえども出版だけで収益をあげることはできず、古本業務を基礎として、さまざまな本に関する仕事をこなしていた。
江戸には、文化5年(1808年)に貸本屋が656軒あり、販売網として組織化されていた。
江戸時代の本屋は現代の出版社のように間断なく新本を出し続けるということはなかった。新刊本は数年がかりで、数点が同時進行しながら製作されていた。本づくりは慎重にすすめられた。出版活動は、数多くの業務のひとつに過ぎなかった。江戸時代の本屋は、出版物を刊行するだけでなく、卸売りも小売りもすれば、古本のような再流通までを担う産業だった。きわめて特殊な商形態だった。
本屋は講をつくっていた。講は情報を収集する場であり、金融的側面ももっていた。古書の交換システムを機能させ、娯楽的側面もあった。
本屋の仲間同士の支払いは2ヶ月後の清算が慣行だった。
セドリとは、同業の本屋を回って本を仕入れる行為をいう。また、風呂敷包みを背負って江戸中を歩いて本を買い集め、それを売って商いする者のこともセドリと呼んだ。
本屋の古本業務が盛んになったのは、書物の収集に熱心な顧客が増大したことが背景にある。それまでの寺院や公家、大名家だけでなく、神社や民間の学者、医者、富裕な商人にも収集する層が広がっていった。そして、村々の役人、町役人や一般商人にまで収集の層が広がった。
本替(ほんがえ)とは、本屋が現金でなく、お互いに本を送るという実物による交換であって、これは、余計な資金の移動を避ける合理的な商習慣だった。
いま、小さな本屋がどんどん閉店しています。本当に残念です。ネットで注文するのは便利ですが、やはり神田の古本屋街のように手にとって眺める楽しさは格別なのです。アマゾンに負けるな、そう叫びたい気分です。
(2018年12月刊。3800円+税)

承久の乱

カテゴリー:日本史(鎌倉)

(霧山昴)
著者 坂井 孝一 、 出版  中公新書
承久の乱は、一般には後鳥羽上皇が鎌倉幕府を倒す目的で起こした兵乱とされています。しかし、この本によると、最近では、後鳥羽上皇は執権北条義時の追討を目指しただけで、倒幕ではなかったとされているとのこと。知りませんでした。
そして、後鳥羽上皇についての、時代の流れが読めない傲慢で情けない人物という人物は誤解であって、今では「新古今和歌集」を主導して編纂した優れた歌人であり、諸芸能や学問にも秀でた有能な帝王だったとされています。
同じことは、暗殺された三代将軍の源実朝(さねとも)にもあてはまる。実朝は「政治的には無力な将軍」のイメージが強いが、実は将軍として十分な権威と権力を保ち、幕政にも積極的に関与していた将軍だった。さらに、後鳥羽上皇の朝廷と源実朝の幕府は、対立どころか親密な協調関係を築いていた。実朝が暗殺されたことは、鎌倉幕府だけでなく、朝廷に衝撃を与え、乱の勃発に重大な影響を及ぼした。
このような序文を読んだら、いやおうにも本文を読みたくなるではありませんか・・・。
承元3年(1209年)、鎌倉幕府では18歳になった三代将軍実朝が将軍親裁を開始した。実朝は、主君としての穀然たる姿勢と気概をもち、統治者として次々に政策を打ち出して成果をあげていった。
実朝は、地道な努力を積み重ねて擁立された将軍から、御家人たちの上に君臨する将軍へと自立し、その権威と権力で御家人たちを従えていた。
将軍実朝のもとで、和田合戦が始まり、北条義時が和田義盛の一族を滅ぼした。この和田合戦のあと、将軍と執権とが直接対峙することになった。
北条政子、義時そして大江広元らの幕府首脳部にとっても、実朝暗殺による突然の将軍空位は想定外の危機だった。
実朝は、後鳥羽上皇の朝廷から支援を受け、頼朝をはるかに超える右大臣・左近衛大将という、武家ではとうてい考えられない高い地位に昇った大きな存在だった。
後鳥羽上皇の院宣は、問題が幕府の存続ではなく、北条義時の排除一点にしぼられているうえ、最大の関心事である恩賞に言及していて、御家人に受け入れやすい内容になっていた。後鳥羽上皇が目指したのは、北条義時を排除して鎌倉幕府をコントロール下に置くことであって、倒幕でも武士の否定でもなかった。
北条政子は、金倉幕府創設者の未亡人にして、二代、三代将軍の生母、従二位という高い位階をもち、幼き将軍予定者を後見する尼将軍として、聞く者の魂を揺さぶる名演説を行った。そして、そこには北条義時ひとりに対する追討を、三代にわたる将軍の遺産である「鎌倉」すなわち幕府そのものに対する攻撃にすり替える巧妙さがあった。幕府存亡の危機感を煽られ、御家人たちは異様な興奮の中で、「鎌倉方」について「京方」を攻めるという選択をした。
このとき「京方」を迎撃する戦術をとっていたら、幕府の基盤である東国武士が離反する恐れがあっただけでなく、長期戦となれば、畿内の近国や西国の武士たちが大量に朝廷側の追討軍として組織される可能性もあった。
「鎌倉方」は8年前の和田合戦で激闘を経験ずみであったから、戦況に応じた適格な指示を出すことができた。
「承久の乱」の敗北によって、「京方」は三人の院が流罪になる「三上皇配流」という前代未聞の結末を迎えた。後鳥羽上皇の流人生活は19年に及び、60歳で隠岐島で没した。あとの2人の上皇もそれぞれの配流地で死を迎えた。
歴史を学ぶことは、人間と社会を知ることだと、つくづく思わせる新書でした。
(2019年1月刊。900円+税)

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