法律相談センター検索 弁護士検索

潮待ちの宿

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 伊東 潤 、 出版  文芸春秋
うまいですね・・・。しみじみとした気分となって江戸情緒をたっぷり味わせてくれる本です。「歴史小説の名手が初めて挑む人情話」だとオビにありますが、まさしく、そのとおりの出来ばえです。
岡山県笠岡市の港町が舞台となっています。ときは幕末から明治のはじめのころです。長岡の河井継之助まで登場してくるのには驚かされますし、長州藩の負け武士たちもあらわれるなど、幕末のころの史実も踏まえていて、一気に読ませる力があります。
主人公の志鶴(しづる)は、貧乏な親から口減らしのため、小さな旅館に奉公に出され、そこでおかみ(女将)の伊都(いと)らに支えられて成長していきます。その姿が各話完結でつながっていくのです。作者の想像力の豊かさには、ほとほと驚嘆するばかりです。
そして、泊まりに来る客、そして女将を慕う人々など、人物描写がよく出来ていて、私も一度は、こんな人情話を書いてみたいものだと、ついつい身のほど知らずに思ったことでした。
潮待ちの宿というタイトルもこの本の話の展開に見事にマッチしています。小さな港で起きる話を「待つ」という言葉で貫いているのに、心地良さを感じさせます。
この本の最後に、出版前に読書会を開いて、いろいろな意見をもらったことが紹介されて、参加者の名前がずらりとあげられているのは、どういうことなのでしょうか・・・。これらの人々の感想によってストーリー展開がいくらか変わったということなのか、もっと知りたいと思いました。
今年よんだ本のなかでもイチオシの本の一つです。
(2019年10月刊。1750円+税)

消えた山人、昭和の伝統マタギ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 千葉 克介 、 出版  農文協
私の終わりころから9年間、秋田などの東北の山で活動していたマタギを追った貴重な写真集です。
マタギは、「山をまたぐ」が語源と言われていますが、実際、1日に10キロといわず数十キロも歩いていた。
狩り、ケボカイ(皮はぎの神事)、熊祭り、山の神祭り、小屋かけ、火起こしなど、昭和時代の山中でのマタギの生態が写真によく残されています。忘れてはならない山の狩人たちです。
マタギは産火と死火を忌み嫌い、家で出産や死亡があると、火が穢(けが)れると考え、その家の人間は1週間、狩りに出かけなかった。また、クマ狩りの前の1週間は夫婦の性交渉もできなかった。
マタギには、「狩人」と「狩り」の両方の意味がある。漢字では、古くから「又鬼」と書かれる。
大正・昭和初めのマタギ装束の着方が写真で再現され、解説されています。カモシカの毛皮を上に着ます。背負うのは村田銃です。
クマの胆(い)は、万能薬として珍重され、金と同じ値段で取引されていた。1回に飲む量はゴマ粒3つ。
マタギにとって、クマは捨てるところがなく、クマの骨や血、冬眠時の糞も薬として売られていた。
クマが獲れるのは集落にとって大きな喜びで、老若男女が集まってくる。
クマの肉を骨ごとに煮込み、ナガセ汁をつくる。最高のマタギ料理だ。
マタギは個人であり、集団であり、それを支えてきたのは集落である。
今ではほとんど消え去ったマタギの生態をたくさんの写真とともに解説した貴重な本です。
(2019年8月刊。2500円+税)

限界のタワーマンション

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 榊 淳司 、 出版  集英社新書
分譲タワーマンションの建造は、日本人の犯している現在進行形の巨大な過ちだ。
タワーマンションとは、一般に20階以上の鉄筋コンクリート造の集合住宅のことをいう。
タワーマンションを購入し、住んでいる人には近い未来に恐ろしい不幸がやって来る。
タワーマンションは、その建築構造上の宿命として高額な保全費用がかかる。それは通常のマンションの2倍以上。大規模な修繕工事は、およそ15年に1度の割合で必要とされる。築30年でエレベーターや給排水管の交換が必要となる。
タワーマンションは、外壁の修繕工事を行わなければ雨漏りが発生しやすい建築構造になっているので、定期的な大規模修繕が欠かせない。
タワマンの寿命は30年で尽きる。築45年をこえると住宅としては機能しなくなり、廃墟となる可能性が高い。
タワーマンションは、人間の健康や成育に悪影響を及ぼしている可能性がある。タワーマンションの上層階に暮らす子どもは、成績が伸びにくい。外に出るのが面倒な子は世界が広がらない。実体験の乏しい子は、成績が伸びにくい。
武蔵小杉では、10年間に14棟のタワーマンションがたち7000戸の住人が増えた。1戸3人とすると2万1000人だ。
住宅業界の人は超高層物件を買わない。彼らは、「買う奴がいるのだから、今売れたらいい」という「売り逃げの論理」で突っ走っている。では、彼らの住居は・・・。賃貸マンションに住み、何年かに一度、ひっこして生活している。
うーん、そうなんですか・・・。やっぱり分かっているんですね。
賃料が高くても、結局、そのほうが人生設計上おトクだということなんですよね・・・。
タワマンが本格的に竣工しはじめたのは2000年ころから。建築基準法による規制緩和が背景にある。
タワマンの「施工不良」があまり表面化しないのは、騒いだら資産価値に悪影響が出る、それでもいいのかと売主や施工会社が脅すからだ。
うひゃあ、それはひどい。
タワーマンションは、すべてがオーダーメイドで、物件によって工法が違う。つまり、まだ施工法が確立していない完成途上の状態にある。上層階の外壁修繕をどうするのか・・・。もはや高すぎて外に足場は組めない。屋上のクレーンから作業用のゴンドラを吊るしたり、壁に線路のようなガードレールを敷設したりするとしても、風速10メートル以上の強風下では作業できない。すると、1層分の作業に1ヶ月かかることがある。
多くのタワーマンションは、2022年ころに、1回目の大規模修繕工事をする。15年後の2037年には2回目の工事が必要となる。
売主は、引き渡しから10年を過ぎると、すべての保証を免れる。
タワーマンションは、電力が供給されて、エレベーターが正常に稼働していることが、大前提の住形態だ。この前提が崩れることなんて滅多にないと住人は安易な想定で生活している。
武蔵小杉のタワーマンションで地下室が浸水してポンプが止まり、トイレが使えなくなりました。そんなマンションに長く住めるはずがありません。
火災が起きると、住人が何台かしかないエレベーターに殺到する。
タワーマンションの住人のなかには、上層階に住むことがスティタスであるかのような価値観に感化されている。
いま福岡の赤坂あたりには次々にタワーマンションがたっていますが、あんな高層階で日常生活を過ごせるというのが、高所恐怖症の私には不思議でなりません。
(2019年6月刊。800円+税)

裁判官失格

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 高橋 隆一 、 出版  SB新書
元裁判官が31年間の裁判官生活を振り返って書いた本なので、タイトルにあるように失敗談のオンパレードかと思うと、決してそうではありません。むしろ、裁判官だって人の子、いろんな裁判官がいるし、事件もさまざまという、裁判を取り巻く実情を率直に語っています。
ですから、まったくタイトルどおりの本ではありません。
人間として立派な先輩裁判官が著者の身近にいて、そのためかえって煙たがられていて、残念だった。犯罪をおこした人の気持ちを理解して、その更生のための手助けをしようとする熱心な裁判官たちが裁判所のなかで意外に冷遇されているのを見た。
この尊敬すべき先輩裁判官は青法協(青年法律家協会)に入っていたため、上から目をつけられて、どの裁判所に行っても合議裁判に入れてもえないという差別を受け続けた。
信念を貫き、人間の更生そして人権擁護に熱心な裁判官が冷遇されるのを身近に見ると、多くの裁判官は委縮してしまい、モノを言わなくなってしまいます。今の裁判所は、まさに、そんなモノ言わない裁判官ばかりが多数で大手を振っています。ところが、彼らは権力への忖度を無意識のうちにしているので、権力に迎合しているという自覚すらないことがほとんどです。
このことは、原発差止を認めた樋口英明・元裁判官の講演を聞いて、ますます確信しています。もちろん、それって残念なことです。青法協会員裁判官の「退治」(ブルーパージ)は、もう30年以上も前に起きたことですが、今に尾を引いているのです。
裁判官のなかには、パチンコ好きの夫婦で、月に10万円以上もつぎこむ人がいるし、酒好きで、朝からコップ酒をあおり、酔ったまま法廷に出る裁判官もいた。妻子ある身で行きつけのスナックのママと無理心中した裁判官がいるという話もある。
昔、熊本地裁玉名支部に大石さんという裁判官(故人)がいました。私は個人的には大好きでしたが、朝の法廷で酒の臭いをプンプンさせているというので、新聞沙汰になったことがあります。
女性の裁判官が増えていて、判事補のなかの女性の比率は2005年には24.4%だったが、2015年には35.6%にまで伸びている。
国の重大な決定に裁判官が逆らうことができるのか、これは実に悩ましい問題だ。つまり、権力(首相官邸)との癒着があり、忖度があるというのが現実です。
著者は、国の重大な決定に背く判決を書けるのか、そんな勇気を裁判官は果たしてもてるのか、司法権の独立が試されている、そう書いていますが、権力をもつ人間(そして金持ちも)に対して逆らう判決・決定を書くのは大変な勇気があると刺激的な文章でしめています。
ぜひ、あなたもお読みください。
(2019年12月刊。830円+税)

マイ・ストーリー

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ミシェル・オバマ 、 出版  集英社
オバマが「チェンジ」を唱えてアメリカ大統領に当選したときは、私も大いに期待しました。これで、アメリカという国も少しはまともな民主国家に変わっていくのかな・・・、と思ったのです。
そして、オバマ大統領のプラハでの演説にも拍手を送りました。
しかし、残念なことにアメリカという国の内外からの圧力・抵抗にあって、オバマ改革はあまりみるべき成果をあげることなく退陣していき、その反対極のトランプというとんでもない男が大統領となって、金持ち優先のひどい政治が続いています。
それはともかくとして、本書はオバマ大統領の妻ミシェル・オバマの自伝ですが、意外に面白くて一気に読了しました。
黒人の世界からプリンストン、ハーバードという超有名な大学を出て、シカゴの大ローファームに入り、そのままいたらパートナー昇格まちがいないという状況から、シカゴ市政にかかわるように転身するのです。そして、教育担当として受けもったのが若きオバマ弁護士でした。この二人の出会いと、その後の活動あたりが本書のヤマ場だと思います。
もちろん、夫のオバマが大統領選にうって出て、家族を巻き込みながら、怒涛の日々を過ごしていく様子も面白いのですが・・・。
ミシェル・オバマはプリンストン大学のとき、白人の友人はほとんどいなかった。いつも身構えしていたから・・・。大学では、いつも勉強していた。自分は、どんな困難でも乗りこえられるという自信がついた。時間をたっぷりかけ、必要なときには助けを求め、やるべきことを先送りせず、きちんとこなしていれば、ハンディのすべてを帳消しにできると思えた。
ハーバードで3年間、憲法を学んだが、強い情勢は沸いてこなかった。
シカゴの一流法律事務所に入り、エリートの仲間入りをした。25歳にしてアシスタントがつき、両親が稼いだことのない額を稼ぐようになった。親切な同僚はみな高学歴で、ほとんどが白人。アルマーニのスーツを着て、ワインの定期便を申し込んだ。仕事が終わるとエアロビクスの教室に通い、余裕があるから、車はサーブ。
もう十分かな?そう、十分だと自問自答していた。
そんなとき、オバマ青年が目の前にあらわれた。バラク・オバマは初日から遅刻した。ときにこれといった印象はなかった。オバマは28歳、ミシェルは25歳だった。
オバマは白人でも黒人でもあり、アフリカ人でもアメリカ人でもあった。
オバマにとって、本は神聖なものであり、心の安定剤だった。
この点だけは私にも共通しています。
オバマは、自分の弱みや恐れを見せることを怖がらず、何ごとにも真摯であることを大切にしていた。
オバマは、「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長になった。103年の歴史のなかで初めてのアフリカ系アメリカ人編集長だった。ところが、オバマは企業法務は自分の価値観にはあわないと考えた。
オバマは大統領になってから、アメリカ中の有権者から届く1日に1万5000通のなかから通信担当スタッフが選んだものを毎日10通ずつ読んだ。そして返事を書いて送った。
いやあ、これは実にいいことですよね・・・。
ただ、私は、オバマ大統領の最大の失策の一つがオサマ・ビン・ラディン暗殺を指示したことです。テロリスト集団を根絶やしにするには、そのトップを暗殺すればいいというのではいけません。テロリスト集団のトップなるものは、代わりがいくらでもいるのです。
なぜ人々がテロリストに走るのか、その根源を考え、そこにメスを入れるべきです。
中村哲氏のように、あくまで平和的手段でしか真の平和は長い目で見たとき実現しないと思います。
オバマ大統領による暗殺指令はノーベル平和賞が泣いてしまいました。残念です。
(2019年11月刊。2300円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.