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平湯真人詩文集(第四集)

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 平湯 真人 、 出版 自費出版
久しくお会いしていませんが、私の敬愛する大先輩の法曹です。
一番はじめに出会ったのは、著者が福岡地裁柳川支部の支部長裁判官、36歳でした。ちなみに私は、このとき30歳。二人とも若かったのです…。
演説会の呼びかけのビラ配りが公選法違反として起訴された事件では、そんなことを禁止する公選法のほうが憲法違反なので無罪という画期的な判決をもらいました。そして、当時、大牟田・柳川で盛んであり、行き詰まって大きな社会問題となっていた頼母子講でも判決をもらったことを覚えています。市民サークルに入って合唱もされていました。裁判官にも市民的自由があるんだよね、と思いました。
この詩文集にも柳川が「柳川をうたう」というタイトルで登場しています。その一部を紹介します。
「秋の月は 筑後平野を照らす どろつくどんの賑わう街の辻々を それも静まった街の家々を 楠の梢を 穂を垂れた田甫を、クリークの柳を 月はやさしく照らし続ける
今朝もまた船を出す 柳川の海へ 有明の海へ」
違憲無罪判決を出したのも最高裁にとっては不都合だったのでしょう。青法協会員の裁判官として支部まわりをさせられたあと、早くに退官して東京で弁護士になってからは、少年問題を扱う弁護士として活躍してこられました。
「施設出身の友人たち」という詩の一部を紹介します。
「Cさん、あなたは施設を出て早く結婚されました 後輩の面倒もよくみて兄のように慕われ、やがて子どもが生まれ、奥さんに協力して育児に熱心だった
そのあなたが、『子どもに嫉妬してしまう。自分はこんなにしてもらわなかったと思ってしまう』と言うのを聞きました
私は黙っているばかりでした」
持病のパーキンソン病が、今おとなしくしてくれているので、読書が出来ているとのこと。この詩文集は、20代の第一詩集、50代の第二、第三詩集に次いで、70代も後半になって出した第四詩集なのです。
子どもの代弁支援のためには詩が武器として有効であることも実感して、第四詩集を刊行したと書かれています。
病気と共存共「栄」しながらの、著者のご健闘、ご健筆を心より祈念します。
(2020年8月刊。非売品)

「不戦」 2018春季号

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 不戦兵士・市民の会 、 出版 同
ベテランズ・フォー・ピース(平和を求める元軍人の会)は1985年にアメリカで設立された国際的な平和団体。会員8000人で、オノ・ヨーコやオリバー・ストーン映画監督なども参加している。日本にも支部があり、武井由起子弁護士(東京)が事務局をつとめている。日本の不戦兵士の会は1988年に設立された(今は、「不戦兵士・市民の会」)。
この二つの団体が2017年11月25日に早稲田大学キャンパスで開催した講演会の内容を冊子にしたものです。イラク戦争に従軍したアメリカ兵としての体験、そして戦前・戦中の日本軍の過酷きわまりない話が報告されています。
元アメリカ海兵隊員は、愛国心にあおられて海兵隊に入り、2003年にはイラクの最前線にいた。テロリストと戦ってこいと言われて、その任務で戦地に来たのに、実際に自分がやっていることこそがテロ行為ではないかと疑うに至った。イラクの人々にとって、テロリストとはアメリカ兵である自分自身だった。
アメリカでは6000億ドルがペンタゴン(国防総省)が吸いとっている。そして、それは軍産複合体という、ボーイング社やロッキード・マーチン社に流れている。ところが、300億ドルもあれば、世界中から飢餓を絶滅させることができる。戦争という手段をとらず、むしろ国と国との違いを何とか平和的に架け橋をしていけば、きっと本当の平和が築けるはずだ。
元アメリカ海兵隊員は、このように言ったうえで、日本は、アメリカの植民地になっている、日本の憲法9条は、世界に誇るすばらしい憲法だ、と断言したのです。
元自衛隊員は、海上自衛隊の3等海佐としてアメリカのジブチ基地に派遣された。現地に行ってみると、あれ、自衛隊はおかしいなと考え込んだ。現地の人々は今日も家族と一緒にパンが食べられる、これがハッピーなんだという。日本では、みんなハッピーではない。ジブチにこそ、人間本来の豊かさ、幸せがあることに気がつき、55歳定年の9年前に46歳で自衛隊を退職し、それからは農業を営んでいるとのこと。
PTSDは治療して治るものではない。一生、かかえていくもの。PTSDでアメリカでは元兵隊が1日平均20人も自殺している。戦争で亡くなるより、自らの命を絶つ兵士のほうがずっと多い。ところが、このPTSDとのつきあいを覚えたら、PTG(心的外傷後成長)になる。Gは成長の意味。
PTSDの治療法の一つとして、「コンバット・ペーパー」なるものがある。着ていた軍服をチョキチョキと細かく刻む。そして出来た布屑を水につけて回しながらパルプにし、和紙のように紙をすく。この作業を通じて、精神的な立ち直りを目ざすのです。
軍隊にとって、武器は4つの特徴をもっている。一つは、人殺し以外には役立たない。二つは、使えばなくなる。三つは、武器・砲弾・銃弾は大変高価なものであること。四つは、国家が買いあげしてくれるので、絶対に売りっぱぐれがない。だから、軍需産業は喜び、権力者は戦争の危機を国民にあおりたてるのです。
海兵隊では新兵は3ヶ月半ものあいだブートキャンプ(新兵の訓練)が始まる。ここで徹底した洗脳教育を受ける。上官の命令で、いつでも人を殺せるようになる。上官の命令には絶対的に服従し、言われたことには何の疑いも抱かない。上官の命令によって、いつでも人を殺せるような状態になる。
元アメリカ海兵隊員はイラクからアメリカに帰国してたあと、車の運転ができないようになった。高いビルに狙撃兵が忍びこんでいないか、仕掛けがないか・・・、と心配して見るクセがついている。
旧日本軍には、ほとんどPTSDはいなかった。それほど、旧日本軍兵士は、つくり変えられていた。
自衛隊も、他の国の軍隊も、国民を守るのではなく、国家(権力)を守る組織だ。沖縄戦で、このことは実証されている。
戦争体験は私にはありません。なので、こういう戦場で悲惨な体験をした人々の話を聞き、その可能性を探るのは、自分の貧困な想像力を補うものとして、とても大きな意味があると思います。武井由起子先生、ありがとうございます。力をこめて応援します。
(2018年4月刊。500円)

深層、カルロス・ゴーンとの対話

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 郷原 信郎 、 出版 小学館
著者は元特捜検事の弁護士です。その指摘することの多くは納得できるのですが、次の点は、まったく同意できません。
経営者の高額報酬は悪かという点です。日産はその利益が7500億円なので、経営者であるゴーンに支払われた年20億円の報酬は「悪」として非難されるべきことではない。著者は、このように主張します。本当に、そうでしょうか…。従業員、現場で働いている労働者の賃金との対比はまったく考慮の外においていいものなのでしょうか、私にはとうてい承服しがたいところです。
そして、「フリンジ・ベネフィット」というものがあるそうです。
レバノンとブラジルに日産(ないし子会社)所有の住宅があり、ゴーンとその家族が自宅として使用しているものがあった。また、プライベート・ジェットもゴーンの自家用飛行機として使われていた。
これらは、著者の言うとおり刑事責任が生じるものではないかもしれませんが、いずれも、いくらなんでも私物化がひどすぎる気がしてなりません。サラ金最大手の武富士の武井会長の自宅が会社所有で、会社の研修所名目だったことを思い出します。
ニッサンの従業員なら、誰でも使える家であり飛行機であるならともかく、実際にはゴーンとその家族しか使えなかったとしたら、所有名義はともかくとして、民事責任だけではないような気もします…。
ゴーン氏の事件は、特異な経緯で刑事事件化された特異な事件であり、一般的な刑事事件の「犯罪者逃亡」として扱うべきではない。
著者のこの指摘には納得できるところがあります。それにしても、著者がこの本で指摘しているところですが、ゴーンの不正を調査したのが監査役だったというのは、私も腑に落ちません。
監査役が社長(代表取締役)に言わずに巨額の費用をかけて調査できるはずがない。まさしく、そのとおりだと思います。では、いったい、誰が、ゴーンの「不正」を調査したのでしょうか…。いろいろ謎だらけの事件です。もっともっと知りたいところがたくさんあります。
(2020年4月刊。1700円+税)

歴史家と少女殺人事件

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 イヴァン・ジャブロンカ 、 出版 名古屋大学出版会
福島3.11大災害のあった2011年1月18日の夜、フランスで18歳のウェイトレスが誘拐され殺害、遺体はバラバラにされて湖に沈められていたという事件が起きました。
この本は、被害者の実像を描くことによって、フランス社会のかかえる問題点、そして司法界の動きを詳しく紹介しています。
史上最凶と言われる台風10号がやって来るという夜(9月6日)に読みはじめ、その指摘の奥深さに心を揺り動かされながらついに読破したのでした。
殺害犯は2日後に逮捕されたのですが、前科持ちだったことから、サルコジ大統領が、前科者の司法追跡調査のあり方を批判し、判事たちの責任を問い(共犯だと弾劾)、判事たちの「過失」に対する「制裁」を約束した。
当然のことながら、これに対して司法界は猛烈に反発し、裁判官たちは、弁護士会を巻き込んでストライキに突入し、大々的なデモ行進を展開した。
うひゃあ、フランスの裁判官たちは偉いですね。日本の裁判官たちも見習う必要があります。
殺された18歳のウェイトレスの名前はレティシア、双子の姉・ジェエシカがいます。両親が離婚し、母親がうつ病になって入院していて、父親は刑務所に入ったり出たりしていたので、双子の姉妹は里親に引きとられ、順調に育って職業生活をスタートしたところだった。
殺害犯は32歳で強盗など前科13犯。
子どもを傷つけるには壁に叩きつける必要はない。哺乳ビンをベッドに固定して、子どもがそれを飲み、誰も彼を見ず、誰も話かけなければ、子どもは存在しないのと同じだ。子どものなかで何かが永遠に「壊れて」しまうのだ。これって、ネグレクトのことですよね…。
ところが、里親の「立派な」父親は、双子の姉に対してセクハラを繰り返していたのです。その父親は実の娘と同じく愛情をもって接していたとマスコミに向かって高言していましたから、半近親相姦的な強姦をしていたことになります。そして、レティシア本人も、その被害を同じように受けていたのではないかと疑われています。他の里子(娘たち)にも強姦していたということで、この「父親」は有罪になりました。
自分にすべてを教え、自分を守ってくれるはずの男が、うまい汁を吸っていた。レティシア本人に性的暴行があったかどうかは重要ではない。支配それ自体が暴力なのだ。「父親」の姉に対する数年にわたる性的被害は、同時に、そして必然的に、レティシアを憔悴(しょうすい)させた。レティシアは、家族を持ちたい、愛情あふれる関係の輪に入りたいと全身全霊で願っていた。レティシアは、腐敗に対する抵抗力を持たない犠牲者だった。
二コラ・サルコジは、しばしば三面記事を口実にして、刑法の厳格化を要求し、獲得した。内務大臣として、また大統領として…。二コラ・サルコジは、自分を最高の大統領以上のもの、救世主と思い込んだ。
真の人情家で巧妙な政治家であるサルコジは、より直接的に、より大げさに、家族の苦悩とフランス人の不安を共有してみせた。サルコジ大統領は1月31日、里親夫妻をエリゼ宮に迎え入れ、刑罰手続きの「不具合」に制裁を加えることを約束した。
これに対して、2月2日、ナント裁判所の司法官たちは、臨時総会を開き、3人の棄権を除く全会一致で政府の「デマゴギー的なやり方」を告発する決議を採択した。
検察をふくむ司法官たちは、組合員も非組合員も、新米もベテランも、扇動者も穏健派も、小心者さえも一丸となって、1週間の公判停止を決議した。
フランスの司法は予算不足に苦しんでいた。サルコジ大統領自身が攻撃の「多重累犯者」だった。その動機が、選挙目当ての計算、半組合主義的信念、半エリート的レトリック、個人的な経歴がどのようなものであれ、サルコジの攻撃はポピュリズムに属している。サルコジ大統領は、冷静に問題を分析する代わりに、スケープゴート政策を選んだ。サルコジ大統領において、公権力は、もはや社会平和の調整者ではない。
司法官組合は、全国弁護士評議会、警察官組合、刑務所職員の支持を受け、ストライキを呼びかけた。全体で195ある裁判所と控訴院のうち、170が運動に参加し、緊急でない公判を延期した。2月10日、フランス全土で8000人の判事、書記、社会復帰相談員、刑務所職員、弁護士、警察官などがデモ行進した。
「司法への攻撃は民主主義の危険である」
デモ行進のかかげる横断幕には、このように書かれていた。
大変に重たいテーマをこれほど深く掘り下げたこと、被害にあって殺された18歳の女性の心理の内面に迫る文章の迫力には、思わず居ずまいを正されるものがありました。
日本の法律家にもぜひ広く読まれてほしいものだと思います。
台風10号による被害が小さいものであることをひたすら願っています。そして、それほどのものではなく、胸をなでおろしたのでした。
(2020年7月刊。3600円+税)

荘 直温伝

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 松原 隆一郎 、 出版 吉備人出版
岡山に備中高梁(びっちゅうたかはし)という駅があります。岡山県高梁市です。知らないと、ちょっと読めませんよね。そして、この本の主人公は荘 直温(しょう・なおはる)と読みます。これまた、読めません。
松山というと四国の松山をすぐに思い浮かべますが、こちらは備中松山です。荘直温の先祖は、備中松山城主だった庄(しょう)為資(ためすけ)です。庄がいつか荘に変わっているのです。
この庄(荘)一族の歴史を、まったく縁のない経済学者である著者が調べに調べて、ついに書きあげたのが本書です。
備中松山城は今では天空の城として有名です。私もコロナ禍がおさまったらぜひ一度は行ってみたいです。戦国時代は西の毛利氏、北(山陰)の尼子氏、そして、東から羽柴氏(のちの豊臣秀吉です)が攻めてきます。有名な備中高松城の水攻めが始まるとき、その北側遠くに備中松山城は存在していたのでした。
江戸時代には、農民となり、庄屋として代々存続します。
荘直温は、明治・大正に松山村長そして高梁町長を歴任するのでした。
直温は8歳で庄屋見習いとなり、11歳のとき野山西村の一揆(暴動)騒動を体験した。そして、支那学を学び、故郷の郡役所に奉職して、あとは行政を生涯の仕事とした。
直温が高梁町の2代目町長になったのは35歳のときで、このときの町長は名誉ではあっても無給だった。37歳のとき松山村長になり、20年間つとめた。
そして、備中高梁駅が大正15年(1926年)6月に開業することができた。
直温は昭和3年(1928年)6月に高梁町長を病気のため辞任し、8月末に亡くなった(享年72歳)。
驚くべきことに、20年間も村長とか町長をつとめていた直温が亡くなると、莫大な借金があった。遺族は、この借金のため貧乏な生活を余儀なくされ苦労した。祖父のしたことに誇りをもつ孫娘の執念から、このような立派な本が出来上がったのでした。
実は、私もこの本ほど丹念に調べ尽くしたのではありませんが、母の生い立ちを少し調べると、母の父が久留米市史にも登場してくる高良内村の助役だったことが判明し、腰を抜かすほど驚いたことがありました。
先祖をたどるというのは、単なる懐古談を楽しむという以上に、自分は何者なのか、どこから来て、どこへ行こうとしているのかを考えるきっかけを与えてくれる大切な作業(営み)だと私は考えています。その意味で、荘(庄)家の過去、現在を探る旅を興味深く読みすすめたのでした。
(2020年4月刊。3000円+税)

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