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勤労青年の教養文化史

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 福間 良明 、 出版 岩波新書
吉永小百合主演の映画『キューポラのある街』が、今どきの若者にはまったく受けないというのです。「そんなに面白いとは思えなかった」といい、「共感できた」という反応は皆無だったとのこと。これはガーンと来るほど、ショックでした。
私の親は小売酒店を営んでいました。店の前に工業高校があり、たくさんの定時制の生徒が通学していて、そのなかに酒店でアルバイトをしている生徒がいました。本村(もとむら)さんという、いかにも真面目な生徒がいて、酒店は大いに助かっていたことを覚えています。
1960年代末ころ、定時制の生徒は全国に50万人ほどいた。ところが1970年代に入ると急速に減少し、1970年に37万人、1975年には24万人と半減してしまった。これは全日制高校への進学率の上昇が原因だ。
そして、定時制は、全日制に行けない人が行くところになってしまった。
私が川崎セツルメントのセツラーとして川崎市古市場で青年サークルに入って活動していたとき(1967年から69年ころ)、同じ町内に『人生手帖』の読者会である「緑の会」があり、私も、先輩セツラーに連れられてそれを一度のぞいたことがあります。
この本によると、『人生手帖』の最盛期は1955年ころで、8万部も売れていたとのこと。
『人生手帖』は1963年には、発行部数が3万部以下になっていたといいますから、私がのぞいたときには退潮期にあったというわけです。でも、狭い部屋にぎっしり地域の働く若者たちが集まっていて、熱気が伝わってきました。いかにも真面目に世の中のことを考えたいという雰囲気でした。
かつては格差にあえぐ状況が、ときに教養への憧れをかき立てていた。進学の望みが断たれても、読書を通して教養を身につけ、人格を高めなければならない。学歴取得や就職のための勉強ではなく、実利を超越した「真実」を模索したい。そうした価値観は、青年団や青年学級、定時制に集ったり、人生雑談を手にする「就職組」の青年たちに広く見られた。そのため、彼らは、日常の仕事には直結しない文学・哲学や時事問題などに関心を抱いた。
そうなんですね、青年の意識が時代の変遷とともに、こんなに変わるものなのか、つくづく思い知らされた新書でもありました。
(2020年4月刊。900円+税)

マルゼルブ

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 木崎 喜代治 、 出版 岩波書店
フランス大革命のとき、ルイ16世の弁護人となり、その後、本人も家族ともども断頭台で処刑されたという人です。久しくフランス語を勉強していますし、フランス革命についてもそれなりに本を読んでいたつもりなのですが、このマルゼルブという人物には、まったく心当たりがありませんでした。
ルイ16世の弁護人をつとめ、自らも処刑されたというのですから、どうしようない復古調の王党派だと思いますよね。ところが、この本を読むと、それは、とんでもない誤解なのです。
マルゼルブは、フランス国王の専制主義にたいしても、人民の専制主義にたいしても、ひとしく敵であった。マルゼルブは、その一方と戦ったために追放され、他方と戦ったために殺された。
マルゼルブがルイ16世の弁護人となり、身を捧げたのは、ルイ16世個人のためではなかっただろう。ルイ16世は、それには値しなかった。マルゼルブが身を捧げたのは、その72年の全存在の大義のためだったように思われる。
マルゼルブが処刑されたのは、テルミドール事件の3ヶ月前のこと。自らの弁護人に立ってくれたマルゼルブに対してルイ16世は感謝の手紙を書いている。
マルゼルブは、フランスの古い名門貴族の家に生まれた。ルソーと深くかかわり、ディドロの『百科全書』をはじめとする哲学者たちの著作が、ルイ15世のもとで出版統制局長だったマルゼルブの保護のもとで刊行された。マルゼルブは、また、租税法院の院長職にもついている。
出版統制局長として、「黙許」というものをマルゼルブは活用した。それまで年に50件だった黙許は、100件から200~250件に達した。マルゼルブのおかげで『百科全書』はフランスで刊行・流通した。
そして、マルゼルブは租税法院長として、高級官僚、つまり支配階級の一員でありながら、専制王制に対して、果敢に改革提言していた。
また、マルゼルブは、弁護士の自由と独立の重要性を次のように強調した。
「弁護士の身分の独立性と請願と印刷された意見書の自由とは、現在市民の唯一の救済手段であり、われわれの所有権を保持する唯一の防壁である」
マルゼルブは、ルイ16世の治世下の大臣の一人となり、いくつもの改革策を提言したが、ことごとく無視され、追放された。そんなマルゼルブが、ルイ16世の弁護人となって、必死に弁論したというのです。
日ごろ尊敬している高野隆弁護士(まったく面識はありません)が、このマルゼルブを紹介しながら弁論(刑事ではなく、民事です)したのをFBで読み、あわてて取り寄せて読みました。世の中、本当に知らないことだらけですよね…。
(1986年3月刊。2900円+税)

舌を抜かれる女たち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 メアリー・ビアード 、 出版 晶文社
出だしがホメロスの『オデュッセイア』です。
ペネロペイアはオデュッセウスの妻であり、テレマコスの母。
ペネロペイアが吟唱詩人にもっと楽しい別の歌をうたってくれないかと頼んだとき、息子のテレマコスが次のように言って待ったをかけるのです。
「母上、今は部屋に戻って、糸巻きと機織り(はたおり)というご自分の仕事をなさってください。人前で話をするのは、男たちの仕事。とりわけ私の仕事です。私が、この王宮の主なのですから…」
3千年前のギリシアで、女性の公的発言が封じられる様子が語られていますが、これは今に通用するのではないか…。これが、この本の一貫した主張です。なるほど、かなりあたっていますよね。
古代ローマの『変身物語』では、若き王女ピロメラがレイプされる話があり、レイプ犯はルクレティアが強姦者を糾弾したことを知っていたので、その二の舞になることを恐れて、ピロメラの舌を切ってしまう。シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』でも、同じようにレイプされたラヴィニアが舌を切断される話が登場する。
古典文学では、女性の声に比べて低い男性の声の権威がくり返し強調されている。低い声は男らしい勇敢さを。女性の甲高い声は臆病さを表した。
おおやけの場で声をあげる女性は、古代ローマのマエシアのように、両性具有の変人と扱われるが、みずからそうふるまっている。たとえば、エリザベス1世がそうだ。
イギリスでは、女性が財務大臣になったことは、これまで一度もない。
あまり受けのよくない議論を呼ぶような意見、人と異なる意見を言うだけでも、それを女性が口にすると、お馬鹿な証拠だととられる。
マーガレット・サッチャーは、声を低くするボイストレーニングを受け、甲高い声に「足りない」威厳を加えようとした。
イギリスの国会議員のうちの女性は、1970年代には4%にすぎなかったが、今は30%。いったい日本はどうでしょうか…。それでも、女性の大臣でもぱっとしない人が目立つのが残念です。今の森まさ子法務大臣、稲田朋美、片山さつきなどなど、そのレベルのあまりのひどさに嫌になってしまいます。
イギリスでは、ロンドン警視庁の総監もロンドン大主教も女性。あとなっていないのはBBCの会長だけ…。日本とは、まるで大違いですね。
わずか100頁あまりの本ですが、ずしりと重たい本でした。
(2020年1月刊。1600円+税)

40人の神経科学者に脳のいちばん面白いところを聞いてみた

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 デイヴィッド・J・リンデン 、 出版 河出書房新社
この本を読んで、私たちの脳についてさらに新しい知見を得ることができました。
たとえば、味覚です。いま、労災事故でアゴを負傷したため味覚を喪ってしまったという労災事故案件を扱っていますが、味覚を喪失するというのは、人生の最大の楽しみの一つである食事の喜びがないということです。なんという悲劇でしょうか…。
そして、この本によると味覚は消化にも関連しているというのです。
健康的で適切な消化を行うためには、食物と栄養素の摂取が予期され、身体が十分に準備を整えていなければならない。たとえば、胃の攪拌運動、腸の律動的な収縮、口内の唾液の分泌、血中への早めのインシュリン放出などの内分泌、栄養素を腸を通して血中に運ぶたんぱく質を増加させる分子反応など……。
脳とコンピューターを比較すると、脳の動作速度は最大で毎秒1000回の基本動作ができる程度なので、コンピューターの1000万分の1でしかない。精度の面でも、コンピューターのほうが脳より100万倍も優れている。
しかし、脳は大規模な並列処理ができるし、している。ひとつのニューロンが1000個のニューロンから入力を受け、また1000個のニューロンに出力する。こんなことはコンピューターには出来ない。さらに、脳のニューロンは、アナログの信号も使う。
他者を助けるというのは、哺乳類の基本行動だ。アカゲザルを10年間にわたって研究した結果、正常な社会的発達には、とくに同世代の仲間との社会的な触れあいが決定的に重要であることが判明した。
哺乳類であるというのは、単に身体的な問題ではなく、社会化により脳回路が形成されていなければならない。
恋愛と愛着は、私たちにとって非常に基本的なもので、生存にも非常に重要である。私たちは互いを必要とする。この世界で守ってもらうため、そして楽しみのために私たちは互いを必要とする。
人間とは何か、脳はどんな働きをしているのか、私の最大関心事です。
面白くて、一気読みしましたし、できました。
(2019年12月刊。2100円+税)

任侠シネマ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 今野 敏 、 出版 中央公論新社
ヤクザの世界をあまりに美化しすぎているとは思いつつ、高倉健の映画のイメージで、読みものとしては面白く読みすすめていきました。
世の中の諸悪の根源は竹中平蔵とか電通のような、人の不幸で金もうけをたくらむ連中が大手を振るっていて、マスコミが彼らを持ち上げ美化していることだと弁護士生活も46年になる私はつくづく思います。
この本でも、竹中平蔵のような人物が本当の黒幕として登場してきますが、彼らは決して自分の手を汚すことなく、濡れ手に粟のもうけだけをかっさらっていきます。そして、それをアベ首相が支え、マスコミが現代の成功者ともてはやすのです。ほとほと嫌になってしまいます。
この本は、映画館が倒産・閉館寸前になっているのを、なんとか立て直せないかというのが、メイン・テーマです。この本をこのコーナーで紹介したいと思ったのは二つあります。その一つは、映画館でみる映画の魅力。そして、二つ目は刑事司法の実際です。
「映画はな、いろいろなことを教えてくれるし、人生を豊かにしてくれるんだ」
「スクリーンに向かっているあいだは、現実を忘れさせてくれる」
「写真と写真のあいだに暗闇があり、目をつむっているのと同じだ。人間、目をつむっているときには夢を見ている。だから、映画は夢のメディアなんだ…」
昔のフィルムは、ニトロセルロースという材料で出来ていて、とても燃えやすかった。しかも、映写機のライトはものすごく熱を発したので、専門の技術がないと、フィルムが燃えてしまう。1950年代にアセチルセルロースのフィルムに変わった。でも、これは、すごく劣化するのが早かった。1990年代にポリエステル製に変わった。これは燃えにくく、安全。
今は、デジタルで上映する。データで配給されたものを入力してやり、ボタンをポンで上映可能だ。
誰も、自分が犯罪者にされたときのことを想像しない。だが、犯罪者とそうでない者を分ける垣根は普通に考えるよりも、ずいぶんと低い。言いかえると、人はいつ犯罪者になるか分からない。さらに、警察によって犯罪者されるのは、実際に犯罪者になるよりも、ずっと簡単だ。
身柄をとってしまえば、あとは人質司法と呼ばれる勾留、さらに勾留延長――くり返しだ。こんなことされたら、たいていの人は精神的に参って、嘘の自白をしてしまう。検察が何よりほしいのは、この自白なのだ。自白があれば、起訴にもちこめる。
裁判官は無罪か有罪かの判断など、しない。有罪を前提として、量刑のことしか考えないのだ。無罪かどうかなどを考えていては、いつまでたっても仕事は終わらない。
警察と暴力団の癒着の構造。今や、寿司の出前(配達)までも暴力団の事務所へは禁止されていることの問題点の指摘も登場し、詳しく解説されます。
軽く読めて、刑事司法の問題をもつかめる本になっています。
(2020年6月刊。1500円+税)

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