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ナチの妻たち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ジェイムズ・ワイリー 、 出版 中央公論新社
ヒトラー・ナチスのトップの妻たちの生々しい実像が明らかにされた衝撃的な本です。
ナチスのトップに君臨していた人々の家庭がどういうものであったかを知ると、ナチス・ドイツをさらに深く識ることができると実感しました。マルチン、ボルマン、ゲッベルス、ケンリング、ヘス、ハイドリヒ、ヒトラーの妻が登場します。そして、ヒトラーの愛人たちも…。妻たちも激しく対立・抗争していたようです。
この女性たちの経歴は驚くほど似ている。立派な教育を受け、みな保守的な中産階級、つまり専門的職業、実業家、軍人、下級貴族の出身。これらの階級では、男女の性別による役割は厳格に規定されていた。どんな功績があろうと、女性が何より望むのは、よき夫を見つけることだった。これらの女性の若いころは、家庭でも学校でも戦争一色に染められていた。彼女らは、実に不安かつ不安定な環境で大人になった。昔は確実だったことが、そうではなくなった。できそうもないことを約束してくれる自称救済者に惹きつけられていた。
すべてのナチ高官のなかで、ヘスはもっとも謎めいた人物だ。たしかに、ヘスは、単身イギリスへ飛行機で乗りつけ、長い勾留生活を戦前も戦後も余儀なくされましたが、そのイギリスの飛行目的は分かっていません。が、この本を読むと、精神的に突拍子もないことをしでかす人間だったことが分かります。妻のイルゼも似たりよったりだったようです。占星術に興味をもち、食事にも妙なこだわりをもっていました。ヘスはヒトラーがミュンヘン一揆の失敗で刑務所に入っていたとき、一緒に刑務所生活をともにし、ヒトラーが『わが闘争』を書きあげるのを手伝ったのでした。それで、ヘスはヒトラーの後継者として、副総統だったのです。
ヘスが妻イルゼと結婚したのは、ヒトラーのすすめを断りきれなかったから。
ヘスと妻イルゼは、つつましい中産階級の生活を送っていた。ヘスは正直者で、物質的な富を蓄積することは無関心だった。
ヒトラーは、イルゼが政治的意見をもち、ヒトラーに批判的だったので、いらついていた。
ヒトラーがヘスの自宅を訪問したとき、ヒトラーの嫌うモダニストの絵が飾られているのを見て、ヘスを後継者から外すことにした。ヘスは、ヒトラーが用意した菜食主義の食事も拒絶した。ヘスはナチス・ドイツのなかで権力を失った。
ナチでは女性が公的な役割を担うことは許されてなかった。
ナチ・エリートの多くは、ボルマンを社会的地位の低い人間で、文化的素養に欠ける粗暴なちんぴらと考えていた。しかし、ボルマンは中産階級の出身ではあった。
ボルマンは、ヒトラーの求めに何でも直ちに従い、実現した。短気で厳しいボルマンは部下から人気がなく、また家庭でも妻子に厳しかった。ところが、ボルマンの妻ゲルダは、ひたすら夫に服従した。
ゲッベルスは、ヒトラーを除けば、ナチでもっとも有能な演説家だった。ゲッベルスは、ハイデルベルグ大学で文学の博士号を取得するほど、知的で高い教育を受けていた。しかし、小柄な体型、内反足、明白な跛足のせいで、幼いときからあざけられることが運命づけられていた。
ゲッベルスの屋敷で出される食事はけちくさいことで名高いものだった。
ゲッベルスは、首相官邸での昼食会の常連だった。宮廷道化師の役割を演じていた。
ゲッベルスは不貞を繰り返していたが、妻のマクダは見て見ぬふりをしながら、自らもその場限りの情事にふけっていた。
ハイドリヒと妻になったリーナは、二人とも負けん気が強く、非常に野心家だった。二人とも冷静で打算的な性質をもっていた。どちらも、うぬぼれが強く、大多数の人間は、自分より劣っていると考えていた。ハイドリヒは、ヴァイオリンを上手にひくなど音楽のすばらしい才能をもっていた。しかし、ハイドリヒの高飛車で横柄な人柄から仲間の人気はなかった。
ヒトラーの初めての女性・ゲーリはヒトラーから一人ぼっちにされ、欲求不満と惨めさから自殺を図った。次の愛人となったエーファ(エヴァ・ブラウン)は、写真スタジオの助手をしていた17歳のとき、ヒトラーに見そめられた。本物のブロンド、強健でスポーツ好き(体操と水泳)、政治や国の状況にまったく関心がなく、気取ったところもしとやかさもなく、自由奔放で精神年齢は幼かった。このエーファも自殺未遂を2度もしている。
ヒトラーは菜食主義者。乳製品は食べず、卵も食べなくなった。毒を盛られるという妄想に取りつかれていた。
ナチの体制の下、女性に求められたのは子どもの出産。しかし、経済生活が苦しくなると、たくさんの子どもを産む余裕はなくなっていた。
ナチのトップたちが相互に反目しあっていたこと、その妻たちも渦中にあったこと、すべてはヒトラーとの近さで決まっていたことなど、独裁者の国の内情が手にとるように分かりました。ナチス・ドイツの内情を知るうえでは欠かせない本です。
(2020年11月刊。2700円+税)

武士に「もの言う」百姓たち

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 渡辺 尚志 、 出版 草思社
 江戸時代の百姓をもの言わぬ悲惨な民とみるのは、実態からほど遠い。実際の百姓たちは、自らの利益を守るために積極的に訴訟を起こし、武士に対しても堂々と自己主張していた。
 この本は、信濃国(しなののくに。長野県)の松代(まつしろ)藩真田(さなだ)家の領内で起きた訴訟を詳しく紹介し、百姓たちが長いあいだ訴訟の場でたくましくたたかっていたことを見事に明らかにしています。
 内済(和解)によって丸くおさめるという裁判の大原則を拒否し、あくまで藩による明確な裁許を求める「自己主張する強情者」が増加していたこと、藩当局としても事実と法理にもとづく判決によって当時者を納得させようとしていたことが詳しく紹介されていて、とても興味深い内容です。
百姓たちは、訴訟テクニックを身につけ、ときにしたたかで狡猾(こうかつ)でもあった。
 この本のなかに江戸時代の田中丘隅(きゅうぐ)という農政家の著書『民間の省要(せいよう)』が紹介されていますが、驚くべき指摘です。
 「百姓の公事は、武士の軍戦と同じである。その恨みは、おさまることがない。武士は戦においてその恨みを晴らすが、百姓は戦はできないので、法廷に出て命がけで争う」
 つまり、百姓にとっての訴訟は、武士の戦に匹敵するほどの必死の争いだったという。
たしかに百姓は裁判に勝つために、武士に向かって、ありったけの自己主張をする。それを裁く武士の側も、原告と被告の双方を納得させられる妥当な判決を下さなければ、支配者としての権威を保てない。
 江戸時代の人々に訴訟する権利は認められていなかった。紛争の解決を領主に要求する権利はなく、領主が訴訟を受理するのは義務でなく、お慈悲だった。
しかし、これは建前であって、現実は百姓たちは武士たちが辟易(へきえき)するほど多数の訴訟を起こした。百姓たちは、「お上(かみ)の手を煩(わずら)わす」ことを恐れはばってばかりではなかった。
 「公事方(くじかた)御定書(おさだめがき)」は、一般には公表されない秘密の法典で、それを見ることのできたのは、幕府の要職者や一部の裁判担当役人に限られていた。しかし、これも建前上のことで、実際には公事宿が幕府役人から借りて写しとり、それをさらに町役人が写しとったりして広く民間にも内容は知られていた。
 現代日本人の多くは、できたら裁判に関わりたくないと考えているが、江戸時代の百姓たちは違っていた。不満や要求があれば、どんどん訴訟を起こした。江戸時代は「健訴社会」だった。というのも、裁判を起こしても、すべてを失うような結果にはならないだろう。仲裁者が双方が納得できる落としどころをうまくみつけてくれるだろうという安心感に後押しされて、百姓たちは比較的容易に訴訟に踏み切る決断をなしえた。訴訟に踏み切るためのハードルは、むしろ現代より低かったと考えられる。
 藩にとっては、領内の村々が平穏無事であることが、藩の善政が行き渡っている何よりの証拠だった。なので、判決において、当事者たちが遺恨を残さないようにするための配慮がなされた。
 江戸時代の実情を改めて考えさせられました。
   (2012年12月刊、1800円+税)

武漢日記

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 方方 、 出版 河出書房新社
中国の中心部に位置する人口1000万人の巨大都市である武漢市はコロナ感染症の防止のため760日間も完全封鎖されました。そのとき一市民として武漢内部からネットで状況を毎日発信した記録です。一市民といっても作家です。
武漢市民は2020年1月20日から、恐怖と緊張のなかで3日間を過し、突如として封鎖令を迎えた。1千万の人口を有する都市が感染症のために封鎖されるのは、歴史上ほとんど前例のないことだ。
武漢市政府は、コロナ感染症の蔓延を防止するための決断を下した。この封鎖によって、500万人もの人が市内に帰宅できなくなり、900万人の武漢市民が外出できなくなった。
そして、家に閉じ込められた900万の武漢市民は、住民による自発的な組織をつくることによって日常生活の問題を解決していった。
それにしても、まるまる76日間の封鎖に耐えることは決して容易なことではない。武漢の封鎖は、4月8日に全面的に解除された。
武漢は、かつて楚(そ)の国に属していた。楚人は、武を尊び、屈託がなく、ロマン的で気ままな性格だ。そして、女性が強い。
政府は、武漢の医療スタッフと支援に来てくれた4万人以上の白衣の天使に感謝すべきである。政府がもっとも感謝しなければならないのは、自宅待機を続けた900万人の武漢市民だ。
政府は少しでも早く、市民に謝罪すべきである。いまは反省と責任追求のときだ。感染症の終息後、多くの人が一時的に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を起こすだろう。
ある国の文明度を測る基準は、どれほど高いビルがあるか、どれほど速い車があるかではない。どれほど強力な武器があるか、どれほど勇ましい軍隊があるかでもない。どれほど科学技術が発達しているか、どれほど芸術が素晴らしいかでもない。ましてや、どれほど豪華な会議を開き、どれほど絢爛(けんらん)たる花火を打ち上げるかでもなければ、どれほど多くの人が世界各地を豪遊して爆買いするかでもない。ある国の文明度を測る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう態度をとるか、だ。
いやあ、まったくそのとおりです。今のスガ首相を見てください。国民の前に顔を見せず、話しかけることもしない。それでいてGOTOトラベルに巨額のお金をつぎこみ、また軍事予算には莫大なお金を惜し気もなくつかって浪費ざんまい。しかし、医療や教育の現場には行こうともせず、目を向けることもありません。弱者切り捨てだけは貫いています。「ガースーです」と言って薄笑いするスガの顔には文明度なんて、カケラも感じることができません。残念でなりません。
著者は医療スタッフが次々にコロナ感染で亡くなっていったことを発信しました。2月25日の時点で26人もの人が亡くなったとのこと。そして、まだ若い医師が次々に亡くなっていったというのです。これは怖いですよね…。
実況中継のように「日記」が発信されていたというのですから、中国もまだ捨てたものではありませんよね。「極左」からの妨害や当局との軋轢もあったようですが…。
(2020年9月刊。1600円+税)

この国の「公共」はどこへゆく

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 寺脇 研、前川 喜平、吉原 毅 、 出版 花伝社
原発反対の声をあげたユニークな城南信用金庫の吉原毅理事長(当時)は、文科省の事務次官だった前川喜平氏と麻布学園の中学・高校の同級生。ともにラグビー部でがんばった仲だという。そして、寺脇氏は前川氏の3年先輩で、文科省の先輩・後輩の関係。
寺脇氏は、前川氏を入省当時から、いずれ文科省トップの事務次官になると見込んでいたという。
たしかに官僚の世界ではそれがあると思います。私の司法修習同期同クラスのO氏も司法修習生のときから、いずれ検事総長になると周囲からみられていました。本当にそのとおりになりました。頭が良いだけではダメで、腰の低さも必要です。柔軟に対応できる人がトップにのぼりつめます。もちろん、運も必要です。
市場にまかせておいたら何が起きるか…。お金持ちだけが安全地帯をつくって、そこに逃げ込む。その外側では、パンデミックで倒れる人がどんどん出てくる。新自由主義の行きつく先は、地獄の沙汰も金次第ということ。命もお金で買える。お金のない奴は死ねという話。だけどパンデミックは地球規模で広がっていくのだから、安全地帯にいるはずのお金持ちだって、いずれは生きていけなくなる。
人間の価値観の根っこの部分には、経験してきた学校生活、そのときの仲間や教員によってつくられている。なので、学校は、たとえ授業がなくても、子どもたちがたむろしているだけで学べることはある。
ふむふむ、これは私の経験に照らしてもそう言えます。私は市立の小学校と中学校、そして県立の普通(男女共学)高校の卒業ですが、それこそ種々雑多な庶民層の子どもたちと混じりあっていました。今は、それが良かったと本心から思っています。
超有名校である麻布学園では、親はエリート、金持ち層で、ほとんど似たような階層の子弟とのこと。それはそれで居心地がいいとは思いますが、異質な人々との出会いを経験できないというハンディもあるわけです。
安倍首相が2020年2月27日に全国一斉休校を要請した。法律上の根拠のない「要請」に全国の学校が応じてしまった。政治権力が無理やり学校を閉じた。
とにかく権力を握っている人の言うことを聞いていたらいい、聞かないとまずいことになる。そんな風潮が強まっているのが心配だ。本当に、私も心配です。
城南信用金庫は、年功序列を復活させた。抜擢(ばってき)人事はしない。一度や二度のミスでも厳しい降格人事はしない。なるほど、これも一つの考え方です。
前川氏は中学校で人権について話をしたとき、あえて自由を強調し、「きみたちは自由だ」と話した。自分で考えて行動するということは人に騙されないことでもある。大人の言うことを鵜呑みにしない。親や教師の言うことであっても、ただ、そのままには信じるな。なーるほど…、ですね。
「公共」とは何か、深くつっこんだ話が盛りだくさんで勉強になりました。出版社(花伝社)の平田勝社長より贈呈を受け、一気に読みあげました。ありがとうございます。
(2020年12月刊。1700円+税)

私は私のままで生きることにした

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 キム・スヒョン 、 出版 ワニブックス
心にしみる言葉のオンパレードです。韓国で100万部、日本40万部が売れたというのも、なるほどとうなずけます。
私の知人(弁護士)に、ときどきネット上で自分の悪口が書かれていないか確認するようにしているという人がいます。一喜一憂するのだそうです。私は一度もしたことはありません。もちろん、ほめ言葉なら、シャワーのように浴び続けたいのですが、悪口ばかりだと落ち込んでしまいそうで、それが怖いのです。
この本は、根拠のない悪口だったら犬が吠えているだけだと思えばいいとしています。
それでも犬が吠え続けたら、黙って聞いていないで、しっかり責任を追及しようと呼びかけています。弁護士である私は、責任追求するのも、相手の人によりけりだと思います。かえって、反応があったとばかり、相手を喜ばせてしまうだけのこともあるからです。
お互いに傷つけあうような社会では、誰も幸せになんかなれない。
人を侮辱するのが一番の楽しみだという人は、「負け犬」そのもの。
韓国の社会は、日本と同じように、自分の感情を尊重するよりも、他人の考えや感情に注意を払うような教育を受けてきた。
社会的地位、経済的安定そして周囲の人々から認められること、こればかりを追い求めてきて、自分を見つめることを知らずに生きてきたため、内面が空虚なままだった。なので、幸せという実感がもてない自分がいる。これって悲しいことですよね…。
韓国社会には反共主義が深く根づいているが、それは決められた答え以外を口にするのは思想的に不純であるとみなすような社会をつくりあげてきた。韓国社会は、正解とされた少数派の傲慢と、誤答とされた少数派の劣等感が凝縮された、病みきった社会だ。
韓国には、「6.25心性」というものがあるとのこと。朝鮮戦争という非人間的な惨事を経験した韓国人が身につけた、極端な生存競争、物質万能主義、手段を選ばない個人主義をさす。
人生を豊かにするには、自分の好みを探さないといけない。そのためには、自分の感覚に正直になること。
自分の好みを見つけ、それを深く掘り下げるために、いろいろなものに触れる努力も大切。でも、好みというのは開発するものではなく、感じるもの。
「政治から目を背けることの最大の代償は、もっとも俗悪な人間たちに支配されることだ」
これはプラトンの言葉だそうです。まるで、いまの日本のアベ・スガ政治と投票率50%の状況を言いあてている言葉ではありませんか…。
「機械のように毎日を送ってきた人は、80歳まで生きたとしても短命だ」
毎日、似たようなパターンの生活をするのは、人生の無数の可能性と多様性を圧縮し、自分の人生を失うこと。だから、週末には海を見に行こう。仕事の帰り道に違う道を歩いてみたり、新しい人に会ったり、勇気を出して、これまで経験したことのないことをやってみよう。
自分に対する固定観念を脱ぎ捨てて、自分にも予測できない自分になってみよう。
ふむふむ、なるほど、なるほど…。うんうんと強くうなずきながら、読みすすめ、一気に280頁ほどの、絵本のような本を読み終えました。
(2020年10月刊。1300円+税)

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