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朝鮮半島を日本が領土とした時代

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 糟谷 憲一 、 出版 新日本出版社
「日本は朝鮮を支配したというが、日本は朝鮮でいいことをしようとした。朝鮮の山には木が一本もないということだが、これは朝鮮が日本から離れてしまったからだ。もう20年、日本とつきあっていたら、こんなことにはならなかっただろう。…日本は朝鮮に工場や家屋、山林などをみな置いてきた。創氏功名もよかった。朝鮮人を同化し、日本人と同じく扱うためにとられた措置であって、搾取とか圧迫というものではない」
今でも戦前の日本が朝鮮半島を植民地として支配していたことを美化しようとする人がいますが、とんでもない歴史の歪曲(わいきょく)です。
冒頭の発言は1965年(昭和40年)1月、日韓会談における日本側主席代表(高杉晋一・三菱電機相談役)が日本の外務記者クラブで語ったものです。
この本は、この発言がいかに事実に相違したものなのかを詳細に論証しています。
日本が朝鮮を植民地化したのは、1868年以降、要所要所で武力示威、武力行使を加えて、朝鮮半島における勢力を拡大し、一方的に押し付けた結果であるのは明らか。
合意にもとづいて「韓国併合」がなされたというような虚偽の議論をすべきではない。「韓国併合」を「国際社会が認めた」として正当化するのは、植民地を領有した国、しようとした国が互いに依存しあったことをよしとするものにすぎないので、それで正当化できるものではない。朝鮮の独立を保証すると言いながら、日本は独立を奪ったのであって、その背信は深く反省すべきもの。
戦時下の労働動員に際して、数々の非人道的な行為が日本政府、朝鮮総督府、動員先企業によってなされたことは否定しがたい事実である。非人道的な行為に対する慰謝料は当然に支払われるべきものだ。
日本が朝鮮に日本軍を常駐させる口実をなったのは、日本公使館の護衛だった。もともと、公使館護衛は朝鮮側がするべきことで、日本軍隊の配備は主権の侵害となる。しかし、日本は壬午(じんご)軍乱(1882年7月19日)で反乱軍の兵士が日本公使館を包囲・襲撃し、そのとき花房公使以下がようやく脱出できたという事情を利用して、武力を背景に朝鮮側に認めさせた。いったん認められた駐兵権は、日本の軍事力が朝鮮内に浸透していく足場となった。
その後の天津条約(1885年4月)で日本と中国(清)の双方が軍隊を朝鮮から撤退する合意が成立したときも、わざわざ公使館護衛兵の駐兵権は除くとされた。
1910年8月の「韓国併合に関する条約」では、韓国皇帝が日本天皇に統治権を譲与する形式で、韓国を日本に「併合」するとされた。これは、「韓国併合」が合意によるものであると装うための虚構である。このとき、日本は、日本が一方的に施行する法令を遵守するものだけは保護すると宣言した。いやはや、まさしく植民地支配そのものですね。
朝鮮に施行する法令の制定権は、天皇、帝国議会、朝鮮総督の三者がもった。朝鮮人は代表を帝国議会に贈ることはできなかったので、立法権にはまったく参与できず、統治の客体にすぎなかった。
朝鮮人を「同化」するとは、日本人と同等・同権に扱うことではなかった。
1918年の3.1独立運動は朝鮮人の多数が日本の武断政治に不満をもっていて、植民地支配の継続を望んでいないことを明確に示した。その参加者は空前の規模であり、旧来の地方有力者である両班(ヤンバン)や儒生、郡参事、郡書記、面長など総督府の支配機構の末端を担う者も含まれていた。
日本の安保法制法が成立する前、国会前では空前の規模の反対行動が展開していましたが、その参加者のなかに文科省のトップ(事務次官)になる直前のエリート官僚(前川喜平氏)も参加していたことを急に思い出しました。
私と同じく団塊世代の著者による丁寧な歴史叙述です。ぜひとも多くの人に読んでほしいと思いました。日韓関係が一刻も早く改善することを心から願っています。
(2020年8月刊。1800円+税)

安倍・菅政権VS検察庁

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  村山 治 、 出版  文芸春秋
 検察庁法の改正はひどい話でした。アベ・スガ好みのクロカワ検事長を検事総長にするための、なりふりかまわない「定年延長」だというのが、あまりにもあからさまなので、全国の弁護士会がこぞって反対しました。
 どうしてクロカワ検事長は、それほどアベ・スガに好まれたのか…。
結局、クロカワは賭けマージャンがバレて退職し、検事総長になれないままでした。それでも、5900万円もの退職金はちゃっかりもらっています。賭けマージャンは罪にならないというのです。たしかにマージャンをしない私にはピンときませんが、クロカワのやっていたレベルのマージャンはあたりまえのレートの賭けマージャンなので、罪に問われなくて当然だそうです。でも、そんなこというのなら、コンビニで数万円の品物を万引きしたって罪に問われないことになりませんか…。
 クロカワは早稲田大学にいったん入学したあと東大に入りなおした。自殺した自民党の代議士・新井将敬の事件を担当していた。クロカワは陽気で開放的な性格なので、誰からも好かれた。クロカワは法務省勤務のとき、与野党の国会議員と絶妙の距離感で接していて「ファン」を増やした。
 歴代の検事総長は、法務事務次官から東京高検の検事長を経て、なっている。
 アベ・スガは、クロカワの危機管理、調整能力を高く評価していた。政権の安定的維持のため、クロカワを利用したかった。
 スガは、ことあるごとにいろんなテーマでクロカワに相談していた。スガにとって、クロカワは手放せない知恵袋であり、危機管理アドバイザーだった。スガは検事総長の稲田が言いなりにならなかったことから嫌っていた。これは官邸周辺では公知の事実だった。
 法務大臣だった森は法務省の不手際で恥をかかされたと思い込み、法務省の用意したペーパーを無視した。森も弁護士ですが、ひどかったですね。あの国会答弁は…。
そしてクロカワ問題で今回の弁護士会が反対して動いたとき、法務・検察幹部は、それに反発して、もう日弁連の行事には協力しないと息まいたとのこと。これが本当だとすると、あまりの了簡の狭さに驚いてしまいます。
 法務・検察と官邸との駆け引きのすさまじさに開いた口がふさがりません。よくもここまで取材できたものです。それとも、みんな白昼夢なのでしょうか…。
(2020年12月刊。1600円+税)

ジョン・ボルトン 回顧録

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者  ジョン・ボルトン 、 出版  朝日新聞出版
 この本のオビに池上彰の解説文がついています。
 「トランプ政権とは、”大きな赤ん坊”に振り回されながら、なんとか権力にしがみついていたい野心家ばかりの組織であることがわかる」
まさしくその内情が手にとるように描かれ、読んでいると寒々としてきて、こんな男たちがアメリカを牛耳っていて、世界の平和を脅かしているのかと思うと空恐しくなってしまいます。
タカ派のボルトンは1年半ものあいだトランプ大統領の外交担当補佐官をつとめ、トランプのすぐ身近にいました。
 ボルトンは、この本のなかでトランプについて再三再四、軽蔑の言葉を書きつらねています。いかにトランプが愚かな人間であるか、また、側近たちもトランプをバカにしている様子が赤裸々に描写されている。これも池上彰の解説文です。
トランプは、自らの直感と、外国首脳との個人的な人間関係、そして何よりテレビ向けに築きあげたショーマンシップだけに頼って、行政府を運営したり、国家の安全保障政策を策定できると信じている。
トランプに対する周囲の大人たちの働きぶりがあまりにもお粗末なため、トランプは人々の善意を勘ぐり、背後に陰謀があるのではと疑い、ホワイトハウスの運営に関して驚くほど知識不足のまま政権をスタートさせた。
 トランプは自分自身のことを「非常に安定した天才」だとツウィートした。いやはや、恥ずかし気もなく、こんなことを書けるとは…、信じられません。まあ、誰も言ってくれないので、自分で言うしかないのでしょうね…。
 トランプは、ブッシュ元大統領親子とその政権を見下すような物言いをする。
 トランプは一度決めたことを、すぐに変えたがる。
トランプと北朝鮮の金正恩との2度にわたる会議の内情も暴露されています。トランプのほうは、ともかく金正恩とすぐに会って会談しようとするので、ボルトンは苦々しく思っていたようです。金正恩に手玉にとられて、利用されるだけだとボルトンは考えていたのです。その心配な思いはトランプにはどうやら伝わらなかったようです。
 ボルトンは北朝鮮を動かす最良の手段は軍事的圧力だとしています。タカ派の主張そのままです。
安倍首相は、トランプが金正恩と会って話すのを止めさせようとしていたとのこと。
 トランプは、「行きたいんだ。見事な出し物になるだろう」と言った。つまり、トランプは政治ショーの主役を演じたかったのです。それがボルトンは気に入りませんでした。
金正恩がトランプに宛てた書面は、大げさすぎる誉め言葉の嵐で、トランプは大いに喜んだ。これがトランプと金正恩との親密な関係の始まりとなった。
 トランプは、カナダのトルドーもフランスのマクロンもあまり好きではなかった。
 金正恩はトランプに対して、自分のことをどう思うかと質問した。よい質問だ、とトランプは言い、あなたは非常に頭がよく、かなりの秘密主義者ではあるが、とてもよい人だ。全く嘘偽りのないすばらしい人柄だ、と持ちあげた。
 ええっ、ウ、ウソでは…。トランプがこんな答えをするなんて。
 金正恩は、肯定的な答えを引き出すためにあらかじめ考えられていた質問だったに違いない。そんな答えでなければ会話はすぐに終了してしまう恐れがあったから…。トランプは金正恩に、まんまとしてやられたのだ。ボルトンは苦々しそうに、こう書いています。
安倍首相がトランプと話している最中にトランプがすっかり眠ってしまったことがあるというエピソードも紹介されています。要するにアベ首相はトランプからまったくバカにされていたのですよね。
 トランプは安倍首相をイランと交渉してくれと求め、安倍首相はその要請を受けてイランを訪問し、何の成果も得られなかった経緯も紹介されています。アベはトランプのポチだったのです。トランプ政権の内情暴露本として興味深く読み通しました。
(2020年10月刊。2700円+税)
 日曜日の朝、フランス語検定試験(準1級)の口頭試問を受けました。今回はなぜか受験生はおじさんばかりでした(あとから女性もチラホラ来ましたが…)。
 3分前に渡された問題は、コロナ禍によって、何がどう変わったか、というのと、客の要求はいつもまともなのかというものでした。私はコロナ禍について想定問答していましたので、こちらを選択。まず3分間スピーチをします。事前に練習していたとおり、職場のテレワークは、弁護士は面談が欠かせないので無理、家庭では自由時間が増えて、散歩したりガーデニングや孫たちと遊ぶ時間ができたと話しました。今回は頭の中の文章を吐き出し、なんとかフランス語らしく話すことができました。
 次に試験管との質疑応答です。これは、いつもなんとかなっていますし、今回も無事に切り抜けました。年に1回の口頭試問ですが、本当に緊張します。終わって、宇宙の話を書いた新書を喫茶店で読んで、頭のほてりをさまして帰宅しました。

ママ、最後の抱擁

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  フランス・ドゥ・ヴァール 、 出版  紀伊國屋書店
 著者はチンパンジーなど霊長類の社会的知能研究における世界的第一人者です。私と生年が同じ、団塊世代の学者でもあります。
ママとは、59歳になるチンパンジーのメス。ママは死に至る病床にあった。そこへ、80歳になろうとする生物学のヤン教授が同じ夜間用のケージのなかに入っていって、ホッホッホッという優しく親しげな声を出しながら近づいた。ママはヤンに気がつくと、途方もない喜びの表情を浮かべた。ママとヤンは40年来の親友だった。
 ママは、そっとヤンの髪をなで、それから長い腕の一方をヤンの首にかけて引き寄せた。こうして抱きしめているあいだも、ママも指は、ヤンの後頭部とうなじをリズミカルに軽く叩き続ける。ぐずる赤ん坊を静かにさせるときにチンパンジーがする、相手をなだめる仕草だ。心配しなくていいと、ママはヤンに伝えていた。ママはヤンに会えてうれしかった。
 チンパンジーのケージのなかには絶対に入ってはならない。チンパンジーの筋力は、人間の大人のプロレスラーもかなわない。そして、チンパンジーは何をしでかすか分からない。一緒にいて安全なのは育てた人間だけ。ヤンは育ての親ではなかった。しかし、今ママはすっかり弱っていた。
 チンパンジーは、顔認識に長(た)けていて、素晴らしい長期記憶をもっている。
 チンパンジーのアルファ・メスとしてママは、いつも堂々たる態度だった。チンパンジーは、四六時中、相手を出し抜こうとし、絶えず相手あるいは自分がどれだけ優位に立っているのか、その限度を探っている。
 ママは権力をもっており、それを行使した。ママは仲裁の達人だった。
 チンパンジーたちは長期的なパートナーシップとは無縁なので、オスは成熟したメスに惹かれる。同時に複数のメスの性皮が腫脹したら、オスは必ず、そのうちの年長のメスと交尾したがる。人間のように若いほうを好むのではなく、すでに何頭か健康な子供を産み育てた実績のあるメスを好む。
 オスは精力旺盛なほうがトップ(アルファ)になる。メスは年齢(とし)が物を言う。メスは地位をめぐって競うことはほとんどない。ひたすら待つ。メスは長生きすれば、必ず高い地位に就ける。
 アフリカ・コンゴで密猟者によって瀕死の状態になったところを救われたチンパンジーのウンダは、2013年に森に戻されたとき、いったん森のなかへ歩み去ろうとして、急いで戻ってきて、世話をしてくれた人々をハグした。その中心人物のグドールとは長いあいだ抱きあった。
チンパンジーは、自分たちのあいだで返報する。恩返しもすれば復讐もするのだ。チンパンジーは、自分から予期していたとおりの扱いを受けないと、耳をつんざくような声をあげて癇癪(かんしゃく)を爆発させ、どうしていいか分からずに地面をころげ回る。人間と同じで、動物にも情動的知能があるのだ。
他の者たちをみな恐怖に陥れることによってトップの座にたどり着いたオスは、一般に2年くらいしか君臨できず、その後は悲惨な顛末を迎える。ところが人気のあるリーダーは、並外れて長く権力を保持することが多い。メスたちにとって、自分たちを守り、仲むつまじい群れの生活を保障してくれるアルファオスの安定したリーダーシップほど望ましいものはない。そうした生活は、子育てにふさわしい環境なので、メスたちは、そんなオスを権力の座につかせておきたがる。
 良いリーダーは、その地位を失っても、群れから追い出されることなく、第三位に落ち着き、幼い子供たちに親しまれて全生を過ごすことができる。
チンパンジーの世界は弱肉強食をモットーとする人間社会によく似ているものです…。
(2020年10月刊。2400円+税)

囚われの山

カテゴリー:日本史(明治)

(霧山昴)
著者 伊東 潤 、 出版 中央公論新社
八甲田雪中行軍遭難事件は1902年(明治35年)1月23日、陸軍の青森歩兵第五連隊第二大隊が雪中行軍演習したとき、折からの天候悪化により、道に遠い199人の犠牲者を出した史上空前の遭難事件。新田次郎の『八甲田山、死の彷徨』など、映画化(三國連太郎も出演)もされている(残念なことに私はみていません)。
120年も前の大事件を歴史雑誌編集者が売れる雑誌をつくろうと企画し、現地取材中に今もなお解明されていない謎を発見し、それに迫っていくというストーリーです。
著者の本は、『義烈千秋、天狗党西へ』、『巨鯨の海』、『峠越え』など、どれも読ませるものばかりですが、この本も、ぐいぐいと引きずり込まれてしまいました。
謎解きの要素も大きい本なので、ここでネタバレをするのはやめておきますが、軍の人体実験ではなかったのか、という点は、なるほど、そうだったのかもしれないと思いました。というのも、この陸軍による雪中行軍は2年後の日露戦争に向けて、厳冬の満州での大規模会戦の予行演習であったことが今では明らかになっていることだからです。
この青森歩兵連隊は、日露戦争のとき、満州大平原においける黒溝台作戦に従事しているのですが、八甲田山での雪中行軍で大量遭難した経験をふまえて、防寒対策をきちんとしていたため、凍死者を出すことはなかったというのです。
日露戦争のとき、青森歩兵第五連隊は、黒溝台の戦いに投入された。このとき、氷点下27度といった酷寒の中の戦いだったが、日本軍は寒冷地対策が万全だったため、凍傷者は出したものの、1人の凍死者もださなかった。うひゃあ、そうだったのですか…。
八甲田山で死んでいった兵士のおかげで、日本は日露戦争を勝ち抜けた。無駄死ではなかった。八甲田山では、限界に来ていた者や身体に不調を来して動けなかった者が実は生き残れた。逆に歩けるほど元気だった者は、体力を使いきって生命を失ってしまった。低体温症によって、正常な判断を下せなくなった者が続出した。酷寒のなか、ほぼ全員が手指の自由を失った。このため、雪濠の掘削どころか、排尿も排便もできなくなり、そのまま垂れ流したので、ズボンの中が凍りつき、性器部分も凍傷になり、あとで生存者の多くは切断手術を受けた。いやあ、これほどまでだったとは…。知りませんでした。
「山落とし」とは、猟師たちが冬山に入って遭難しかかったときに襲われる症状の一つで、低体温症の初期段階をさす。その症状はさまざまで、身体の震えがとまらなくなる者、嘔吐、頭痛、めまいなど…。
この本に、ソ連時代のロシアで起きた遭難事件の真相を解明しようとする『死に山』(河出書房新社)が紹介されています。このコーナーでも前に書評をのせました。
八甲田山の兵士大量遭難事件は陸軍による人体実験だという指摘は、そうかもしれないと思います。戦前の陸軍が、兵士なんて、いくらでも替りがいると考えていたことは間違いありません。そんな「真実」を発掘し、読みものに仕立てあげた著者の筆力には、今さらながら驚嘆させられます。
(2020年6月刊。1800円+税)

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