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歴史戦と思想戦

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 山崎 雅弘 、 出版 集英社新書
いま、広く読まれるべき本だと思いました。残念ながら…。
読みはじめる前は、なんだか大ゲサなタイトルだな、と思っていました。ところが、サンケイ新聞は2014年から「歴史戦」と名付けた「戦い」をすすめてきたというのです。驚きました。
戦後70年たって、日本は本来の歴史を取り戻す「歴史戦」にうって出るべきだとサンケイ新聞編集委員が叫んでいるというのです。いったい日本の「本来の歴史」とは何を指しているのか…。
著者は、それは戦前の大日本帝国を指していて、そこに戻ろうということだと明快に指摘しています。つまり、とんでもない呼びかけなのです。
そして、「歴史戦」を呼びかけるとき、それは歴史研究の分野に日本対韓国の「戦い」という国家間の対立、すなわち政治を持ち込んでいるのです。
桜井よし子は、「主敵は中国、戦場はアメリカ」と本に書いている。つまり、日本の「敵」は中国と韓国だというのです。なんという偏狭さでしょうか、時代錯誤もいいところで、とても正気とは思えません。
ところで、この本には、サンケイ新聞社長だった鹿内(しかない)信隆が、戦前に日本陸軍の将校として、経理学校で慰安所の運営規則が教えられていたこと、つまり軍が慰安所の運営に関わっていたことをサンケイ出版の本で明らかにしていることを紹介しています。まさしく慰安婦は陸軍のよる性奴隷だったのです。
南京虐殺について、「歴史戦」を主張する人は、「人数の問題」にすり替える論法をつかって、虐殺自体がなかったとする。これは、「誤った二分法」と呼ばれる詭弁(きべん)論法のパターン。受け手を錯覚させる心理誘導のテクニックだ。要するに、ごく一部の人の「見てない」という体験をもとに、全体の大虐殺はなかったとしてしまうのです。その論法が不合理なことは明らかです。30万人でなく、たとえ3万人であっても、大虐殺であったことには変わりありません。
シンガポールでも日本軍は現地の市民を5万人も虐殺したとされています。ここでは「歴史戦」を主張する人たちは、虐殺が「なかった」とまでは言わず、言葉を濁してはぐらかすか、はじめから無視するだけ。あまりに無責任です。
「歴史戦」を主張する人にとって、勝ち負けを競う論争ゲームであって、将来の人々に対して何の知的成果ももたらさない。これでは困ります。きちんと祖父や父が何をしたのか子や孫に伝えるべきです。
自虐史観というときの「自」とは、大日本帝国の臣民としか考えられない。なーるほど、そういうことだったんですね。時代錯誤もはなはだしく、とてもついていけません。
著者は、この本の最後に「歴史戦」の人々に対して、戦前・戦中の「大日本帝国」の名誉を回復することではなく、戦後の「日本国」の名誉や国際的信用を高めるような方向への路線を転換し、基本的な戦略を練り直したらどうか、と熱く呼びかけています。まったくそのとおりです。というわけで、ご一読をおすすめします。
(2019年11月刊。920円+税)

従軍看護婦

カテゴリー:日本史(戦後)

(霧山昴)
著者 平松 伴子 、 出版 コールサック社
従軍看護婦は、戦後、兵士とちがって「軍人恩給」は支給されなかった。なぜか…。
問題が表面化して、1978年から支給されるようになったが、それは恩給ではなく、慰労給付金。これは国庫補助による日本赤十字社から支給された。そして、支給対象者は、従軍した日本赤十字社の看護婦の5%にもみたなかった。うひゃあ、それはひどい、ひどすぎますよね。
恩給を出せない理由を厚生省(当時)は、次のように説明した。
従軍看護婦の勤務実態がよく分からない。何人がどこに従軍したのか、どこで何人死んだのか、それは本当に戦死だったのか…。厚生省には詳しい記録がないから…。
いやはや、なんということでしょう。しかも、厚生省は、従軍看護婦には招集令状ではなく、招集状が出ていただけ、つまり天皇の命令ではなかった、断ることもできた、つまり、自分の意思で戦場に行った、自ら進んで、戦地に赴いたのだ…。それは、なるほど、一面の真理だった。
男は兵士に、女は従軍看護婦に行って、お国のために戦う。若い人の多くがそう考えていた。なので、親が止めるのを振りきって女性たちは戦場へ出ていった。しかし、それでも兵士とちがうと、差別するだなんて…。
戦場に行くのは男も女も当然だし、それはまた大きな「名誉」でもあるという心情がつくりあげられていたのだ…。もし従軍看護婦がいなかったら、傷病兵の治療や世話は誰がしたのか。従軍看護婦の名簿がつくられず、その勤務状況を把握しなかったというのは国の怠慢ではないのか。日本赤十字社は、国の命令で看護婦を戦場に送り出したはず。だったら国が責任をとらないのは、おかしい…。
そして、敗戦後、中国大陸に残っていた従軍看護婦のなかからソ連兵の慰安婦として供出されていった。それは病院長(陸軍中尉)と事務長(陸軍少尉)が、自分たちの命を守るための命令だった。そして、慰安婦とされた女性の多くは病死し、自死した。ところが、陸軍中尉と少尉は無事に日本に帰国し、やがて警察予備隊に入り、そして自衛隊の幹部に出世していた。
戦後、従軍看護婦のなかに慰安婦になることを拒否して集団自決した人たちがいたなんて、初めて知りました。小説という形をとって、その状況が詳しく再現されています。真実をもっともっと知るべき、知らされるべきだと痛感しました。
(2020年8月刊。1500円+税)

安保法制違憲訴訟

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 寺井 和弘、伊藤 真 、 出版 日本評論社
安倍前首相は健康問題を理由として、ある日突然、辞職を表明しましたが、なんとなんと、入院することもなくピンピンしていて、今では再々登板を狙っていると伝えられています。病気は政権を無責任に投げ出す口実でしかなかったわけです。それほど元気なら、モリ・カケそしてアベノマスクの500億円ムダづかいをきちんと説明してもらわなければなりません。決してあいまいにしていいものではないと思います。前政権の官房長官をつとめていた菅首相は安倍政権を継承するというのですから、ましてやモリ・カケ問題の解明を責任もってやってほしいものです。
この本は、安倍政権の最大の間違いである安保法制が日本国憲法に反していることを裁判で明らかにしようとしている弁護士たちの労作です。
福岡をふくめて全国22の裁判所で25件の裁判(原告は総数8000人)が進行中ですが、すでに札幌地裁や東京地裁など7つの一審判決が出ています。ところが、すべて原告の請求を棄却してしまいました。
この7つの判決は、原告らの被害にまともに向きあうことなく、軍事や平和についての専門的知見に対して謙虚に耳を傾けようともせず、そして、裁判所に課せられている憲法価値を擁護する者としての自覚がまったく欠けていると言わざるをえません。残念です。
安倍政権の下では、公文書を改ざんしてまで上司を通じて安倍首相夫妻を守ろうとした官僚の忖度(そんたく)が横行しましたが、それが裁判官まで感染したようです。裁判官としての誇り、プロ意識、職業倫理を疑わざるをえない判決のオンパレードでした。
福岡地裁にも、原告3人の話を聞いただけで証人申請の全部を却下してしまうなど、信じられない裁判官たちがいます。原告の忌避申立は当然ですが、仲間意識からそれを却下してしまう裁判官ばかりなのに、思わず涙が出そうになります。
裁判官は、人権と憲法を保障するという崇高な目的のために権力を行使できるという希有な職業です。なので、強い独立性と身分保障がされていますし、高額の給与が支給されているのです。そのことを自覚していない裁判官に出会うと、正直いってガッカリとしか言いようがありません。
安保法制法が実行されたときに国民が受ける侵害は、「漠然とした不安にすぎない」。
本気なのかと目を疑う判決文です。
「わが国が戦争とテロ行為に直面する危険性が現実化しているとまでは認められない」とも判断していますが、現実に起きていないから、これからも起きないといっているのと同じです。私も、もちろん、そうあってほしいと念じてはいますが、現実はその「思い」を踏みにじる危険が客観的に、かつ具体的に迫っていると考えるべきだと思うのです。
「福島第一原発」だって、メルトダウンが大事故にならなかったのは、本当に偶然の幸運だったわけです。なのに、偶然おきなかったのをおきるはずがないと決めつけているのと同じこと。それではいけません。
「いま」の裁判所は「昔」と明らかに変わってしまった。これは本書での指摘ですが、「いま」は現在だとしても、ここでいう「昔」とは、いったい、いつのことなのでしょうか…。
裁判所の判決が政治部門への配慮がすぎるうえ、司法権の独立を疑わせるような判決や決定がためらいもなく出されている。それは、あたかも「憲法の番人」としての司法の役割を放棄し、「政権の番人」になり下がってしまったかのよう…。
でもでも、今でも少ないながらも、憲法価値をなんとかまもろうと努力している裁判官がいるのも事実です。そんな裁判官を励まし、きちんと憲法にかなった判決を書いてもらう、そんな努力を怠るわけにはいきません。
この本には、かの我妻栄の講演(1971年10月)が紹介されています。裁判所は政治に安易に迎合してはいけないと強調したのでした。まさしく、そのとおりです。
(2020年11月刊。1200円+税)

おどろきダンゴムシ図鑑

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 奥山 風太郎 、 出版 幻冬舎
わが家にもダンゴ虫はたくさんいます。犬走りのあたり、また、小石を取りあげると、もぞもぞとうごめいています。孫たちは喜んで、ダンゴ虫を手のひらに乗せて、じっと眺めます。
ダンゴ虫は小さい子どもたちに大人気です。決して踏みつぶして殺そうとはしません。あくまでも可愛い仲間なのです。
この本は、いえ、この図鑑は世界のダンゴムシ(虫)のオンパレードなんです。うひゃあ、こ、こんなにいろんな形のダンゴムシがいるんだ…、おどろきました。
ダンゴムシは世界に1350種ばかり。甲殻類のなかのワラジムシ亜目(3700種いる)に属する。
著者は、ダンゴムシを自宅で飼育中とのこと。南西諸島の種を中心として200以上の地域のダンゴムシを、5万か10万か、20万か…。数えきれないほど…。うひゃあ、これはたまりませんね。いくら可愛いといっても、20万もいたら…、ぞぞっとしてきます。
でも、ダンゴムシの飼育は楽しいし、そんなに難しくはないとのこと。
ある程度の湿度を保つことが可能な湿らせた落ち葉や腐葉土を敷けば、どんな容器でも飼育できる。乾燥させないこと、落ち葉や隠れ家をつくることができればいい。餌はニンジンのかけらでいい。
ダンゴムシは、常に穏やかで平和に暮らしている。その様子を眺めていると、日頃のストレスなんて吹っ飛んでいってしまう。
ダンゴムシの一生は意外に長く、飼育下では3年も生きる。
ダンゴムシのほとんどは、社会性のある集団生活を送ることはなく、1ヶ所にたくさんいても、それは結果として集まっているだけで、単独行動を好む。
世界最大のダンゴムシは体長2センチもあり、イタリアに多く、フランスにも少しいる。
ダンゴムシは雑食性で、カルシウム含有量の多い落ち葉ほど、よく食べる。
わが家で見かけるのは、黒光りのするオカダンゴムシ。なんと日本には明治時代に入ってきた外来種だといいます。もとは、地中海が原産地なのです。
いかにも愛くるしい、丸まった姿のダンゴムシは、防禦こそ生きのびるための最大の保障と考えています。いやはや、いったい誰が、そんなことを考えついたのでしょうか…。
ダンゴムシのカラー写真を眺めているだけで、ついつい楽しくなるダンゴムシの図鑑でした。
(2020年6月刊。1300円+税)

商う狼、江戸商人・杉本茂十郎

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 永井 紗耶子 、 出版 新潮社
実在した江戸商人を生き生きと描いた歴史(経済)小説です。圧巻の迫力ある描写に思わず息を呑み、頁をめくる手がもどかしく思えたほどです。
ときは、天保の改革をすすめた老中・水野忠邦が登場する直前、文化・文政、徳川家斉のころ。商人、杉本茂十郎は「毛充狼(もうじゅうろう)」と呼ばれて恐れられ、人々はおののいていた。体は、強くしなやかな狼(おおかみ)。手足は狐狸(こり)の如く、人を蹴落とす鋭い爪をもつ。尾は蝮(まむし)の姿で、2枚の舌をちらつかせて、毒牙を剥く。そして顔は精悍な人の顔。その額には「老、寺、町、勘」の4字の護符をいただいている。その歪(いびつ)な化け物は、メウガ(冥加)メウガと鳴き声をあげながら、江戸の市中を駆けていく。
杉本茂十郎は山深い甲斐から江戸へ来て、奉公人として勤めていた飛脚問屋に婿入りした商人だったが、飛脚の運賃値上げでお上に直談判して新たな法を整えると、次は江戸2千人の商人を束ねる十組(とくみ)問屋(どいや)の争いごとの仲裁に成功し、その十組問屋の頭取となり、流通の要となる菱垣廻船(ひがきかいせん)を再建し、さらに老朽化して落ちた永代(えいたい)橋を架け替え、その修繕などを行う三橋会所(さんきょうかいしょ)の頭取として手腕を発揮し、同時に町年寄次席として政にも携わるようになった。
茂十郎の下に、江戸商人から集められた冥加金は一国の蔵をこえ、そのお金を求めて、町人だけでなく武家たちも頭を下げる。幕閣にもその名を知られ、老中、寺社奉行、町奉行、勘定奉行も茂十郎のうしろ盾となった。茂十郎のソロバンをはじく指先ひとつで、千両、万両のお金が右から左へと動いていた。
またたく間に江戸商人の頂点に駆けのぼった茂十郎は、表舞台に躍り出てから、わずか11年あまりで、お上からすべての力を奪われ失脚してしまった。
江戸の人は、お金の話を忌み嫌う。そんなにお金が嫌いなのに、貯め込むことには余念がない。町人も武家も、商人を強欲だとそしる。それでも武家は、商人の上納金は欲しがる。なんとも歪(いびつ)で、おかしな話だ。
商人が商いをして、お金が正しく世の中をまわっていれば、暮らし向きは豊かになる。
お金は、然るべく流さなければ、いらないものだ。
十組問屋は、100年前に小間物を扱う大坂屋伊兵衛が、立ち上げたもの。それは、仲間外の商人を締め出すことが主たる目的だった。十組とは、河岸組(かしぐみ)問屋、綿店(わただな)組、釘鉄問屋店組、紙店組、堀留組、薬種問屋、新堀組、住吉組、油仕入方、糠(ぬか)仲間組、三番組、焼物店組、乾物店組、…。いずれも、江戸の大商人たちだ。多くの商人、町人が暮らす江戸において、十組問屋の2千人が江戸の富を独占している。その懐に蓄えられたお金は、大藩の江戸屋敷にも負けない。そして、そのお金が市中に出回らないことこそが江戸の最重要課題だったが…。
江戸時代の商人の心意気も大きなテーマとして扱っている本です。
(2020年6月刊。1700円+税)

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