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万葉集講義

カテゴリー:日本史(奈良)

(霧山昴)
著者 上野 誠 、 出版 中公新書
万葉集についての驚きの記述にあふれた新書です。
まずタイトルです。たくさんの歌を集めた歌集というのが1970年代までの通説だった。「万」はよろずで、「葉」は言の葉なので、言葉。たくさんの歌をいう。
ところが、「万葉」とは「万世」、「万代」の意味だという有力な学説があらわれた。
そして、さらに「万世・万代」の基本義に「多くの言の葉・多くのすぐれた歌」の意味を重ねたかけことばと考えたほうがいいという説が登場してきた。
著者は、この説を基本とし、たくさんのすばらしい作品を集めた。それは、今がすばらしい世であるからできたこと、そのすばらしい作品が永代に伝わることは、良き世が永く永く続くということ。すなわち、万世に伝われという願望や祝福性を否定する必要はないとしています。なるほど、そうなんでしょうね…。
「万葉集は、素朴でおおらかな歌々を集めた歌集」という通説を著者は打ち破っています。
8世紀半中葉に成立した歌集である「万葉集」は、宮廷のなかで発達した歌々を集めたもの。すなわち、「万葉集」は宮廷文学であり、貴族文学である。
防人(さきもり)の歌についても、無名の農民たちによる国家への不服従の心を実現した抵抗詩とみるのは、明らかに誤っている。防人歌とは、むしろ、律令官人の都と地方との交流によって生まれた歌々であり、東国における宮廷文化の浸透を表象する文学である。
大伴家持の歌は、防人たちとその家族たちの痛みを想像しているものである。
「万葉集」は実は朝鮮語で書かれているというミステリー本についても、著者は誤解だとあっさり切り捨てています。私も「ミステリー本」を読んで、そうなのかなと思っていたのですが…。
多くの渡来人を古代の日本社会は受け入れているのは事実だが、すべて日本語でよまれた歌集として「万葉集」に収蔵されている。
「万葉集」についての数々の誤解を解いてくれる、小気味よく切れ味のいい新書です。
(2020年9月刊。税込968円)

レストラン「ドイツ亭」

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 アネッテ・ヘス 、 出版 河出書房新社
ドイツ・フランクフルトで1963年にアウシュヴィッツ裁判が始まったことを舞台とした小説です。主人公は通訳として裁判の渦中にいるのですが、検事長は、かのフリッツ・バウアー。
戦後十数年たって、ドイツでは「古傷には触れるな」という風潮が根強かった。それを乗りこえてナチスの犯罪を裁く裁判がすすめられていったわけですが、通訳となった24歳の独身女性は自分が戦争中に何が起きたのか何も知らなかったこと、そして、実は自分の家族も強制収容所生活に何かしら関わっていたのではないか…と疑いはじめるのです。
法廷で、辛じて生きのびた元収容所が証言しても、収容所の副所長以下は、「そんなことはいっさいしていない」、「人違いだろう」、「無実です」などと、白ばっくれるばかり。勇気を奮って証言した証人は、絶望のあまり裁判所からの帰りに自動車に衝突して死亡する。
「どうして何もしなかったの?すべてのナチス将校の食事に毒を入れてやれば良かったのに…」
「そんなことをしたら、殺されていたわ」
「そんなことをしても、きっと無意味だった。かわりに新しい誰かが来て、それでおしまいだ。ナチスのやつらがどれだけたくさんいたか、信じられないだろう。ほんとうに、そこらじゅうにいたんだ…」
「人を殺してはいないかもしれないけど、それを許したんでしょ。どちらがひどいことなの、ねえ、教えて、どちらがひどいことなの?」
ドイツは、ゲーテやベートーヴェンを生んだ国だし、奇跡的な経済復興をなし遂げたことを誇りにしている。ところが、ドイツは、もういっぽうで、ヒトラーやアイヒマンや、彼らの多数の共犯者や追随者を生んだ国でもある。
「一日に昼と夜があるように、いかなる民族の歴史にも光と影の部分がある。ドイツの若い世代は、親たちが克服しがたいと感じたすべての歴史と真実を知る準備があると信じている」
これはフリッツ・バウアー検事長の言葉です。今の日本ではなかなか聞けないセリフになっているのが残念です。
著者は1967年生まれの女性脚本家です。この本はベストセラー小説になって、世界22ヶ国で翻訳されたとのこと。
アウシュヴィッツ絶滅収容所で実際に何が起きていたのか…。ガス室での大量虐殺、ナチス親衛隊員による拷問や虐待が法廷で語られ、ドイツの人々は初めて具体的かつ詳細な真実を知らされた。それまでは、収容所で人体を焼却する臭いと煙は体感して知っていたものの、それ以上ではなかった…。
日本軍が中国大陸で731部隊や南京大虐殺のとき何をしたのかが日本国内で具体的に身近な人たちに語られることがなかったことから、「南京虐殺の幻(まぼろし)」などの「トンデモ歴史本」を生み出し、今でも皇軍(日本軍)は中国人を助けていたと思い込んでいる日本人が少なくないのが残念でなりません。これは、東京裁判がアメリカの思惑から中途半端に終わったことも、今に尾を引いているのだと思います。
ナチス・ドイツの家庭に育った子どもたちが戦後にたどった道としても読める小説でもあります。ずっしり重たい、380頁近い本でした。
(2021年1月刊。税込3190円)

「弁護士の平成」(会報第30号)

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 会報編集室 、 出版 福岡県弁護士会
法曹養成制度
 法曹養成制度については、この分野に一貫して関与してきた牟田哲朗弁護士が改革の歩みと今後の課題を紹介しています。
 法科大学院は失敗だった、失敗したと簡単に決めつけてすむ問題ではありません。新しく「法曹コース」が始まるとのことですので、次世代の法曹をどのように養成していくのか、現状をきちんと認識したうえで大いに議論したいものです。あわせて、予備試験というバイパスのあり方についても再考すべきではないでしょうか・・・。
法科大学院
 「2004(平成16)年4月に68校、翌年に6校の合計74校の法科大学院が24都道府県に開校した。2004(平成16)年の入学者数合計は5767人(定員5590人)であり、そのうち、未修者が3417人(59.3%)、非法学部卒業者が1988人(34.5%)、社会人が2792人(48.8%)で、医師や公認会計士等の有資格者も入学していた。
 福岡では九州大学、福岡大学、西南学院大学、久留米大学の4校、九弁連管内では熊本大学、鹿児島大学、琉球大学の3校が開校し、2004(平成16)年の7校の総定員は330人(福岡240人)、入学者数は314人(福岡219人)であった」(112頁)
新司法試験の合格者
 「2006(平成18)年から新司法試験が始まった。初年度は、既修者のみ2091人が受験して合格者1009人(合格率48.25%)、翌2007(平成19)年は未修者も受験して4607人が受験し、合格者1851人(合格率40.18%)であった。
 2008(平成20)年から合格者は2000人台になった。・・・・2010年からの司法試験合格者3000人は見送られ、2014(平成26)年からは1800人台、2016(平成28)年からは1500人台に減少され、また、2012(平成24)年からは予備試験合格者も司法試験受験をするようになったので、法科大学院終了者の司法試験合格率は2009(平成21)年から20%台になった。
 そのためか、法科大学院への入学志望者数も4万人台から1万人台になり、入学者も2006(平成18)年の最大5784人が2011(平成23)年には3620人に減少した。他方、予備試験受験者は、2011年の6477人が2014年からは1万人を超え、予備試験合格者の司法試験合格者も2012(平成22)年の58人が2014年には163人、2016年には235人と増えていき、2018(平成30)年には336人、2019(平成31)年には315人になった」(112頁)
合格率
 「2005(平成17)年から2014(平成26)年度までの直近10年間の修了者は3万8771人、合格者は1万9745人なので、この10年間の修了者の累積合格率は50.9%。また、直近の2014年修了者の累積合格率は、57.4%。そのうち、既修者は、70.0%であるが、未修者
41.1%である。
 したがって、司法試験の合格率に関しては、既修者は審議会意見書が基本点とした約7~8割を実現しているので目標達成である」(114頁)
 「予備試験が、法科大学院を中核とする『プロセス』による法曹養成のバイパスとなったため、司法試験予備校は盛況である。予備試験合格者の司法試験合格率が80%前後であるのに対し、予備試験自体の合格率は4%前後と抑制されている」(114頁)
新しい「法曹コース」
 「2020(令和2)年から『法曹コース』を開始し、2023(令和5)年から『法科大学院在学中受験』を実施することとした。
 これは、法曹資格を得るには、現状では、大学4年、法科大学院既修2年、司法修習1年で、最短でも7年8カ月を要するので、これを6年に短縮して時間的・経済的負担を軽減して、法曹志望者を増やし、予備試験志向者を法科大学院に入学させようとするものである。
 『法曹コース』は、法学部を設置する大学が法科大学院と連携して、法科大学院既修者コースと一貫的に接続する教育課程『法曹コース』を編成し、学部3年終了時に早期卒業して法科大学院既修者コースに入学する『3+2』の精度である」(114頁)
ロースクール生と九弁連
 「九弁連管内弁護士会に登録した新60~62期生274人中の100人(36.4%)が管内法科大学院修了生であり、同100人は弁護士登録した管内法科大学院修了生127人の78.7%である。・・・・2015(平成27)年から久留米、鹿児島、熊本、西南学院大学法科大学院が、順次、募集停止になった」(118頁)
弁護士会の責務
 「審議会意見書から20年、法大学院設立から17年経過したが、法科大学院を中核とした『プロセルによる法曹養成』は未だ完成せず、『点のみによる選抜』から脱却できずに多くの課題を抱えている。
 しかし、弁護士会・弁護士が、あるべき次世代の弁護士・法曹を養成することは、弁護士・弁護士会の当然の責務である。したがって、福岡県弁護士会においても、法曹養成を法務省や最高裁に一任することなく、日弁連にも一任することなく、地域の弁護士・弁護士会の責務として、地域のために、また地域から全国に広がる有意な法曹を養成していく道を見付けていく必要があり、そのことが法曹の多様性の拡大につながると考える」(120頁)

腸内細菌が健康寿命を決める

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 辨野 義己 、 出版 インターナショナル新書
cacaミュージアムが福岡で開催中。これが先週のフランス語教室で話題になりました。フランス人講師は、フランスでは考えられないと断言します。でもでも、日本の子どもたちには、「ウンコ・ドリル」が大人気で、みんなベストセラーになっているようです。
この本の著者は私と同じ団塊世代。23歳から、この道一筋で研究してきた、「便の」先生です。なにしろ日本人2万人のウンチ(大便)を集めて、分析してデータバンクをつくりあげたというのです。すごいことです。
長寿の家系だと聞いたら、島に渡って、祖母・母・娘という三代の女性のウンチをいただいて帰って、分析するというのです。それが、まったく臭くない話なのですから、こうなると著者の人徳なのでしょうね。これまで著者が書いた本は150冊、研究論文は350報。これまた、すごいですね…。
腸は考える力をもつ重要な臓器。
医学的には、肛門から排泄されるのに72時間かかると便秘。24時間以上かかるのは便秘傾向。
日本人も欧米人も腸の長さは変わらない。人間は人種や食習慣が異なっても、腸の長さに違いはない。世にある誤解を解消すべき。私も誤解していました。肉食と穀物食の違いからくるものと思っていましたが…。
大腸が吸収するのは水分とミネラルくらい。その重要な仕事は、飲食物のカスをウンチに加工して留めておくこと。それでも、大腸は、よりよく生きるためには大切な臓器。
大腸は、病気の種類がいちばん多く、また多くの病気の発生源になっていたり、身体の調子を左右する臓器だ。
腸内細菌は、少なくとも500種以上、おそらく1000種類はある。ウンチ1グラムのなかには、なんと1兆個もの細菌がいる。うひゃあ、す、すごーい。それにしても、1兆個いるって、どうやってカウントするのでしょうか…。
1グラムのウンチのなかに、6000億個から1兆個近い腸内細菌がふくまれている。
良いウンチは酸性のもの、肉をたくさん食べる人のウンチはくさくなる。野菜や果物中心の食生活をしている人のウンチは、あまり臭わない。
便秘をしていない人に宿便はない。小腸の粘膜は3日毎に再生されている。腸壁から古い粘膜がはがれてウンチになって排泄されるから…。
腸は、人体のなかで最大の免疫臓器。腸は、免疫系の主戦場。また、人体のなかで最大のホルモン生産器官。
がん細胞のほとんどは大腸で生じている。野菜を食べないと、がんになるリスクが高まる。なので、食べた肉の3倍は野菜を食べたほうがいい。
腸から脳へ情報が伝わっている。
腸のセロトニンは、腸全体に運動の指示を出して、ぜん動運動を起こさせる役割を担っている。
腸内細菌は、人間の脳はもちろん、感情や健康に関与している。
もともと、脳の大もとは腸だった。
いやあ、すごい学者がいたものですね。同世代ですが、心から尊敬します。
(2021年2月刊。税込880円)

徒然草

カテゴリー:日本史(鎌倉)

(霧山昴)
著者 川平 敏文 、 出版 中公新書
「徒然草」の著者を「吉田兼好」とするのは正しくないとのこと。驚きました。「卜部(うらべ)兼好(かねよし)」か「兼好法師(けんこうほうし)」が正しいというのです。というのも、「吉田」というのは、卜部(うらべ)氏の一流が室町時代以降に名乗った姓だから、なのです。
兼好は、在京の侍のような存在だったが、30歳のときに出家し、「遁世者」(とんせいしゃ)として公家社会にも出入りするようになった。世の交わりを絶ち、ひとり静かに草庵に暮らしていた「隠者」ではない。ええっ、そ、そうなんですか…。
兼好は、公家に出入りしながら歌人として活動し、40歳から50歳のころに「徒然草」を執筆し、75歳ころに亡くなった。兼好自筆の「徒然草」原本は存在しない。
兼好が章段番号を割り振ったこともない。
「徒然草」には、「枕草子」のような文学性、「大草子」のような実用性、漢籍の「随筆」および「詩話」、「歌話」のような学術性、いくつかの特徴がごちゃまぜに存在している。話材の多様さ、表現の的確さ、評論の鋭利さにおいて「徒然草」に伍しうる作品は、それ以前にも以後にも、おそらくない。
「徒然草」には、朱子学をベースとして現実主義的・合理的な思弁が認められる。
「つれづれなるままに」は、「退屈なので」「手持ち無沙汰で、所在ないままに」の意。「なすこともない所在なさ、ものさびしさにまかせて」と解される。かつては、「さびしき」であって、「退屈」と解するのはなかった。
「つれづれ」は漢語の「徒然」)とぜん)と同義で、「冷然」「寂莫」の意。
筑後地方の方言に、「とぜんなか」というのがあります。ひまで退屈しているという意味で使われる言葉だと思います。この本によると、「とぜんなか」という方言は全国各地に残っているとのこと。これまた驚きです。古語が方言として残ったからでしょう。同じように、お腹が減ったという意味で「ひだるか」とも言いますが、これまた古語の「ひだるし」からきた方言です。
大学受験で必須の古文を改めて勉強した気分になった本です。
(2020年3月刊。税込990円)

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