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バレット博士の脳科学教室

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 リサ・フェルドマン・バレット 、 出版 紀伊國屋書店
脳のもっとも重要な仕事は、エネルギーの需要が生じる前に予測しておくことで、身体をコントロールすることにある。つまり、脳のもっとも重要な仕事は、考えることではなく、恐ろしく複雑化した、もとは小さな生物の身体を運用することにある。
脳が3つの層からなるという考えは、1990年代に、専門家によって完全に否定された。
理性的思考という特別な能力をもつことで、人間は動物的な本性を克服し、今や地球を支配するに至った。こんな三位一体脳説は完全に間違っている。そうではなく、脳は、たったひとつの巨大で柔軟な構造へと結合された1280億のニューロンからなるネットワークなのだ。
1280億のニューロンは、発火することで、日夜、継続的に連絡をとりあっている
ニューロンが発火すると、電気シグナルが幹を伝って根の部分に達する。シグナルを受けとった根の部分は、シナプスと呼ばれるニューロンとニューロンの隙間に科学物質を分泌する。分泌された化学物質は隙間を渡り、相手ニューロンの灌木の枝のような先端に取りつく。すると、受け手のニューロンが発火し、それによってニューロンからニューロンへと情報が伝達される。
脳のネットワークは、常にオンの状態にある。すべてのニューロンが、その支配を通じて常に会話している。脳のネットワークは、固定されておらず、常に変化している。めまぐるしく変化している部位もある。脳の配線は、ニューロン間の局所的な結合を補完する化学物質に浸されている。
人間の新生児は、いわば建設中の脳をもって生まれてくる。25年くらいかけて主な配線を完了するまで、人間の脳が成人段階の完全な構造や機能をもつことはない。
いかなる人間の性質についても、遺伝子か環境かのどちらか一方に原因を求めることはできない。どちらも非常に深くからみあっているため、生まれや育ちのような言葉で区別しても無益だ。
育児の要諦(ようてい)のひとつは、介入すべきとき、すべきでないときの見きわめにある。乳児の脳は、食料と水さえ与えておけば正常に発達するというものではない。アイコンタクトや言葉そして肌の触れあいを通じて、社会的ニーズを満たしてやる必要がある。
長期にわたる慢性ストレスは脳に損傷を与えうる。侮辱や脅しを受けている人は病気にかかりやすくなる。言葉は脳に物質的な損傷を与えうる。ストレスは実際に人を太らせる。
神経系の最良の味方は、他者であり、最悪の敵も他者だ。
人間の大脳皮質の配線は圧縮を、圧縮は感覚結合を、感覚結合は抽象を可能にする。抽象は、高度に複雑化した人間の脳が、物理的な形態にもとづくのではなく、機能にもとづいた柔軟な予測を発することを可能にする。これが創造性だ。
人は、コミュニケーション、協力、模倣を通じて予測を共有することが可能なのだ。
脳のはたらきについて、さらに一歩、認識を深めることができました。
(2021年6月刊。税込1980円)

スペース・コロニー、宇宙で暮らす方法

カテゴリー:宇宙

(霧山昴)
著者 向井 千秋 、 出版 講談社ブルーバックス新書
臆病者を自認する私にとって、宇宙で暮らすなんて、考えられもしません。実のところ飛行機だって乗るのが本当は怖いのですから…。
人間が初めて宇宙空間に飛び出したのは1961年4月12日。ソ連のガガーリン少佐だ。人口衛星スプートニク1号が打ち上げられたのは、それより3年半前の1957年10月4日だった。いやあ、これって超々スピードですね。なんだかんだ言っても、宇宙ではアメリカよりもソ連、今のロシアのほうがすすんでいますよね、なぜなんでしょうか…。
まあ、それでもアメリカのスペースシャトルは、地上と宇宙とを39回も往来したとのこと。これはすばらしい。ただ、このスペースシャトルは2011年7月に運用を終了しています。
いま、国際宇宙ステーション(ISS)は、1998年の組み立て開始から、すでに23年間も地球の上空を周回しているとのこと。これまた、すごいです。
宇宙空間に人間が生存するためのもっとも重要な基盤技術は、メンテナンスフリーで長時間使える電力供給システムをつくること。そこでは、宇宙線にさらされる宇宙空間でも耐久性をもつ放射線耐久性に優れた材料による高効率かつ高出力の太陽電池などが考えられている。
人間が宇宙に行くと、骨にふくまれるカルシウム量が減少する。宇宙放射線による人体への影響は無視できない。
宇宙に滞在する宇宙飛行士は、顔と頭に膨満感を感じる。無重力では、血液が下半身に集まらなくなり、反対に上半身の血流が増加する。放っておくと心臓のサイズが小さくなり、機能も低下する。なので、宇宙飛行士について、適切な栄養管理(食事指導)と最適化された運動方法を組みあわせる。
宇宙ステーション内では、意外にも細菌や真菌などの微生物が地上より活発に増殖する。
宇宙飛行士が宇宙空間で船外活動をするとき、宇宙服は通常0.4気圧に減圧する。
ISSの中で、食糧も水も、そしてエネルギーまでもが再生できるというのは驚くばかりです。でも、私は、こんな密閉空間に閉じ込められるなんて、想像すらできません、嫌です。逃げ出したいです。ですから、宇宙空間に出るのが好きで、かつタフな人にまかせて、話を聞くことにします。
(2021年5月刊。税込1100円)

日本語とにらめっこ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 モハメド・オマル・アブディン 、 出版 白水社
アフリカのスーダンからやってきた全盲の青年が、どうやって日本語を身につけたのかが改めてインタビュー形式で語られた本です。著者の本は、前に『わが盲想』(ポプラ社)を読んで大変面白く、このコーナーでも紹介しました。
日本で暮らしているということは、お笑いの文化の中で生きているようなもの。異文化に触れたとき、自分と違う文化に出会ったときは、全部それが何かおかしく感じてしまう。日本人にとっては何でもないことが、笑いの対象になってしまう。まず自分の中で笑い、それを言葉にして表現する。最初に書くときは、読者を想定しないで書く。
日本の論文は読みにくい。それは、結論が最後に来るから。結論を初めにもって来ると、すごく分かりやすくなる。この先、いったいどこに連れていかれるか分からないというのは困る。
スーダンには、コーランを教える伝統的な寺子屋みたいなところがある。ハルワという。ここではコーランを暗誦するだけでなく、読み書きも仕込まれる。6歳までにアラビア語がうまくなるのは、ハルワでコーランを覚えるのと同時に、アラビア語を正しく書くことも訓練していたから。コーランだけでなく、古い詩などでも暗誦したりしていたので、アラビア語がとてもうまくなる。
著者は夏目漱石の『坊ちゃん』、『三四郎』などの読み聞かせをしてもらって、漱石の偉大さを体得したようです。
漱石には文体の力がある。漱石は、歴史的背景を知らなくても楽しめるところがすばらしい。
スーダンでの著者は、19歳まで、教科書以外の本は5冊も読んでいない。盲目の子にとって図書館が近寄りがたい存在だった。
著者は書きはじめるまでに相当の時間がかかる。ただ、書きだしたら、一気に書きあげる。メモはとらないで、頭の中で考える。
変な野望があると、いいものは書けない。うまい日本語をつかって書こうと思ってもダメ。自分の中から湧いて出てくるものを書くとよい。そのとき、難しい言葉は使わない。分かりやすい言葉で分かりやすく書く。
著者の書いた文章は、日本語の表現が魅力的。書き言葉の中に話し言葉を入れこむ特徴、功名な緩急、歯切れの良さ。つっこみに関西弁や得意のおやじギャグが入ったり…。
東京外国語大学に入り、大学院に進学しているうちに『わが盲想』を書き(2013年)、国際学の客員教授としても活躍しました。
アフリカ・スーダンからやってきた全盲の青年が日本社会に溶け込むとき、どんなに苦労するかが詳しく語られていて、大変勉強になりました。今後のさらなる健勝とご活躍を心より祈念します。
(2021年4月刊。税込2200円)

スニーカーの文化史

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ニコラス・スミス 、 出版 フィルムアート社
スニーカーといえばナイキでしょうか…。私は持っていません。買うのに行列をつくったり、ネット上でいろいろ転売されたりして話題をよんでいることを見聞するくらいです。
マイケル・ジョーダンをナイキが起用したのは大きな賭けでしたが、それが見事にあたった、というか、あたりすぎだったようです。
この本は、スニーカーを生み出す苦労話から始まります。つまり、天然ゴムだと熱いと溶けてしまうし、寒いとコチコチに固まってしまって、使いものになりません。そこで大変な苦労をした人がいたというわけです。チャールズ・グッドイヤーです。
ゴムは耐水性はあるが、致命的な欠点をかかえている。高温下だと溶けるし、低温下だと脆(もろ)くなってしまう。
グッドイヤーは、5回も6回も債務超過となり、債務者刑務所に入れられた。1830年代のアメリカは破産すると刑務所に入れられたのでした。
1844年、ついにグッドイヤーは特許を認められた。ゴムに硫黄、鉛白を混合させて加熱するのだ。ただし、グッドイヤー一族がその後も繁栄したのではなく、別の企業が「グッドイヤー」というブランド名を使った。
スニーカーは、英語の忍び歩く(スニーク)に由来する。
短距離ランナーのはく靴が注目されたのは、1936年のドイツでのオリンピックのとき。ヒトラー支配下のオリンピックで、黒人のランナーが4個もの金メダルを獲得したことが大きい。
兄弟がケンカ別れして、アディダスとプーマというシューズのブランドが誕生した。
アメリカでバスケットボールが盛んになったのは、主としてスペース上の理由だ。地域の公園の一角にバスケットボール用のコートができて、プレーに必要な人数や用具も少なくてすむ。
1970年代に、ジョギング、テニス、バスケットボールが爆発的に人気を集め、さらに1980年4月、ニューヨークで地下鉄やバスがストライキでストップしたとき、大勢の市民がスニーカーをはいて、通勤した。
ナイキがジョーダンに的をしぼってアタックしたとき、ジョーダンはアディダスを好んでいたし、とくに乗り気ではなかった。しかし、ジョーダンの両親がナイキとの契約に必死だった。
エア・ジョーダンは1985年4月に発売された。1ヶ月もせずに50万足、売り上げは1億ドルをこえた。大ヒットだった。ジョーダンとナイキは、私だって知ってるくらいですからね…。すごいですよね。ところが、このエア・ジョーダンをめぐって殺人事件が起きてしまったり、とんだ社会現まで引き起こしたのです。
さらに、ナイキの靴が、インドネシアなどの労働搾取工場でつくられていることが暴露されて、大問題になりました。
スニーカー愛好家のことをスニーカーヘッズと呼ぶそうです。インターネットで高値で売買されているのです。
アメリカの副大統領になった黒人女性カマラ・ハリスが公式の場で、黒のチャックテイラー(スニーカー)をはいているのが注目を集めました。今やスニーカーは活動的な女性のシンボルでもあるのですね。
ゴム底の靴は、まだ百数十年の歴史しかないのに、今の社会では必須不可欠のものになっていますよね。自分の足元を見るのにぴったりの本でした。
(2021年4月刊。税込2200円)

武士論

カテゴリー:日本史(中世)

(霧山昴)
著者 五味 文彦 、 出版 講談社選書メチェ
武士たちの500年の通史です。サブ・タイトルは古代中世史から見直す、となっています。本格的な武士論だと思いました。
古代において、武士とは朝廷に武芸を奉仕する下級武官で、文人と対をなす諸道の一つ、とされた。中世でも、朝廷に武をもって使える者とされているが、乱れた世を平らげる存在ともされている。
10世紀、平将門の乱のころ、合戦の場では、合戦を始める旨の文書をかわし、矢を射る。基本は弓矢の合戦だった。弓箭(きゅうせん)の道に秀(すぐ)れていることが「一人当千」の武士だった。
11世紀(1019年)、女真族の刀伊が壱岐を襲撃したあと、志摩郡船津に上陸し、さらには肥前国松浦郡を襲った。これを大宰権帥(だざいのごんのそち)藤原隆家が武士を派遣して撃退した。元寇の前にも外国軍が侵入しようとしたことがあったんですね…。
平安時代の末、白河院は、源氏・平氏の武士たちとのあいだに主従関係を形成し、御所や京都を守護させた。そのなかで抬頭してきたのが平氏だった。平清盛は12歳の若さで、佐兵衛佐(さひょうえのすけ)に任じられた。そして、その父・平忠盛は山陽・南海道の海賊追討を院宣で命じられ、西国に勢力を拡大し、西国に確固たる基盤を築いた。そして、忠盛は昇殿を認められ、内の殿上人になった。格は高く、平氏は武家として待遇された。
保元の乱(1156年)で、後白河天皇の側が勝利したので、信西は天皇を全面に立てて政治をすすめた。このとき死刑を復活させた。武士の習いである私的制裁を公的に取り入れたということ。
平治の乱(1159年)のころ、平清盛は、太宰大弐になって日宗貿易に深く関わっていた。そして、平氏側が圧勝して、知行国もふえて、経済的にも抜きんでた存在となった。
ところが、平清盛には、新たな政治方針がなく、大量の知行国を手にして福原に戻った。ただ、院を鳥羽殿に幽閉した影響は大きかった。それまでの武士は院の命令で動いていたし、実力で治天の君を代えることはなかった。これを契機として、武士が積極的に政治に介入する道が開かれ、武力を行使して反乱をおこすことが可能になった。
源頼朝の伊豆挙兵(1180年)のとき、朝廷や平氏が特別な政策を打ち出していないなか、頼朝は徳政政策をかかげて、諸勢力を糾合していった。
少し時代を飛ばして鎌倉末期・室町時代の初期のころ。バサラ大名が出現した。その典型が佐々木道誉(どうよ)。茶や能、連歌、花、香など、この時代のあらゆる領域の芸能に深く関わった。
この本でたくさんのことを学びましたが、最後に二つ。その一つは、鎌倉時代の武士が諸外国の軍人と大きく異なるのは、文化的教養が備わるようになったこと。和歌(あとでは連歌)や「けまり」を身につけていた。もう一つは、訴訟がとても多かったこと。著者は「訴訟が雲霞(うんが)のごとく鎌倉にもたらされた」としています。鎌倉幕府も室町幕府も、訴訟の取り扱いには頭を悩ませ、慎重にすすめていたようです。ここにも、日本人が昔から訴訟が好きだったこと、「日本人は昔から裁判嫌い」だというのが真っ赤なウソだったことがよく分かります。
「葉隠れ」が武士道だなんて、とんでもないことを詳細に裏づけている本でもあると思いました。
(2021年6月刊。税込2090円)

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