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少数株主

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 牛島 信 、 出版 幻冬舎文庫
東京で企業法務の弁護士として活躍している著者は、司法にからめた企業小説の書き手でもあります。先日、顔写真つきで大きなインタビュー記事がのっていましたが、なんと私と同じ団塊世代(私のほうが1歳だけ年長)です。
今回の本も、企業法務は扱っていない私にとっても大変勉強になりました。
資産のある会社、老齢になり始めたオーナー夫妻、その離婚、夫の側の不貞行為、夫の隠し子、密かにしかし公式につくられた信託財産、会社の未来、会社のステークホルダー…。こんなケースこそ弁護士としての腕の振るい甲斐がある。なるほど、うん、そうですね…。
今回の舞台は非上場会社の少数株主の扱い。少数派のもっている株は、配当還元といって、配当金が年にいくらかで値段が決まるのがふつう。ところで、非上場会社の株は、会社の承認がないと買うことができない。
それで、最近、法改正によって、少数株主は、自分の株式を会社に買取請求できることになったようです。買ってもらえるとして、問題は、その値段。
非上場会社の少数株主に矛盾とそのしわ寄せが集中している。フェアな扱いを受けていない。もっと払える配当、高値で買い戻せる株、もっと投資にまわせる内部留保、放置されたまま眠り続けている土地の含み益…。
勝率を誇る弁護士を軽蔑する。むずかしい事件をやらず、勝てそうな事件だけをやれば勝率は上がる。でも、それは、18歳になって、中学校の入試問題だけを解いているようなものだ。
対象となった非上場会社については、将来の収益力(DCF)と純資産評価を50対50の割合で足しあわせるべきだ。すると帳簿価格として算定した金額の3倍以上になった。それを前提として少数株主権を会社に買い取ってもらう。裁判所を介入させたら、それが可能になる。
弁護士は不思議な職業だ。超高級ナイフのような切れ味でしゃべりまくったところで、滝の水が勢いよく流れ落ちるように、とうとうと論理を展開してみせたところで、話している中身が信用できると相手が受けとってくれるとは限らない。弁護士にとって相手を煙に巻くのは仕事の一部にすぎない。かえって反発を買うことも多い。才気走ったところを見せるのは不興を買うだけになりかねない。
著者は、代理人業が気に入って、何十年も弁護士をしているとのこと。依頼者へは真っ当な法的サービスを提供する。もし依頼者自身が弁護士だったら実現したいだろうことすべてを代って行う。なーるほど、ですね。でも、なかなか出来ません。
社外取締役によるチェックは限界がある。企業のトップと会計責任者とが組んで経理処理をしたら、社外取締役なんて知るよしもない。そして、それを防ぐ手立てはない。そのとおりです。
いやあ、難しい内容をよくぞここまで分かりやすく解説したものだと思いました。
(2021年5月刊。税込963円)

屠畜のお仕事

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 栃木 裕 、 出版 解放出版社
世の中には採食主義者の人も少なくありませんが、私はほとんど毎日、牛肉か豚肉、あるいは鶏肉を食べています。もちろん、年齢(とし)とともに、野菜を食べる量をふやしています。昨晩だって、大好きなギョーザを山盛り食べてしまいました。
その牛肉や豚肉をつくり出しているのが食肉市場に併設されている「屠場(とじょう)」です。著者は、この屠場で長く働いていました。この本は、屠場の仕事の実際を紹介しつつ、肉食の歴史も解説していて、大変勉強になりました。
著者は、食肉動物を「殺す」という言葉から逃げてはいけないと強調しています。「命をいただく」という言葉にいいかえるのは、差別に負けているようで、大嫌いだというのです。「生命をいただく」というとき、素材への感謝もさることながら、それをつくった人たちへの感謝を忘れてはいけないはずだと主張します。その理由は、屠場で働く作業員の実情、その苦労と工夫を具体的に知ると、なるほどと思わされます。
豚も牛も屠場へ運ばれてすぐに屠畜するのではない。前日に到着して、一日は水を与えてゆっくり休ませてからでないと、肉質が落ちるのです。
豚は殺す前に炭酸ガスの充満した麻酔室で昏睡(こんすい)状態にする。ただし、日本の多くの屠場では電気ショックによる麻酔が多い。
牛の場合には、眉間に屠畜銃をあてて撃って気絶させる。
豚の放血から胸割りまでは、清掃をふくめて1頭20秒というスピードで処理する。
食べる豚足は、ほとんどが前足。うしろ足より肉づきが良いから。うしろ足はスープのダシに使う。
豚のお腹を切り開いて、内臓を取り出すまで5~8秒で終わらせる。
いやはや、あっという間の作業なんですね。そのため、心と気力を集力させる必要があります。
一頭の豚をガス麻酔のゴンドラに入れてから、枝肉を洗浄するまで30分間しかかからない。
とてつもない早技です。このとき集中力に欠けると、ケガもします。
豚も牛も、一刻も早く血抜きする必要がある。そのためには心臓のポンプ力を活かす。
「肉まん」と「豚まん」の違いを知りました。関西で「肉」といえば牛肉のことなので、豚肉をつかうときには、「豚」とわざわざ言う必要がある。
ホルモンとは、内臓肉のこと。ホルモンは「放るもん」から来ているという人がいるが、著者は、スタミナのつく料理という意味で、ホルモンと言ったと主張しています。なーるほど、と思いました。
豚は、沖縄のアグー豚や、鹿児島のバークシャー豚を除いて、ほとんど「三元豚」。これは3種の豚のかけあわせでつくられた雑種のこと。
オスの子豚は去勢する。そうしないとオス豚特有の臭いがして、豚肉としての価値が下がってしまう。
牛はメスのほうが肉質がきめ細かくやわらかいので、値段が高い。
牛のエサは、穀物と牧草。牧草だけ与えていると、日本人の好む霜降り肉はできない。そして、アメリカ産のトウモロコシをたくさん与えて脂肪分をつくり出す。
著者は、日本人は昔から肉食していたと主張しています。これまた、なるほど、そうだろうなと私も思います。
牛肉や豚肉を毎日のようにおいしくいただいている身としては、その製造現場の様子知るのは、とても興味と関心がありました。そこでプロとして従事していた著者による解説なので、よくよく理解することができました。肉食派のあなたに一読をおすすめします。
(2021年4月刊。税込1760円)

米軍からみた沖縄特攻作戦

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 ロビン・リエリー 、 出版 並木書房
1945年4月、アメリカ軍は大々的な沖縄侵攻を開始した。これに対して、日本軍はカミカゼ特攻隊で対抗。その無謀な特攻作戦を主としてアメリカ軍側の記録によって再現した本です。
日本軍の特攻機によるカミカゼ体当たりに効果がまったくなかったわけではありません。
でも、アメリカ軍は日本軍の暗号を全部解読していましたので、日本軍の奇襲作戦が成功するはずもありません。
そして、日本軍の飛行機は「ゼロ機」(零戦)もふくめて防御板は薄く、パイロットは未熟者ばかり(ベテランはすでに墜落されていて、熟練パイロットを養成する時間もなかった)。
アメリカ軍は沖縄侵攻にあたって、レーダー・ピケット艦艇(RP艦艇)を配置した。日本軍は、結局、このRP艦艇に特攻機を差し向けて、体当たりさせることになった。
その結果、アメリカのRP艦艇のうち沈没、損害を受けたのは29%に達した。
そしてアメリカ軍の戦闘機パイロットは、日本軍機との戦闘で勝っても、RP艦艇から誤射される危険があった。ベトナム戦争でも、アメリカ軍は友軍誤射で、相当の被害者を出していましたよね…。
アメリカ軍の誤射による被害というのは、アメリカの艦艇の兵士たちの過労と神経衰弱によるものが大きかった。なにしろ休養がとれず、眠れないので疲労困憊になっていたから。ストレスで、神経がすりきれてしまっていた。
日本の特攻機は、レーダー探知を避けるため、しばしば海面上を低高度で飛来した。
日本の特攻機のパイロットたちは、練度が低かった。最小限の飛行訓練しか受けていなかった。
アメリカ軍のグラマンF6Fヘルキャットは、ゼロ戦より速く、運動性が良かったので、「手強い相手」だった。ヘルキャットのパイロットは、ゼロ戦と遭遇したら、格闘戦を避けて、速度と火力を最大限に活用するように指示されていた。
アメリカ軍のパイロットたちは、日本軍パイロットの練度の低さもあって、次々に「面白い」ように撃墜していった。これを「七面鳥狩り」と称していた。
いやはや、特攻攻撃を命じられていった前途有為の日本の若者たちがあっけなく戦死させられていったのです。本当に残念ですし、本人たちも悔しかっただろうと思います。
レーダーのない日本軍機は、悪天候によって作戦開始ができなかった。なので、アメリカ軍兵士のほうは、悪天候になると喜んだ。
無謀な特攻・体当たり作戦を若いパイロットたちにおしつけた参謀以上の軍トップの責任は、とてつもなく大きく重いはずですが…。単純に特攻作戦を美化するなんて、許せません。
(2021年9月刊。税込2970円)

ちえもん

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 松尾 清貴 、 出版 小学館
この本の始まりと終わりはオランダ交易船の沈没、そしてその引き上げです。ときは1798(寛政10)年11月から翌年2月のこと。つまり、松平定信の寛政の改革のころの話です。
長崎・出島のオランダ商館を拠点とするオランダとの交易は、ひそかに密貿易(抜け荷)も横行していたようです。しかも、幕府の禁止をかいくぐって藩当局の黙認のもとに…。もちろん、見つかれば処刑されます。実際にも、見せしめのために処刑された商人や通詞(通訳)がいたようです。
オランダ交易船は、全長42メートル、幅11メートル、総積載高1万石、鋼鉄張り、大帆柱3本の巨大な船。海中に沈没してしまっているのではなく、座礁している。このオランダ交易船を地元の香焼(こうやぎ)島の島民とともに、引き上げる。その先頭に立ったのが山口県徳山湾に面した漁村で育った漁民だった。
村の青年は若衆宿に属する。そして、夜這いをかける。寝ている娘の枕元に忍び寄る。娘に誰何(すいか)され、拒絶されると、夜這いは中止。男は黙って帰り、その夜のことを忘れなければならない。それが宿の掟だ。強姦者は若衆宿からも村からも制裁を受け、ろくな人生を送れない。死ぬまで負の烙印を押される恐怖から、どんな乱暴者も夜這いの作法だけはかたくなに遵守した。
若衆組は、下から順に小若勢(わかぜ)、並若勢、大若勢、年寄若勢と格付けされ、年次ごとに昇進する。新入りの指導は並若勢の役目だ。新入りは小若勢ですらない。宿の上下関係は絶対で、年次の差は埋まらない。
官途成(かんとなり)。名を改めるとき、特別な儀式が催された。官途名、大夫、兵衛、左衛門、右衛門など昔は武家が名乗った官名を百姓が名乗る。それ自体は珍しいことではないが、それへの改名は段取りを踏まなければならない。神職から名を授かるのに、相応の寄進が求められた。なので、官途成ができるのは有力百姓に限られ、そして、たいては跡取り息子だけだった。
瀬戸内は廻船の通り道。北陸や山陰などの日本海側から出発した船は、赤間関(今の下関)を超えて瀬戸内に入り、さらに大坂へ出て太平洋沿岸を経由して江戸に向かった。西廻り航路と呼ばれる開運物流の主流の一つだった。
瀬戸内には、米を大坂や江戸に運ぶ米廻船だけでなく、木綿・油・しょう油などの日用品を運ぶ菱垣(ひがき)廻船や、上方の酒を諸国へ下らせる樽(たる)廻船も頻繁に往来した。
そして、これらの回船は、江戸、大坂の問屋どうしが組合仲間をつくり、扱う商品によって棲み分けした。
沈没して海中の泥に半ば埋まっているオランダ交易船の周囲に、幅2間(3.6メートル)の筏(いかだ)2組を並べた。大きな足場となる。この巨大筏を固定するための支柱を22本も用意した。また、筏の上に、50石、60石積みの漁船70艘を筏の上に引き上げ、網で結んだ。こうやって沈船の引き揚げについに成功したというわけです。
私には技術的に理解するのが困難ではありましたが、その大変な苦労は雰囲気として理解できました。
(2020年9月刊。税込2090円)

妻を帽子とまちがえた男

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 オリヴァー・サックス 、 出版 早川書房
人間とは、いかなる存在なのか、この本を読んで改めて考えさせられました。
大統領の演説を聞いていた失語症患者の病棟で、どっと笑い声が起きた…。失語症の患者は知能が高く、自然に話しかけられたら言われたことの大半は理解している。
失語症患者は言葉を理解できないので、言葉でだまされることはない。しかし、理解できることは確実に把握する。言葉の表情をつかむのだ。言葉の表情を感じとる。なので、嘘をついても見やぶってしまう。人間の声のあらゆる表情、すなわち調子、リズム、拍子、音楽性、微妙な抑揚、音調の変化、イントネーションを聞き分ける。なので、大統領の演説がけばけばしく、グロテスクで、饒舌(じょうぜつ)やいかさま、不誠実なことを見抜き、大統領の演説を笑った。
同じく、音感失認症の女性も大統領の演説に感動できなかった。説得力がない。文章がだめ。言葉づかいも不適当だし、頭がおかしいか、何か隠しごとがある…。
「健常者」は、心のどこかに騙されたいという気持ちがあるため、見事にだまされたが、失語症や音感失認症の人にはそれがなく、笑ってしまったり、感動させることができなかった。
いやあ、アベやスガの話を聞いてもらいたいですね。そして、その反応を知りたいものです。
固有感覚というものがあるそうです。初めて知りました。
からだの感覚は、三つのもので成り立っている。視覚、平衡器官そして固有感覚。通常は、この三つすべては協調して機能している。固有感覚というのは、からだのなかの目みたいなもので、からだが自分を見つめる道具。固有感覚を喪失すると、からだは感じられる実体ではなくなり、本人にとっては「失われて」しまう。たとえば、からだを動かすときには、まずからだの各部分をしっかりと見つめて、どうなっているのか目でたしかめなければならなかった。
この本は1985年に出版されたものです。それでも決して内容が古くなってしまった、今では通用しないというものではありません。いわば良き古典ですね…。
(2019年7月刊。税込968円)

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