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文化人類学入門

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 奥野 克己 、 出版 辰巳出版
 1962年生まれで、立教大学教授による文化人類学入門書です。
 実のところ、まったく期待せずに読みはじめたのです。文化人類学って何…、なんて言われても、さっぱり見当もつきません。
 冒頭あたりで、目について面白いと思ったのは…。女性は他集団に送り出さなくてはいけないので、自集団内の女性とは性交渉してはならない。自集団の女性たちとは、自分の姉や妹などの、近親の女性たちのこと。近親相姦の禁止、つまりインセスト・タブーによって、女性を自集団の外へと送り出し、女性の交換が行われるように仕向けている。インセンスト・タブーの原理こそが、人類社会を成立させている。
 この本で面白いのは、地球上、各地で、SEXをめぐる考え方が、こんなにも違うのかと、あきれてしまうほどです。でも、その内容は、ここでは紹介しません。本書を読んでください。
 著者はマレーシア領のボルネオ島(サラワク州)に住む狩猟・採集民7千人のプナンとともに生活(フィールドワーク)して一冊の本にまとめている。2006年から2019年まで、夏と春の毎年2回、プナンの地へ出向いた。もちろん、通訳なしで、本人がプナン語を勉強して話せるようになっています。すごいですよね。通算して600日以上も滞在したというのです。
 プナンの人々は、もらった贈り物をひとり占めすることがない。しかし、それは生来のものではなく、親が子に教えた結果。プナンの人々は、贈り物をもらっても「ありがとう」とは、決して言わない。そもそも、そんなコトバがない。では、何と言うか…。それは、「よい心がけ」の一言。狩猟民であるプナンの人々は、狩猟に参加したメンバー間の平等・均等な分配に執拗なまでにこだわる。プナンの社会では、与えられたものを、すぐに他人に分け与えることを一番頻繁に実践する人が、もっとも尊敬される。なので、その人は誰よりも質素で、みずぼらしい格好をしている。だからこそ、周囲の人から尊敬を集める。
 したがって、プナンの投票原理は、明らか。一番たくさんの現金をくれた候補者に投票する。果たして、そんなことで、いいのでしょうか…。
 プナンの人々は、時間間隔が非常にうすい。相対的な時間の感覚しかなく、絶対的な時間の感覚があまりない。
 バリ島では、人がなくなると、まず土葬する。次に白骨化した遺体を洗骨する。そして、人間の形に並べ直して、白骨化した遺体を今度は火葬する。バリ島の現地の人々は海で泳げない。海は死者とつながっていると考えるからです。
 著者は大学生のとき、メキシコに1ヶ月も滞在、バングラデシュの僧院では、頭を丸め、得度式をして、黄色い袈裟(けさ)をもらい、仏教名を授けられ、仏教の修業をしました。朝、托鉢に出て、昼から経典を読む生活を1ヶ月も続けたというのです。なんとも、すごーい。すごすぎます。
 『地球の歩き方』は、ひところの私の愛読書でもありました。
 この本で一番面白いのは、著者の若かりし頃の世界放浪記です。若さと語学力があったのですね…。うらやましい限りです。
(2022年6月刊。税込1760円)

玉城デニーの青春

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 藤井 誠二 、 出版 光文社
 「オール沖縄」候補が那覇市長選挙において大差で自公のアメリカ軍基地増設容認候補に敗北したのはショックでした。何より市長選の投票率が50%に達しないというのが残念です。
 なんだか、どっちもどっちだな。そんなら、わざわざ投票所に足を運ぶこともないんやな…。
 有権者の半分も投票所に行かないなんて、日本はそれだけで異常な国だと思います。よその国は、投票に行きたくても行けなかったり、監視つきでしか投票できなかったりしているのに、日本国民は、あまりに怠慢です。まさしく惰眠をむさぼっています。そのツケはすでに来ていて支払わされているのに、そのことに気がつかずに、毎日、オレ(ワタシ)は忙しいんだし(忙しいのよ)、なんてウソぶいているのです。本当に残念です。
 でも、私は絶望してはいません。やれば、たたかえば出来ることを、この本の主人公が示してくれているからです。玉城デニーが沖縄県知事選挙で当選したことは万鈞の重みがあります。このとき、自由と民主主義を求め愛好する人々の良心が勝ったのです。
 その沖縄県知事の青春を振り返った本です。ああ、そういう人だったのか、それで沖縄の厳しい選挙選を勝ち抜くことができたのか、よく分かりました。
 何よりも人柄がいい。強さと明るさには頭が上がらない。
 沖縄は日本の中で差別され、沖縄の中でハーフは差別され、そのねじれの間を生き抜いてきて、差別がトラウマになって脱しきれない人がたくさんいるなかで、デニーはそうではない。デニーという名前はいじめられる。
デニーの父親は沖縄に来ていたアメリカ海兵隊員。でも今、どこで何をしている人なのかは明らかにされていない。玉城デニーも、父親の素性には触れない。
 「十人十色で10本の指のかたちも長さも違うのだから、気にする必要なんかない。容姿は皮一枚なんだよ。皮を脱いだら、みんな赤い血が流れていて、同じなんだよ」
 これは玉城デニーに母親が言ったコトバ。すごいですね、まったくそのとおりですよね。
 玉城デニーは、高校生のときにロックバンドを結成し、素人グループながら、米軍基地内でも演奏していたそうです。デニーは、ボーカル。ロックバンドの名前は、「ウィザード」。魔法使いですかね…。
 デニーは強い。母ひとり、子ひとりで、ハーフとして差別もされて、それが強さになっている。東京で生活して、苦労して、沖縄に戻ってきた。そして、誘われて音楽をやるようになった。
 ハーフであり、見かけで差別されたこともあったのに、よくぞいい性格のままで大人になれたものだ。そういう扱いを受けたからこそ、反発として性格の良さが磨かれたのかもしれない。
 そうかもしれない、きっとそうだろう。私もそう思います。弁護士になって、いろんな人と出会い、苦労したことが必ずしも人格を円満にするとは限らないという人を嫌になるほど見てきました。トゲトゲしさばかり、他人(ひと)を見下してばかりの「苦労人」がいます。そして、まともなことを言って、少しでも政権にタテつくと、「アカ」というレッテルを貼りつけて切り捨てるのです。その心の狭さに私は何度も呆れてしまいました。
玉城デニーには、2人の母がいる。産みの親(玉城ヨシ)は「おふくろ」で、育ての母(知花カツ)は「おっかあ」と呼んだ。この二人は、とても仲が良かったので、産みの親が育ての母にデニーをまかせたのだった。子どもって、愛情たっぷりに育てたら、産みの親かどうかは関係ないんですよね…。
沖縄の現実の一つを知ることのできる貴重な本だと思いました。
(2022年8月刊。税込1760円)

迫りくる核戦争の危機と私たち

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 大久保 賢一 、 出版 あけび書房
 2月に始まったロシアによるウクライナ侵略戦争は、いつ終わるか不明のまま、越年しそうで心配です。このロシアの戦争を前にして、日本も核兵器で武装すべきだとか、アメリカと「核」を共有すべきだとか声高に叫ぶ人々がいます。
 日本が核を持ったら、日本の平和が守れるなんて、ちょっと真面目に考えたら、ありえないことがよく分かるのではないでしょうか。なにしろ、日本は、日本海に面して、たくさんの原子力発電所をもっていますから、そこに通常兵器のミサイルを打ち込まれたら日本はおしまいなのです。
 3.11の福島第一原発は地震による津波被害という自然現象でした。それでも大変な苦労をしているというのに、ミサイルで攻撃された原子力発電所は膨大な放射能を出し続け、もう誰にもそれを止めることができません。
 世界には原子力発電所が434基もあるとのこと。つまり、地球規模で考えて、人類は核戦争を始めてしまったら、この地球上どこにも住むところがないことになるのです。まさしく、「核の冬」は人類を絶滅させます。
 この本の著者は、一貫して核兵器を直ちになくせと主張し、行動してきました。まったくそのとおりです。
 今ひとつの危険は事故によって核戦争が始まりかねないということです。現に、これまで、何回となく核戦争が起きそうになりました。それはあの悪名高い「キューバ危機」だけでなく、本当の事故です。人為的ミスがどうかは別として、核攻撃を告げるアナウンスが間違ってされたことは現に何度もあります。人間がやっていることですから、どうしても間違いは起こりえます。それを防ぐことはできません。これまで、たまたま重大な事故にならなかっただけなのです。
 ロシアの保有核弾頭は4630基で、そのうち1625基が実戦配備されている。
 ロシアは1キロトンの小型核兵器を2000発保有している。それを前提として、ロシアのプーチン大統領は核兵器をつかうぞと威嚇しているのです。本当に怖いです。
 「平和を望むなら、戦争に備えよ」
 「平和を望むなら、核兵器に依存せよ」
 世界には1万2千発の核弾頭があり、その運搬手段は高速化し、精緻化している。
 ところが、日本政府は相変わらずアメリカの「核の傘」に依存し続けていて、核兵器禁止条約に反対している。アメリカの核抑止力を損なうことになるからというのが理由。おかしな理屈です。
 核兵器は、戦闘のための手段ではない。相手方の力を弱めるための、相手方の敵意をそぐための「国際政治の道具」なのだ。これが核抑止論者の考え方。
 しかし、すでに核抑止論は破綻している。ウクライナはプーチンの核使用の威嚇にもかかわらず、戦闘を続けている。
 核による脅しは、現実には核軍拡競争を激しくしただけ。このように、核兵器によって平和と安全を確保しようとする核抑止論は、理論的に破綻しているというだけではなく、現実的にもその効用が証明されているものでもない。
 地球上に核兵器がもっとも多かったのは1986(昭和61)年で、7万発あった。それが、今では1万3千発に減っている。
 原資爆弾はまさしく「悪魔の兵器」なので、なくすしかない。まったくそのとおりです。
 今、多くの日本国民が物価高に苦しみ、年金の切り下げ、賃金の低下と不安定雇用で先行き不安をかかえているのに、軍事予算の増大に半分以上が賛成しています。先日のJアラート効果は抜群でした。日本政府が苦しい状況に置かれると、そのタイミングで都合よく北朝鮮がミサイルを打ち上げる。このタイミングの良さから、北京で日本政府が内閣官房機密費を原資として「賄賂」を提供しているという噂が消えません。いやあ、先日のJアラート効果は絶大でした…。政府の世論誘導に国民がすっかり乗せられています。
 いま、大いに読まれてほしい一冊です。著者の論文集、講演録を一冊の本にしていますので、重複が多いのが少し残念でした。著者より贈呈を受けました。ありがとうございます。ますますの健筆を祈念します。
(2022年11月刊。税込2420円)

パンダ「浜家」のファミリーヒストリー

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 NHK取材班 、 出版 東京書籍
 日本にパンダがいるのは、東京の上野動物園、神戸の王子動物園、そして和歌山・白浜のアドベンチャーワールドの3園だけ。
 40年以上も前に子どもを連れて上野動物園にパンダを見に行ったときは、昼間なのでお目あてのパンダは寝ていましたので、よく見ることができませんでした。神戸には行ったことがありませんが、白浜のアドベンチャーワールドにはすぐ目の前でパンダがゆったり歩き、竹を食べていましたので、それこそ大興奮しました。
 アドベンチャーワールドには2回行きましたが、パンダをじっくり見たいなら、やっぱりここです。白浜温泉に1泊して、ゆっくりパンダを眺めると、ストレス発散まちがいありません。
 「浜家」のパンダファミリーとは、中国と提携しているアドベンチャーワールドでオスのパンダ「永明(えいめい)」が次々に子をもうけ、なんと16頭ものパンダの父親となったことによります。その子どもたちは、白浜で生まれたので、みな名前に「浜」がついています。それで、永明につながるパンダを「浜家(はまけ)」のパンダと呼んでいるのです。
 パンダの寿命は野生では15年ですが、飼育していると30年は生きます。永明がまさに30歳。人間でいうと90歳。まだまだ元気です。おっとりした性格で、いつものんびりしているのがいいようです。人間も同じですね。
 この本を読んでパンダにも右利きと左利きに分かれていることを知りました。永明は右利き。竹を食べるようになると、よく使う手(利き手)が分かるそうです。
 パンダは竹だけを食べるのではありません。雑食性の動物です。やはりクマの仲間なのでしょうね。肉も魚も昆虫も食べます。アドベンチャーワールドでは、竹以外に補助食としてリンゴ、ニンジン、動物用のビスケットを与えています。
 竹でも、どんな竹でもパクパク食べるパンダもいるけれど、永明は竹の選り好みがとても激しく、気に入らないと少しかじってポイ、匂いをかいだだけでポイしてしまう。
 永明の好む竹を求めてスタッフは駈けずりまわり、ようやく園内に植えて、食材を確保したとのこと。
 パンダの眼はあまり良くないようだが、鼻と耳は、とても良い。飼育スタッフの声は、ちゃんと聞き分けている。
 ちなみに、白浜にパンダがたくさんいるのは、中国のパンダ基地にいるパンダが病気で全滅しないようにするための安全策という面もある。白浜で生まれたパンダが中国に戻っていくのは、そんな交換条件があるからでもあるが、とても合理的なシステムだと思います。もちつ、もたれつのいい関係なのです。
 それにしても、何度みてもパンダの写真集って、心がなごみますよね。パンダ、万才です。NHKの番組が本になっています。
(2022年7月刊。税込1430円)
 日曜日、よく晴れた気持ちのいい朝でした。
 フェンスにジョウビタキがやってきて、しきりに尾っぽを振って挨拶してくれました。ほんとうに可愛らしい小鳥です。
 フジバカマの花が、白い花も茶色っぽい花もまっさかりです。アサギマダラは来てくれないかなと見守っていると、茶色の派手なチョウが一匹やってきました。でも、アサギマダラではなさそうです。
 庭師さんに伸びすぎた本を刈り込んでもらい、庭がずいぶんすっきりしました。今は芙蓉のピンクの花が咲いています。
 午後から、チューリップの球根、そしてアスパラガスを植えました。春にそなえます。今年もあと2ヶ月、早いものですね。

咲かせて三升の團十郎

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 仁志 耕一郎 、 出版 新潮社
 江戸時代も後期の歌舞妓(かぶき)の舞台で大活躍した七代目・市川團十郎(だんじゅうろう)の半生記が見事に語られています。
 東西(とざい)、東西…。七重の膝を八重に折り、隅から隅まで、ずずずいーと、御(おん)願い申し上げ奉(たてまつ)りまする…。
 市川團十郎家が座頭をつとめる芝居小屋では、初代團十郎が初春興行で初めて「暫(しばらく)」を演じてから、二代目以降も見世興行の序幕は「暫」と定められている。
 市川團十郎家は、「成田屋」の屋号をもつだけに下総国(しもふさのくに)幡谷(はたや)村にある成田山新勝寺とは縁深い。江戸での出開帳(でかいちょう)の折には、代々の團十郎が不動明王を演じてきた。
 江戸庶民のあいだでは、不動明王には病を治す力が備わっていると信じられており、弟子たちも、やはり不動明王と縁深い成田屋だから…、と御利益(ごりやく)を信じて疑わない。
 役者の世界で「華(はな)がない」とは、観客を引きつける魅力がないということ。これだけは生まれもっての「天賦の才」というもの、芝居のうまい下手(へた)ではなく、顔の良し悪しでもない。
 「まだ若いから見えないだろうが、71年も生きてくると、若いころには見えなかった世の中の理不尽や不条理が、よーく見えてくるもんだよ」
 こんなセリフに接すると、「そうだ、そのとおり」と大声をあげたくなります。
 演技の優劣・うまい下手は背中に出る。とくに動きの激しい立役に比べ、仕草の小さい女形は舞台で巧みに背中を使い、台詞(せりふ)以上に喜怒哀楽を表し、観客の目を魅了しなければならない。いやあ、これは難しいことですよね…。
 芝居は上辺じゃない。役の心になりきれるかだ。どんなに顔が良くても、役の心、心の芸ができなければ、役者は下だ。心の芸ができてきたら、体も自ずと動き、台詞も重みを増す。それが役を演じるってこと。それができないのは、心に妙な物が棲みついて、濁(にご)っているからだ。
 江戸で人気の高かった相撲力士の雷電為右衛門は、「天下無双の雷電」と刻ませた鏡を寺に奉納したカド(廉)で、江戸払いとなり、戻ってはこなかった。
 歌舞伎は明治以降のコトバであって、江戸時代には歌舞妓と書いていたそうです。その歌舞妓の世界を情緒たっぷりに味わうことができる本でした。
(2022年4月刊。税込2640円)

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