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ウトロ、強制立ち退きとの闘い

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 斉藤 正樹 、 出版 東信堂
 京都府宇治市にあった在日朝鮮人集落ウトロ地区に建てられたウトロ平和祈念館を10月24日に見学しました。秋晴れの日の午後のことです。
 ウトロ地区は、今では地区改造がすすみ、市営住宅が2棟建築中(1棟は完成して入居ずみ)で、昔の「不良住宅」の面影はわずかに残っているだけです。
 その一角に、ヘイト思想にこり固まった若者が放火した建物の残骸がまだ残っています。
 なぜ、ここが在日朝鮮人集落になったのかというと、戦前、日本軍が近くに飛行場をつくろうとして、朝鮮人労働者を朝鮮半島からひっぱってきたからです。戦後も、彼らはそのまま住みつきました。
 戦前、1300人もの朝鮮人労働者が集められました。慶尚南道の農民が多かったとのこと。
 飯場は連棟式長屋で、単身者だけでなく、家族もちも多かったそうです。
 戦後は、国有地ではなく、民間企業の所有地でしたが、低湿地のため、大雨が降るたびに水びたしになり、水道もない、まさしくスラム街。そこに在日朝鮮人が固まって生活していました。住民の3分の1は戦前の飛行場建設に関わって働いていた人たち、残り3分の2は、他地域からの転入者。
 ウトロは土地全体が、ここに住む在日朝鮮人の共有財産のような感覚だった。
 1970年2月、ウトロの住民代表は、土地の売却を要望する文書を土地所有者に送った。これが、あとで時効取得の成立を妨げることになった。
 そして、1988年に、土地所有者はウトロの住民を被告として、建物収去土地明渡訴訟を提起した。これに対して、住民側は、土地(地上権)の取得時効を主張した。
 裁判所の和解案は、住民側が土地を14億円で買いとること。とても、そんなお金はない。そして、敗訴判決が1998年1月に出た。先の要望書がウトロの住民に所有の意思がなかったことの証明にされたのです。
判決にもとづき強制執行がされるのを防ぐため、住民は結束して立ち上がった。道路を占拠して座り込んでいる住民の写真があります。実に壮観です。
 それだけではありません。住民は学者の応援を得て、国連に訴え出たのです。国際人権規約にもとづいて、日本政府は、もっとも効果的な救済措置を即時にとるべきであって、これは人権条約上の国の義務だという申立をし、これに対して、国連は政府に同趣旨の勧告をしたのでした。いやあ、こんなときに国連と国際人権規約が使えるのですね。
 そして、これが日本政府だけでなく、韓国の政府と世論を大きく揺り動かしたのでした。その結果、2つの財団ができて、ウトロ地区の土地は財団の所有となり、住民は市営住宅に入ることができたのです。そして、立派なセンターとつくりあげました。すごーい。
 知恵と工夫が、住民の団結を後押しし、世論を大きく動かしたことはよく分かりました。何事も、あきらめたらいけないんですよね…。
 この付近で育ったという福山和人弁護士(京都弁護士会)が案内してくれました。ありがとうございました。
(2022年4月刊。税込1320円)

ゴキブリ研究はじめました

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 柳澤 静磨 、 出版 イースト・プレス
 著者は昆虫館の職員であり、ゴキブリを研究しています。そのため120種、数万匹のゴキブリを飼育しているのです。ところが、昔からゴキブリ愛好家だったのではありません。数年前まで、私と同じように、ゴキブリが大の苦手だったというのです。それが今では、ゴキブリストに変身。いったい何が起きたのか、なぜ…?
 ゴキブリ展を2ヶ月間やったら大盛況だったとのこと。すると、ゴキブリを家で見つけて殺すと、子どもが泣くようになった。なぜか…。かわいそう。そして、ぼくもゴキブリを飼ってみたかった…。いやはや、子どもの心は、かくも純真なのです。
 ゴキブリをペットとして飼育している人が日本にもいる。1匹数万円のゴキブリもいる。
 うぬぬ、なんと、なんと…。まあ、ヘビ(大蛇)をアパートの一室で飼っているうちに逃げられたというニュースが先日もありましたから、それに比べたら、可愛いし、まあ無害でしょうね。
 ゴキブリとカマキリは共通の祖先から分岐した、近い存在。そして、シロアリもゴキブリとは非常に近い生き物。シロアリはアリとはまったく別の生き物で、ゴキブリ目に属している。
 ゴキブリは匂いを出すものが多い。食べられないよう、匂いで防御している。鼻が曲がるほどの臭い、薬品の臭い、強烈な臭い。でも、干しシイタケの香りや、青リンゴのようなさわやかな匂いのするものもいる。
 ゴキブリのなかにも鳴き声を出すのもいる。危険を感じたとき、「食べないで」、「触らないで」とアピールしている。
 エサをやると、寄ってきて一生懸命に食べる姿はかわいい。触覚もきれいに手入れしているところも、見ていると癒される。脱皮した直後の白い姿は美しい。
 ダンゴムシのように、手のひらに乗せると、くるんと丸まってしまうゴキブリ(ヒメマルゴキブリ)もいる。
 ゴキブリの目は、大きく、愛敬のある複眼。
 ゴキブリは、世界に4600種、日本に64種いる。家の中に入ってくるゴキブリは、ごくわずかで、圧倒的多数は野外に生息している。
 「キモイキモイも、好きのうち。ゴキブリ展」が大盛況だったので、本になったのでした。
 私も「敵」を知りたくて読みました。面白かったです。
(2022年7月刊。税込1650円)

香君

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 上橋 菜穂子 、 出版 文芸春秋
 私は、まったく自慢にもなりませんが、あまり鼻が利(き)きません。香(こう)あわせに万一出されたら、ビリ争いをしてしまうのが必至です。庭に夏になると夜、匂いを漂わせる夜香木(やこうぼく)があります。家人が、「ほら、匂ってきた…」と言っても、ちっとも分かりません。さすがにキンモクセイの香りは分かります。でも、今では可哀想にトイレの消臭剤として、すっかり定着しているため、トイレの匂いというレッテルをべったり貼られて気の毒です。
 この本の主人公は、そんな私とまるで正反対、香りで万象を知る女性です。その名も「香君(こうくん)」。すごいんです。心の底まで見透かすように匂いで物事の本質を知ることができます。
 それにしても著者の小説は、いつだってスケールが巨大です。
 そして、地球の自然環境をめぐる深刻な諸問題が必ず取り込まれていて、他人事(ひとごと)のストーリー展開ではありません。
 今回は、アメリカのモンサントなどの巨大穀物メジャーが、全世界の農民を自分たちに依存するしかないように仕向けて画策しているという現実を踏まえたストーリー展開です。
 実際、モンサントから種子(たね)を購入すると、1年目はこれまでにない豊作が現出する。ところが、できあがった実を勝手に播くことは許されない。それを合法化する契約書があった。
 自分が収穫した農作物の種子(タネ)を自分の土地に播くことは許されていない。モンサントから買うしかない。もちろん、お金が必要。こうやってモンサントたち食糧メジャーの農・漁民の囲い込みは実現するのです。種子(タネ)は買うしかありません。
 いやはや、とんだ仕掛けなのです。
 北海道に向かう飛行機のなかで、一心不乱に読みふけり、読書の喜びに浸りました。
(2022年3月刊。税込1700円)

先生のお庭番

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 朝井 まかて 、 出版 徳間文庫
 江戸時代、長崎の出島にオランダ商館があり、そこから日本は海外の情報を仕入れていました。その商館にやってきたシーボルトという若い館員は、医師でしたが、日本各地の植物を採集し、ヨーロッパに種(タネ)や苗などを送り届けていました。その一つがアジサイです。アジサイは「オタクサ」と名づけられました。シーボルトの日本での女房の名前(お滝さん)からとられたものです。ヨーロッパにアジサイの花はなかったようです。
 シーボルトは江戸に上り、将軍にも拝謁していますし、当代の知識人がシーボルトに会いたくて全国からやってきました。
 シーボルトは日本全国の地図を伊能忠敬が作成したのを知り、その伊能図をこっそりオランダへ送ろうとします。ところが、その船が難破してしまったことから、積荷に伊能図があることが幕府に知られてしまい、ついには何人もの逮捕者まで出るというほどの騒動になりました。
 こうやって、タイトルの「先生」とはシーボルトだと分かります。すると、お次は「お庭番」です。お庭番というと、江戸城から出て各国のスパイをする人ではないのか…。それとも、シーボルト先生を見張る役になりますか…。いえ、どちらも違います。ここでの「お庭番」とは、日本各地の珍しい花や木を植えて育てる役、つまり、文字どおりお庭の草花を番して、保護・育成する人のことです。
 たくさんの珍しい草花が長崎・出島にやってきます。そして、それを海外(オランダ)に届けようというのです。何ヶ月もかかる船旅に耐えるためには、いくつもの工夫が必要になります。お庭番は大変なんです。そんなストーリー展開をうまく読ませます。さすがの筆力でした。
(2014年6月刊。税込693円)

労働弁護士50年、高木輝雄のしごと

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 名古屋共同法律事務所 、 出版 かもがわ出版
 名古屋に生まれ、名古屋で育ち、弁護士としても一貫して名古屋で活動してきた高木輝雄弁護士が後輩の弁護士からインタビューされて労働弁護士としての50年を語っていて、とても興味深い内容になっています。150頁ほどの小冊子ですが、内容は、ずっしりという重みを感じさせます。
 著者は戦前(1942年)に名古屋熱田地区に生まれ、名古屋大学法学部では行政法の室井力教授、憲法の長谷川正安教授、民法の森嶌昭夫教授に教えられました。
 司法修習は20期で、青法協の活動に熱心に参加した。横路孝弘とか江田五月も同期。
 弁護士になったころは、公害事件と労働事件、そして大須事件のような刑事弾圧事件で忙しかった。
 私が著者を知ったのは著者が四日市公害訴訟の弁護団員として活躍していたからです。
 四日市公害訴訟は1967(昭和42)年の控訴なので、著者はまだ司法修習生のころ。翌年に弁護士になってすぐ弁護団に加えてもらった。四日市公害訴訟の判決は、コンビナート企業会社の共同不法行為を認めた。この判決の意義を私は司法修習生のとき、青法協活動の一つとして当時、横浜地裁にいた江田五月裁判官にレクチャーしてもらいました。
 そして、著者は名古屋新幹線公害訴訟裁判に取り組んだのでした。新幹線の騒音・振動という公害問題です。著者は弁護団の事務局長でした。この裁判では、一審で、裁判官は3回も屋内で検証したというのです。すごいですね、今では、とても考えられませんよね…。また、沿線の旅館に弁護団で合宿したとき、その振動のあまりのひどさに、内河恵一弁護士が枕を持って逃げ出したとのこと…。実感したのですね。
 受忍限度論が問題になっていました。住宅密集地だけ減速したらいいじゃないか、名古屋7キロ区間のスピードを半分に落としても、せいぜい3分遅れるだけではないかと原告側が主張すると、他の地域でもやらなければいけなくなるという国鉄側は情報的な反論をしたのです。
 そして、実際、国労は裁判所が検証しているとき、減速運転してくれた。懲戒処分を覚悟したうえでの減速だった。すごいですね、今なら考えられませんよね、残念ながら。
 弁護団事務局長として、あまりの激務のために、他の仕事はほとんど出来なかった。
 いやあ、これは大変でしたね…。著者は午前2時まで作業して、2時間ほど寝るだけで、寸暇を惜しんで裁判の維持に全力をあげた。
 そして、著者は名古屋南部大気汚染公害訴訟にも取り組んだのでした。
 著者はながく弁護士として裁判に関わるなかで、司法の限界をいろんな場面で感じた。
 また、著者は労働事件にも取り組んでいます。裁判所や労働委員会は、運動全体のなかでは一つの手段にすぎない。重要ではあるけれど、それで終わりだと、本当の解決につながらないことも多い。裁判も一つの手段だから、ちゃんとした位置づけが必要だ。
 裁判や労働委員会といった法律的な場面だけではなく、社会的な問題に積極的に関与するのが労働弁護士の日常活動だった。ビラも配ったし、署名を集めたり、一緒にデモをしたり、ストライキのしたこともある。
 ところが、労働組合の姿勢がすっかり変わってしまった。連合が発足したあと、労働組合が大きく右傾化してしまって、労働組合が経営側と積極的にたたかうというのが例外的になってしまった…。残念ですね、ぜひ本来果たすべき役割に戻ってほしいと思います。
 労働組合は、もっと力をつけなければいけないし、もっと政治的、社会的な課題に目を向けるべき。労働者の組合加入率が低すぎるのも、本当に残念なことです。
 弁護士は事件の現場で鍛えられる。
 著者は、「ケンカ太郎」とか、「瞬間湯沸かし器」と言われながら、この50年を一貫して、まっすぐに歩んでこられたわけです。すごいことです。読んで勇気づけられる本でした。ご一読をおすすめします。
(2019年1月刊。税込1760円)

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