法律相談センター検索 弁護士検索

刑期なき殺人犯

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 ミキータ・ブロットマン 、 出版 亜紀書房
 司法精神病院の「塀の中」で、というサブタイトルがついている本です。
 両親を射殺した殺人犯は、責任能力がないとして刑務所ではなく、精神病院に収容される。すると、そこは、刑務所のような明確な刑期というものがない。精神科医の判断と刑務所当局の都合によって、刑期のない、いつ終わるか分からない生活を余儀なくされる。
両親を殺害したブライアンはショットガンと銃弾を購入した。ブライアンは妄想に浸り、眠れないなか、父親の背中をショットガンで撃ち、また、母親の身体を撃った。その瞬間、ブライアンは、これが現実だと分かり、その場から逃げた。やがて、警察署に自首した。
 アメリカでは、年300件以上の親殺しの殺人事件が起きている。統計によると、両親を殺した子どもが再び殺人を犯すことは、ほとんどない。彼らの恐怖や怒りの対象はもう死んだから。親殺しは、子どもが追いつめられ、押しつぶされ、絶望したり、どうしていいか分からなくなったりして限界を超えたときに起こることが多い。とても耐えきれないような状況に対する絶望の末の反応なのだ。
 ブライアンは司法精神病院に収容された。ここでは、患者の平均入院期間は6年以上。犯罪に関して「責任能力がない」とみなされるのは、「無罪」になるのと同じではない。「無罪」は、無実の罪が晴らされたことを意味している。しかし、「責任能力がない」というのは、ほかの意味では犯罪に責任があるとしている。
 女性患者は男性患者よりもトラブルが多い。
武器や自殺の道具に使われる可能性があるものはすべて禁止。ベルト、バスタオルなど・・・。そしてケータイ、パソコン、ハンドバッグ、財布も禁止。カフェインの入ったコーヒーや紅茶も禁止。
 精神病の人の診断は、担当した臨床医の判断による。精神科医には、強大な力がある。違う医師に診察を受けると、診断名がどんどん増えていくことがある。
ブライアンにとって、病院スタッフの大半が自分のことを思ってくれているのではないことは分かっていた。事なかれ主義だ。
病院の食事にも頼れない。スタミナを取り戻すためには、週に一度のテイクアウトの食事を利用し、エクササイズを再開するしかない。ブライアンはそう考えて、実行した。
 大半の患者にとって、一番の助けになったのは、他人と接する環境にいること。
ブライアンは、「チーク」もした。薬を飲んだふりをしてほほの内側に隠し、あとでトイレに吐き出す。コツがあり、一度覚えてしまえば簡単だ。チークすることで、自尊心は少し回復した。
 精神科医の一人が、妄想型統合失調症だということが、かなりたってから判明した。うひゃあ、そういうこともあるんですね・・・。
この病院の患者は、インターネットにアクセスすることができず、法律書もなく、タイプライターもコピー機も使えないので、申立書は全部手書きするしかない。しかも、副本は8本も必要なことがある。
 パーキンスは病院だと思われているが、刑務所よりたちが悪い。精神病院には、刑務所と同じくらい、法律に関して玄人はだしの収容者がいる。精神疾患は必ずしも見えて分かるものではない。外見に騙されないよう、弁護人として注意する必要がある。
 ブライアンは、犯行の時点では重度の精神病だった。これは本人も認めている。27年後、自分の病気は20年前より寛解していて、もはや妄想型統合失調症ではないと信じている。そして、まだ慢性の精神障害ではなく、決して危険でもない。
加害者を措置入院させるのは、本人を治療するためなのか、社会から隔離するためなのか、親族の都合なのか・・・。そもそも精神病院とはどういうものなのか。医師にとっては目に見えるように確かなものなのか。投薬を主としている現在の治療の傾向は正しいのか。身体の病気のように全快することはありうるのか・・・。ブライアンは事件から30年たった今もなお精神病院に入っている。
いろいろ深く考えさせられる本でした。
(2022年8月刊。税込2640円)

家裁調査官 庵原かのん

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  乃南アサ、 出版  新潮社
 福岡家裁北九州支部の少年調査官を主人公とした小説です。実は、実際にあるのは小倉支部であって、北九州支部ではありません。著者は、もちろん知ったうえで、全国版の小説として北九州支部にしたのでしょうね。
 少年とあっても、これには女子も含まれます。少年・少女という男女の使い分けはしません。
 調査官は、まず読み、次に聴き、最後に書く。そのとおりです。少年本人や家族に会って話を聴く前に、関係の書面をまず読まなければいけません。そこで、いわば一定の「予断」を抱くことになりますが、それは手続的に仕方のないことだと思います。
 話を聴くといっても、少年と1対1で話がスムースに進行するとは限りません。親が同席して、介入することは多々あります。逆に、親との対話が難しかったり、本人がなかなか本心を言わないということも多いことでしょう。
 そして、調査官の所見(意見)を書かなくてはいけません。私の経験では、調査官の意見を完全に無視した裁判官に出会ったことはありません。むしろ、調査官の意見に盲従するタイプの裁判官のほうが多かったように思います。
 少年たちの多くが、強烈な人間不信に陥っている。そして、ほめられたり、無条件で愛された経験をもたないため、自尊感情がとても低い。自分には何の価値もないと思っているので自暴自棄になりやすい。自分のしたことの何が悪いのかなど考えもしなかったり、規則を守ることの意味も分からなかったり…。ガマンしたり、自分を律する訓練を受けていない、また自分の気持ちを明確にできないし、他人の思いをくみとることもできない。
 そんな人、いますよね…。ああ、この人は威張りちらすばかりだから、きっとこれまで大切にされたという実感がないんだな…と思うことはよくあります。
 弁護士(私のことです)に向かって威張りちらす人が、多くはありませんが、少なからずいます。弁護士の話の揚げ足とりをする人もいます。親や周囲から愛されたという実感をもたない、淋しい人生をおくってきた人なんだろうなと、いつも実感しています。
 家庭裁判所の補導委託先となっている人は大変だと思います。本当に頭が下がります。少年たちは、初め、大人をさまざまに試す。わざと怒られるようなことをしてみたり、嘘をついたりして、委託先の大人を「やっぱり信じられない」と決めつけようとする。
 なので、委託先の人たちは、少年を叱りつつ、根気強く諭(さと)すことを欠かさず、徹底的に話し相手になる、ほめるところはほめ、ときに共にふざけあったりして、少年が心を開いていくのを辛抱強く待つ。そのためには、少年を指図するだけでなく、率先して汗をかき、働く姿を見せる。
委託先の人たちは、「ガッカリ」させられることを積み重ねる。それが、運命だと割り切る。いやあ大変ですね…。
 外国人家庭の子の場合、日本語ができるのか、親との意思疎通をどうしているのか…。「援助交際」にはまった女の子の場合、家庭に居所がそもそもなかったり、むしろ親から逃げだしたほうがいいケースもあったりします。私も、最近、親との関係で一刻も早く家を出たほうがいいと思われるケースを担当しました。しかし、それでも先立つものが必要になりますので、その加減がむずかしいということは多々あります。
 いろいろ考えさせられるケースが提示されていて、弁護士として身につまされる本でした。
                         (2022年8月刊。1800円+税)

「収容所から来た遺書」

カテゴリー:日本史(戦後)

(霧山昴)
著者 辺見 じゅん 、 出版 文春文庫
 映画「ラーゲリより愛を込めて」を見ましたので、その原作を読みました。映画と原作とでは大筋は同じですが、細部は少し違っています。ここでは映画をみていない人には申し訳ありませんが、ネタバレになることをお許しください。
 タイトルにある「遺書」とは、シベリアに抑留された元日本兵が収容所(ラーゲリ)で病死する前に家族あてに書いたものです。映画でも、その内容の一部が紹介されています。というか、その遺書の内容と、それがどうやって日本にもたらされたのかが、この映画のメインストーリーです。本当に心を打たれました。
 遺書の1通目が遺族宅に届けられたのは、本人が亡くなってから3年目のことでした。そして、最後の7通目は、なんと本人が亡くなって33年たってのことです。
 初めの6通は、届けた人が記憶して再現したもの、7通目は、糸巻にカムフラージュしてソ連の収容所から持ち帰った現物です。シベリア抑留が違法なことであると自覚していたソ連は、収容所から一切の文字の持ち出しを厳禁していました。それで、収容所仲間は、分担してみな必死で本人の遺書を頭に暗記したのです。遺書のなかでも出色なのは、なんといっても妻に宛てたものです。泣けてきます。
「妻よ!よくやった。実によくやった。殊勲甲だ。その君を幸福にしてやるために生まれ代わったような立派な夫になるために、帰国の日をどれだけ私は待ち焦がれてきたことか。一目でいい、君に会って胸いっぱいの感謝の言葉をかけてやりたかった。ああ、しかし、とうとう君と死に別れてゆくべき日が来た。君は不幸つづきだったが、これからは幸福な日も来るだろう。君と子どもらの将来の幸福を思えば、私は満足して死ねる。雄々しく生きて、生き抜いて、私の素志を生かしてくれ。私は君の愛情と刻苦奮闘と意思のたくましさ、旺盛なる生活力に感激し、感謝し、信頼し、実に良き妻をもったという喜びにあふれている。さよなら」
 心の震える、いい映画でした。そして、原作もいいものです。両方とも強くおすすめします。
(2022年7月刊。税込715円)

通州事件

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 笠原 十九司 、 出版 高文研
 心が震える感動的な本でした。中国軍による日本人居留民虐殺事件として最近、右翼がよく話題にする通州事件について、著者は前半で事件の背景を深く掘り下げています。この点、本当に勉強になりました。さすがです。そして、後半は、この通州事件の被害者遺族の姉妹が生存していて、しかも、憎しみの連鎖を断つ必要があると訴えています。ここは読んでいて、本当に心が揺さぶられる思いがしました。
 まず前半の第Ⅰ部です。通州とは、北平(今の北京)と天津の中間にある町です。日本人を攻撃・虐殺したのは国民党政府軍ではなく、日本軍に従属していたカイライ軍の保安隊が起こしたもの。
1937年7月29日、盧溝橋事件が起きた7月7日から22日後、日本軍のカイライ政権であった冀東(きとう)防共自治政府の保安隊4000人が反乱を起こし、日本軍の守備隊20人、日本人居留民225人(日本人114人、朝鮮人111人)を殺害した。日本人と朝鮮人は、通州で大々的な密輸入(塩)を扱っていた。これは、国民党政府の収入源に打撃を与えた。そして、アヘンを日本人・朝鮮人は扱った。日本人は中国語ができないものが多かったので、朝鮮人が中国語の会話能力を生かして、中国人たちと交渉にあたった。中国人は、日本軍の通訳を朝鮮人たちがつとめていたことから、朝鮮人に対して、憎しみ、憤り、反発を強く抱いていた。要するに、朝鮮人は日本軍の手先として憎まれたということ。
国民党政府はアヘン禍撲滅を目ざして取り組み、麻薬を扱う業者を次々に公開処刑した。
通州事件が発生したのは北支事変(7月28日)の翌日のこと。通州保安隊の反乱は周到に準備された。通州にあった日本人と朝鮮人の住宅が襲撃されたが、それは反乱軍から事前に調査してマークしていたから。襲撃された日本軍守備隊は堅固な建物と強力な火力によって9時間にわたる激戦に耐えて(戦死者26人)、反乱した保安隊の突入を阻止することに成功した。通州事件当時、日本人と朝鮮人380人の居留民のうち、180人が保護され、残り200人が犠牲者となった。
 そして後半の第Ⅱ部。姉(久子。現在90歳)は、事件当時、小学校に通うため両親と別れて、母の実家のある群馬県水上町の小学校に通学していて、無事だった。そして、妹(節子)は、事件当時、中国人の看護婦(何鳳岐。21歳)が、反乱軍に対して自分の娘だと言って守り通した。この姉妹は、通州事件とは何だったのかをじっくり勉強して、人類が共生していかなければ共に滅びるしかないことを教えてくれた事件であること、戦争は憎しみの感情をかきたて利用して起こること、中国人は通州でひどいことをしたけど、妹を助けたのも中国人だから、中国人に恨みはない、日本軍は中国でもっとひどいことをしたのだから・・・と考えているのです。
 この姉妹は、両親と妹を通州事件で中国人反乱軍に虐殺されたものの、「憎しみの連鎖を断つ」生き方をしています。すごいです。こんな本に出会うと、やっぱりたくさんの本を読んで(読めて)良かったなと、つくづく思います。あなたにも一読を強くおすすめします。
(2022年9月刊。税込3300円)

決戦!株主総会

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 秋場 大輔 、 出版 文芸春秋
 ドキュメント、LIXIL死闘の8ヶ月。辞任させられたCEOが挑んだ勝目の薄い戦いは、類例を見ない大逆転劇を生んだ。これが、サブタイトルであり、オビの文章です。
 創業者の一族がいつまでも大企業を牛耳るというのは、まるで感心しませんが、天下のトヨタも相変わらず創業者一族がトップなのですから、嫌になります。こうやって、下々の庶民階級とは別レベルの上流階級が日本の支配層として君臨しているのでしょうね・・・。
 創業家出身者といっても、株式自体は3%しか持っていないのです。なのに、天下の大企業を支配できるというのは、どんなカラクリがあるのか・・・。それも知りたくて読みすすめました。
 3%しか持っていない少数株主であり、会社に顔を出すことも滅多になく、月の半分以上はシンガポールで過ごしているというのに、日本の大企業を牛耳って、自分の思うように動かすなんて、信じられません。シンガポールでは、骨董品を収集したり、プロの声楽家を呼んで発声練習したり、悠々自適の生活。こんな生活を送りながら、鋭敏な経営感覚を持ち続けるなんて、ありえないことだと、しがない弁護士でしかない私は思います。
 ところが、世の中には、現場の実務なんて経営者は知らなくてもいい、大きな方向性を打ち出すだけでいい、そう考える人がいるのです。驚きです。
株主総会をめぐる死闘において、その背景にうごめいているのが弁護士。この本では、森・濱田松本法律事務所ともう一つ、西村あさひ法律事務所が登場します。CEOの解任が正当な手続を踏んでなされたのかどうかを検証する委員会が立ち上げられ、そこにも弁護士が関与しています。問題は、その内容を会社として、どういう形で外部に公表するか、です。あまりに会社に不利なないようだったら、会社としては隠しておきたくなりますよね。
財界、経済界の人脈は大切なようです。麻布・開成・武蔵という「私立御三家」の人脈、そして東大の人脈も登場します。私のような田舎の名もない県立高校の出身だと、人脈なんか、何もないわけです。大企業に就職しなくて本当に良かったと思います。
 アクティビストとは「物言う株主」。臨時株主総会の開催要求を常に視野に入れている。
プロキシーファイトとは、委任状・争奪戦のこと。ここでも弁護士の助言が求められます。機関投資家は、アクティブ投資家と、パッシブ投資家に大別できる。
こんな有象無象と渡りあう仕事なんて、私は絶対やりたくありません。なんで、こんな職業に大勢の若い人が興味があるのでしょうか・・・。私には理解できません。地方で人間と向きあっていたほうが、やはり一番私の性にあっています。田舎で弁護士をやるって、本当に面白いのですよ・・・。
(2022年6月刊。税込1870円)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.