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国鉄

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 石井 幸孝 、 出版 中公新書
 JR九州の初代社長が自画自賛した本です。でも、私は内容にまったく賛同できません。公共交通機関であるという使命を放棄して、もうけの追求だけ。ローカル線を切り捨て、新幹線のホームに駅員を配置しないなんて、とんでもありません。そして、「七つ星」とか超高級列車を走らせ、ひたすら自慢する。本当に間違っています。
 JR九州は、「鉄道会社」であるより「不動産会社」の道を選んだ(328頁)と得意気に言い切っているのにはゾクゾクとした寒気すら覚えます。関東・関西の大手私鉄グループにならった手法です。もうかればいいという発想しかありません。多角経営、利益率の確保、それだけです。
 JR九州のスローガンは「お客さま第一」、「地域密着」。看板に偽りありです。
 鹿児島本線の特急をなくし、新幹線のホームは無人化してしまう。駅の無人化もすすめ、ローカル線は切り捨て。これで、なにが「地域密着」でしょうか。
 そして、JR九州ではありませんが、リニア新幹線なんて、不要不急かつ危険で赤字必至の路線に莫大な金額を投入しています。全国一本の国鉄だったからこそ、地方のローカル列車は存続できたのです。
 労働組合の存在もまったく影が薄くなってしまいました。国労つぶしをすすめた著者は労働者にも権利があり、憲法で保障されているなんて、まったく念頭にないのでしょうね。
 残念ながら、日本の社会を金、カネ、カネ本位というように、ダメにした張本人の一人としか言いようがありません。今なお、なんの反省もないので救いようがありません。
 私は、国鉄の分割民営化は郵政民営化と同じく日本をダメにする大きな賭け、間違いだったと考えています。最後まで腹立たしさ一杯で読み通しました。
(2022年10月刊。税込1210円)

吉野源三郎の生涯

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 岩倉 博 、 出版 花伝社
 『君たちはどう生きるか』は、最近読みましたが、本当によくよく考えさせてくれる、いい本です。そして、驚くべきことに、この初版本は戦前に刊行されているのですよね。すごいことです。
 「日本少国民文庫」の編集主任をしていた吉野は、最終巻を書くはずの山本有三(『路傍の石』の著者)が病気のため書けなくなったので、その代わりに吉野が書くことになった。
 吉野は1936年11月、執筆に取りかかった。1936年といったら、2、26事件が起きて、日本がキナ臭い雰囲気にあったころのことですね。
 教育・文化の軍国主義化が進むなか、ナポレオン的武勇が賛美され、人間らしさや人類の進歩をいう視点が子どもたちには欠けている。感受性が柔軟で、価値感情が汚れていないうちに、多様な価値意識の必要性、人間の素晴らしさ、人間らしい価値を伝えたい。少年たちの日常的で平凡な事柄を手がかりに、それらの思索を推し進めていくような方法を…。
 1937年5月に吉野は書き終わり、7月に刊行された。この本を読んで、丸山真男は感動し、常盤炭鉱の労働者たちは読者会のテーマ本とした。これって、すごいことですよね。
 最近でたマンガ本もよく出来ています。感心しました。
 1936年から37年に書かれた本というより、現代日本の世相にぴったりマッチする本。現代に生きる本です。
 吉野源三郎は1922年4月に東大経済学部に入学し、大正デモクラシーの洗礼を受けています。東大には新人会という社会科学やマルクス主義に関心を寄せる学生たちのグループがありました。そのなかに吉野もいたのです。そして吉野は、経済学部から文学部哲学科に移りました。
 当時は徴兵制がありました。吉野は甲種合格なので、3年は兵役に就かなければいけません。そこで、1年志願制で兵役に就いたのです。いやあ、私は徴兵制のない時代に生きて、本当に良かったと思います。吉野は陸軍砲兵少尉でした。
 そして、マルクス主義に近づき、実践活動に誘われたのです。治安維持法にひっかかって、3回も逮捕されていますが、少尉階級の在郷軍人なので、普通裁判ではなく、軍法会議にかけられました。このとき、吉野は自殺未遂もしています。
 結局、吉野は岩波書店に入社しますが、岩波茂雄は「治安維持法のおかげで、優秀な人間を獲得できた」と喜んだとのこと。うむむ、そういう表現もできるのですね。
 そして、1938年に、吉野は岩波書店から、居間に続く岩波新書(赤版)を発刊したのでした。
 岩波新書には、私も大変勉強させてもらいました。モノカキを自称する私も、一度は岩波新書レベルの本を書きたいものだと夢見ています。
 1938年11月に、岩波新書として20冊が同時発売されたというのですから、たいしたものです。
 戦後、岩波新書(青版)が再刊された。定価は70~100円。1万3千部から1万8千部の発行部数。私も大学に入ってから、むさぼるように読みました。駒場寮で読書会もしました。
 戦後、吉野は憲法改正反対、ベトナム戦争に反対、核兵器なくせ、などの実践課題に深く関わった。
 東大全共闘の代表になった山本義隆は吉野の娘の家庭教師をしていた。しかし、吉野は全共闘の暴力主義路線には一貫して批判的だった。これには私も関わっていますので断言できますが、全共闘の本質は暴力賛美にあります。全共闘を今なお持ち上げようとする人が少なくありませんが、私は本当に無責任だと思います。これって、ロシアの戦争を手放しで肯定するのと同じことなんです。なにしろ、「敵は殺せ」を公然と掲げていたのが全共闘なのですから。そして、全共闘は内ゲバによって、何十人という人が殺され、傷ついたという現実をぜひ直視してほしいと思います。
 吉野源三郎の生き方をたどることのできる本でした。
(2022年5月刊。税込2200円)

もえる!いきもののいくつ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 中田 兼介 、 出版 ミシマ社
 いきものたちの驚きの生態を面白く伝えてくれる軽いエッセイです。
 カササギは、わが家の周囲によく見かけますし、庭にも夫婦連れでしばしばやってきます。そんなカササギの学名が、ピカ・ピカというのを知って驚きました。
 蚊に吸われると腹立たしいこと言うまでもありません。なので、庭仕事は蚊のいない冬が一番です、でも、冬にはあまり花が咲いていません。それが残念です。さて、その蚊ですが、蚊だって叩かれたくないので、人間の皮膚にとまって吸おうとしたとき叩かれた記憶があると、人間を割けるようになる、つまり学習するというのです。いやあ、本当かなあ…。
 小ブタは、生まれてから数週間は、鼻をつきあわせて押しあうようなケンカのまねごとをして遊ぶ。戦いゴッコでたくさん遊んだ。メスの子ブタは、大きくなって、誰が強いかを決めるための本当のケンカをしたときに勝者になることが多い。
 ところが、オスはメスの逆で子ブタ時代によく遊ぶと、大人になってケンカに負けてしまう。というのは、オスの大人ブタは、子ブタのときにはまだない牙を使ってケンカするので、戦いゴッコではケンカの技術は身につかないから。
 なるほど、ですね。ルールというか、ケンカの手法が違うのですね。
 ミツバチは、アルコール入りの液体を飲む。そこで、3週間、アルコール入りのエサを与え続け、その後、3日間、アルコール絶ちをさせると、どうなるか…。
 すると、ミツバチたちは、アルコールを混ぜた砂糖水に激しく食いついた。これはミツバチたちが禁断症状にあったことを示している。
 世界の動物行動学者たちの最新研究が面白く紹介されています。
(2022年7月刊。税込1980円)

歌集・空白地帯

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 柳 重雄 、 出版 現代短歌社
 私と同じ団塊世代の、埼玉で今も弁護士として活躍している著者による短歌集。
 著者は高校・大学と短歌をたしなんでいましたが、司法試験を経て弁護士活動のなかで短歌とは遠ざかっていたとのこと。ところが、2017年に奥様が亡くなられて、初心を思い出して短歌の道に邁進して、今回の歌集にたどり着いたそうです。
 私には短歌の良さがよく分かりませんが、私の心にヒットしたものを少し紹介してみます。
 まずは、高校生のときから大学生初めのころまでの作品です。
 雫(しずく)這う ガラスの外は 今宵のあめ 受話器にきみの声 明るくて
 きみを乗せ 雨の夕べに 動き出す 列車のあとに来る 悲しみは
 薄闇に 木々の塊 くろぐろと 己に迫る 底深きもの
 頬に五月のひかり 射せども 林立するゲバ棒の前に たじろぐ思索
 これらは初恋の思ひ出、そして学園闘争の渦中での心象風景だと思いました。
 続いては、今は亡き奥様を偲んでいる短歌です。著者の長女がフランスはパリに留学していて、奥様と何回も訪問したとのこと。その楽しい思い出が何回となく思い出されています。
 セーヌ川 の風さわやかに パリの街 暮れつつ灯(あかり)が ともり始めて
 オペラ座の 大通り行く この夕べ 妻と腕組み パリジャンとなる
 カルカッソンヌの 町を囲める 城壁を 妻と歩めり 風に吹かれて
 著者と同じく、私もフランスには何回も行きました。ロワールの城めぐり、モン・サン・ミッシェル、リヨン、カルカッソンヌ、トゥールーズなど、行ったことのある町の風情を思い出します。
 そして亡き奥様を思い出す思いの哀切さ…。
 君を恋う 最もリアルな 感情を 詠(うた)いえたるは 君逝きし時
 背広着て スーパーに菜(さい) 買うときに ふいにこみあげ きたる悲しみ
 灯明の 炎の中に 君がいる そう思いつつ 君と会話す
 たたなずく 雲の向こうに 君はいて メールの返信 返ってきそう
 長年の知己である著者から贈呈していただきました。お互い、健康に留意して、もう少し現役の弁護士としてがんばりましょうね。
(2022年12月刊。税込2750円)

裸で泳ぐ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 伊藤 詩織 、 出版 岩波書店
 レイプ犯(今も臆面もなく表通りを歩いているジャーナリストの山口敬之氏)が逮捕される寸前で、中村格という幹部警察官(ついに警察庁長官にのぼりつめたものの、安倍銃撃事件で引責辞任を余儀なくされた)がストップをかけたというのを忘れるわけにはいきません。
 そして、その被害者がどんな心境に置かれるのかが赤裸々につづられている本です。
 レイプの被害者が実名を出し、マスコミに顔をさらすと、70万件ものネットの書き込みがあった。そのうち名誉毀損的なものは3万件、グレーなものも5万件あった。いやあ、大変な数ですね。私の想像を絶します。いったい、この書評をどれほどの人が読んでいるのか、ときに知りたいと思います。少し前に聞いたときは、1日に300件ほど、ということでした。
なので、今でも、著者は自分へのネットは自分では開けず、スタッフに開いてもらっているとのこと。
 そして、交際していた彼も、ネットのほうを信じて、「本当のことを聞きたい」と著者を問いつめたとのこと…。いやはや、ネットの恐ろしさといったら、すごいものなんですね。
 この痛みと苦しみを鎮めてくれる薬など存在しない。周りから、時間が解決してくれる、時間がたてば痛みが和らぐからと言われることに、うんざりした。いったい、どれくらいの時間を彼らは言っていたのだろう。おばあちゃんになったら…?元「慰安婦」のハルモニは、苦しみは死ぬまで終わらないと言っている…。
 モンスターは、心の中に潜んでいて、内側から私を引き裂こうとする。私はモンスターじゃない。でも私は、心の中のモンスターとは、もう引き離されることがない。それは私の一部になっていて、自分自身の一体感を感じられないことが、モンスターのせいにされている。
 でも、私は思う。私の中には、もともとモンスターが住んでいたんだと。たぶん、モンスターは、誰の心の中にも潜んでいる。大きくなると、自分でコントロールすることが難しく、心を内側から引き裂いていくんだ。
 著者は高校のときからアメリカ留学したりして、英語のスピーチのほうが日本語より、よほど言いたいいことが言えるとのこと。すごいですね。そして、あふれんばかりの好奇心と行動力、そして何より鋭敏な感受性に心を打たれました。
 著者の肩書は映像ジャーナリストとのこと。残念ながら、その映像を見たことはありません。
(2022年10月刊。税込1760円)

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