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防衛省に告ぐ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 香田 洋二 、 出版 中公新書ラクレ
 軍事予算が天井知らずにふくれあがっています。ウクライナでのロシアの侵略戦争、北朝鮮のミサイル打ち上げ、中国の台湾とのトラブル(武力統一・・・?)。こんな状況で、マスコミも、その軍備拡張に異を唱える勇気を示すことができないようです。いったいトマホークを日本が400発も持って、日本を守れるものなんですか。日本海ぞいにたくさん立地している原発(原子力発電所)を特殊部隊がミサイルで攻撃するのをトマホークや超高速滑空弾をもっていれば防ぐことができるんですか・・・。もちろん、そんなこと出来ません。原発が一つでもミサイル攻撃されたら、残念ながら、この日本は終わりです。海に囲まれた島国の日本ですから、ウクライナのように周辺諸国へ避難して助かるなんてこともありえません。国を守るって、強力な武器があればいいだなんて、ありえないって、ちょっと考えたら小学生だってわかるような話なのに、なんとなく戸締りを強力にしておけば安心安全だなんて幻想、それこそ「お花畑」の錯覚のもとで、自民・公明政権の軍備増強にマスコミはストップをかけようともしませんし、多くの日本人が流されている気がしてなりません。忙しいから、選挙(投票)なんか行ってるヒマはないとうそぶいている日本人が、なんと多いことでしょうか・・・。
この本は海上自衛隊の現場トップ級にいた人が、日本の防衛行政を鋭く告発しています。
イージス・アショアという陸上での迎撃システムの設置が失敗したので、今はイージスシステム搭載をアメリカから購入することが決まっている。2隻で4800億円。しかし、実は燃料代や整備費は巨額なので、総額1兆円以上に膨らむ可能性があるという。1兆円といえば、今すすめられている全国旅行支援の予算規模と同じレベルです。GoToトラベルは当初2兆円の事業として始まりましたが、コロナ禍のせいで途中で中止となったのです。コロナ禍が少しおさまったので再開されましたが、その予算規模が実に1兆円、そんなお金があったら、大学の学資をヨーロッパと同じように無料化できるんです。
著者は15発のミサイルを打った経験があるとのこと。目標まで誘導されていても、平時の安易な環境下でも失敗率が4分の1もあったとのこと。やはり、人間は間違うのですね。
防衛力は、正面装備、後方、教育・訓練の三つがそろって安定する椅子のようなもの。自衛隊は戦うつもりのない組織。いえ、私は、これでよいんだという考えです。
25万人の隊員の誰一人として戦場で人を殺したことのない軍隊、しかも、それは創設以来の良き伝統なのです。この伝統は、しっかり守られるべきものです。
いま、岸田政権は全国130ヶ所に大型弾薬庫を新しくつくろうとしています。1週間の継戦能力に備えての弾薬庫です。でも、原発が幸い襲われていないとしても、1週間も戦闘が続いたら、日本人の多くは飢え死にしてしまいませんか・・・。だって、食料自給率は、3割程度なんですよ。
自衛隊の司令部は地下にもぐるそうですが、国民は地上に取り残されたまま、頭上をミサイルが飛びかっている。なんと恐ろしい光景でしょうか・・・。
アメリカの軍事産業を喜ばせるために、日本は次々に高価な軍事装備品をアメリカから購入させられています。止めてください。税金のムダづかいです。そんなことより、大学の授業料を無償にしてください。小・中・高校の給食費を無料にしてください。赤ちゃんと60歳以上の医療費負担をゼロにしてください。
「身を切る改革」と称して、維新は知事の退職金をゼロにしました。ところが実は、その分を毎月の俸給を引き上げていました。なので、総額は前より値上げしたのです。朝三暮四のごまかしです。
税金の間違った使い方にはきっぱり「ノー」と声をあげる必要があります。ヨーロッパでもアメリカでもストライキが頻発し、デモ行進が活発です。日本は見習う必要があります。この本のように自衛隊現場トップだって声を上げているのですから・・・。
(2023年2月刊。860円+税)

辞書編集、37年

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 神永 暁 、 出版 草思社文庫
 辞書づくりの面白さ、大変さを知ることができました。そして、もちろん辞書の大切さも…。私も辞書はよく引きます。すべて手書き派のモノカキですから、漢字は読みも書きもそれなりにできると自負しているのですが、送り仮名は難しいし、漢字だって、このときはどれが一番ふさわしいかなと疑問を抱いたら、すぐに辞書を引くようにしています。もちろん国語辞書です。ついでにいうと、フランス語をずっと勉強していますが、電子辞書ではなく、あくまでペーパーの辞書です。大学受験のときは、部厚い英語の辞書を最初から最後まで読み通しました。赤鉛筆を引きながらですから、辞書が真っ赤になりました。同じようにフランス語もロベールの仏和大辞典を読みすすめました。そうなんです。辞書は必要なところを引くだけでなく、読みすすめると、それも楽しいのです。うひゃあ、そうなんかと、いくつもの発見がありますから。この本でも、著者はそのことを何度も強調しています。
辞書編集者の仕事は、ひたすらゲラ(校正刷り)を読むこと。書かれた内容すべてに対して、本当に正しいのかと疑問をもちながら読んでいく。だから、辞書編集者は、とても懐疑的な性格になっていく。つまり、疑ぐり深い正確になるのですね。
日本の辞書は、内容だけでなく、印刷や製本、製紙の技術も素晴らしい。辞書は発刊と同時に改訂作業がスタートする。つまり、辞書編集とは、エンドレスなのだ。いやぁ、これには驚きました。ともかく息の長い仕事なのです。10年とか30年のスパン(単位)で考える世界です。
辞書編集者に求められるのは、言葉に関する興味であり、ことばに対する探究心である。これがあれば誰にでもできる仕事だ。いえいえ、決してそんなことはありますまい・・・。
辞書編集者は、誰が書いた原稿でも、内容のおかしな原稿には手を入れる。これが鉄則だ。
日本の辞書は、表紙は塩化ビニール(塩ビ)などの柔らかい素材のものとし、本全体を厚紙のケースに入れている。外国の辞書にはケースがなく、表紙もやや厚手の紙製なのが多い。
『美しい日本語の辞典』には日本の伝統的な色名を示し、117色のカラー口絵を付けた。いやぁ知りませんでした。これは買わなければ損ですね…。青鈍(あおにび)、今様色(いまよういろ)、朽葉色(くちばいろ)、潤朱(うるみしゅ)、浅葱色(あさぎいろ)…。これはすごい。
『ウソ読みで引ける難読語辞典』というのもあるそうです。アベやアソウが読み間違って聞いているほうが恥ずかしい思いをさせられた言葉がありますよね。アベの「でんでん」(云々)が有名ですが、それが辞書で引けるようになっているとは、思いもしませんでした。たしかに、コトバが人々から誤読されているうちに、「正読」になってしまうことはよくありますよね。
「がさをいれる」という「がさ」とは、「さがす(探)」の語幹「さが」の倒語だというのは、知りませんでした。「むしょ」は刑務所の略ではないというのにも驚きました。刑務所ができる前から「むしょ」は存在していて、これは「虫寄場」とか「六四」(牢の食事は麦と米が6対4の割合だったことによる)からという。いやはや、世の中は知らないことだらけですね。
山形弁は、「ゴミをなげる(捨てる)」、「コーヒーをかます(かき回す)」という。愛媛では「梅干をはめる(入れる)」という。
シャベルとスコップ。東日本では大型のものをスコップといい、小型のものはシャベル。西日本では大型のものはシャベル、小型のものをスコップという。
辞書の紙はインディアペーパーだった。薄くて、インクの裏抜けのしにくい紙だから。辞書の製本も、見開きで180度開くだけでなく、左右両方向に180度、つまり360度開いても壊れない。これは外国の辞書にないこと。
コトバ選びの楽しさも味わうことができました。辞書編集者に対して、改めて感謝します。
(2022年1月刊。990円+税)

あなたの小説には、たくらみがない

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 佐藤 誠一郎 、 出版 新潮新書
 著者は30年間も高村薫の担当編集者だったとのこと。最初の10年間は、著者に対して意見したり注文をつけていたそうです。しかし、そのあとは、ひたすら呆然とするばかりだったといいます。それだけ、作家の力量に圧倒されたということなのでしょうね。担当編集者に、こんな告白をさせるなんて、すごいものですね…。
 書きたいものを書くのが一番。これには、まったく文句がありません。
 小説を評価するときの五大要素とは、一に文章、二に主題(テーマ)、三、四がなくて、五に筋(ストーリー)。なーるほどですね。読ませる文章が第一にくるのですね…。
 ①文章、②テーマ、③物語性、④人物造形、⑤同時代性。筋は、今や企画性をふくんだプロットという言葉に置き換えられている。
 テーマの展開に市場価値をつけようと思うなら、「意外性のある演出」が不可欠。意外性とは、著者の言いたい本当のところを読者に納得させるための演出だ。演出の中で、もっとも効果のあるもの、それが意外性だ。人間は常に新しいもの、珍しいもの、意外なものを求めてさまよう生き物だから、新しさと意外性がセットになって読者を攻撃したら、読者は白旗をあげて降参してしまう。
 時代小説のすぐれた書き手だった藤沢周平は質問に対して、「自分はただ現代小説を書くつもりで、時代物を書いている」と答えた。うむむ、そうだったのか、だから現代社会に生きる私たちの胸を打つ小説になっているのかと納得できました。
 小説の作者は主要人物を成長させてやる義務がある。
 普通、作家は編集者から育てられると言いますが、この著者は長く編集者をやっていただけに、逆のこと、つまり編集者は作家によって育てられると「あとがき」に書いています。きっと、両方とも成り立つのでしょうね。
 モノカキ志向の私も小説らしきものを何冊も書いてきましたが、「たくらみがない」とか意外性が大切なんだと言われると、ああ、そうなんですねと言わざるをえません。これからでも遅くないと思って精進するほかありません。
(2022年9月刊。税込858円)

魏志倭人伝と邪馬台国

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者  榊原 英夫 、 出版  海島社
 私は、もちろん邪馬台国は九州にあったと考えています。その後、大和に移っていったのです。それが日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の話につながります。では、九州のどこか・・・。個人的には、瀬高の大和(ヤマト)説です。いえ、吉野ヶ里でもいいのですが・・・。
 ところが、ヤマトの纏向(まきむく)遺跡に大型建物跡が発見されると、大和説をマスコミが強調してしまい、面白くありません。でも、この本の著者は、そのマスコミによる通説に待ったをかけています。頼もしい助っ人です。志賀島で発見された金印にある「漢委奴国王」の「委奴」は何と読むのか・・・。
 古くは、「委奴」を「いど」と読んでいたそうです。その後、「漢の委(わ)の奴(な)」と読む説が登場したとのこと。ただし、後漢では「倭奴(わな)」という国名と認識していたようです。
 金印は、志賀島の南端の傾斜地の土中、大人2人で動かした大石の下から見つかった。とても王墓とも墓とも言えない状況のようです。
 著者は、この金印について「倭奴国」が自力で「倭」地域の盟主になることを期待する後漢から餞別(せんべつ)だったと考えています。
 「倭漢著」倭伝にある「倭国王帥升(すいしょう)」は、「伊都国王」であると推認できる。
 「魏志倭人伝」は特異な存在だ。文字数が極端に多い。「倭国」が文明が文明国であり、魏にとって重要なことを強調している。
 「奴(な)国」は、空見川流域の早良(さわら)に平野にあった。
 「不弥(ふみ)国」は、宇美町にあたる。「伊都国」は、旧怡土(いと)郡志摩郡にあたる。
 「倭の奴(な)国」ではなく、「奴」は「の」と呼ばれていた。
 邪馬台国は、「女王の都(みやこ)する所」である、倭国を代表する国、すると7万戸、人口35万人というからには「須玖遺跡群」や「比恵・那珂遺跡」あたり、つまり春日市から福岡市博多区南部にかけた一帯だというのが著者の説です。
 なるほど、春日市の遺跡と博物館を見学したことがありますが、ここからは博多湾を見渡せる地形でもあり、豊富な遺物の土器から、邪馬台国があったかもしれないと実感しました。
 倭国は「絹の国」だった。自国で絹を生産し、魏から大量の絹製品を下賜(かし)されていた倭国(邪馬台国連合)は北部九州に存在していた。まったくそのとおりです。
(2022年11月刊。1800円+税)

ジェンダーレスの日本史

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者  大塚 ひかり 、 出版  中公新書ラクレ
 トロイア遺跡の発掘で有名なシュリーマンは明治の初めころに日本に来て、公衆浴場の前を通ると、30人から40人の全裸の男女が出てきて、驚きました。そうなんです。このころの風呂は男女混浴があたり前でした。
 それを見たシュリーマンは、「名前に男性形、女性形、中性形の区別をもたない日本語があたかも日常生活において実践されているかのようだ」と話したのでした。
 そのとおり、日本語には性がありません。私は長くフランス語を勉強していますが、この名刺は女性形なのか男性形なのか、今でも迷うことがしばしばです。これは直観に頼って覚えておくしかありません。
 日本の『古事記』や『日本書紀』という正史には、神々のセックスで国や国土が生まれたと堂々と書かれている。性は良いもの、大事なものという前提がある。子作り以外のセックスを罪悪視するキリスト教とは根本的に違っている。なーるほど、そうですよね。
 平安時代の美形は男女ともに、「きよら」とか「にほふ」というコトバで形容されている。
古墳時代前期における女性首長の割合は全国で5割以下、畿内では3割以下で、つまり3割から5割ほどの女性首長が古墳時代前期に存在した。
 いやあ、これってすごいことですよね。日本古来の現実は、女性が活躍する時代だったのです。そう言えば、天皇の先祖はアマテラスという女神でしたよね。そして、神功(じんぐう)皇后はもとより、推古から称徳まで、6人8代の女帝が立て続けに出ていました。なので、現代日本で女帝は認められない、それは日本古来の伝統なのだから・・・というのは、真っ赤な大嘘なのです。自民党の議員さんたちは少しは古代日本の歴史も勉強して下さい。
 平安時代になって、最高権力者の任命でもめたとき、決定権があるのは国母だった。国母、つまり天皇の母に決定権があったのです。国のトップは関白頼道(よりみち)でも天皇でもなく、80歳の彰子でした。
 鎌倉時代になっても、東は北条政子と義時の姉弟、西は後鳥羽院の乳母(めのと)の郷二位が牛耳っている。このように僧慈円は『愚管抄』に書いている。
 日本は明治後半まで、ずっと夫婦別姓だった。平安時代、藤原道長の妻は源倫子と源明子。鎌倉時代、源頼朝の妻は北条政子。室町時代、足利義政の妻は日野富子。
 夫婦同姓になったのは明治31(1898)年に明治民法が施行されてからのこと。わずか100年あまりのことにすぎないのです。
 古代社会、そして平安時代まで、新婚家庭の経済は妻方が負担し、家・土地は娘が受け継ぐことも多かったことから、子の父が誰かは大した問題ではなかった。
 いやあ、これは現代日本とはかなり異なる観念ですよね・・・。
お歯黒をつけるというのは江戸時代の女性とばかり思っていると、この本では、将軍も武士も上流階級の男はお歯黒していたというのです。そして、それが明治期まで続いていたというのには驚きました。
 知らないこと、思い込んでいることがいかに多いかと改めて思い知らされる本です。
 「日本古来の・・・」と自民党が言うのも、大半は「明治の人達は・・・」ということだということもよく分かる新書です。すらすらと読めますから、ご一読ください。
(2022年11月刊。990円)

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