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もうひとつの平泉

カテゴリー:日本史(中世)

(霧山昴)
著者 羽柴 直人 、 出版 吉川弘文館
 平泉の中尊寺、そして金色堂には行ったことがあります。それはそれは見事なものでした。東北のこんなところに、京の都に優るとも劣らない堂があること、そして戦火で焼失することもなく、今に残っているのは、奇跡的としか言いようがありません。
 平泉の文化を築いた奥州藤原氏は中央の藤原氏に連なると同時に、土着の安倍や清原にもつながっている。
 この本は、平泉から北へ60キロメートル離れている「比爪(ひづめ)」にも、平泉とは別の奥州藤原氏がいて、この両者は、お互いが独立性を有する対等で並列な関係にあるとしています。まったく知らない話でした。そして、源頼朝が弟の義経とともに打倒した平泉の藤原一族が滅亡しても、比爪のほうは独自の動きをしていたというのです。
 12世紀の日本では、陸奥国が日本国の東端と考えられていた。平泉が陸奥国府よりも奥に位置し、比爪はさらに奥に位置する。
 奥州藤原氏の仏教信仰は阿弥陀如来信仰ではなく、薬師如来だった。
 12世紀当時、長子相続は確立しておらず、本家・分家といった概念も強い束縛はなかった。兄弟であっても、本家と分家であっても、器量や実力のある者が主導権をもち、勢力を伸張していく時代だった。これは陸奥国だけでなく、当時の日本国の一般的な状況だった。
 比爪にとって最大の重要事は、閉伊と北奥の経営だった。比爪の志向は東と北に向いていた。そして、平泉にとっての重要事は、奥六郡よりも南の地域での勢力拡張と維持だった。平泉の志向は西と南に向いていた。そして、平泉と比爪の双方にとっての重要事は、北奥の産物をめぐっての利益配分の調整だった。両者の利害関係の均衡の維持が奥州藤原氏の繁栄の大きな要因だった。
 源頼朝が平泉征伐するとき、源義経を打倒することから平泉政権自体を打倒することに目的がすり替わった。このとき、比爪の藤原氏は自ら戦いに加わらず、自らの拠点比爪からもいったん退いて、状況をうかがった。
 比爪方は、平泉の泰衡を比内で謀殺することを決めていて、頼朝も承知していた。これが、著者の推測です。そして、比爪の名分を守るため、泰衡を謀殺したのは泰衡の郎従(河田次郎)によるものと公表した。河田次郎は斬罪に処せられ、そのあと比爪の藤原一族は頼朝のもとに投降し、許される。とはいうものの、比爪の藤原一族は、結局、消滅したようです。そこが歴史の複雑怪奇なところなのでしょう。
 ともかく、平泉の北60キロメートルの地点に、別の藤原一族がいて、並立し、共存していたという話を初めて知りました。
(2022年8月刊。税込1870円)

満州、少国民の戦記

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 藤原 作弥 、 出版 新潮社
 著者の父親は満州国陸軍興安軍官学校で国語(日本語)の教授をつとめていた。
 興安街は前に王爺廟といい、今はウランホトという。コルチン高原をふくむホロンバイル大草原に位置するモンゴル人の多い街。
 この軍官学校は蒙古人の陸軍幹部候補生の養成を目的とする士官学校。
 オンドルの燃料は牛糞(アラガル)とアンズ(杏)の根。
 遊牧の蒙古人は魚をとらないし、食べもしない。なので蒙古の魚は人間の怖さを知らないので、よく釣れる。もちろん中国人(漢人)は魚を釣って食べる。
 蒙古人は、骨相も容貌も、皮膚や髪の色も日本人によく似ているので、人種上の親近感がある。
 満州の1月1日は、日本人はおせち料理を食べるが、中国人は旧暦で正月を祝うので、街がにぎあうのは、2月になってから。
 蒙古人は羊を守るために犬を飼っている。夜の間、パオの周囲で寝る羊を守るため、3匹の犬が起きて周囲を徘徊する。それで、昼間は犬たちはパオの中で寝ることが許されている。
 著者の通った興安街在満国民学校の270人の生徒のうち200人の生徒が避難するため白城子へ徒歩行軍している途上の葛根廟(かっこんびょう)付近でソ連軍戦車隊に虐殺された。8月14日のこと。生きのびて日本に帰国できた生徒はわずか十数人。このほか、蒙古人に育てられた残留孤児が数人いる。
 8月9日にソ連軍が侵攻してきたとき、関東軍は一足先に南方へ撤退していた。
 新京に到着すると、関東軍司令部庁舎はもぬけの殻だった。軍関係の役所もすべて退避していて、ガラ空き。
 避難民150人を引率する渡辺中佐は、こう言った。
 「関東軍があてにならないことが分かったからには、独自の判断で行動するしかありません。一致団結すれば、この難民は切り抜けられます」
 見事な呼びかけですね。150人の家族集団をまとめ、満鉄と交渉して2輌連結の列車に乗り込むことができたのでした。
 「日本人の子ども買います」という貼り紙が電柱にあった。相場は300円から500円だった。日本人の子どもは、頭が良くて、大きくなってからも良く働き、親孝行するので、一族の家運が栄えるという迷信が現地の中国人にあった。
 そして、なんとか8月13日、日本に近い安車にたどり着いたのです。3泊4日の避難行、1人のケガ人も落伍者もなく、150人が全員無事だった。奇跡的なことです。よほど引率していたリーダーが良かったのですね…。
 安東は、今の丹東。8月9日のソ連軍の進攻も、まだここには来ていませんでした。
 ところが、もちろん、8月15日を過ぎると、安東市内の建物には青天白の旗がへんぽんとひるがえっているのです。
 著者たち一家も街頭でタバコ売りをしたりして、食いつないでいく生活を始めます。
 マッチは生活必需品のなかでは一番効果で、小箱1個が5円した。米1斤、味噌1斤に相当する。
 中国人の窃盗団には少年が多く、ショートル(小盗児)と呼ばれていた。
 安東の関東軍第79旅団の部隊は9月に入っても、まだ武装解除されていなかった。
 安東市内には、地元民3万人、難民4万人、計7万人の日本人が生活していた。しかし、治安維持委員会がよく機能したおかげで、他の大都市に起きた大暴動は発生しなかった。
 それでも9月10日、ついにソ連軍が安東市内に進駐してきた。日本人会は、ソ連兵接待用のキャバレーをつくって、兵士たちの欲望を吸収した。おかげで、婦女暴行事件は著しく少なかった。このキャバレーを差配していた日本人女性(お町さん)は、あとで、国民党スパイとして八路軍によって処刑された。
 著者は、八路軍による国民党軍の兵士を銃殺する光景を目撃したとのこと。ここでは、日本人も八路軍から何十人も銃殺されたようです。
 それは、日本人元兵士たちが暴動を企画し、実行しようとしていたからでもあります。
 敗戦当時8歳の少年の目から見た満洲の状況が活写されている本です。
(1984年8月刊。税込1200円)

人類学者がのぞいた北朝鮮

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 鄭 炳浩 、 出版 青木社
 とても興味深い、刺激的な本でした。韓国の人類学者が北朝鮮に何度も出向いて、現地の人々との対話をふくめて、北朝鮮の人々をじっくり観察した成果がまとめられていて、よく理解できました。そして、北朝鮮の「金王朝」が簡単には崩壊しない理由もよく分かりました。
 北朝鮮の社会では、個人は体制と首領から自由になることができない。現在のような生半可な外からの圧力は、危機意識を土台とする信念体系に適度な現実味を与え、裏付けるだけ。下手な物理的攻撃は、部分的に社会体系を破壊して狂乱を呼び起こすことはあっても、外部侵略に対する抵抗を基盤にした象徴的な信念体系の正当性を強化させるだけになるだろう。
北朝鮮が本気で破滅を覚悟すれば、長射程砲と短距離ミサイルだけで韓国の情報通信網は破壊できるだろうし、各地の原子力発電所も狙われたら、原発事故以上の大惨事を招いてしまうことは容易に想像できるだろう。
 韓国社会は細かく有機的に繋がっているので、部分的に破壊されただけでも深刻な打撃を受けるが、北朝鮮のような比較的独立した単位で動く社会は、外部からの攻撃だけでは崩壊しづらい。
 大飢饉の時代に全国的に出現した「ヤミ市場」は、以前からあった「農民市場」が危機によって飛躍的に広まったもの。ヤミ市場と市場は女性の空間。そこの80%以上が女性から成る。
週1回ある「生活総和(総括)」は、みなが絶えず自己検閲し、お互いの日常を相互監視する効率的な統制方式。生活総和は、北朝鮮の人々の心と行動パターンに強い影響を及ぼしている。カトリック教の「懺悔」にも似た一種の「告白の文化」と言える。
 北朝鮮では、中国文化大革命もなく、カンボジアのクメール・ルージュの無理な社会実験もなかった。金日成と金正日は、文化伝統と歴史的伝統を強調した。過去の儒教的な特性を改めて強化している。
 北朝鮮の権力世襲は、儒教国家の「道徳的模範」を示し、王位継承に似た徳目を強調することによって成し遂げられた。北朝鮮の建国初期には、金日成というカリスマ指導者を父とみなす個人崇拝から始まった。しかし、長男である金正日に権力が世襲される過程で朝鮮の儒教的家族概念が融合し、嫡子相続の論理が強調されることになった。金正日の三男である金正恩に権力を承継する段階では、「白頭血統」という「革命の宗家」を強調することで、家内(一族)への忠誠を主張した。朝鮮王朝時代の両班(ヤンバン)の家の門中(家門)概念を国家体制のなかで制度化したもの。首領は、革命の最高「脳首」とも表現される。国家と人民に「政治的生命」を与える存在だから。首領なしの革命はありえず、国家も人民もない。
現地の実情をふまえた、大変深い分析がなされていて、とても勉強になりました。
(2022年10月刊。3200円+税)

絶望の自衛隊

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 三宅 勝久 、 出版 花伝社
 自衛隊に入る動機のなかで、経済的な理由は多い。母子家庭で、貧しい。働いて自立しないといけないと思った。そして、次に、自分も災害救助活動に参加したい…。どちらも、もっともな理由です。自衛隊に対して、国民の9割が好感を持っていると言う世論調査もあります(政府広報)。
ところが、自衛隊の内実は深刻に腐敗し、病んでいるのです。その寒々とした実態が次々に紹介されている本です。こんな状況を知ったら、自衛隊になんか入るのはやめとけ、そう言いたくなります。また、防衛大学校に入るのも、やめとけということです。
 自衛隊に入る毎年の新規採用は1万5千人。そのうち3分の1の5千人が中途で退職している。この10年間で4割も増えた。2010年度の中途退職者は33000人、17年度は4200人、19年度は4700人と、年々増えている。
自衛隊の定数25万人弱で横ばい、増えてはいない。そこで、自衛隊は、採用上限の年齢を26歳から32歳に引き上げた。定年退職の年齢も引き上げられていると思います。
パワハラ…、「仕事もできない、愛想もない。人間のくずだ」、「馬鹿野郎、お前は何もできない」
シメ…制裁。大声で叫びながら延々と走らせる「レンジャー呼称」、吐くまで食べさせる「食いジメ」、架空の椅子に座った姿勢を長時間とらせる「空気椅子」、膝の上にコンクリートブロックを乗せて数時間も放置する「正座」…。いやぁ、これはひどいですね。まったく、昔の陸軍の新兵いじめの再現です。
「裏宣誓文」…「さからいません。さからった場合は、どんな処分を受けても文句を言いません」
そんな自衛隊の状況を告発した勇気ある隊員が防大中退者がいます。自死も多く、その遺族が訴えた裁判もあります。
「国」を守るはずの自衛隊が、いったいどんな兵器をもち、それを運用する部隊はどうなっているのか、もっと私たちはその実際の状況を知る必要があると思います。自衛隊が災害救助以外でどんなことをしていて、これからするのか、引き続き実態を明らかにして、大いに議論する必要があると思います。
(2022年12月刊。1700円+税)

カルトの花嫁

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 冠木 結心 、 出版 合同出版
 統一協会(教会ではありません)の信者になったカルト二世の体験記です。その壮絶というべき悲惨な体験談を読むと、かけるべき言葉が見つかりませんでした。
集団結婚式で韓国の男性と2度も結婚し、DV夫と甲斐性のない夫とのあいだで子どもをもうけます。何しろ、韓国では統一協会の信者勧誘のチラシの見出しは「結婚できます」、そして日本の賢い女性と結婚できるというのです。信仰しているふりをした男性が信者として結婚の相手になります。その男性を信仰の力で変えようとします。もちろん、そんなことができるわけもありません。貧しい山村の掘っ立て小屋、風呂どころか便所もないようなところに幼い子どもと住んで生活するのです。いやはや、信仰とは恐ろしいものです。
著者が目が覚めて統一協会と縁を切るようになったのは、教祖の文鮮明が肺炎にかかって、あっけなく死んだことからです。文鮮明が死んだのは2012年9月3日。不死身、神に守られているはずの「メシア」が、いともあっけなく肺炎で死んだのを知り、激しく動揺したのです。文鮮明はメシアなどではなく、ただの人間だった…。これを境に、洗脳は解けていった。
幼いころから信じていた絶対なるものが偽りであると分かったときの恐怖。受け入れがたい苦痛であると同時に、今までの人生をも否定しなければならない、それまでの人生が「無」になってしまうような恐ろしさがある。この瞬間を受け入れるには、とてつもない勇気がいる。いやぁ、本当にそうだろうと思います。これは大変なことだと察します。
親の力を借りなければ生きていけない年齢の子どもからしたら、それを拒否することは、生死にかかわる大問題だ。親から愛されたい、親の願いをかなえたい、そう思うのは当然のこと。宗教二世の子どもたちは、親からの愛情を求めてカルトを選択するしかない。高校生のころは、自分のすべてを犠牲にして信者となった母の言うことを聞いてあげることが、美徳であり、親孝行であると勘違いしていた。ずっと「良い子」を演じていた。
合同結婚式の前に、文鮮明は「日本人には、選民であるうら若き韓国の乙女を従軍慰安婦として苦しめた過去の罪があるため、韓国の乞食と結婚させられたとしても感謝しなければならない」と言った。選ばれた著者の結婚相手が、まさしく、そのような人物だったのです。著者は統一協会の信者時代をふり返って、こう書いています。「私は、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなっていた。わざと心を鈍感にすることで、自分の精神が崩壊するのを防いでいた」。うむむ、なーるほど、そうなんでしょうね。
統一協会は家庭を大切にしようと叫んでいます。それで、それを自民党も受け入れています。しかし、現実は統一協会の信者の家庭はほとんどボロボロになってしまいます。だって、お金はとりあげられ「勤労」奉仕させられて、子どもたちとゆっくりすごすヒマもなくなってしまうのですから…。
この本の最後に、統一協会を抜け出せたら、「めでたし、めでたし」で終われるということではないとしています。安陪元首相を殺害した山上容疑者の母親は、今なお信者であり続けているようです。何千万円ものお金を統一協会に差し出し、生活保護を受けながら細々と暮らしているようです。一家の中に2人も自死した人をかかえて、平穏な生活が送れるとは思えません。なにより、腹を割って話せる友人がいない状況が一番つらいのではないでしょうか…。宗教(カルト)二世のかかえる問題点がよく理解できる本です。
(2022年11月刊。1400円+税)

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