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武蔵野、狭山丘陵

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 高橋 美保 、 出版 現代写真研究所出版局
 蔦(ツタ)が締め付け、蜘蛛(クモ)が舞う。クヌギが朽ち、湧水が浸みる。これはオビにあるフレーズです。写真で、その情景が見事に切り取られています。
 狭山丘陵は武蔵野台地の西北にあって、古多摩川の削り残した残丘。周囲は約30キロ、高さは最高で200メートルほど、平均海抜100メートルの台地。長年の風雨に浸食され、細かい山襞(やまひだ)や斜面から滲(にじ)み出る雨水と湧水によって、谷戸が点在し、複雑な地形になっている。内部には、人工的につくられた二つの湖があり、水源涵養林として、周囲に深い緑を残している。
 太古は原生林だったが、徐々に人間が伐採して、コナラ、クヌギ、クリなどの人工林として育ってきた。湿地にはカエルの卵塊があり、またヘビ(ヒバカリ)も生息している。
 コナラの大木をカズラが巻きついている。クモは見事にラケットの形をした巣をかけている。
 カモもアオサギも湿地あたりでエサを探している。
 狭山丘陵の荒廃の原因は、台風が強力になり、夏冬の変動の振れ幅が増大しているように、気候変動の影響が過酷になっていることにある。
 コロナ禍によって狭山丘陵に立ち入る人が減ったため、荒廃がすすむ一方で、動植物が人目に触れないところで自由を満喫して競争している。
 湿地のカエルが増え、ササ林のクモも一時、急増したが、最近はまったく見かけなくなった。このように増減は不安だ。
 集中豪雨や強風で倒木が増えると、雑木林がまばらになる。一時的に地衣類が増えたとしても、日照が良くなると、湿地が乾燥して草原部分が増加する。
 そんな狭山丘陵という自然の移り変わりが見事な画像として切り取られている写真集です。目の保養にもなりました。
(2023年2月刊。2700円+税)

セリエA発アウシュヴィッツ行き

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 マッテオ・アラーニ 、 出版 光文社
 セリエAで優勝するのをスクデットと言うようですが、この本の主人公アールパード・ヴァイスは、インテル時代に史上最年少でスクデットを獲得した監督。スクデットの獲得回数は計3回、インテル時代に1回、ボローニャ時代に2回。それにパリ万国博覧会カップのタイトルが加わる。
アールパードは、強い意志の力で、イタリアのサッカー界に多くの決定的な新しさをもたらした。練習方法、プロ意識、科学的データの導入など、あらゆる面において、確固たる地位を築いた。
アールパード・ヴァイスは、エレガントな服装、上品な物腰、何より読書が大好きで、サッカーの指導書も書いた。
イタリアのファシストの親玉だったムッソリーニは、当初(1932年)、ユダヤ人排斥はしないと高言していた。イタリアの人口4000万人のうち、ユダヤ人はわずか4万人ほど。ところが、1938年にはイタリアでもユダヤ人排斥が始まった。ユダヤ人は、医師・弁護士・大学教員など、社会的地位の高い職業において割合が高かった。反ユダヤ主義者の動機はいろいろで、日和見主義、個人的打算、野心、経済的関心。
ドイツでは一般市民がユダヤ人家族が追放されると、その家に堂々と入り込んで、ユダヤ人家族の所有物を我がものにしていった事実があります。この「利益」が反ユダヤ・キャンペーンを支えたのでした。イタリアでも同じようなことが起きたのでしょう。
ユダヤ人について、事実に反するグロテスクなイメージが流布され、広がりました。
「血走った目をしていて、やせている。肌の色は黄色ばんでいて、髪はボサボサ」
「カトリック文明はユダヤ人高利貸しに支配されている」
「ユダヤ人の金銭への愛着は尽きることがない」
アールパードはユダヤ人でありながら、子どもたちにはカトリック式の洗礼を授けさせた。恐怖の1938年、ユダヤ人は公職から追放されるだけでなく、大企業の重役、銀行員、そして消防隊員などから排除された。当時のボローニャでは人種差別はほとんどなかった。ところが、沈黙の壁が広がった。
1939年1月、アールパードはフランスに行った。そこで落ち着けず、次はオランダのドルトレヒトへ。
ユダヤ人をドイツでは「ユーデン」と呼び、イタリアでは「エブレイ」と呼んだ。
ユダヤ人には迫害に抵抗するだけの能力の高さがある。
ナチスドイツがオランダに攻め込んできたとき、わずか5日間でオランダはナチスドイツに降伏した。1938年8月、イタリアではユダヤ人の財産がすべて没収された。ユダヤ人の国外追放を利用して、その財産をかすめとった者も少なくなかった。1942年8月2日午前7時、オランダ警察ではなく、ドイツ警察がやってきてアールパードを連行していった。オランダから搬送されたユダヤ人は4万人。ところが、彼らは切符を買わされた。死にに行くのに、お金を払わされたのだ。
西欧諸国のなかで、最も多いホロコーストの被害者を記録したのがオランダだった。「アンネの日記」のアンネも、オランダに潜んでいたのでしたよね・・・。
ナチス親衛隊の目標は、ユダヤ人を証拠を残さず消すことだった。なので、逮捕・連行は一般市民がまだ寝ている早朝に行なわれた。アウシュヴィッツに向かったオランダのユダヤ人のうち生還できたのは1000人弱でしかない。ソビボル強制収容所に連行されたユダヤ人3万5000人のうち、生存者はわずか19人。
イタリアの栄光のサッカー監督がユダヤ人であるというだけで逮捕・連行され、一家もろとも殺害された事実を掘り起こした労作です。ファシズムのうねりは目のうちに積まなければ止めようがなく暴走してしまうこと、このことを日本人の私たちも「戦前」になろうとしている今、歴史の教訓として深く学ぶ必要があると改めて思ったことでした。
(2022年10月刊。1800円+税)

アマゾンに鉄道を作る

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 風樹 茂 、 出版 五月書房新社
 アマゾンに鉄道をつくる話だというので、ブラジルの話かと思うと、そうではなく、アマゾンの源流のあるボリビアでの鉄道づくりの話でした。
 1986年5月のことです。著者はまだ20代で、体重も50キロありませんでした。
 目的地のチョチスは、熱帯雨林とサバンナの境界にある、人口1000人もない小さな村。1979年1月の豪雨災害によって鉄道が打撃を受け、復旧したものの、本格的な復旧工事が必要だというので、国際入札があって大成建設と日建ボリビアが落札した。総額55億円の予算で、日本がJICAとODAを使った事業をすすめることになって、著者も現地に派遣されたのです。
 ボリビアは一つの国でありながら、実は二つの国。低地と高地で、気候風土、人種、文化、風俗がまったく違う。
 このアマゾンでは、初対面の男女は、口に軽くキスをするのが習慣。ここでは、10代半ばから、男と女は無数の短い恋愛を繰り返す。10代でも夫の違う子どもを2人か3人かかえている娘は何人もいる。アマゾンでは、男女は知りあうには易く、添い遂げるのは難しい。
 このチョチスは陸の孤島で、母系の強い社会。男性は単なるセックスの相手、子種のための存在、だから、遺伝子は遠いほどいい。そして、子どもは成長するのが速い。
 また、子どもは1歳から2歳で死ぬことが多い。兄弟7人いても半分以上は死ぬ。運がよく、強い者だけが生き残る。死はいつでも身近だ。そして、退屈な小村にあって、死は祝祭でもある。
 アマゾンには日系移民がいるから、日本の食材がつくられ、日本食が食べられる。
労働者の主食はイモのほかは牛肉。しかし、やけに固い。むしろ豚肉や鶏肉のほうが高い。牛の頭は、ここではごちそう。
 ボリビアは夜でも街を歩けて安全だった。総じて、ボリビア人は人がよい。
 2008年、22年ぶりにチョチスを再訪。2012年のチョチスの人口は635人。鉄道は立派に残っていた。しかし、貨幣に頼るようになった村人たちは、かえって貧しくなった。
22年前に知っていた人のうち3人が死亡、1人が刑務所にいて、行方不明が3人。男に逃げられた女性は数知れない。
 著者は最後に、アマゾンからの告発をのせています。やたらな開発なんてまっぴら。貧困は環境を破壊しない。環境を破壊するのはあくなき富の追求と、その結果としての環境破壊がもたらす貧困だ。
 まったく、そのとおりですね。アマゾンの鉄道をつくった経験と現在への思いにあふれた本です。大変面白く読みました。
(2023年2月刊。2200円+税)

中国残留日本人

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 大久保 真紀 、 出版 高文研
 戦前の満州に、日本は大量の開拓団員を送り込んでいました。ソ連との国境近くに開拓団を置いて、いわば軍事上の抵抗拠点としようとしたのです。青少年義勇軍も送り込みましたが、「軍」というほどの実体はなく、要するに農民が自衛用の小銃を持っているだけのことでした。1945年8月9日、ソ連軍の大軍が怒涛のように満州に攻め込み、たちまち開拓団は逃げ惑うばかりでした。
 幼い子どもたちを引き連れて日本へ帰ろうとしても、お金も食べ物も何もないうえ、ともかく身の安全さえ脅かされているなか、我が子を中国人に託して生きのびさせようとする母親がいたのも自然な流れでした。
この本の前半は、中国人の養父母の下で養育され、本人は中国人だと思っているのに、周囲からは「日本鬼子」として、いじめられる女の子の話です。それでも周囲のいじめに負けることなく、養父母の下で健康に育ち、ついに日本へ帰国。ところが、顔が似ているから実の親だと思っていると、DNA鑑定で親子ではないとされる。すると、途端に「親」は冷たく扱うようになり、家を出て行けと求められるのです。
 中国へ帰されようとしているとき、河合弘之弁護士(今や、原発訴訟でも有名です)が救いの手を差し伸べました。この河合弁護士も戦前、新京(長春)に生まれ、日本へ引き揚げてきた人でした。そして、この女性は偶然の機会に、実の姉妹とめぐり合うことができたのです。まさに運命の出会いでした。
 後半には、1993年9月5日に起きた「強行帰国」の顛末が紹介されています。細川首相の頃のことです。56歳から80歳までの年老いた女性たち12人が自費で中国から成田空港にやって来て、首相官邸に押しかけ直訴しようとしたのです。この12人の女性たちは宿泊所もないため、空港ロビーで夜を明かしました。長く中国に住んでいるため日本語を話せるのは3人だけ。新聞で報道されると、早朝の成田空港にはテレビ局のワイドショーのクルーも押しかけてきて、新聞、テレビで大きく報道され、大騒動となったのです。要するに、自分たちは日本人である、中国から日本に帰りたい、肉親は受け入れを拒否しているので、日本に帰っても生活できない、国の支援が必要だと訴えたのです。
 実際にも、日本語を話せないため、仕事もできないので、生活保護を受けるしかありません。そうなんですね。やはり自分の生活と権利を守るためには、実力行動が必要なことがあるんですよね。今のフランスのデモとストライキも同じです。ゴミ収集がないからパリの街がゴミだらけになっても、それは一時的なことなので、長い目で見たらデモとストライキを支持したほうが自分たちの生活と権利を守ることになる、そう考えてパリ市民は我慢しているのでしょう。
 「強行帰国」をした結果、すべてが万々歳ということではありませんが、局面を大きく打開して、日本社会への定義を結果的に大きく助けたと言えるようです。よかったですね。1994年、中国残留邦人等帰国促進・自立支援法が成立しました。
 たとえ「自分の意思で」中国に残ったとしても、永住帰国を望んだら、全員が日本に帰ってくることができる、その帰国旅費は日本政府が負担し、公営住宅の入居をあっせんするという法律です。大きく前進したのでした。
 いずれにしても、国が鳴物入りで旗を振った政策でも、いつかひっくり返ることがある、実は国はアテにできない、でも簡単にあきらめず、要求を行動で示したら、きっと何かいい方向に向かうだろう…。そんな元気の出てくる本でもあります。
(2006年6月刊。2400円+税)

武器としての国際人権

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 藤田 早苗 、 出版 集英社新書
 久しぶりに目を洗ってすっきりする思いのした本です。
 生まれてきた人間すべてに対して、その人が能力を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを政府に要求する権利が人権。人権の実現には、政府が義務を遂行する必要がある。その義務は次の三つ。
①人がすることを尊重し、不当に制限しないこと(尊重義務)
②人を虐待から守ること(保護義務)
③人が能力を発揮できる条件を整えること(充足義務)
 人権は、すべての人が持っているとされる権利で、あらゆる人間の尊厳を重視して、自分の仲間であってもなくても同等に扱われるべきというもの。
日本では、この意識が希薄だ。弱者があわれまれる「かわいそうな状態」にとどまっている限りは同情される。しかし、自らを弱者に追い込んだ社会の問題を指摘し、権利を主張すると、それは否定的に受けとられ、「わがまま」「身の程知らず」と批判されることが多い。
日本政府は国連の勧告を受け入れず、無視した。あげくに国連への任意拠出金を支払わなかった。
 日本の相対的貧困率は、アメリカに次いで2番目に高い。日本の生活保護の捕捉率は2割。残る8割、数百万人が生活保護からもれている。
イギリスでは同居している夫婦間と、16歳未満の子どもに対して以外に扶養義務はない。
 つまり、日本のように生活保護の支給にあたっての「親族への照会」というのはないのです。しかも、日本では生活保護の支給がどんどん切り下げられています。軍事予算のほうはアメリカの言いなりになって不要不急でムダづかいばかりしているのに…。
従軍「慰安婦」は、かつては中学校の教科書に記述されていましたが、今ではすっかり姿を消してしまいました。ひどいです…。
日本のメディアの独立性は脅かされています。高市大臣(自民党)の「ねつ造」発言も、いつのまにかウヤムヤになって終わってしまいそうです。許せません。
 そして、日本の投票率が低いことの要因の一つとして、マスコミの選挙報道の少なさがあります。たとえば維新の「嘘」はそのまま垂れ流しても、その真実、たとえばカジノ誘致、保健所の大幅な削減、首長の退職金「ゼロ」(実は増額)はほとんど報道されません。
 日本の女性警官は8%。イギリスは30%。
「夫婦別姓」の選択肢がないのは、世界で日本だけ。江戸時代まで、日本も夫婦別姓だったのに…。統一協会の影響力から自民党(右派)は脱却できないままなのです。
 日本の女性医師は21%で、OECD加盟国37国の中で最下位。アメリカですら34%なのに…。
マスコミは国連のルールを知らないまま、日本政府の言いなりに、それを垂れ流している。外国人の人権をないがしろにする国(日本)が、女性や障害のある人生活困窮者、性的マイノリティなどの社会的弱者の人権を尊重するだろうか…。
 この本の冒頭で、イギリスにはコンビニはないし、町の店は夕方6時には閉店するし、宅配の最終便は夕方5時。それでも社会はまわっていることが紹介されています。おかげでイギリスには過労死はありません。「カローシ」は国際語になったといっても、日本特有の現象です。
 フランスでは、頻繁にストライキがあって地下鉄やバスが止まり、ゴミ収集もない。みんな不便。でもストライキは労働者の権利だから、我慢する。
日本も多少の迷惑をかけても要求して行動していいんだという国にしたいものです。
(2023年3月刊。1100円+税)

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