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セロ弾きのゴーシュの音楽論

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著者:梅津時比古、出版社:東京書籍
 花巻駅の近くに宮沢賢治記念館があります。そこで「セロ弾きのゴーシュ」のビデオをみて、しばし童心に帰りました。花巻温泉には夜になると「銀河鉄道」をスポットライトで浮かびあがらせる仕掛けの崖があります。なかなか幻想的なシーンが再現されます。もう一度行ってみたい場所です。
 音痴な私には音程なんて、とんと分かりません。身体の反応が鈍いのです。今さら親をうらんでも仕方がありません。私の子どもたちも親の影響を受けて音楽のセンスが弱いようです(私のように欠けているとまでは決して言いませんが・・・)。
 宮沢賢治もセロ(チェロ)を入手して練習し、上達するため上京して特訓を受けたことがあるそうです。ところが賢治は上達しなかったのです。「弘法、筆を選ばず」というが、事実は限りなく逆である。弦楽器奏者は、上達すればするほど自分に合った楽器選びが課題となり、そのことに苦労する。弘法であるからこそ筆を選ぶ。
 弦楽器は、舞台に出ても演奏前に必ずチューニングする。舞台袖や楽屋でチューニングするか、舞台に出てもう一度チューニングしなければいけないのだ。それだけ音程というのは数値を超える微妙な要素をもっている。袖と舞台とでは空間の広さがまるで違い、空気の温度、照明の度合い、出した音が跳ね返ってくる時間なども全く異なるから・・・。また、宮沢賢治の童話を読んでみたくなりました。

スペイン内戦

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著者:川成洋、出版社:講談社学術文庫
 1937年7月、マドリード防衛戦のなかで1人の日本人が戦死しました。スペイン国際旅団にアメリカから身を投じたジャック白井(当時37歳)です。
 この本は、スペイン内戦の経過を国際旅団に焦点をあててコンパクトに紹介しています。55ヶ国から4万人の若者が義勇兵として自発的に参加して国際旅団が結成され、スペイン内戦に共和国軍側兵士として闘いました。参加者の実に3分の1が戦死しました。ナチス・ドイツの後押し、スターリンの消極性もあって、結局、スペイン内戦ではファシストのフランコ将軍が勝利をおさめたことはご承知のとおりです。
 北海道出身の日本人が国際旅団に参加していたこと、その戦死に際して2つの追悼詩が国際旅団の機関紙に掲げられたことを知って、同じ日本人として何だか誇らしく思いました。

トラウマの心理学

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著者:小西聖子、出版社:NHKライブラリー
 PTSDとかトラウマという言葉がやっと分かりかけてきました。殺人事件の遺族について、他人(ひと)と話す気になれるまで早くて半年から1年ほどかかるそうです。本当にそうだろうな、と思います。
 幽体離脱ということが紹介されています。たとえば強姦されている被害者が強姦されている自分を上から見ている体験をするというのです。上から見ている自分は強姦されている自分の苦痛を感じることはありません。そういう「感覚」が起き、苦痛を回避するのです。自分では対処できないような苦痛を強いられたとき、そのような事態を変えることができないのなら、自分の側を変えて精神を守ろうという、人間が自分を守る働きのひとつなのです。
 PTSDには薬物治療も有効で、SSRIという、脳内のセロトニンの再吸収を抑制する薬があり、副作用も少ないそうです。精神療法(セラピー)のひとつにEMDRという眼球を左右にリズミカルに動かすことで感情の処理過程を促進し、トラウマティックな記憶に伴う苦痛な感情を脱感作させるものがあることを初めて知りました。
 また、セラピストは、意欲的にやろうとする人ほどバーンアウト(燃えつき症候群)しやすく、3年ないし5年のうちに大半がバーンアウトを体験するそうです。それだけ加害者を社会復帰させる仕事は難しいというわけです。

クライマーズ・ハイ

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著者:横山秀夫、出版社:文芸春秋
 面白い。これぞ小説の醍醐味だ。読みはじめるや否や、すぐ地方紙の社会部記者になったかのように、日航機墜落事故を追う重苦しい雰囲気に浸ることができた。
 1985年8月。いったい、あのとき自分は何をしていたのか、今ではもう思い出せない。もちろん福岡で弁護士をしていて、ときどき飛行機で上京していた。だから、大阪行きの飛行機が落ちたことを知って、ヒヤッとしたことを覚えている。でも、相変わらず飛行機には乗っている・・・。
 地方新聞の内部の葛藤が描かれ、スクープ合戦と販売部門との対立抗争が見事なまでに生々しく暴かれる。日航機事故という大惨事を売りものにしようとするジャーナリズムの限界を知り、苦悩する記者魂にぐいぐいひきこまれていく。記者の生き甲斐とは何なのか。

シンポジウム・三角縁神獣鏡

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出版社:学生社
 景初3年6月に卑弥呼の使いが魏の帯方郡に到着して朝見を願い出た。帯方郡では役人を同行させて都の洛陽に出かける。景初4年、卑弥呼は朝貢し、親魏倭王に封ぜられ、銅鏡百枚を授けられる。いま 日本各地に出土し、中国本土には出土しない三角縁神獣鏡が、その「銅鏡百枚」なのか、長年論争されている。中国でつくられた、いや日本でつくられた、中国の工人が日本でつくったもの、いくつもの説があり、まだ決着がついていない。
 この本は、鏡の部分を拡大して、その違いを説明しながら、論点を整理していて、大変勉強になった。

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