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明治前期の法と裁判

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著者:林屋礼二ほか、出版社:信山社
 今から130年前の明治8年(1875年)の民事訴訟の新受件数は32万件を越していました。これは、その110年後の昭和60年(1985年)の同じ新受件数とほとんど同じです。明治はじめの人口は3,555万人ですから、今の3分の1でしかありません。ですから、当時の32万件という裁判の件数がいかに多いか分かります。
 さらに、今の調停にあたる勧解という制度があり、その利用件数の方もとてつもなく多かったのです。明治10年に65万8千件、明治16年には109万件に達しています。信じがたいほどの利用件数です。
 ところが、その後、急速に裁判も勧解も申立件数が減ってしまいます。これについて、従来は、貼用印紙税の導入など政府の提訴(濫訴)抑制政策によるものという学説が有力でした。私もそうではないかと思ってきました。ところが、本書は、新しい裁判制度が始まったことを知った庶民が、それによって解決されることを期待し、従来から抱えていた紛争を裁判所に持ち出したから増えたのであって、それが一段落したら提訴件数が減っていくのは当然な流れだと説明しています。なるほど、それにも一理あるように思います。
 まあ、それにしても「日本人は昔から裁判が嫌いだった」なんていうのは、まったく根拠のない俗説であること自体は明らかです。
 また、この本では明治10年ころの東京地裁における離婚訴訟の実情も紹介しています。妻からの離婚訴訟が認められたのは明治6年のことです。日本最初の離婚判決は明治9年にあったようですが、明治10年10月19日の離婚判決が残っています。
 明治10年から明治31年7月までの離婚判決145件のうち、妻からの訴訟が93件(妻の勝訴が、うち67件)、夫からの訴訟は16件、夫による妻の取戻訴訟が18件、妻からの離婚拒否訴訟が10件などとなっています。妻からの申立の方が多いのです。
 妻には「己むを得さるの事故」があるときには離婚を認められたのですが、離婚理由は、妻の衣類の無断質入、夫の不貞行為、虐待、破綻主義の順になっています。やっぱり昔から日本の女性は強かったのです。

ひきこもり文化論

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著者:斎藤環、出版社:紀伊国屋
 ひきこもりの人口は100万人、平均期間は4.1年。平均年齢は20歳前だったのが、今では20代となり、30歳以上は珍しくない。ひきこもりの最年長は40代後半になっている。今や、ひきこもり救出ビジネスまで世の中に現われた。「2時間でひきこもりを直す」という自称カウンセラーすらいる。
 ひきこもっている若者の心の中は、焦燥感と惨めさで充満し、激しい空虚感や絶望的な怒りに襲われている。一見すると、無為・無気力のように見えても、「普通の生活」に対する憧れの強さは平均的な若者の「意欲」の比ではない。ひきこもっている人のコミュニケーション拒否は、むしろ絶望的なまでのコミュニケーションへの憧れを背景としている。
 ひきこもりの相談は1年間で1万4千件ほどあり、その77%が男性。ひきこもり期間が10年以上というのも2割ほどある。家庭内暴力も同じく2割ある。
 親しい友人や恋人関係が成立すると、特別な指導や指示はなくとも、多くのケースでアルバイトや通学を始めるようになる。
 著者は、青少年がひきこもる権利を社会がしっかり保障すべきだと主張しています。「ひきこもり」が生き方の選択肢のひとつにまで高められるとき、「ひきこもり」は減少するというのです。ひきこもりについて深く考えさせられる本でした。私の住む団地にもひきこもりの子どもたちがいます。決して他人事(ひとごと)ではありません。

ディリー、砂漠に帰る

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著者:ワリス・ディリー、出版社:草思社
 私は前に出た『砂漠の女ディリー』も読みました。アフリカに生まれ育った女性が苛酷な運命とたたかって、ついに世界のスーパーモデルになるまでの数奇な半生に心をいたく揺り動かされたことを今も鮮明に覚えています。でも、この本を読んで、
あっ、彼女の生まれ故郷はアフリカのなかでも、今も戦争状態にあるソマリアだったんだと気がつかされました。そうです。泥沼の内戦が今も続いています。アメリカでさえ手を焼いて撤退したあのソマリアへ、生まれ故郷に今も住む両親のもとへスー
パースターのディリーが命がけで帰ったのです。
 幸いにも、アラーのおかげで1週間、ディリーは両親とともに過ごすことができました。死んだと思われていた娘が帰ってきて、両親はどんなにか喜んだことでしょう。でも、ディリーが母への最高のプレゼントだと思って手鏡を差し出したとき、母親は鏡に映った自分の顔が老けているのを見て、鏡の受けとりを拒否しました。人間の美しさは内面にあるのです。鏡なんか必要ありません。歯みがきセットも、そんなもの必要ないとして、喜ばれませんでした。砂漠ではうがいのために水を浪費するなんて、考えられないことなのです。
 ディリーが小学校を訪問しようとするとき、衣裳選びに親兄弟からケチをつけられる場面があって笑わされました。ファッションショーで衣裳を売りこむのが仕事の世界のスーパースターが、自分の衣裳選びもままならなかったというのです。
 砂漠の民は、たとえば、女性は生理用品を使わない、生理中は、古くなった暗い色のドレスを着て、家の中にじっとしているだけ。ソマリアの花嫁は結婚式の夜、縫合された傷をあけられる。セックスができるように、ナイフで傷を少し開くのだ。翌朝、義理の母親が花嫁を確認し、血が流れているのを見れば、花嫁が痛みに耐えて夫を受け入れたことが分かる。義理の母親はこれを村中に触れまわり、花嫁の勇敢さを讃える。
 著者は幼いころに受けたFGM(女性性器切除)について告白し、その廃絶に向けた取り組みのため国連の特別大使にもなっています。その勇気を讃えたいと心から思わせる良書です。

がんから始まる

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著者:岸本葉子、出版社:晶文社
 エッセイストの著者が、40才のときに珍しい虫垂がんと診断され、手術を受けることになりました。健康には人一倍気をつかってきたのに、がんになるなんて・・・。やっぱり病気はなるときにはなるものだ。著者は、そう達観します。
 でも、入院生活そして手術を受けて退院する日々では動揺もさけられません。その揺れ動く気持ちを、さすが本職のエッセイストですから、文字にあらわしたのです。
 現在進行形の出来事であっても、文字に定着していくことで、自分にとって過去のことにできるのだ。そういう言葉が出てきます。著者は手術後2年たって、元気に生きています。何事もあきらめないことが肝心のようです。

となりのコリアン

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著:在日コリアン研究会、出版社:日本評論社
 久留米の馬奈木弁護士の長男の馬奈木厳太郎氏も著者の1人です。というか、厳太郎氏が久留米で憲法を講義するのを拝聴して感心したので、そこに並べてあったこの本を買って読んだというわけです。
 「在日コリアンの子どもたちに対する嫌がらせを許さない若手弁護士の会」という長い名前の団体があります。福岡で司法修習をしていた杉尾健太郎弁護士(東京)が代表です。
 在日コリアンをはじめ、日本にいる外国人と仲良くしていくのは、地球に生きる日本人にとって必要不可欠のことなのです。いま、拝外主義の風潮が日本社会に広がりつつあるのを、私も心配しています。日本社会がゆとりと寛容のこころを喪いつつあるということだと思います。戦争やテロのない平和な国際社会を築きあげるのは、私たちみんなの責任です。

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