著者:栗林慧、出版社:フレーベル館
すごい「虫の目カメラ」です。2年もかけてつくりあげた独創的なカメラです。1センチほどの大きさの虫たちが巨大な怪獣になり、しかも背景とともに鮮明な映像なのです。ピントをあわせたところ以外はボケるのが当然なのに、全体状況がくっきりして見ることができます。
栗林氏には『アリになったカメラマン』など、たくさんの写真集があります。見るたびに感嘆します。それにしても、昆虫って、遠くに過ぎ去った幼いころの淡い思い出に浸らせてくれますよね・・・。
2004年8月1日
2004年8月1日
著者:栗林慧、出版社:フレーベル館
すごい「虫の目カメラ」です。2年もかけてつくりあげた独創的なカメラです。1センチほどの大きさの虫たちが巨大な怪獣になり、しかも背景とともに鮮明な映像なのです。ピントをあわせたところ以外はボケるのが当然なのに、全体状況がくっきりして見ることができます。
栗林氏には『アリになったカメラマン』など、たくさんの写真集があります。見るたびに感嘆します。それにしても、昆虫って、遠くに過ぎ去った幼いころの淡い思い出に浸らせてくれますよね・・・。
2004年8月1日
著者:李強、出版社:ハーベスト社
中国の農業就業者の率は60%、日本の8%、アメリカ3%、フランス7%に比べて格段の大きさです。
中国には档案という、個人の一生の経歴、家庭背景、親族の所属状況などを記載したものがありましたが、今は多様なタイプの企業が出現して突破されてしまいました。
中国人の百万長者は1988年に5000人あまりだったのが、1993年に100万人をこえ、1995年には300万人以上とされています。
中国の1980年代はじめに「脳体倒掛」という言葉があらわれました。肉体労働者の平均収入が頭脳労働者より高いという現象を意味しています。それがなぜなのか、人々を困らせました。しかし、今から10年前の1994年には「脳体正掛」に転換しました。頭脳労働者の平均収入の方が上まわるようになったのです。1993年の1年間で、政府機関をやめて新たな実業(ビジネス)に就いた知識人が30万人います。大量の頭脳労働者の「下海」は中国の民営者一般の素質を変えてしまいました。多くの知識人は「創収」を通して、最終的には「下海」の道を選んだのです。
中国では「階級」という言葉に嫌悪感があり、利益集団とか利益グループと言いかえます。特殊受益者集団、一般受益者集団、相対的利益損失者集団、社会的下層集団という四つの利益集団があるとされています。いま中国には、「文人下海」という知識人が実業つまりビジネスをやる、「知本家」という知識を資本とする企業家という言葉があります。
中国の都市貧困人口は3000万人いるとみられ、犯罪集団もふえています。
単位の終身雇用制度に変化が生じ、都市においては、単位に帰属しない集団、たとえば自由業者、個人経営者、都市に入った出稼ぎ農民などが出現しはじめています。
中国のいまを知るうえで役に立つ本です。
2004年8月1日
著者:藤原帰一、出版社:ロッキングオン
新進気鋭の東大法学部教授のトーク本です。なかなか含蓄深い本でした。
正義のための戦争は、欲得づくの戦争よりも、もっと苛酷で悲惨なものになる。宗教と戦争が結びつくと、戦争がどうしようもなく悲惨なものになる。
日本人のイラク戦争への反応で一番びっくりしたのは、ただの無関心だった。日本に住むかぎり死ぬことはないから・・・。
いまの国際社会では、デモクラシーではない政府は政府の資格がないというのが当然の前提とされている。これはアメリカの政策の結果では決してない。
日本のこと、世界のことを改めて考えさせる本でした。
2004年8月1日
著者:かどかみむつこ、出版社:廣済堂
表題にだまされてはいけません。犬は人間のセラピー犬としても役にたつという本です。
といっても、この本が面白くないというわけではありません。犬族は、実験犬としても人間に役立っているのです。私は初めて知りました。
しかし、それもさることながら、犬は昔から人間にとって、心のいやしに欠かせない存在だったことが、この本を読むと改めて再認識させられます。
2004年8月1日
出版社:山と渓谷社
私は月に1回、近くの小山にのぼることにしています。高さ400メートルもありませんが、戦国時代は頂上付近が山城になっていました。自宅から頂上まで歩いて1時間。広々とした頂上でお弁当を開きます。梅干し入りのおにぎりを爽やかな風に吹かれながら食べるのは格別です。もちろん、その前に上半身も裸になってタオルで汗をぬぐってさっぱりします。お腹がくちくなったら、少しベンチで横になって休みます。頭上をゆったり白い雲が流れていきます。至福のひとときです。
私は、高い山にのぼったことはありません。フランスのシャモニーに行ったとき、ケーブルカーに乗って高い峰にのぼったことがあります。頂上に着いたとき、周囲を見まわすと、なんと日本人観光客が、わんさかだったことを今も鮮明に覚えています。
この本は本格派の登山家を中心として、有名な登山家137人が山登りの魅力を語ったものです。不破哲三から徳仁親王までいます。不破哲三は日本共産党の議長ですし、私の尊敬する人ですから、すぐ分かりました。でも、徳仁親王とは一体だれだろうとおもってしまいました。あとの説明を読んで、奥さんが雅子とあったので、ああ、いま話題の天皇の息子かと思いあたりました。可哀想に、いわば単なる肩書きしかなく、普通の名前はないのですね・・・。山野上(やまのうえ)一太郎(いちたろう)というような名前がないと、フツーの人間じゃないよね。そう思いました。それはともかくとして、これまでの登山回数150回以上というのですから、私はとても及びません。天皇一家も、案外、フツーの人間の生活をしているんだなと思いました。
ひとつの成功を機に堕落していく人を、これまで幾度も見てきた。人間やれば何でもできる。過去の自己にしがみついているうちに時はどんどん流れていく。
山に入ると、心の棘がぽろっと落ちた、と感じる瞬間がある。
山が好きな人たちの言葉があふれている本です。私も汗びっしょりになりながら苦労して山にのぼっているとき、どうしてこんな苦労しているのだろうと、いつも不思議におもうことがあります。でも、頂上にたって、見晴らしのいいところで爽やかな風に吹かれると、ああ、山にのぼるっていいな、いつもそう思うのです。