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かっかどるどるどぅ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 若竹 千佐子 、 出版 河出書房新社
 18歳のとき上京して、大学構内にある寮(駒場寮)に入りました。6人部屋です。九州・福岡出身が2人、関西出身が3人、そして1人が東北出身でした。関西出身の3人はまったく臆することなく関西弁で話します。私ともう一人の福岡出身は、おずおずと標準語を話そうとします。私が困ったのは、家庭教師に行った先での会話です。田園調布に邸宅を構える幹部級の銀行員の子ども(男の子)でした。子どもへの教え方は知りませんし、九州弁を出さないようにしようと思うと、言葉がうまく出てこないのです。ここは、たちまちクビになりました。でも、ほっとしました。あまりに窮屈でしたから…。次に行ったのは、荏原(えばら)中延の商店街の近くです。ここでは毎回、美味しい夕食をいただき、それが楽しみでした。いえ、豪華というより、いかにも家庭料理でした。教える相手は中学校の男の子でしたが、気楽に話せて、少なくとも2学期ほどは続いたと思います(週1回で月6千円でしたか…)。
 寮で東北出身の彼は東北弁を話すのは九州弁の私たちと同じほどは気にしていました。どんどん親しくなって、打ち解けてくると、地の東北弁で話しはじめるのです。まったく嫌味のない人柄でしたので、NTTに就職したあと、子会社の社長にまで出世したと聞きましたが、なるほど…と思いました。
さてさて、前置きが長くなりました。この本では、この東北弁が大活躍しています。
 この本に登場する女性の一人は、自分を振り返って、こう言う。
 「若いころのあたし、なんで、あんなもの知らずだったんだろ…。なあんにも考えてなかったね、あきれるくらいにさ。ただ周りに調子を合わせて言っていた。あたしなんて、どこをどうちょん切ったって、平凡。美人というわけでなく、といってブスというほどじゃない。金持ちの家に生まれたってわけでなく、貧乏というほどでなく。学校の成績だって、真ん中をうろうろ。どこにでもいる、その他大勢…」
 いやあ、世の中は、こんなんで埋め尽くされているんですよね、きっと…。
夕暮れどき、バス停のベンチで缶コーヒーを飲んでたら、自分より少しだけ若い男が話しかけてきた。そして、二人で安宿に入った。話がしたいって、ただ活かしたいって繰り返した。もう1ヶ月以上誰とも話してないんですよって…。生きてるのかな、オレ、もう、逃げたい。
 あの言葉があふれた自然と。かっかどるどるどぅ。つま先から頭のてっぺんまで、どおって言葉が雲流のように流れた。冷たくて、あったかいの、いっしょくたんに。
 つながっている、ひとりじゃないんだ、かっかどるどるどぅ。
 テレビにロシアが侵攻したウクライナの子どもがうつっているのを見て、こう言った。
 「あのわらしこは親にはぐれだんだべが、死なれでしまったべが。これから、何如(なんじょ)になるのだべ」
 もう東北弁を隠そうとしなかった。故郷の辛い記憶を呼び覚ます言葉をずっと封印してきた。友だちかはしばしに見せる東北の訛(なまり)が故郷の言葉を呼び起こしたのかもしれない。一度使うと、堰(せき)を切ったように懐かしい言葉があふれ出た。この言葉が好きだと思った。あったかいと思った。東北弁で話せば、やっと故郷と折り合いがついたような気もした。そして、こうも言った。
 「民主主義ってのはさ、多数決だのなんだの言うども、おらが思うにさ、一番大事(でえじ)なことは、自分が大事ってことなんだ。自分が大事だから、他人(ひと)も大事ってことなんだ。自分も他人もみんな大事な存在なんだずごとを、あの男(プーチン)は分かっていね。自分はばり偉(えれ)ど思ってる。自分にみんなペコペコ従うべきだと思ってる。自分は王様、他人は虫けらなんだ。そうまでして他人を支配してんだべか」
 著者は岩手大学の学生のころ、セツルメント活動にいそしんでいたとのこと。私のほうがひとまわり年長なのですが、私も大学生のとき3年あまりセツルメント活動をしていました(川崎市幸区古市場で青年サークル)ので、ともかく手にとって読みはじめました。申し訳ありませんが、芥川賞をとり、68万部も売れたという『おらおらでひとりいぐも』のほうはまだ読んでいません。岩手で活動している大学同期の石田吉夫弁護士からこの本を贈呈してもらいました。ありがとうございます。
(2023年5月刊。1650円)

水族館飼育員のキッカイな日常

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 なんかの菌 、 出版 さくら舎
 水族館の主役は生きもの。水族館というと、福岡の海の中道にあり、別府の「海たまご」そして、鹿児島のイルカの泳ぐ水族館をすぐに思い出します。
 水族館も博物館のひとつだなんて、初めて知りました。
 著者は水族館とは専門違いの美術史専攻で、博物画を研究していたのですが、ひょんなことから水族館に飼育員として就職してしまったのです。そのトホホ…な苦労話が、ホノボノ系のマンガとあわせて紹介されていますから、よく理解できました。
 魚も大変個性が強いということを初めて知りました。脱走癖のあるタコ、元気なのに突然絶食する魚、高価なエサ(エサ)しか食べない魚、ずっと隠れていて担当飼育員でもめったに見ない魚…。
 同じ種でも、個体によって性格が違う。なので、イルカやアザラシ、ペンギンなどの海獣類の個性が顕著なのは当然のこと…。気の強いアシカ、騒がしいのは嫌いなアザラシ…。
 イルカになめられると、水をかけられたり、ボールでもてあそばれたりする。
水族館の飼育員になって辛いのは、生きものの病気や死に何度も向き合わなければならないこと。
 水族館の目玉商品として「イワシの大群」の乱舞がある。その大量のイワシは、飼育員が総出であたる。重い、揺らしたらダメ、距離が長い、1秒でも早く移さないとダメ…。こうなると、命がけのバケツリレーとなる。いやはや、必死なんですね…。
 採集・調査して得た生きものの名前を判別する「同定」は意外と難しい。長年のプロであっても苦労するものだ。
 イルカのトレーナーになるのはかなり難しい。もともと需要が少ないうえ、競争倍率はすごく高い。
 水族館の裏(バックヤード)も図解されていて、絵でよくわかる仕掛けになった、楽しい本です。
(2023年7月刊。1400円+税)

見直そう!再審のルール

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 安部 翔太 ・ 鴨志田 祐美 ほか 、 出版 現代人文社
 大崎事件で再審開始決定を取り消した最高裁はひどかったですね。許せないと私も思いました。担当していた鴨志田弁護士は、一時は責任をとって自死することまで考えたそうです。早まらなくて本当に良かったです。今や日弁連あげて再審法改正に向かって全力をあげていますが、本当にいいことだと思います。
 この本で、またまた、いくつか発見しました。
 その一は、道路交通法違反事件で、441人について再審開始が決定されたこと。これは自動速度違反取締装置の誤操作があったとして、検察官が再審請求し、それが認められたというものです。そんなことがあったなんて、私はまったく知りませんでした。
 2017年から2021年までの5年間に再審事件の手続を終えた人が13人いて、この全員が無罪になっています。有名な松橋事件、湖東事件といった殺人事件があります。そして、商標法違反事件まであります。
 その二は、再審には2つの型があり、ファルト型再審は偽証拠型再審。ここでは、証拠の偽造・変造などが確定判決によって証明されていなければならなかった。このハードルは、きわめて高い。もう一つは、ノヴァ型再審で、こちらは「新証拠」を必要とする。でも、現実には、こちらのノヴァ型再審が大部分を占めている。新証拠は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」でなければならない。
 その三は、韓国で現職の女性検察官が果敢に内部告発したこと、それは、検察幹部の告発でもありましたので、その地位が危いところでした。
 再審開始決定に検察官の異議申立を認めるわけにはいきません。開始決定は、あくまで審理を開始するだけのことなのです。始まった再審で検察官は自分の主張を述べる機会が十分に確保されているのですから…。
(2023年7月刊。2400円+税)

年間4万人を銃で殺す国、アメリカ

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 矢部 武 、 出版 花伝社
日本では銃による死者は2021年は1人、多い年(2019、2020年)で4人です。負傷者数も多くて8人。100人あたりの銃所有率は0.3丁、10万人あたりの銃による殺人発生率は0.02人。
イギリスは、100人あたり4.6丁、10万人あたりの殺人事件は0.04。これに対して、アメリカは、100人あたり120.5丁、10万人あたりの殺人事件は4.12。
イギリスの警察官は銃を所持していない。日本の警察官は銃を持っていますし、毎年のように拳銃を使った警察官の自殺が報道されていますよね…。
アメリカの総人口は3億3千万人超。もっている銃は4億3千万丁と、1億も多い。こんな国はアメリカだけ銃によって死んだ人は、殺人、自殺、誤射をふくめて4万5千人をこえる(2020年)。2005年に年3万人をこえ、2015年から急増して、2019年に4万人近くとなって、さらに飛躍的に増えた。
ベトナム戦争によって死亡したアメリカ人兵士は5万5千人で、アフガニスタンとイラク戦争で死亡したアメリカ人の7千人をはるかに上回っている。まるで、内戦が起きているような状況。ウクライナでロシアとの戦争で死んだ兵士に匹敵する。
アメリカでは国民の銃所持の権利を優先させ、銃規制の強化を怠ったことから、銃による暴力がまん延し、人々は安心して外出したり、楽しく暮らす自由を失ってしまった。
 市民が助けを必要としているときに警察官はすぐに来てくれない。だから、自分の身は自分で守るしかない。そのためには銃が必要だ。そう考えているアメリカ人が少なくない。しかし、家に銃を置くと、安全にならないだけでなく、本人や家族が銃で命を失うリスクを大きく高めてしまう。
 アメリカ人が護身用に銃を持とうとするのは、心の中に強い不安や恐怖をかかえている人が多いから。銃を持っていると、「自分は強くなった」と勘違いしてしまう人が出てくる。
 そして、巨大ビジネスとしての銃産業がある。コルト、スミス&ウェッソン、ウィンチェスター、レミントンなど…。
 アメリカで銃規制を反対しているのは、全米ライフル協会(NRA)。500万人の会員をもち、強力なロビー活動をし、銃規制を強化しようとする議員については激しい落選運動を展開する。
 銃規制を強化しようとする政治家はバイデン・民主党の政治家に多く、有権者もそれを望んでいる。ところが、トランプ前大統領の支持者は銃規制の緩和を求め、規制強化を妨げようとする。民主党と共和党の支持者は、規制強化と緩和に直結している。
 銃撃戦のとばっちりから半身不随になった若者の話も紹介されていますが、なぜカナダやイギリスで銃が厳しく規制されているのにアメリカで出来ないのか、不思議でなりません。
(2023年6月刊。1650円)

世に資する、信号電材株式会社の50年

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 糸永 康平 、 出版 石風社
 福岡県の南端・大牟田市にある会社が日本全国至るところにある信号機の関係で全国50%のシェアもっている。交通信号機をつくるメーカーだ。遠くドバイやドイツ、アメリカをふくめて世界にも目を向けている。なぜ、どうやって…、その疑問にこたえる本。
 信号電材株式会社の設立は1972年10月のこと。創始者の糸永嶢(たかし)48歳、従業員5人、売上高2千万円の極小企業としてスタートした。
 まずは交通信号用鋼管柱を考案し、鋼管内に入線することで、外部配管材をなくした。鋼管柱は軽量化し、施工性の良いものにしたことで、いくつかの県警本部から採用され、売上高が1億円をこえた(1976年)。
次に、1987年、日本初のアルミ製車両灯器の量産に成功した。
そして、「西日(にしび)対策灯器」という難題に挑戦する。西日があたると、信号灯が乱反射して、全点灯状態に見えてしまい、どれが点灯しているか分からなくなるという問題だ。これは交通事故発生の原因となっていた。
 これを克服するため、多眠レンズ式の疑似点灯防止機能付ランプユニットを開発し、外部からの太陽光を遮断し、灯器内部光を通過させるという画期的なレンズを開発した。
 1992年、東京でのテストで最優秀と評価され、1993年、警視庁が「西日対策灯器」として採用した。
1995年、昼間は明るく、夜は減光する自動調光機能付きのLED矢印灯器を製品化し、京都府警が採用した。
2003、2004年ころ、業界で談合疑惑問題が発覚し、利益率が低下した。
2009年には売上高が50億円台となった。そして、2009年に経理課長を解任するという不祥事が発覚し、2010年には国税局の調査を受ける。
2014年、低コスト型信号灯器を開発。全面アルミ製で軽量化、省力化もすすんでコストダウンを達成。西日による表面反射をおさえ、強風にも積雪にも強くなった。
県警ごとに信号灯は仕様が異なっているというのには驚きました。全国統一ではなく、500種類もあるそうです。LED素子を192個から108個へ減らし、消費電力は10VA以下。より西日に強い歩行者用LED灯器も開発した。
信号電材の社員は、今や150人(年商60億円)。この本には書かれていませんが、従業員はかなり国際色も豊かだと聞いています。これからも発展してほしい会社です。
(2023年7月刊。2500円+税)

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