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城のつくり方図典

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著者:三浦正幸、出版社:小学館
 お城のつくり方が写真と図解で示されていますので、よく分かります。写真と絵を見ているだけでも楽しい本です。いろいろ勉強になりました。
 城を築くことを城取りといい、縄張とは城の設計をいう。領国が拡大したら、それにともなって居城を変えるのは当然のこと。居城を動かさないような大名の末路は厳しい。武田は滅亡し、毛利も領国の大半を失った。
 本職を儒学としている軍学者たちが実戦を知らないまま城づくりについて観念論を述べているが、それはたいてい机上の空論だった。たとえば、江戸軍学の粋を尽くした福山城(北海道)の縄張は巧妙だった。ところが、明治1年に土方歳三(新選組出身の、あの土方です)に搦手(裏側)から攻められると、わずか1日で落城してしまった。敵は正面からくるものと考え、裏手はまったく無防備だったから。これには笑ってしまいました。
 普請(ふしん)とは石垣とか土居や堀を築くという土木工事のこと、御殿や城門や櫓を建てる建築工事は作事(さくじ)といった。城づくりは土木工事が主体で、建築工事は付属だった。土塀の外側を犬走(いぬばしり)といい、内側は武者走(むしゃばしり)という。水堀から立ち上がる石垣の下には松の胴木が敷いてある。ときどき干上がってしまうところだと、たちまち木材は腐ってしまう。しかし、ずっと水に漬かった状態だと松の木はほとんど腐朽しない。なるほど、そうなんですね・・・。
 熊本城の石垣は、高さの半分以上から反らせている。しかし、城づくりの名人であった藤堂高虎のつくった伊賀上野城は30メートルの高さの石垣が一直線となっている。
 天守に住んだ殿様は織田信長ひとりだけ。豊臣秀吉も徳川家康も天守には住んでいない。天守内部には、かつては畳が敷きつめられていた。名古屋城の天守は2000畳敷きだった・・・。うーん、すごーい・・・! 名古屋城の天守の屋根を飾っていた金鯱は、慶長大判の金貨1940枚(小判にすると1万8千両、純金で215.3キロ)をつかった。えーっ、すごい、すごすぎる・・・。
 天守と櫓(やぐら)の違いは、本丸御殿を見下ろす側に窓があるかどうか。天守は四方に窓を開けていた。多門櫓の多門とは長屋のこと。足軽たちが住んでいた。だから、お城の究極の防衛線だった。
 静岡県の磐田郡水窪町というところに、高根城という中世の山城が復元されているそうです。いかにも戦国時代にできたという、すごく実戦的な山城です。ぜひ一度行ってみたいと思いました。私は安土城にのぼってことがあります。織田信長の発想のスケールの大きさを、現地に立って実感しました。また、一乗谷の朝倉館にも行き、見事に復元された城下町に立って往事を偲びました。岐阜城、姫路城、松山城、松江城、そして大阪城にも行ってみました。あっ、そうそう、函館の五稜郭に行って、全周を歩いたことがあります。今度、島原の乱の原城跡にも行ってみたいと思っています。
 日本全国のお城をよく知るうえで欠かせない本として推薦します。

戦争請負会社

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著者:P・W・シンガー、出版社:NHK出版
 現代の戦争が大きく様変わりしていることがよく分かる本です。アメリカでは刑務所の民営化がすすんでいるそうで驚きますが、戦争まで民営化がすすんでいるというのです。それは同時に、国家権力とか「文化統制」まで空洞化されるという大きな問題もはらんでいるという指摘がなされています。うーん、そういう問題があるのか・・・。頭をかかえこんでしまいました。
 民間企業が賃金をもらって軍事業務を提供するという現象が広がっている。しかし、軍事請負業の実体は謎のまま。その民営軍事請負企業(PMF)の実態と、その問題点を批判的に暴いています。
 アフリカでPMFをつかうのは政府や多国籍企業だけではない。ブルンジではフツ族の反乱軍が南アフリカのPMF(スプアネット社)から兵器や訓練・作戦指導を受けたし、スーダンの反政府同盟もPMF(ダインコープ社)から兵站支援を受けた。
 サウジアラビア国防軍はヴィネル社から訓練を受けているが、ヴィネル社には1400人の従業員がいて、その多くはアメリカの元特殊部隊員。8億ドルで契約している。
 しかし、PMFにもっとも高額のお金を支払っているのはアメリカ。1994年から2002年までに、アメリカのペンタゴン(国防総省)は、PMFと3000件、3000億ドルの契約を結んだ。ペンタゴンは物資集積所や基地の維持から軍の飛行訓練の7割以上まで外注している。たとえば、キューバのグアンタナモ米軍基地内にある捕虜収容所はBRS社によって4500万ドルで建てられた。また、ワッケンハット社はアメリカの13州と4つの外国で刑務所を経営している。
 エクゼクティブ・アウトカムズ社の平均給与は、兵士が月3500ドル、将校が4000ドル、空中勤務員は7500ドル。MPRI社は、アメリカの上級将校だった8人が設立した会社で、売上は1億ドル。1万2500人が待機している。
 コソボに配置されたBRS社は、兵舎192棟を建て、17000人の兵士を収容し、ヘリコプター発着所13ヶ所、航空整備施設2ヶ所、厨房兼食堂施設12ヶ所、大食堂施設2ヶ所、臨時浴場37ヶ所を建設した。良質の食事113万5000食、水5000万ガロン、ディーゼル油40万ガロン。便所700ヶ所で3万回のくみ取り、8万立方メートルのゴミを収集した。BRS社はアメリカ軍の補給部隊と工兵部隊を企業法人の形にまとめたもの。BRS社はバルカン半島のアメリカ軍に食糧を100%、戦術的また非戦術敵車輌の整備を100%、危険物の取扱を100%、給水90%、燃料供給の80%、建設機材と重機の75%を引き受けた。
 BRS社の親会社は、チェイニー副大統領がいた有名なハリバートン社であり、アフガニスタン、ウズベキスタン、グアンタナモなど、テロとの戦争が行われているあらゆるところで大金を稼いでいる。BRS社はロシア海軍とも契約した。沈没した原潜クルスクを引き上げる仕事を900万ドルで請け負った。
 ところで、PMFに外注化したからといって必ずしも経費の節約になるとは限らない。しかも、PMFに従事する兵隊が十分に働く(つまり敵をやっつける)かも疑問だ。PMFというのは、実は、もっとも肝心なときに雇主を見捨てたり、逆に雇主を支配する危険がある。というのは、PMFの社員が戦場を離脱しても、脱走罪にはならない。単なる契約違反にすぎない。強制力はまったくない。雇われ部隊の義務感とか責任感というのは、まったくあてにならない。負けそうだと思えば、さっさと戦場から逃げ出す心配がある。オレたちは、こんなやばい目に遭うほどのお金はもらっていないという口実で・・・。たとえ企業が顧客に忠実であったとしても、従業員の信頼性までは確実ではないのだ。
 国連の平和維持の役割をPMFにまかせようという議論がある。たしかに、PMFがルワンダに介入したとしたら、1日60万ドルで何十万人もの生命が助かった可能性がある。国連の作戦は1日300万ドルもかかったあげく、何十万人もの生命が奪われてしまった。ただし、たとえ、PMFが有効だったとしても、紛争を長期的に解決できるかどうかは別だということもみておかなければいけない。
 さらに、PMFは一国内の政治体制と軍隊とのバランスをつくり変え、文民と軍人の関係も大きく変えてしまう。
 PMFが社員に支払う給与は軍人に支払われる給与の何倍にもなることが多い。それは軍人に対して悪影響を与えてしまう。PMFと政府軍とが戦闘したという実例すらある。
 外交政策の道具としてPMFをつかうというのは、国家の仕事を民間会社に外注すること。しかし、民間会社は公的支配の外にある。監視できない存在だ。
 9.11のあと、多くのPMFが、ぼろもうけの列車に乗り遅れるなと言っていた。
 うーん、本当にいろいろ考えさせられる指摘です。戦争も軍隊も、すべては民間企業とそのトップの利益になっていくというのです。大勢の人を効率的に殺せるというのがビジネスになるなんて、本当におぞましいことです。あまりのひどさに読み終わって(いえ、読んでいる最中から)、身体中がブルブル震えてしまいました。

いま弁護士は、そして明日は?

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著者:日弁連業務改革委員会、出版社:エディックス
 司法試験の合格者が3000人になるときが間近に迫っています。私のころは500人でしたから、6倍です。今2万人の弁護士が、やがて3万人となります。「目標」の5万人となるのも遠い将来のことではありません。いったい、そんな状況で弁護士はどうしたらいいのか、弁護士会の役割はどういうものになるのかを考えた本です。
 統計でみると、平均的な弁護士の売上(粗祖収入)は年3800万円ほど。中央値は年2800万円です。経費を差し引いた所得は平均1700万円、中央値1300万円です。なるほど、そんなものかもしれないなと私は思います。もちろん、億単位の収入の弁護士も東京や大阪あたりでは少なくないのでしょうが、1000万円以下の所得しかない弁護士がかなりいることも間違いありません。
 東京などでは弁護士の専門分化がすすんでいるのかもしれませんが、全国的には、まだまだ小さな百貨店で、なんでも扱いますという弁護士が多いと思います。企業や自治体そして官庁に弁護士の資格で働いている人も、いるにはいますが、両手で数えられるほどです。九州・福岡では片手ほどもいないのではないでしょうか。いえ、決してそれがいいと言っているのではありません。
 私自身は、「地域弁護士」として今後とも生きていくつもりです。自分のことはともかくとして、弁護士がもっともっと多方面の分野に進出したら、もう少し日本もましな国になるのではないかと期待しています。あまりにも「法の支配」というのがないと思うからです。その意味では、このところ政治家になる弁護士が少ないのも気になります。とくに革新の側で激減していますが、なぜでしょうか・・・。
 日本がいつもお手本としているアメリカでは、弁護士の商業主義に対して繰り返し警告がなされているそうです。日本も、いずれそういう時代が来るものと思います。ますます多くの若手弁護士が弱者の人権救済に生き甲斐を見出すより、大企業の法務顧問として丁々発止の交渉に魅力を感じる。そんなビジネスローヤーを目ざしているという実情があります。団塊の世代である私などは、企業や組織に絶対忠誠を誓ったところで、報われるものは少ないと冷ややかに思うのですが・・・。これも、長年の弁護士生活のなかで、何事も疑ってかかることが習い性になっているからかもしれません。
 法科大学院の授業が始まっています。司法試験と無縁の人権課題の講義のときには耳栓して、試験勉強の内職をしているという話も聞こえてきます。
 企業合併やマスコミなどの陽のあたる場所だけが弁護士を求めているわけではありません。名も知れぬ多くの国民が人権をふみにじられている現実があります。そこに弁護士として関わって、何らかの役割を果たせたら、なによりの生き甲斐になる。そういう感覚の弁護士が大量にうまれることを願っているのですが・・・。
 弁護士会については、どこでも会長になりたい人はたくさんいても、実働部隊である副会長のなり手がなくて困っているという話があります。若手(といっても弁護士10年以上のベテラン)が、雑巾がけの苦労をしたくないということのようです。困った現象です。
 弁護士の明日を考えるうえで、いろんなヒントを与えてくれる本でした。

ノモンハン

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著者:アルヴィン・D・クックス、出版社:朝日文庫
 1939年5月から8月にかけて当時の満州国とソ連との国境付近で起きたノモンハン事件、ロシア側の呼び方ではハルヒンゴール(ハルハ河)紛争は、今や多くの日本人に忘れ去られています。日本に住んだこともあるアメリカ人の学者によるノモンハン事件戦の本格的な研究書です。のべ400人もの日本軍関係者にインタビューしたとあって、臨場感にあふれる戦史となっています。文庫本で4巻あります。
 できたばかりの第23師団の師団長となった小松原道太郎中将は、このとき53歳、ロシア駐在武官の経歴をもってロシア語に通じ、日本陸軍有数のロシア通とされていました。
 ノモンハンでは、日本とソ連の双方の戦車群が対戦しましたが、日本の戦車砲は射程においても、破壊力においても、装甲貫通力においても、ソ連軍のBT戦車とT26型戦車に比べて、格段に劣っていました。日本軍の戦車73両のうち、44両(6割)がたちまち行動不能にさせられました。日本軍の戦車は中戦車で時速25キロ、軽戦車で45キロだったのに対して、ソ連軍の戦車はキャタピラのとき時速50キロ、車輪だったら80キロ近くで走れた。しかも、日本軍の戦車は故障が多く、装甲板はほとんど効果がなかった。
 ソ連軍の狙撃兵は800メートルの距離から狙って優秀だったが、日本軍の方は照準鏡の倍率が3分の1しかないため300メートルに近づかなければ射てなかった。
 日本軍は射撃技量や訓練を自慢していたが、ソ連軍の方がはるかに大砲の数が多くはるかに優秀な重砲をもっていて、弾薬の補給もぜいたくだったし、効果的に機敏に移動する能力を備えていた。日本軍が1万発うてば、ソ連軍の砲兵は3万発をお返しした。標定技術もソ連軍の方がはるかに秀れていた。
 日本軍はノモンハンでの惨敗をひた隠しにして、そこから何の教訓も引き出そうとはしませんでした。敗戦の責任は現地の将兵に全部押しつけてしまったのです。ノモンハンの敗因のひとつに、当時、ソビエト赤軍の大物スパイであったゾルゲが東京で日本支配層の意向を探知し、現地の関東軍とは異なり、日本軍の上層部が不拡大方針をとっていたことをソ連に通報していたこともあげられています。
 日本軍の人的損害は5万人ほど、戦死者は2万5千人にものぼります。たとえば、小松原中将の指揮する第23師団は戦死30%をふくめて76%の損失を蒙っています。しかも、大隊長以上の幹部将校は82%の損失率となっています。最前線の将校の損耗率がきわめて高いのが特徴でした。
 将兵は生きて虜囚の身となるなかれという不文律にとらわれており、このため日本軍の犠牲が大きくなりました。また、軍旗を守れという意識からも犠牲者が続出しています。不幸にして捕虜となり、生きて送還された将校には自決用の拳銃が渡されました。ところが、軍の最上層部は責任を問われることはなかったのです。
 若手の将校は、俺は不死身だと言いつのって身をかがめることもなく壕の上に立っていることが多く、そこをソ連の狙撃兵に狙われて次々に倒されていったという話が紹介されています。いかに狂信的な将校が多かったことがよく分かります。
 日本軍は、ソ連軍を日露戦争のときのロシア軍と同じとみて馬鹿にしていたようです。簡単に蹴散らせるなどと軽く考えていて、ソ連軍が実際には人員も武器も増強されているのに、逆に戦線から早くも撤退・逃亡しているなどと根拠のない楽観論に支配されていました。精神論で戦争に勝てるものと思っていたわけです。
 日本軍は単なる国境紛争としてごまかしましたが、実際には関東軍とソ連軍ががっぷり四つに組んでたたかわれた近代戦であったことが、この本を読むとよく分かります。それにしても日本軍の指揮命令と兵站活動のお粗末さ加減には腹が立ってくるほどです。
 大勢の有為な日本青年が次々と戦死させられていく状況がことこまかく描かれていますので、さすがの私も、いつものように飛ばし読みすることはできませんでした。
 ノモンハンでソ連軍の実戦力の強さと敗因をきちんと分析していたら、あとの展開もずい分と変わっていたのでしょう。でも、戦争という異常事態のもとでは、声の大きい者が何の根拠もなくのさばるようです。嫌になってしまいます。戦争も軍人も、殺すのも殺されるのも、私は嫌いです。
 かつて日本軍が中国大陸で何をしていたのか、現代日本人は忘れていますが、被害者となった民衆が60年たったくらいで忘れるはずはありません。最近の中国での反日暴動を見るにつけ、日本政府は過去の誤りをきちんと正さなければいけないと痛感します。

追及・北海道警「裏金」疑惑

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著者:北海道新聞取材班、出版社:講談社文庫
 日本の警察が「裏金」をつくっているというのは今や世間の公然たる事実だ。しかし、公金横領事件という犯罪事実のはずなのに、誰も立件しないし、刑事犯罪とはならない。それもそのはず、警察を指揮・監督する立場の検察庁も同じような「調査活動費」(調活費)疑惑をかかえているので、摘発するのに腰がひけている。マスコミは、いつも警察からネタを教えてもらうので弱い立場にある。権力にすり寄るのが昨今のマスコミの悲しい性(さが)なので、なおさらのこと。そこを敢然と「道新」(どうしん)は乗りこえてしまった。
 この本を読むと、高橋はるみ知事の不甲斐なさ、共産党のみが孤軍奮闘しても道議会が動かないというじれったさを、つくづく感じる。民主党って、自民党とまったく同じなんだね。そう言えば「野党」と呼んでほしくないって言ってたっけ・・・。
 でも、真面目な警察官は、きっと怒っていると思う。福岡県警はどうなっているのだろう・・・。『うたう警察官』(角川春樹事務所)は、この本を推理小説に仕立てあげたような本。どちらも面白いけれど、読んでいるとムラムラと腹が立ってくる本でもある。それが嫌になるけれど、目をそむけるわけにもいかない。あー、いやだ、いやだ。これは寅さん映画に出てくるタコ社長の口癖だったかな・・・。

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