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明智光秀冤罪論

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著者:井上慶雪、叢文社
 本能寺の変が起きて信長が死んだのは6月2日の午前4時ころ。明智光秀が京都に入ったのは、その5時間後の午前9時。したがって、光秀は本能寺の変の主役ではない。誰かが、信長をほとんど丸腰状態で京都に呼び出し襲ったのだという説が展開されています。学術的にはナンセンスと評価されているかもしれませんが、この本にもありますようにケネディ暗殺事件では今も大きな謎が解明されていませんし、本当のことをもっと知りたいと思わせる十分の本でした。
 光秀が信長から、このキンカン頭めがー、と言われながら公衆の面前で頭を叩かれた等々の話は、すべて後世の物語でしかなく、史実に反するとされています。
 信長は家康と違って、征夷大将軍への就任を断ってしまいました。正二位右大臣にまですすんだあと、突如として官位を返上しています。ところが、信長はそれまで、右近衛大将(うこんえのたいしょう)だけは兼任していました。これは、武家の棟梁としての地位を確保する意義のあった位なのです。
 信長は、本能寺へ安土城から大名物茶道具を運び入れました。そして、京都に来たのは、最高位の茶道具を入手するためだったというのです。おびき寄せたのは博多の豪商茶人島井宗室でした。この本は、信長暗殺は黒田官兵衛が仕掛けたものであり、実際に本能寺を襲撃したのは蜂須賀ないし細川の軍隊だとしています。ここらあたりまでくると、本当かな・・・、という気もしてくるのですが・・・。
 信長と長男信忠の遺骸が焼け跡に見つからなかったのは有名な話です。ただし、この本が「武功夜話」を根拠としている点は、その偽書説の感化を受けている私には了解できないところではあります・・・。
 歴史的大事件には、疑問点も大いにあるものだと痛感した次第です。

擬態

カテゴリー:未分類

著者:上田恵介、出版社:築地書館
 さまざまな生き物が、だましあって生きていることに目を見開かされます。この本の表紙写真は、虫食の痕まで葉っぱそっくりのコノハムシです。ちょっとやそっとでは、とても見破れません。
 別の種類のメスに擬態してオスを誘い、うまく近づいてきたらパクッとそのオス魚を食べてしまう魚が南アメリカ(ギアナ)にいるそうです。
 擬態というのは、姿や形だけではありません。音声をまねする音響擬態まであるというのです。驚きました。托卵する小鳥がいますよね。たとえば、カッコウはヨシキリに托卵します。
 ヨシキリのヒナは、親に食べ物をねだるとき、大きな口を開けて、「シッ」という1音を間をおいてくり返し鳴く。だから巣内のヒナ全員が鳴くと、途切れなく「シシシシ」と聞こえる。親鳥は、目の前の大口に刺激され、騒々しい声にも励まされ、すべてのヒナが口を閉じて静かになるまで、せっせと食べ物を運ぶ。
 ところで、カッコウのヒナは宿主の卵を全部外に押し出してしまうから、巣内にたった一羽だけ残ることになる。大きな口をあけても、口は一つでしかない。しかし、カッコウのヒナのエサをねだる声は、一羽しかいないとはとても思えないほどのにぎやかさで、「シシシシ」と、まるでたくさんのヒナがそこにいるかのように鳴く。つまり、カッコウのヒナは、たった1羽でも十分に食べて成長できるように、そのねだり声をヨシキリの1巣分のヒナがいて、エサをねだっているかのように擬態させ、宿主の行動を操っているのです。
 小鳥もモノマネが上手です。ヒヨドリは、近くの梢でツーピーツーピーと歌っていたシジュウカラが飛び去ったあと、同じ替え歌で鳴き返す。これは私も実際に体験しました。聞き慣れない小鳥のさえずり声が聞こえるのですが、そこにいるのは、いつも見慣れたヒヨドリでした。まさか、と思いました。この本を読んで謎がとけました。
 モズは、もっとすごい。10から20種類前後の小鳥の鳴き真似をする。キビタキはツクツクホーシーと鳴くことができる。
 生き物の世界って、本当に奥が深いんですね。

高瀬川女船歌

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著者:澤田ふじ子、出版社:幻冬舎文庫
 いやあ、うまいですね。すごく読ませます。まさしくストーリーテラーの極致です。しっぽりとした江戸情緒にみるみる引きこまれていきます。なんとなく幸せな気分になります。とかくもめごとの絶えない憂き世ではありますが、それでも案外、捨てたものではないのですよね、この世の中は・・・。
 京都の町なかを流れる幅4間の高瀬川。岸は柳の並木となり、平底の高瀬船が往来します。高瀬川は角倉了以が幕府の許可を得て7万5千両の私費を投じて開削し、年間1万両もの収入を得ていた。その代わりに、毎年銀2百枚の運上銀を上納していた。
 その高瀬川の船溜りにある旅籠(はたご)「柏屋」に働く人々が章ごとに人を変えて主人公として登場します。それぞれに重い過去を引きずっているのです。1章1章が完結しているようで、また、全体として見事な綾を織りなしています。その人情豊かな話が、春の川面に吹きわたる風のように、いくらか冷やっとしつつ、また、あたたか味も感じさせながら、読み手の心の中を吹き抜けていきます。そんな情緒にみちた時代小説です。すべてがハッピーエンドではありません。それでも、生きてて良かったよね、そんな、ほっとした思いにしてくれるのも間違いないのです。
 ちょっと落ちこんだとき、気分転換にもってこいの本としておすすめします。

ロストユニオンに挑む

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著者:戸塚章介、出版社:共同企画
 フランス労働運動から学ぶこと、というサブ・タイトルがついています。ご承知のとおり(と思いますが・・・)、フランスでは今も盛んにストライキがやられ、ときにはゼネスト(全国的な統一ストライキ)まで決行されます。日本のようにストライキが死語となってしまった国とは大違いです。そして、労働時間は週35時間、残業のないのがあたりまえの国です。フロシキ残業とかカローシ(過労死)とは無縁の国です。といっても、ニッサン(ルノー)のゴーン氏のようなひと握りの特権的エリートが猛烈に働くのは、日本と同じのようです。
 私の身近な話としては、私がフランス語を習っているフランス人は、自分の労働条件について日本の弁護士である私に相談するとき、日本では労働組合というのはまったくあてにならないようだが、フランスではそんなことはないし、労働者の権利を守るためにたたかうのは当然だ、黙っていたら権利は守られないと考えている、そこが日本人のメンタリティーとは全然違う、このようにしきりに強調していました。日本人の奥さんをもち、日本語を自在にあやつる人ですが、私はあくまでフランス人なんだと断言するのです。私は、権利の上に眠れる者は救われない、という法格言を思い出し、なんだか申し訳なく、かなり恥ずかしい思いをしました。
 そんなフランスでも、実は労働組合の組織率は8%となっています。イギリスの31%、ドイツの27%に比べてもかなり低いのです。その理由のひとつに、フランスに組合費のチェック・オフ制度がないことがあげられています。つまり、組合費の徴収は組合の手でなされるのです。私はいまNHKの受信料の支払いをやめていますが、誰だって意義を認めたくないお金は支払いたくないですよね。
 ストライキの盛んなフランスですが、それは労働組合の組織的行為ではなく、労働者個人を主体としています。ええーっ、ストライキって労働組合がやるんじゃないのか・・・と驚いてしまいました。もちろん、提起するのは労働組合です。ストライキ委員会が労働組合の違いをこえて組織されますが、これはあくまでも一時的な組織です。
 職場には労働組合が複数存在し、お互いに労働者の支持を競い合っています。2つある選挙が組合の支持率を明らかにします。従業員代表制度と労働審判制度です。労働審判制度は毎年16万件から19万件の申立があります。
 フランスの複数組合主義は既に長い歴史をもっています。これは、路線のちがいをお互いに認めあったうえで、対立はするが、相手の抹消は目ざさないというものです。
 日本のユニオン・ショップ協定は形骸化し、その本来の意味を喪っている。自動的に増えた組合員は組合の力にならなくなっている。
 著者はこのことを再三強調しています。日本の現状を見ると、まったく同感です。
 ニッサン労連の塩路一郎元会長のように経営(人事)にまで口を出し、労働組合の原点を忘れてしまった文字どおりの「ダラ幹」をうみ出している根源がそこにあります。
 ところで、この本では昭和30年代、40年代に、青年労働者の改革の息吹を当時の経営トップたちの度量のなさから弾圧していったことが、今の労働運動の低迷ひいては日本経済全体の混迷をもたらしたという趣旨の指摘がなされています。
 この点については、もちろん経営側からの反論も大いにありうるところでしょう。でも、いまのように職場に労働組合の姿が見えず、過労死やフロシキ残業が常態化していて、成果主義のかけ声のもとで、ますます個人の持ち味が圧殺されている現状は、大いに反省すべきだと思うのですが、いかがでしょうか・・・。
 ちなみに、旅行会社で働いている私の娘も長時間のサービス残業などでくたくたに疲れています。自分の健康を損なってまで会社に尽くす必要なんかない。そんな会社はさっさと辞めて、自分にあった仕事を早く探した方がいい。私は娘から相談を受けたときに、そう言いました。今の若者にとって、仕事がないか、過労死寸前まで酷使されるか、その両極端ばかりです。労働者の権利を守る砦としての労働組合の復活が日本の将来のためにも必要なのではないでしょうか・・・。

古代日本・文字の来た道

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著者:平川 南、出版社:大修館書店
 文字と漢字とは違うという、考えてみれば当たり前の違いを気づかされました。
 漢字は、中国のもっとも主要な民族である漢民族が話す言語を漢語といい、その漢語を表記するための文字なのである。
 漢字の直接の祖先は甲骨文字です。この甲骨文字は戦争とか農産物の出来具合を占うためのものだということは私も知っていました。しかし、単に占いのためだけなら、文字は不要です。占いの内容があたったかどうか、その結果を刻みこんだものが甲骨文字なのです。そして、この甲骨文字は今ではほとんど解読されています。
 甲骨文字は、むしろ占いの正しさを立証し、保存しておくためのものだったのです。一般の国民に読ませる文字ではありませんでした。文字の読者は神様であったのです。
 同じように、当時の青銅器(たとえば、紀元前1000年頃の殷・周時代)には、容器の内側に文字が記されています。したがって、文字の読者は生きた人間ではなく、神様とか祖先の霊魂だったのです。
 秦の始皇帝のころから、文字が不特定多数の人間に向けたものとして使われるようになりました。日本で文字をつかい始めたのは、2〜3世紀ころのことで、百済から日本列島に渡来してきた人たちの影響によると考えられています。文法として朝鮮語と日本語はまったく同じということです。しかし、高句麗と百済は扶与族で、母音で終わる言語をつかい、新羅は韓族で発音が子音で終わるという違いがあります。現代の韓国語は新羅語につながっています。
 日本の仮名のもとである万葉仮名は朝鮮半島の漢字の表音的な用法をまねして成立していきました。ところが、日本の読み方が、オからケに変わるという変化もあって、韓国語と違っていったのです。
 日本で本格的に漢字をつかい出したのは5世紀のこと。しかし、6世紀は空白の世紀を言われています。文献資料に乏しいのです。7世紀になると、大量の木簡もあって漢字が普及していることが分かります。
 また、木簡の材質が日本と韓国とではまったく異なるそうです。日本はヒノキが大半で、スギもいくらかありますが、韓国ではほとんどマツ。ちなみに、仏像の材質も日本はクスノキ、韓国はアカマツです。
 ところで、塩を波の花、すり鉢をあたり鉢と言いかえて、縁起をかつぐという話が紹介されています。私は知りませんでした。

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