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「最後の一葉」は、こうして生まれた

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著者:斉藤 昇、出版社:角川学芸ブックス
 O・ヘンリーは私の好きなアメリカの作家です。9.11の前から久しくアメリカには行っていませんが、アメリカに行く前には、いつもO・ヘンリーの短編小説のカセットブックで英語に耳を慣らして出かけるようにしていました(私はフランス語は少々話せますが、英語はまるでダメなのです。でも、せめて、聞けるようにはなりたいと思って・・・)。その見事なドンデン返しには何度聞いても聞きあかせないものがあります。どこか、ほのぼのとした人間性を感じさせてくれるからでしょう。どれも、深い味わいのある、また切れ味のいい名文だと思います。
 この本を読んで、O・ヘンリーの一生について詳しく知ることができました。O・ヘンリーが銀行員をしていたこと、横領事件で刑務所に入っていたことは知っていましたが、その詳細を知ることができたということです。詳しいことを知ってガッカリしたということは全然ありません。それどころか、ますますO・ヘンリーの書いた小説をもっともっと読みたくなりました。
 O・ヘンリーの書いた本は、その死後10年間だけで500万部売れたそうです。ところが、1950年代には低い評価が与えられたというのです。
 O・ヘンリーの世界は、知的に不毛なサハラ砂漠である。
 よくぞケチをつけたものだと思います。とてもO・ヘンリー をまともに読んだ人の評とは思えません。
  O・ヘンリーの母は、彼が3歳のとき肺結核のために早死にしていますが、文才も画才もあり、ユーモアを解していたそうですから、その才能は母親ゆずりのようです。
 O・ヘンリーは学校には行かず、叔母のもとでヨーロッパ文学書を読破していきました。そして、小さいころから画もうまかったのです。ところが、お金がないため、15歳から薬剤師として働かざるをえませんでした。そして、その経験が刑務所に入ったときに役立ったのです。
 その後、銀行出納係として働くようになったのですが、当時の銀行は、かなりいい加減だったようです。従業員がちょっと借りて後で返してもとがめられなかったのです。でも、O・ヘンリーは横領罪に問われてしまいます。そして、裁判中に保釈で出ていたときに南米のホンジュラスに逃亡するのです。しかし、妻の重い病気を知って帰国し、裁判を受けて懲役5年の実刑判決を受けました。5654ドルを着服したという罪です。法廷では一言も弁解しなかったのですが、控訴はしたようです。でも、ダメでした。
 模範囚としてつとめましたから3年3ヶ月で出所していますが、このことを生涯にわたって娘には隠し通したそうです。死後6年たってはじめて娘は父の前半生を知りました。最初の妻が病死し、作家として売り出してから再婚しましたが、実は、その相手は幼なじみの女性でした。O・ヘンリーの本を読んで、自分が子どものころ一緒に遊んでいた男の子ではないかと手紙を送ったのがきっかけでした。それほど、O・ヘンリーの本は細部にわたって情景描写が行き届いていたというわけです。
 O・ヘンリーは、娘とは違って、再婚相手には自分の過去をすべて明らかにしたといいます。並々ならぬ誠意のあらわれだと著者は評していますが、同感です。
 ところが、O・ヘンリーは過度の飲酒による重篤な肝障害そして糖尿病と心臓病とを併発してしまいました。ついに48歳のとき、ひとり淋しく亡くなったのです。1910年6月5日のことですから。今から100年近く前のことです。
 O・ヘンリー・サプライズという言葉が紹介されています。O・ヘンリーの作品のほとんどは2000語内外の短編です。意外性のある結末に読み手は心がぐいぐい魅せられ、強いインパクトを与えられます。
 社会の弱者に対する優しさ、人間の根底にある慈愛にみちたヒューマニズムの視点がどの作品にも認められるとしていますが、まったく同感です。3年3ヶ月の刑務所生活のとき、薬剤師の仕事を医師の下でしながら、受刑者たちの話を親身になって聞いていたことが、このように昇華していったわけです。
 もし、あなたがO・ヘンリーの短編をひとつも読んでいなかったとしたら、それは人生の大きな損失です。すぐさま本屋か図書館に走っていかれることを強くおすすめします。

闇先案内人

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著者:大沢在昌、出版社:文春文庫
 こうも簡単に人が殺されていくと、手に汗を握るというより、背中に氷のかけらを投げこまれた気分になって、身も心も冷えびえとしてきます。
 私の担当した刑事事件の被告人から、日本でも簡単にピストルが手に入るというのを聞いて恐ろしくなりました。ピストルの売買がチンピラ・ヤクザのレベルでも、こずかい銭稼ぎになっているというのです。現実の話ですから、怖いものです。
 話は、北朝鮮の支配者の子と思われる要人が日本に潜入してきたことから始まります。総連内部には警察トップと密接なつながりをもつ人間がいて、また反対勢力もいて、お互いにしのぎを削ります。ありそうな話と、とてもありえない話とが混然一体となり、バイオレンスたっぷりに展開していきます。
 逃がし屋だとか、変装するための顔師だとか、平凡な日常生活ではとても考えられない職業(プロ)の人々が登場してきます。うーむ、世の中にはそういう人もいるのかー・・・と思いました。
 なんとなく救われない気になってしまう、暗いヤクザなお話です。

個体発生は進化をくりかえすのか

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著者:倉谷 滋、出版社:岩波科学ライブラリー
 人間は母体のなかでヒトとなっていくとき、祖先の動物の進化の歴史を忠実にたどっていくというのが反復説です。私は、ずい分前からこの説を信じてきました。
 この本は、それは本当なのかと疑問を投げかけています。考えてみれば、動物の進化の歴史といっても、そんなに単純ではありませんので、いったい反復する進化とは何をさすのか、という疑問もわいてくるわけです。たとえば、カメは原始的な存在ではなく、むしろワニやトリに近いというのが、最近の分子進化的な解析によって判明したことです。つまり、生物が進化するといっても一本道ではありません。そこには例外だらけなのです。
 下等動物とか高等動物という表現がなされることがあるが、それはとても一義的に定義できる用語ではない。実際の発生は一直線には進まない。なーるほど・・・。
 よくよくかみしめて読めば分かるかもしれませんが、わずか100頁たらずの本書には難しすぎて理解できないところが多々ありますので、簡単には要約できません。
 でもでも、単純に進化の過程を個体の発生過程でくり返す、そんなことは言えないということだけは、私にもなんとなく分かりました。

鉄剣銘115文字の謎に迫る

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著者:高橋一夫、出版社:新泉社
 埼玉(さきたま)古墳群のひとつ稲荷山(いなりやま)古墳より出土した鉄剣から115文字の金錯銘(きんさくめい)が発見されたのは1987年のこと。もう30年近くも前のことになります。えっ、もうあれから30年もたったのか・・・。当時の驚きを思い出してしまいました。
 西暦471年の雄略天皇のときの豪族がもっていた鉄剣です。でも、その豪族が、畿内の豪族で東国に派遣されてきたのか、在地の豪族だったのかについては説が分かれ、今も確定していません。私は、そもそも邪馬台国九州説の熱烈な信奉者ですから、地方豪族説に当然のことながら左担します。
 同じ雄略天皇の銘のある直刀は熊本の江田船山古墳からも出土しています。この江田船山古墳には私も何度か行ったことがありますが、よく整備されていて、なるほど相当の力を持った豪族がかつて君臨していたことをしのばせるに十分な雰囲気です。
 90頁ほどの薄い冊子のような本ですが、カラーの写真と図版もあって、世紀の大発見がどこまで解明されたのか、素人にもよく分かるように解説されています。
 1500年以上たった今も金色に光り輝く鉄剣銘をじっくし眺めて、過去の日本を想像してみるのも心楽しいひとときです。

韓国のデジタル・デモクラシー

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著者:玄武岩、出版社:集英社新書
 韓国の盧武鉉大統領は、民主的な弁護士団体に所属する弁護士でもあります。日本でいうと自由法曹団とか青法協に相当するのではないかと思います(間違っていたら、ごめんなさい)。いずれにしても、日本では民主的弁護士(人権派弁護士)はおろか、弁護士が首相になるなんて、残念ながら夢のような話です。盧武鉉候補の当選には、世界でも有数のインターネット社会におけるデジタル・デモクラシーの発達があげられています。
 インターネットがなければ、盧武鉉側は主流メディアの攻勢で厳しい選挙戦を強いられていたに違いない。世界一のIT強国と自負する韓国で、20〜30代の若い有権者はインターネットを通じて既存の権力による暴露戦略を看破することができた。
 韓国社会において「朝中東」つまり「朝鮮日報」「中央日報」「東亜日報」の三大新聞は言論権力といわれるまでに権力を振るってきた。韓国の新聞の7割を占める三大新聞の影響は絶対的で、その公正性を欠く報道ぶりは、心ある人からことあるごとに批判されてきた。放送も例外ではない。夜9時のトップニュースはいつも全斗煥大統領の動静だったから、「テン全(チョン)ニュース」とからかわれていたように、公正報道とはほど遠い存在であった。
 韓国の歴代軍事政権は、言論への徹底した弾圧をとおして、新聞や放送を権力の統治手段にしてきた。そして、その見返りに、言論機関には独占的利益を、言論従事者へは高い社会的地位を与えてきた。こうした権力と言論との蜜月関係を、韓国では「権言癒着」と呼んでいる。
 これって、日本でもそっくりそのままあてはまるんじゃないの。思わず、私はそう叫んでしまいました。先の解散・総選挙のときの「小泉劇場」のフィーバーぶりをぜひ思い出してみて下さい。郵政民営化すれば日本の経済は良くなるかのような、とんでもない嘘を小泉首相がくり返すと、マスコミは無批判にオウム返しに叫びたて(もちろん、申し訳程度にチョッピリ批判もするのですが・・・)、刺客だとかマドンナだとか、世間の耳目を集め、改革に賛成か反対か、「改革」の中味を抜きにした選択を国民に迫ったのです。日本の言論界の堕落ぶりは、放送だけでなく新聞も目を覆いたくなるほどひどいものです。
 しかし、韓国はそれをインターネットの活用で乗り切っていったのです。そこが日本とまったく違います。盧武鉉側の「オーマイニュース」は、インターネットを通じて選挙運動の状況を「中継」していきました。1日だけで1910万ページビュー、訪問者数は 150万人(のべ623万人)というのですから、すごいものです。
 そして、市民参加型の新しい政治潮流が主流となりつつあるなかで、韓国では2世、3世議員が世襲していくなどというのは非常識になっています。なるほど、日本は遅れているなと、つくづくそう思いました。
 おもしろ、おかしく、ただそれだけの記事と番組によって国民を思うままに誘導していく日本のマスコミの現状は、なんとかして歯止めをかけたいものです。そのためには、日本でも、もっとインターネットの活用を真剣に考えるべきではないでしょうか。
 もちろん、マスコミのなかにも心ある人は多勢いると思います。でも、いまは、既存マスコミの外から、働きかけというか、立ちあがりが必要な気がします。それも、ホリエモンとか楽天やソフトバンクといった大手メジャーの力を借りないで、私たち自身の力でやり抜かなければいけません。若い彼らは、すでに金力と権力の亡者になりさがっているとしか思えません。強さと自信にみちみちている彼らには弱者の切り捨てしか頭にないようです。とても残念です。
 先日の総選挙で自民党が「圧勝」しましたが、多くの若者が投票所に行ったことが投票率のアップにつながったとみられています。でも、その若者たちはインターネットの世界で情報を知り、ほとんど新聞を読んでいないようです。先ほどの話と一見矛盾するかもしれませんが、私はやはり若者の新聞ばなれを危惧します。新聞も一面と三面以外の世論づくりを除くと、論説などけっこう鋭い指摘もあるのです。私の息子も新聞を読んでいませんでしたので、息子に毎日、新聞を読むよう押しつけました。
 ちなみに、自民党の「大勝」といっても得票率は4割。それなのに議席占有率は7割。小選挙区制がいかに民意を反映していないか、よく分かります。ところが、復活制がおかしいといって比例部分が削除されようとしています。民主党も比例を80議席減らせという政策です。これでは、多様な国民の声がますます国政に反映されなくなります。
 いろんな人間がいて、さまざまな考えの人がいて国は成り立っているのです。少数意見の切り捨ては弱者の切り捨てに直結してしまうのが怖い、そう思うこのごろです。すみわたった秋の好天気の下で庭仕事にいそしみながら、ひとり心配しています。

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