法律相談センター検索 弁護士検索

さようならを言うための時間

カテゴリー:社会

著者:波多江伸子、出版社:木星舎
 死に直面した新しい友人を支え、見守り、そして友人は死んでいくという悲しい話なのですが、読後感はとても爽やかです。一陣の風が心を吹き抜け、そのあとにほんわかとした温もりを感じさせるものが残ります。そんな不思議な本です。
 オビの文章が、この本の特色をよくあらわしていますので、紹介します。
 41歳、弁護士、ある日突然、治癒不能の肺がんとわかったとき、彼は古い友人にメールした。ライフステージの最後の時間を自分で選択するために・・・。
 彼が計画した、みんなに別れを告げるためのやさしい時間、家族と友人たちが支えた、不思議に明るいホスピスライフ・・・。
 主人公は北九州市で活躍していた渡橋俊則弁護士です。私も面識がありました。弁護士には珍しく穏やかな人柄だなという印象をもっていましたが、この本を読んで、ますます、その感を深くしました。
 渡橋さんは、ある日突然、手術不能の肺がんだと宣告されます。そして、先輩である久保井摂弁護士に相談します。セカンド・オピニオンを得るためです。
 死ぬこと自体については、恐ろしいという気持ちはない。強がりでもなんでもなく、ただ、両親を悲しませることになるのが申し訳ないだけ。
 私は、生きているあいだに何かをなしとげよう、何かを残そうといった気持ちはもたずに生きてきた。人生に価値のある人生、価値のない人生といった区別はないのだろう。
 とびっきりに楽しいこと、うれしいことなどは、それほどなくてもいいから、辛いこと、悲しいこと、痛いこと、苦しいことなどのなるべく少ない、平坦な、穏やかな人生を望んできた。はらはら、どきどき、わくわくするようなことはとくに望まず、ただ、春先に昼寝をしている猫のような、ゆったりとした穏やかな気持ちで過ごして生きたいと思ってきた。生を受け、与えられた寿命まで生きる、それでいいと思う。精一杯生きるのではなく、与えられたままにただ生きればいいんだと思う。
 うむむ、私にはとてもこんな境地に到達できそうもありません。私がこうやって文章を書いているのも、この地球上に存在したという証しを、せめてひっかき傷ほどのものでもいいから残したい、そんな秘やかな願望にもとづきます。いずれは星くずになって消滅してしまう、ちっぽけな物体かもしれませんが、そして存在自体もたちまち忘れ去られてしまうのでしょうが、なんとか私という人間が存在したという痕跡だけでも残せないか、と願っているのです。渡橋さんのような明鏡止水の境地は、まだまだ今の私にはとても無理です。
 渡橋さんは、自分では痛みは弱いと言っていたが、実はまれにみる辛抱強い人で、かなりの苦痛でも表情も変えずに黙ってガマンしていた。食欲は最後までまったく衰えず、ひどいウツ状態になったり、投げやりになって周囲の人にあたりちらすというメンタルな問題もなかった。
 渡橋さんは、ホスピス病棟、緩和ケア病棟に入院して42日で亡くなった。これは平均的な日数。ホスピスでの時間を十分に楽しめた理想的な期間だろう。渡橋さんを精神的に支える「チームわたはし」が十分に機能していたことを、この本はあますところなく明らかにしています。チームのみなさんの献身的な努力に頭が下がります。
 入院した当初は、胸水がたまっていて呼吸困難がひどく、最悪の場合は、あと一週間と思われていた。ところが、思いがけず小康を得て、天使の時間と呼ばれる不思議に明るいホスピスでの交流の期間がひと月近く続いた。
 ビールは一日平均1ダース、客人があればワインの栓が抜かれ、日本酒や泡盛も追加され、まるで居酒屋のような状況になった。渡橋さんも、ベッドに座って酸素呼吸しながら、仲間たちの歓談する様子を黙ってうれしそうに眺めていた。体調のよいときには、渡橋さんもビールをグラスに一、二杯はつきあった。
 たくさんの弁護士が常連として登場します。北九州の横光、角南、石井、福岡の久保井、宮下、そして東京の内野の各弁護士たちです。そして、たくさんの女性が次々に病室へやってきたのです。
 横光弁護士は、「ここはハーレムか?」と絶句したといいます。「おとなしい渡橋に、ガールフレンドがこんなに一杯おったんか・・・」と。
 渡橋さんの食欲が落ちなかったのは、化学療法しなかったこと、どんな状況でも平常心を保とうとする精神的な強さと健やかさ、消化器や脳にがんが転移しなかったこと、緩和ケアがうまくいったこと、など幸運な条件が重なったことによる。
 渡橋さんが化学療法もふくめて積極的な治療をまったくしなかったことについて、問いつめる友人に対して久保井弁護士は、次のように説明した。
 渡橋君はね、セカンドオピニオンを求めて、本当に入手できる限りの膨大で正確な情報を集めて、考えに考えた結果、こうすることを決めたの。治療のために入院したり、副作用に苦しむ時間を、もったいないと思ったわけ。決していいかげんな気持ちや投げやりな気持ちで、この道を選んだわけではないの。
 うむむ、そうなんですよね。なかなか出来ないことですが・・・。余命6ヶ月ないし12ヶ月と診断されてから、しっかり情報を集め、ついに自分で決断し、一切の積極的治療をしなかったわけです。渡橋さんは亡くなる直前まで外出してお店でワインを口にしていました。1ヶ月前には石垣島へ旅行もしています。
 私の尊敬するI弁護士も、医療分野の第一人者ですが、同じようなことを言っています。下手に手術して副作用で苦しむより、貴重な余生だと割り切って海外旅行ざんまいするなど、好き勝手な日々を過ごすのが一番だ、と。これには私もまったく同感です。
 心にしみいる、本当にいい本でした。肩から力がすっと抜ける爽快感があります。
 タイトル、表紙、本文の構成、そして挿入された幸せそうな渡橋さんの写真、どれをとっても素敵な本でした。こんないい本を読ませていただいて、ありがとうございます。心よりお礼を申し上げます。
(2007年7月刊。1680円)

安倍政権論

カテゴリー:社会

著者:渡辺 治、出版社:旬報社
 自民党の52年前の結党以来、政権についた22人の首相のなかで安倍首相は初めて改憲実行を口にした。そのほかの首相の大半は、自分の在任中は改憲しないと約束して政権を運営した。自民党は、結党以来、憲法改正を掲げていたにもかかわらず・・・。
 安倍政権の半年の外交は、安倍本来の反中国、反北朝鮮、日米同盟路線で動いた。桜井よし子たちは、中国とは干戈を交えることも辞さない覚悟が必要だ、中国は日清戦争のリターンマッチを策している、このままでは日本が中国の属国になる、こんなことを言って安倍をけしかけた。
 うむむ、ひどい。これはまさしくひどい排外主義、ひとりよがりの認識です。桜井よし子たちが、こんな愚劣なことを主張していたとは知りませんでした。
 アメリカのラムズフェルド国防長官は、日本の自衛隊はボーイスカウトだと高言した。イラクのサマワにいた自衛隊は、ゲリラの掃討に参加できなかったばかりか、他国の軍隊に守ってもらう有り様だった。
 小泉前首相は、テロ対策特措法、イラク特措法を制定し、国際貢献や人道復興支援を口実にして強引に海外派兵した。これによって日米同盟は明らかに新しい段階に突入した。しかしなお、大きな限界がそこにあった。憲法9条を残したままの派兵では、武力行使はできない。アメリカと組んで、世界の警察官として「ならず者国家」の鎮圧に派兵するという軍事大国化を実現するという目標からすると、小泉は9条の大きな壁を改めて自覚させられた。
 小泉政権は外交上もう一つの大きな限界を抱えた。小泉首相の靖国神社参拝によって日中と日韓関係が悪化し、財界が切望する東アジアの外交的リーダーシップを握るという目標から大きく後退した。
 というのも、今や中国に進出している日本企業は既に3万社にのぼる。日本企業は、国内生産優先という発想を捨て、東アジアの最適地で生産するという方針を固めている。日本経団連も、その方向を確認した。
 それにもかかわらず、安倍晋三は『美しい国へ』のなかで、次のように強調したのです。
 間違っていけないのは、われわれはアジアの一員であるというそういう過度な思い入れは、むしろ政策的には、致命的な間違いを引き起こしかねない危険な火種でもある。
 このように安倍のナショナリズムには、アジアとくに中国との連帯、そして反欧米という視点がない。なるほど、これではアジアの一員としての日本の前途はないとしか言いようがありませんよね。
 安倍は、従来から、一国の政治力の背後には軍事力があるということを高言してはばからなかった。つまり、自国の国益を軍事的力によって確保・拡大することを積極的に承認していた。安倍は、強い日本、頼れる日本を掲げた。世界とアジアのための日米同盟を強化させ、日米双方が「ともに汗をかく」体制を確立する、と。「ともに汗をかく」とは、アメリカが求めている「血を流す同盟」を品よく言いかえたものである。
 ホント、怖い同盟です。安倍首相が憲法改正理由としてあげるのは次の三つ。
 一つ目は、現行憲法はニューディーラーと呼ばれた左翼傾向の強いGHQ内部の軍人た
ち─  しかも憲法には素人だった ─  が、短期間で書き上げ、それを日本に押しつけた
ものであること、国家の基本法である以上、やはりその制定過程にはこだわらざるをえない。
 二つ目は、昭和から平成へ、20世紀から21世紀へと、憲法ができて60年たって、9条を筆頭に、明らかに時代にそぐわなくなっている。これは日本にとって新しい時代への飛躍の足かせとなりかねない。
 三つ目は、新しい時代にふさわしい新しい憲法をわれわれの手でつくるという創造的精神によってこそ、われわれは未来を切り拓いていくことができるから。
 えーっ、これって、いかに薄っぺらな理由ですよね。侵略戦争をすすめて、敗戦してもまだ十分に反省しているとは言えなかった当時の日本支配層に業を煮やして連合軍が世界の民主主義国家の到達点を「押しつけ」、日本国民がそれを大歓迎して定着したのです。安倍首相は祖父岸信介の血筋をそのまま受け継いでいます。
 しかし、安倍首相の祖先にはもう一人いますよね。そうです。佐藤栄作です。
 核兵器をつくらず、持たず、持ち込まずという非核三原則を堅持する決意を再三表明したことにより、佐藤栄作は1974年、ノーベル平和賞を受けた。ところが安倍首相はこの佐藤栄作にはまったくふれることがありません。本当に危険な戦後生まれの首相です。
(2007年7月刊。1500円+税)

終生、ヒトのオスは飼わず

カテゴリー:生物

著者:米原万里、出版社:文藝春秋
 いかにも著者ごのみのタイトルです。実は、これは、自分で書いた死亡記事のタイトルでした。多くの著名人が自分の死亡記事を書いていて、文春文庫『私の死亡記事』になっています。それによると、著者は2025年に75歳で死んだことになっています。
 この本の大半は、雑誌『ドッグワールド』の2003年5月から2005年12月まで32回にわたって連載されたエッセイがおさめられています。要するに、著者の親愛なる家族たち(犬と猫のことです)の、大変でもあり、愛らしくもある行状記です。いやいや、ペットを飼うというのは大変なことだと思いました。
 猫にミドニングというのがあるのを初めて知りました。
 ミドニングとはトイレの場所を間違えたり、排便しそこねて外にしてしまうというものではなく、きわめてはっきりした行為である。猫はトイレ以外の特定の場所を選び、そこに糞を残すことによって、なわばりの占有・使用・通行などの権利を示そうとする。およそ、前から少し神経質だとか、気の弱い性質の猫が、何らかの大きな変化やチャレンジに遭遇したとき、こうなることが多い。
 著者は飼い猫(龍馬という名前です)をしっかり抱きしめ、そのストレスを軽減させることによって、その症状を半年で完治させたのです。獣医師は感嘆の声を上げました。うむむ、なるほど、ですね。
 著者のペットに対する愛情の深さを示すエピソードを紹介します。飼犬(ゲン)が落雷のあった日に家をとび出して行方不明になってしまいました。そのあと、著者はなんと1年にわたって、4日に一度、近くの動物管理事務所に電話を入れて確認したのです。犬はそこに保護されると5日目には薬殺処理へ回されてしまう。だから、その前日、4日目の午後4時から5時に、動物管理事務所に電話を入れる。それは、日本国内にいようと、アメリカにいたときも、チェコにいたときも、4日に一度の電話を欠かしたことはなかった。そして、それを1年も続けた、というのです。すごーい、頭が下がります。
 犬は、たしかに雷をひどく怖がります。私が子どものころ飼っていたスピッツ犬(ルミという名のオス犬で、座敷犬でした)は、雷鳴を聞くと、家中を走りまわったあげく、押し入れの奥に頭を突っこんで、全身をブルブル震わせていました。哀れなほどです。
 結局、ゲンは出てきませんでした。きっと、どこかの家で飼われたのだろうと思います。なかなか頭の良い犬だったようですから、おおいにありうることと思います。
 私が小学1年生のとき、我が家は大きな引っ越しをしました。同じ市内でしたが、トラックに乗って引っ越したのです。そして、その途中で、飼犬(ペット)がいなくなってしましました。泣き叫んで、親にバカバカ、どうして、どうして、と大声で抗議したことを今もはっきり覚えています。
 猫一般の常識がある。見知らぬ猫であれ、子猫には優しくすることになっているようだ。たとえば子猫が食べ終わってからでないと、大人猫は食べない。同居していた親しい仲間の猫が死んだとき、猫たちはいつもの夕食の催促をせず、ほとんど口をつけなかった。
 真夜中、死んだ猫の周囲にしっかり目を見開いて座り、まんじりともせず夜を明かした。
 ええーっ、これって、まさにお通夜の光景ではありませんか。驚いてしまいます。猫がお通夜をしてるなんて・・・。今では人間社会のお通夜はほとんど形式ばかりになってしまいましたのに・・・。
 共産党の高名な代議士(米原いたる)の長女として生まれた著者は、小学3年生のときチェコスロバキアに両親とともに渡ります。著者の年譜によると、チェコにいたのは5年間ほどのようです。私はもっと長くいたのかと思っていました。
 父の米原いたる代議士も語学の才能があったようです。英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語ができたというのです。でしたら、著者の語学力は父親譲りの才能だったのでしょうね。
 何回も繰り返しますが、本当に惜しい人を早々と亡くしてしまいました。75歳まで生きて、大いに世間に対して毒舌もふるってほしかったと思います。残念でなりません。それにしても、ヒトのオスも飼っていてほしかったですね・・・。
 日曜日の朝、異変を感じました。妙に静かすぎるのです。蝉の声がまったくしません。うむむ、これは一体どうしたことだろう。わが家の庭木で鳴かないどころか、近隣でもまったく蝉が鳴いていません。夏の終わりを告げるツクツク法師もクマ蝉も鳴いていないのです。連日の猛暑のために蝉たちも一休みしているのでしょうか・・・。
 蝉の声といえば、10年以上前、南フランスで一夏を過ごしたことがあります。フランスの蝉の鳴き声はジジジジと、とても単調です。しかも、めったにいません。ですから、フランスの夏は、日本と違って基本的に静かです。ついフランスでの夏の朝まで連想してしまいました。また南フランス、プロヴァンスに行きたくなりました。そうなんです。すごく料理が美味しいんです。よーし、来夏は、行ってこようっと・・・。
(2007年5月刊。1381円+税)

千夜千冊、虎の巻

カテゴリー:社会

著者:松岡正剛、出版社:求龍堂
 この「弁護士会の読書」がはじまって何年になるのでしょうか。私が弁護士会で書評をのせはじめたのは、9.11があった年ですから2001年4月のことです。はじめのうちは恐る恐るでしたから、今のように年に365冊というわけではなく、200冊ほどだったのではないかと思います。1年に読んだ本は当時のほうが多かったのですが、書評としては当時のほうがボリュームは小さく、今のほうがたっぷりしています。今は長すぎるので、もっと短くしてほしいという声がありますが、どうなのでしょうか。このところ年間に読む単行本は500冊ほどですので、だいたい7割程度をここで紹介していることになります。私の場合には、書評というより抜粋という感じなので、本を読んだ気になってしまうという反応はうれしいことでもあります。赤エンピツで傍線を引いたところを紹介し、簡単な感想を記すということでやっています。1冊40〜50分ほどかかります。すべて手書きです。モノカキを自負する私にとっての文章訓練にもなっています。模倣は上達の常道だと信じてやっているのです。
 ところで、この本の著者が紹介する1000冊は、ちょっと私とは断然レベルが違う(高い)という感じです。1000冊のうち、私が読んだ本はせいぜい1割もあるでしょうか。うひゃあー、上には上がいるもんだと、つい思ってしまいました。この本自体は、若い女性編集者との対談ですから、読みやすくなっています。でも、紹介されている本はかなり高度です。
 本は、なんでも入る「ドラえもんのポケット」のようなリセプタクル、なんでも乗せられるヴィークルである。
 本は、どんな情報も知識も食べ尽くすどん欲な怪物であり、どんな出来事も意外性も入れられる無限の容器であり、どんな遠い場所にも連れていってくれる魔法の絨毯なのである。ある日、突然、渦中に飛びこんで読みふけることができる。これが読書の戦慄であり、危険であり、また法悦である。
 本は、無理に読む必要はない。気が向けば読む。できるだけ好きなものを読む。それでいい。それが原則。読書は食事なのだ。読書の基本は楽しみ。読書は交際でもある。
 本は、二度読んだほうがいい。そこに読書の醍醐味がいくらでもひそんでいる。2度目は速く読める。
 電車や喫茶店のなかで本がよく読めるのは、他人が一定いる密度環境が箱ごと一定の音響とリズムで走っているためだ。
 たしかに、私の読書は基本的に電車と飛行機のなかです。車内アナウンスはまったく耳に入らないのですが、面白い内容の世間話がそばであっていると、耳がそちらにひきずられ、目のほうが働かなくなってしまいます。その点、飛行機のなかは、そういうことはまずなく、読書に集中できます。
 読書は、リラックスするときも、忙しいときも、疲れきっているときも、すべてがチャンスである。
 私にとって読書は、忙しいときが一番です。一番、よく頭に入ってきます。昼寝したあとなんて、まるでダメです。気がゆるみ過ぎだからです。
 もちろん、本をたくさん読めばいいなんて、私も思っていません。でも、数多くの本を読むと、それこそヒットする確率は高いのです。至福のときを何度も味わうことができます。やっぱり読書は貴重な宝物です。
(2007年6月刊。1680円)

選挙「裏」物語

カテゴリー:社会

著者:井上和子、出版社:双葉社
 公共事業は土建業界のためにある。そして選挙のときに働いてくれた謝礼として大きなハコ物がつくられる。しかし、そこで使われるのは税金だ。公共事業が少なくなると、それに見返りを求めていた人々が選挙運動に熱心ではなくなった。
 選挙は、公共事業を獲得するための選挙が中心になっていた。高速道路などの土木分野にものすごく予算が回されるので、この方面の業界だけは潤っていた。
 国が損したって構わない。オレたちが潤えば、別にそれでいいんだ。
 でも、これではいけない。税金のかたまりである公共事業をエサにして票を集めるというあざとい選挙スタイルは通用しなくなりつつある。
 著者の考えに賛成します。今回の参院選にあらわれているように、自民党ぶっつぶせを叫んで登場した小泉前首相のおかげで、自民党の支持基盤がかなり崩れつつあるのも事実です。それでも、公共事業という巨額の利権にむらがるゼネコンと暴力団、そしてそれを支えながら甘い汁を吸い続けている政治家たちが、相変わらず大きな顔をしている状況は、まだまだ変わっていないように思います。
 筑後平野に新幹線工事がすすんでいます。一見のどかな広大な田圃のなかを延々とコンクリートむき出しの無骨な高架線路が貫いています。寒々とさせる光景です。日本の国土の荒廃を象徴させるものだと感じます。九州新幹線って、黒字になる可能性なんて初めからないのではありませんか。少なくとも私はそう思います。莫大な赤字路線をつくり、税金で穴埋めしていくことになるのは必至です。大型公共事業を中心とする政治を今のまま続けていいことは、何もありません。
 民主党の候補者は、汗水流して下積みの苦労をしていない人が少なくないので、目に見えない心配りや目立たない苦労への理解が足りないケースが多い。このような公募で当選した民主党の政治家のなかには、自民党の公募で落ちたから、仕方なく来たという無節操なタイプがいる。
 もちろん、無節操ではありますが、自民党と民主党とに本質的な違いがないことの反映だというほうが、より正確ではないでしょうか。ただし、参院選のあと、自民党が大敗したことをふまえて民主党は自民党との違いを浮きたたせようと必死です。それが憲法改正に反対する方向であることを私は心から願っています。
 猛暑の毎日です。だから、なのでしょうか。セミの鳴き声がパタリと止んで、勢いがなくなってしまいました。まだツクツク法師は聞かれません。庭に淡いピンク色の芙蓉の花が咲いています。酔芙蓉はまだです。午前中は真白の花なのに、午後から赤味がさしはじめ、夕方にはピンク色になって、酔った状態に変わります。
(2007年6月刊。1400円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.