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カカトアルキのなぞ

カテゴリー:生物

著者:東城幸治、出版社:新日本出版社
 2002年4月、昆虫類に新たな目(もく)が追加されました。
 昆虫類は、地球上の全生物種の半数を占めるほど種類が多いのですが、新目(もく)の発見となると、88年ぶりなので注目を集めました。
 昆虫類は、名前がつけられているものだけでも100万種ある。昆虫が誕生したのは4億年以上も昔のこと。
 新しい目であるカカトアルキを発見したのはドイツの大学院生ゾンプロ。4500万年前のバルト琥珀に閉じこめられている1体の昆虫化石を見て、知っているナナフシと違うことに気がついたのです。その次の問題は、生きた虫がいるのかどうか、です。
 アフリカに似たような昆虫がいるのを思い出し、探索の旅に出ます。そして、ついに南アフリカで発見しました。昆虫は、一般に足先の爪を地面につけて歩くのが基本だが、この昆虫は歩くときに全6脚とも、その足先をもち上げて歩く。つまり、人間でいうと、つま先をもちあげて、カカトだけで歩くようなもの。そこからカカトアルキと命名された。カカトアルキは肉食性の昆虫。たいへんな大食漢の昆虫だ。その姿・形は、バッタとカマキリに似ている。写真と図解で説明されています。
 カカトアルキの交尾時間は平均で3昼夜も続く。ペア状態を維持することで、メスにほかのオスと交尾させないというオス側の戦略と考えられている。ところが、長い時間の交尾が終わったあと、お腹をすかせたメスがカマキリのように一回り小さな体のオスを食べてしまうこともある。ひゃあ、まるでカマキリと同じです。オスって、哀れな存在なんですよね、トホホ・・・。
 カカトアルキは、獲物を素早く確実に捕らえるための俊敏な動きを保障するもの。足先は、キャッチャー・ミットのように大きくなっている。
 大自然の不思議です。種の多様性を保持することの必要性を実感させる本です。
(2007年11月刊。1400円+税)

我らが隣人の犯罪

カテゴリー:社会

著者:宮部みゆき、出版社:新潮社
 すごいですね、さすが宮部みゆきです。
 最初期の作品群だそうです。いやあ、まいりましたね、これが宮部みゆきの駆け出しのころの小説だなんて・・・。すごいのです。いえ、すご過ぎます。
 推理小説なので、その展開をここで紹介するわけにはいきません。なーるほど、なるほどと、ひたすら感心するばかりです。
 タウンハウスの隣人が愛人稼業の女性。ところがキャンキャンと、うるさく吠えるスピッツを飼っている。やがて、そのスピッツを黙って始末してしまおうということになり完全犯罪を企みます。そして、そこで起きたことは・・・。予期せぬ結末です。
 次の「この子誰の子」も、すごいです。特別養子という、誰が父親なのか分からないシステムを破る、そんな話です。その着想と展開がすごいですね。
 読み終わってみると、なーるほど、と思わせる顛末を不自然さを感じさせずに、次はどうなるのだろうかと、ぐいぐいひっぱっていく著者の筆力には感嘆するばかりです。
 ジャーマンアイリスの爽やかな青紫色の花が次々に咲いています。茎がすっくと伸びて華麗な花を次々に咲かせて目を大いに楽しませてくれます。隣に純白の花も可憐に咲いていて、お互い同士で引き立っています。福岡県弁護士会館の通用口のそばに咲いているジャーマンアイリスは私が持ち込んだものですので、一度みてやってください。
 黄色のアイリスが気品にみちみちて咲いています。その隣には小さな紫色のシラーの花がここぞとばかり美しさを誇っています。ただし、もうすぐしたら、エンゼルストランペットの日陰になってしまうのです。
(2008年1月刊。1400円+税)

携帯電話はなぜつながるのか

カテゴリー:社会

著者:中嶋信生、出版社:日経BP社
 私も、もちろんケータイは持っていますが、実のところ一日一回もつかいません。自分でかけることもないし、かかって来ることもありません。依頼者には絶対教えないし、知っている人でもほとんどかけては来ません。いつもカバンの中に入れていますので、鳴っていても気づかないことが多くあります。それでもケータイを持ち歩くのは、公衆電話がすごく少なくなったからです。小さな裁判所からは公衆電話が撤去されてしまいました。福岡地裁本庁にもいくつかしかありません。相手方と交渉するときには私のケータイ・ナンバーを知られたくないので、必死で公衆電話を探します。ホント、苦労します。
 そんなケータイですが、いったいなぜこんな薄っぺらな機械ですぐに全国にいる人と通話ができるのか、不思議でなりません。それに、最近よく目立つケータイ用のアンテナ塔。低周波公害が問題となりましたが、電磁波公害はどうなんでしょうか。なぜ、あんなに高密度にあちらこちらにアンテナ塔が必要なのでしょうか・・・。
 ケータイは、多くの装置やノードビルを経由してつながっている。
 NTTドコモのFOMAは、屋外に3万5000局、屋内にも1万の無線基地局がある。郵便局は全国に2万、小中学校は3万4000校ある。それと同じくらいの多さだ。
 ケータイの特徴は、音声とデータの2本立て。ケータイの本質は次の3つ。移動すること。電波をつかうこと。
 ケータイがどこにいても瞬時に相手を見つけて着信できる秘密はホームメモリーにある。
 ケータイは、途中に大きなコア・ネットワークという有線のネットワークが介在している。ケータイは、音声を5K〜10Kbpsという低速で送る。
 ケータイは、いつでも送受信できる状態にしておくと電池がすぐになくなってしまう。そこで、待ち受け時には着信に必要な最小限の機能だけを動作させておいて、送信機には通電しないように工夫している。つまり、ケータイは必要なときだけ通電し、あとは通電せず、電池の消耗をおさえる間欠受信と呼ぶ技術をつかう。
 ケータイと無線基地局との間は電波で接続している。しかし、無線基地局から先は、光ファイバーなどでつないで、いくつかの装置をつかって、相手の最寄りの無線基地局まで音声を伝送している。
 ケータイで音を送るときに欠かせないのが音声コーデック。アナログの音声をデジタル・データに変換する機能・装置のこと。
 音声通信は、会話が不自然にならないように、送信から相手に届くまでの遅延を0.1秒以下におさえたリアルタイム通信が必須条件。データ通信では1秒や2秒遅れても差し支えない。そこでデータ通信はパケット通信をつかう。パケット通信は、待ちの時間をつかうので、リアルタイムの通信はできない。
 音声データをブロックに分割したあと、特徴を抽出して音量や波形を分類する。符号化装置は、さまざまな波形を記録した辞書をもっており、送信しようとする波形にもっとも似た波形のパターンを波形情報のかわりに相手に伝送する。音量など、ほかの 情報も並列に伝送する。
 受信側は、送られてきた波形コードにしたがって辞書を引き、元の波形を復元する。この方法によって、伝送すべき情報量は非常に少なくてすむ。音声品質の良さは、辞書の良さにかかっている。
 結局のところ、よく分かりませんでしたが、なんとなくイメージがつかめたところもあります。基礎的な知識がないと分からないという典型ではありますが、それでもあきらめずに、今後とも、この種の本にも挑戦します。
(2007年7月刊。2400円+税)

読む力は生きる力

カテゴリー:社会

著者:脇 明子、出版社:岩波書店
 ほんとうにすばらしい本は、読む人を自分だけの世界に閉じこもらせるのではなく、書き手と読み手とを人間的な共感でつなぎ、何か大切なものを受け取ったことによって開かれた新しい目で、まわりの世界を見直すように促す。
 人間の生存に不可欠な衣食住だが、人間は、それだけでは生きていけない生きものだ。
衣食住に加えて何が必要かというと、それは自尊心である。自尊心とは、自分には生きていくだけの価値があると思うこと。この世のなかで、いくらかの場所を占領し、食べものを食べ、水を飲み、空気を吸っていきていてもかまわないのだ、と思うこと。そう信じられなくなったとき、私たちは生き続けるために必要な気力を失い、ときには生命を絶つことさえある。
 私たちに一生にわたる自尊心の基盤を与えてくれるのは、幼いときに育ててくれた親や、それにかわる人々の、無条件の愛情だ。ところが、幼稚園や保育園などの集団に入ると、親の愛の上に築いた自尊心は、もろくも崩れてしまう。自分にとっては絶対であった親が、世の中のたくさんの人たちの一人にすぎないことが見えてくる。そうだとすると、その親に保証してもらった自分という存在の値うちも、ちっぽけなものにすぎないことが明らかになってしまう。そこから、子ども自身による、自尊心回復のための戦いが始まる。それは、なんでも自分が一番だと言いはじめたりすることにあらわれる。しかし、それは、子どもなりの自尊心回復の手段なのである。
 うむむ、なるほど、なーるほど、そういうことだったのか。この指摘に、私は思わずうなってしまいました。
 想像力をトレーニングしていけば、やがて、言葉による描写から人物や情景を思い浮かべることもできるようになる。これは、本を読むのに不可欠な力であって、読書が苦手だという子どもの大半は、この力がうまく身についていない。
 想像力は、とっぴな空想をめぐらす力なのでは決してなく、現実の世界で先を予想して計画を立てたり、さまざまな人とうまくコミュニケーションをとったりしていくうえで、万人に必要な能力なのである。そ、そうなんですね・・・。
 子どもには旺盛な好奇心とともに、臆病さもあって、一度何かでつまづくと徹底してそれを避けようとし、そのために世界を狭めがちになる。子どもは、柔軟であるかと思うと、ささいなことが原因で、とんでもない偏見をいだくことも多い。
 子どもが狭い世界に閉じこもろうとしているようなら、うまくその偏見をときほぐし、新しい出会いのチャンスを増やしてあげるべきだ。それもまた、冒険の付添人としての、身近な大人の果たすべき役割だ。
 なーるほど、これは、偏食についても言えることではないでしょうか。大人が、何でも、おいしい、おいしいと言って食べていると、子どもも安心してどんなものでも食べるようになると私は思います。
 いまの子どもたちを取りまく娯楽の多くが、情報満載の型である。子どもたちは、たっぷりと盛り込まれた情報を読みとって楽しんでいるのではなく、情報が満載されたにぎやかさを、感覚として喜んでいるにすぎない。
 情報量の多さを子どもを喜ぶようになったのは、映像メディアつまりテレビの影響だ。 映像は本に比べて、はるかに大きな力で見る者をとりこにする。映像を見ながら、物事を筋道立てて考えるというのは、非常に困難である。
 読書力は、全体を見渡して論理的に考える力を身につける。
 なーるほど、そうですね。そうだよね、と思いながら読んだ本です。
(2005年1月刊。1600円+税)

拡大するイスラーム金融

カテゴリー:アラブ

著者:糠谷英輝、出版社:蒼天社出版
 最近、ときどき話題になるイスラーム金融について知りたいと思って読みました。
 世界におけるイスラーム教徒(ムスリム)は15億人。これはキリスト教に次いで第2位で、シェアは20%。しかし、ムスリムは人口増加率が高く、2030年代には世界人口の3分の1となり、キリスト教を抜いて、世界最大の宗教となる。地域別でみると、最大のムスリム人口をかかえるのはアジアである。ヨーロッパでは、フランスに6000万人、ドイツに300万人いる。中国にも3900万人、ロシアに2700万人いる。日本には18万人と言われているが、実数は1万人以下とみられている。
 イギリスに居住するムスリム人口は180万人で、総人口の3%。ただ、そのうちの6割が中流以上であって、富裕層が多い。イギリスのムスリムは、6割がパキスタンとバングラデシュ系であって、ムスリム人口の3分の1がロンドンに集中している。
 アメリカには600〜800万人のムスリムが居住しているが、イスラム金融の拡大はすすんでいない。アメリカでは、ムスリムは地域的に分散していて、ムスリム地域社会を形成していない。むしろ、アメリカの地域社会に溶けこもうとしている。
 2007年3月に、サウジアラビアの石油化学プラント建設事業に向けて三井住友銀行が58億ドル(7000億円)の融資をしたとき、うち6億ドル(720億円)はイスラーム金融で調達された。
 イスラーム金融とは、イスラム教の規範にしたがった金融のこと。具体的には、シャリーアと呼ばれるイスラム法に適合した金融のこと。シャリーアは次の4つを禁止している。第1に、利子の禁止。利子の受払いはコーランによって明示的かつ絶対的に禁止されている。イスラム教の原理の一つとして、資金は退蔵せず、生産・役務の提供に向けるべきとされている。金銭は商品ではなく、価値保存の手段であり、商業活動等に利用されて利益配分を受けられる。
 第2に、不確実性の禁止。不確実性のある取引は、投機的な要素を有するものとして禁止されている。第3に、賭博・投機の禁止。第4に、アルコール・タバコや豚肉、武器、ポルノなどの禁忌とされる物品やサービスに関する取引の禁止。
 シャリーアに適合する形式で発行されるイスラム債券はスクークと呼ばれる。はじめて価値を生み出すもの。単に時間の経過を待つだけで金銭が増加するのは不当利得である。
 イスラム金融では、利子のかわりに利益配分という概念がつかわれる。物的財産はすべて神に属するものであり、人はそれを信託されているに過ぎない。信託された財産を有効活用した結果として、人はこのスクークが増加したことでイスラム金融が世界的に拡大した。イスラム金融は、ここ数年、年平均で15%を上回る拡大を示している。イスラム金融資産は総額で1兆ドル(120兆円)をこえる。それでも、世界全体の金融資産に占める割合は1%にすぎない。
 イスラム金融は、ムスリム社会においても10%のシェアでしかなく、ムスリムも一般金融を利用している。イスラム金融はムスリムのみが利用するものではなく、非ムスリムが利用することも可能である。マレーシアでは、非ムスリムの利用が7割を占める。
 イスラム銀行の特徴は、一般に銀行の規模が小さいこと。
 イスラム金融という言葉を最近よく聞きますので、読んでみました。少しだけ分かりました。
 チューリップは最後の一群がまだ咲いてくれています。黄色い花と赤い花の固まりです。アイリスも咲き続けています。そのそばにボタンの濃い赤紫色の花が咲いているのを見つけました。2、3日前までは固いツボミだったのですが、開いてくれました。深い赤紫色の花ビラが八重に重なっているさまは重厚さと気高さを感じさせます。島根の妻波弁護士より5、6年も前にいただいたものですが、肥料もやらず、何の世話もしていないのに、毎年ちゃんと咲いてくれます。去年いただいたボタンはお休みのようで、ツボミもつけていません。
 スモークツリーの若葉が赤味がかった茶色で光りかがやいています。若葉が緑とは限らないのですね。ちょっと見ると紅葉しているようですが、少し違います。みんな違って、みんないい。金子みすずの詩を思い出します。
(2007年9月刊。2800円+税)

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