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性器の進化論

カテゴリー:人間

著者:榎本知郎、出版社:化学同人
 生殖器、体つき、脳など、すべて女性が原型なのである。男性になるには、何段階もの関門があって、そのたびごとに男性にする作業が行われる。そのどこかにエラーがあると、遺伝的には男性にはなれない。つまり、ヒトの原型は女性であり、男性は精一杯がんばって細工をして男性になる。
 射精された2~3億個の精子のうち、卵子に到達する精子は300~500個でしかない。そして、医学的には、射精される精子数が1億を下まわると不妊の原因になるといわれる。卵子に到達する精子は、最低でも150は必要である。
 一番乗りした精子は自分の酵素を放出しては死んで後進に道を譲り、150番以降の順位の精子が福を得て、受精させることが出来ることになる。なんという確率でしょうか・・・。
 ヒトは、半数の人が結婚して妊娠するまで半年ほどかかっている。ヒトの妊娠率は、ほかの動物に比べて低い。なぜか?
 良い遺伝子をもつ雄を選ぶためには、配偶者をきっちり選ぶことが必要なのである。
 ヒトそして、男と女の違いを図解しながら、分かりやすく解説してくれる真面目で面白い本です。
(2010年1月刊。1500円+税)

裁かれる者

カテゴリー:司法

著者:沖田光男、出版社:かもがわ出版
 1999年9月初め、東京の中央線の快速電車に乗っていた男性が若い女性に対して携帯電話による通話を注意したところ、しばらくして、電車内で痴漢したとして改札口を出たところで逮捕されたのでした。「現行犯逮捕」というには、時間と場所が違っています。
 それでも、いったん逮捕されたら、簡単には釈放されません。結局、23日間、丸々警察の留置場に入れられたのでした。それでも、なんとか釈放され、不起訴が決まりました。
 事件のあと、1年半たって、国家賠償請求の裁判を起こしたのです。
 ところが、なんと、刑事事件としては不起訴になったのに、民事訴訟では、一審も二審も「痴漢行為をした」と認定されてしまったのです。うへーっ、と本人ならずとも驚いてしまいます。
 刑事記録は既に廃棄されていました。3年間の保存が義務づけられているのに、担当職員が一年と勘違いして廃棄してしまったのだというのです。なんということでしょう、本当なんでしょうか・・・。
 民事裁判では、男性の身長が164センチで、女性のほうは170センチ。しかも、7センチのハイヒールの靴をはいていた。ところが、女性の「腰」に男性の「股間」を接触させていたという。客観的には、ありえない。それでも、一審も二審も、女性の供述を信用した。そして、最高裁は、なんと法廷での弁論を行った。
 このとき、「被害者」の女性本人が涙ながらに意見陳述したのでした・・・。すごいことですね。
 結果は、高裁への差し戻しを命ずる判決でした。そして、高裁は、痴漢行為は認められないとしつつも、女性の虚偽申告も認められないというものでした。矛盾としか言いようのない判決です。
 この事件が世間の注目を集めた理由の一つは、周防正行監督の映画『それでもボクはやっていない』(2007年1月)にあった。私も、この映画は見ました。大変よく出来ていて、司法の現実、その問題がズバリ描かれていると思いました。
 裁判の限界を実感させる本ではあります。それにしても、本人(1942年生)と家族は、本当に大変な苦労をされたことだろうと推察します。お疲れさまでした。それでも、このような本を書いていただき、ありがとうございます。
(2010年4月刊。1000円+税)

俺の後ろに立つな

カテゴリー:社会

 著者 さいとう・たかお、 新潮社 出版 
 
 大学生のころ、私も『ゴルゴ13』を愛読していました。といっても、買っていたのではなく、寮内のまわし読みの恩恵にあずかっていたのです。白戸三平の「カムイ外伝」も夢中で読んでいました。最近は、とんとご無沙汰しているのですが、1968年に連載が始まってから、今日まで1回も休みなしで続いているというのです。
これはすごいですね。寅さん映画を上まわります。なぜ、そんなことが可能なのか? その秘訣は、分業を取り入れた「さいとう・プロダクション」にあります。この本は、その実情を語ってくれます。その発想、そして企画を40年にわたって実行し続ける力は偉大です。
著者は19歳のとき(昭和30年)、大阪でデビューした。ときあたかも、貸し本ブームの時代。そして、昭和32年に東京に進出。手塚治虫たちがトキワ荘に集まって活動していたころのこと。そして、分業化に早くも挑戦した。その一連の作業の流れは次のとおり。
まず、脚本担当は時代の潮流からテーマをすくい上げ、それに沿った資料をかき集め、そこから物語を紡ぎ出していく、それを俎上に脚本担当と構成担当が徹底的に検証し、脚本を完成させる。構成担当は、その脚本をどういうようなコマ割で展開し、演出するかを搾り出す。それが出来上がると、いよいよ絵を描くのだが、作画担当も、それぞれに人物担当、背景担当と役割が決まっている。スタッフそれぞれが得意なパートを分担するわけだから、それぞれの才能を十分に生かした力強い作品が望めることになる。すべてが共同作業となるため、それなりのチームワークは欠かせないが、完成時には一人作業ではとうてい味わえない達成感がある。マンネリ化を引き起こさないよう、脚本は外注化する。
すごい発想ですよね。マンガを分業化し、チームで描くというのは・・・・。よほど中心にすわる人の力が大切なのではないでしょうか。
 映画と劇画の違い。劇画のコマ割りは二重構造、つまり作品に二重の効果をもたらすという独自の特徴がある。劇画の場合、一つずつのコマ割りの前に、見開きごとの展開を考えなければならない。最後のコマに工夫を要する。次の見開きページに興味をもたせるために、つなぎのシーンで終わらせるといった仕掛けが必要なのである。
 「007シリーズ」の映画を劇画化するとき、著者はそれを読んだことがなかった。原作に引きずられないためである。小説のボンド像が見えてしまうと、劇画として小さくまとまってしまう。そのことを恐れた。なーるほど、そうなんですか・・・・。
 登場人物作りは大切。いくら面白い脚本ができてもキャラクターづくりに失敗すると、面白くなくなる。そして、主人公の名前が決め手。名前は、その性格に大きく影響する。「ゴルゴ13」のゴルゴとは、キリストが十字架にかけられたゴルゴダの丘。「13」は、キリスト最後の晩餐で13番目の席にいたユダヤにまつわる数字だ。そこからイメージをふくらませ、あのキャラクターは出来上がった。私も「小説」を書いていますが、ネーミングには苦労しています。名は体をあらわします。イメージは大切ですからね。
 「ゴルゴ13」とは、できるだけ距離を置いて描くように気をつけた。そして、距離を置いていって、どんどん台詞を減らしていった。
 なまじ知識のあるものを道具立てにした劇画は描かない。知識がある分、常識から逸脱した発想が浮かんでこなくなるから。ふむふむ、これって、とても逆説的なことですよね。でも、なんとなく分かりますね・・・・。
これだけ描いてきてもネタに困ったという覚えは一度たりともない。そもそも物語と言うのは、シェイクスピアが書き尽くしてしまっている。それだけに余計なことには手をださない。我々はパターン化されつくした物語にどう味付けし、枝葉をつけるのか、それだけ考えて作業を進めたら事足りる。つまりは、アレンジだ。
それは、音楽も一緒で、旋律のパターンに限りがあって、どれも似たり寄ったりなのだが、リズムをちょっと変えるだけで、不思議なほど、別物に聞こえる。物語も、このアレンジには際限なく、これからもたくさんの作品が誕生するはずだ。
「ゴルゴ13」は身近な出来事の延長線にあるのだが、舞台を国際化すると、スケール感が加わり、スリリングな物語に変身、読者は手に汗して、その成り行きに固唾を呑む。脚本担当と著者の仕事は、そのいかにも現実にありそうな話をアレンジすること、奇想天外なストーリーでありながら、現実にあっても不思議ではない話であることが作品にリアリティーを与える。
シェークスピアが出てくるところは、恐れいりましたという感じです。大変示唆に富む本でした。さすがは読ませる(見せる)プロです。
(2010年6月刊。1300円+税)

日本の教育格差

カテゴリー:社会

 著者 橘木 俊詔、 岩波新書 出版 
 
 日本では高卒と大卒との間で、賃金格差が目立っている。しかし、日本は、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスそして韓国と比較すると、学歴間の賃金格差がもっとも小さい。日本が1.60であるのに対して、アメリカは2.78、イギリス2.60、韓国2.33、フランス1.92、ドイツ1.85なのである。このように、国際比較では、日本は学歴による格差が小さく、むしろ平等度の高い国家といえる。
 へへーん、そうなんですか・・・・。ちょっと信じられませんでしたね。
上場企業の役員のうち、名門大学出身は50%弱であり、非名門大学出身者が過半数いる。上場企業の役員になる道は、非名門大学出身者にも、それなりに開かれている。たしかに、企業では、実力本位のはずです・・・・。
 短大・大学進学率は、1960年から1975年までの15年間に、10%から40%まで急激に上昇した。そして、1975年ころに上昇率が止まる。ところが、1995年あたりから再び大学進学率は上昇し、現在は50%を少しこえた水準で落ち着いている。これは主として女子の短大・大学進学率の上昇が要因である。
 18歳人口の半数以上が短大・大学に進学している国は、アメリカと日本くらいで、世界中にそんなに多くない。
国立大学の授業料は年に56万円。私立大学では、文系で70万円、医・歯で300万円ほど。そのため、親の経済状況が子どもの大学進学の決定に大きな影響を与えており、国公立と私立のどちらかに進学するかにも影響を及ぼしている。私のときは、年に1万
2000円の学費でした。寮費も同じです。
 公立学校で子どもが学ぶことは悪いことではないというのが著者の考えです。人間社会の縮図を子どものころから体験することは、子どもの人間形成にとって貴重な体験となるからである。私自身は市立の小・中学校そして県立高校、国立大学というコースをたどっています。中学校は団塊世代でしたから、1学年13クラス、1クラス50人。傷害事件を起こして少年院へ送られた同級生が何人もいました。ツッパリグループは隣の中学校の生徒とのケンカが絶えませんでしたが、生徒数が多いこともあって、私自身は、いつものほほんと学校で生活していました。いじめもあっていたのでしょうが、一クラスに50人以上もいると、あまり気にせずに生きていけたのです。同質の生徒ばかりが集まるのは、勉強と成績維持のためにはいいかもしれませんが、人間の幅を狭くするのではないかという心配もあると思います。いかがでしょうか・・・・。
 日本は公教育費支出がOECD諸国のなかで最低。それは、日本では教育は私的財とみなす考え方が支配的だから。つまり、教育の利益を受けるのは教育を受ける個人だという考え方が根強い。大学などの高等教育段階において、日本の公的教育支出は
4689ドル。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスでは9000ドルをこえているのに、日本は、その半分程度でしかない。
 家計への直撃度は、日本の大学は5ヶ国中で一番高い。日本は突出して家庭に教育費負担を強いている国である。ヨーロッパでは多くの国で授業料は無償であり、大学に国が多額の支出をしている。日本は大学の授業料が高いうえに、奨学金制度もきわめて貧弱である。日本の奨学金は7000億円。アメリカでは、なんと13兆円である。しかも日本の奨学金制度は無利子から有利子となり、総額も減少するなど、財政難から後退し続けている。私も月3000円の奨学金をもらっていて、弁護士になって数年して返済を終えました。
 思い切って少人数学級にして、学力の高い子も低い子も、今以上に指導の行き届いた教育を受けさせる。そのことが、それぞれの学力を高めることになる。
 そうなんです。コンクリートより人なんですよね。人間への投資を高めてこそ、日本という資源の乏しい国が浮揚することのできる唯一の道だと私も確信します。大変示唆に富んだ、いい本でした。
 司法修習生に給与が支払われていた制度が廃止され、貸与制になろうとしています。日弁連は給与制の廃止を止めさせようと頑張っています。人間を大切にするためには、まずはお金が必要です。ゼネコンのためにしかならないような空港や新幹線、ムダの典型である戦車やヘリ空母などをつくるのを止めたら、すぐに実現できることなんです。ぜひぜひ、流れを人間本位に変えましょうよ・・・・。
(2010年7月刊。800円+税)
 ネコヤナギの木が根元から腐れ、倒れ掛かって残念ですが掘り起こして片付けました。幹を切ると、空洞になっていて、たくさんのアリが棲みついていました。ノコギリを手にしていると、怒ったアリが腕に噛みついてきて、痛い思いをしてしまいました。棲みかを襲われてアリが怒るのも無理はないのですが、こればかりは仕方ありません。数日後、アリ軍団はどこかへ姿を消してしまいました。
 いま、庭にはピンクの芙蓉の花、そして淡いクリーム色のリコリスの花が咲いています。芙蓉のほうは、酔芙蓉も咲き始めました。朝のうち真白で、午後から酔ったように赤くなっていく花です。
 リコリスはヒガンバナ科です、今年は猛暑が続いて万寿社下の赤い花は咲き遅れているようです。稲刈りも間近となりました。

国際弁護士

カテゴリー:司法

 著者 桝田 淳二、日本経済新聞出版社 出版 
 
 今から20年近く前(1992年)、48歳の日本人弁護士がアメリカに渡り、ニューヨークで事務所を構え、渉外弁護士としてスタートした。その苦難の道が描かれています。なかなかに読ませる内容の本です。
 いま(2010年7月)、日本にいる外国の弁護士(外国法事務弁護士)は347人である。これって意外に少ないですよね。
 著者は、1970年にコロンビア、ロースクールに留学し、2年数ヶ月間ニューヨークに残り、アメリカの法律事務所で研修した。
アメリカでは、弁護士依頼者特権が認められていて、弁護士と依頼者とのあいだの法的な相談に関するコミュニケーションは証拠開示の対象にならない。ところが、弁護士であっても専門家証人として接するときには、この特権は適用されないので、注意を要する。つまり、弁護士から意見書を法廷に出してもらったときには、弁護士依頼者特権は放棄したものとみなされる。そこで、自分たちが相談し、訴訟で代理人になってもらう弁護士には意見書を書いてもらってはいけない。
 ディスカバリーは、いかに大変か。また、イーディスカバリーについては専門業者を雇う必要がある。弁護士依頼者特権を生かすためには、何かあったときには、まず何をおいても弁護士との相談を始めることが必要である。弁護士に相談をするまでに検討された事項は、ディスカバリーによって、すべて相手方の弁護士にもっていかれて、検討される。
デポジションはビデオに撮られる。
アジア系少数民族が多くいるニューヨーク、カリフォルニアその他においては日本人をふくむアジア系少数民族へのアフリカ系アメリカ人の偏見は非常に強い。そこで、日系企業が陪審裁判にかけられたら、不利な判断がなされることを覚悟しておく必要がある。したがって、陪審裁判になる可能性があるときには、早期に和解で決着することがきわめて望ましい。結果として、クライアントにとって、何がビジネス的にベストの解決であるかを常に考えるべきなのである。
アメリカの裁判所の法廷における口頭弁論は、むしろ裁判官の質問に答えるためのもの。口頭弁論の時間は厳しく管理されていて、時間になると、自動的に赤いランプが点灯する。裁判官から厳しい質問が次々に出されるので、どんな質問にも即答できるように準備しなければならず、徹夜するなど、大変なことが多い。
 絶えずクラスアクションの種を探している弁護士と法律事務所がいる。プレインティプローヤーという。被害者側の原告の立場に立って大企業を訴える弁護士がアメリカでは非常に活発に活動している。アメリカには訴訟印紙の制度はないので、簡単に巨額を請求する訴訟を提起できる。プレインティプローヤーの法律事務所も非常に大型化し、何百人もの弁護士がいる法律事務所がある。非常に複雑で大型のクラスアクションを提起して、莫大な弁護士報酬を得ている。豊富な経験と高度の専門知識を有している。そのなかの老舗の弁護士たち4人が、違法なキックバックをもらって有罪となり実刑を課されたことも起きた。
 州の裁判所の裁判官は選挙で選ばれるため、一般に州民に有利な判断をする傾向がある。そのため、日本企業がアメリカの州裁判所でえられたときには、なるべく連邦裁判所で審理してもらえるよう移送申立する。
 アメリカは原告天国で、日本は被告天国である。日本では損害賠償を求めても、損害額の認定が困難で時間がかかり、認定額もアメリカに比べて30~40分の1程度でしかない。アメリカは訴訟期間が短いだけでなく、判決も日本より弾力的である。
良い弁護士は、依頼者の話をよく聞き、依頼者が本当に望むことを十分に理解し、それを実行してくれる弁護士。忙しくない弁護士は通常優秀でないから、仕事が多くなく、忙しくない。忙しい弁護士は優秀であるから、いつも忙しい。だから、むしろ忙しい弁護士を選任するべきなのである。そして、1時間あたりのレートの高い弁護士をつかうほうがずっと良い結果を生む。この点は、私もまったく同感です。私が不祥事を起こしたら、知りあいの忙しい弁護士に依頼します。それなりのペイを支払って・・・・。
すべてをアメリカ的に考え、アメリカ流にすすめていく弁護士は、日本企業には決してふさわしくない。なーるほど、ですね。
 著者はアメリカで月300時間も働いていたそうです。土・日もなく、早朝から夜中の2時、3時まで働いていたというのです。これでは健康を害してしまいますよね。こればかりはマネしたくありません。
著者は、日本の若手弁護士よ、もっと国際的にも活躍せよ、とゲキを飛ばしています。なるほど、そうなんでしょうね。大変勉強になりました。
 
(2010年8月刊。2400円+税)
 秋の名月をベランダに出て、じっくり天体望遠鏡で観察しました。大変な猛暑がいつまでも続いていましたが、このところ一気に涼しくなりました。ベランダに出て夜空にぽっかり浮かぶ月を眺めていると、本当に心が安らかな気分になります。どうしてこんなに丸いのかしらん。空中にこんな重たい物体が浮かんで落ちてこないのはなぜかな。月世界の縞模様は、どうやってこんなに見事なのかな。世の中に不思議なことはたくさんありますが、宇宙の神秘にはつくせないものを感じますよね。
 金星の衛星が横一列に並んで3個見えました。天文台の大型望遠鏡で夜空を眺めてみたくなります。

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