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脱・「子どもの貧困」への処方箋

カテゴリー:社会

著者:浅井春夫、出版社:新日本出版社
 10月に盛岡で開かれた日弁連の人権擁護大会で素晴らしい劇をみました。東京の若手弁護士たちが関わっていることは分かっていましたが、その迫真の演技に、まさか弁護士が演じているとは思えません。ところが、あとでパンフレットを見てみると、ほとんど弁護士が演じていたのです。すごい、すごいと一人で興奮してしまいました。
 といってもストーリーの内容は悲惨です。離婚した母親。職場や地域でいじめにあって、うつ病。住まいはゴミ屋敷と化します。二人の子どもたちは満足に食事をとらせてもらえなくて心身ともに発育不良。社会に出ても、なかなか落ち着けない。そんな苦労話のなかで、弁護士との接点が少しだけ明るい話として登場してきます。いやあ、本当に、世間の風は冷たいよね。思わず、涙ぐんでしまいました。この劇の骨子を提供しているのが、この本です。日本の悲惨な現実を改めて認識させられました。
 子どもの貧困は、現代日本の政策によって緩和されるどころか、つくり出され深刻化している。子どもを養育する大人が複数から一人親になることで、生活の貧困化が急激にすすむ現実がある。「子どもの貧困」は、個人・家族の責任だけに帰する問題ではなく、社会が生み出す問題として考えなければならない。
 今の日本の現実の一例。
○ 給食がないので、夏休み明けに10キロも痩せてくる中学生がいる。
○ ほとんど給食だけで暮らしている子どもがいる。
○ コンビニ弁当、カップラーメン、冷凍食品、お菓子など、まったく手づくりの食事をとったことのない子どもがいる。
○ カッパや傘がなく、雨が降ったら無断欠席する子どもがいる。
 うへーっ、これが金持ちニッポンで子どもたちの置かれている現実なのですね・・・。
 子どもを虐待する親の特徴。
 第一に、自己評価の低下サイクルに陥っている。 
 第二に、親は自らの行為を虐待であると思わないか、認めようとしない。
 第三に、社会的に孤立している。
 第四に、ストレス解消法を知らない。
 第五に、子育ての間違いに気がついておらず、「体罰」を「しつけ」と考えている。
 そうなんですか・・・。
 1990年から2008年までの18年間で、高校三年生の性交経験率は、5分の1から半数へ急増した。性被害・加害経験の多さも、「生徒の性」を考えるうえで避けて通れない。
 民主党政権の子育て支援政策は、現金給付に力点を置くという特徴がある。しかし、現金給付は、子どものために、そのお金が使われるという保障はない。親の生活費の補填に回る可能性は高い。
 いまの日本の現実に対して、政府は、「子どもの貧困」との戦争について「宣戦布告」する決意が問われている。
 子どもの貧困率14.2%を半分に削減する目標と、達成年度を明確にして提示すべきである。
 食生活の貧困は、食事内容の貧しさとなって現れる。それは子どもに必要な栄養価を満たすことなく、身体的な発達への影響や病気へとつながりやすい。
 食生活の貧困は、家庭だんらんを奪うことと同じである。子ども期には、食べたいものが食べられる権利の保障がなくては、安心・安全の生活とはいえない。
 すべての子どもがおなかを空かして悲しんでいることのない社会を今の日本で実現できないはずはない。すべての子どもたちが腹一杯に食べることができ、きちんと学校で勉強ができて、いじめにもあわない。そんな社会になったら、安全な社会を維持する経費が、今よりもずっとずっと安くなる。
 物事は、すべて視点を変えてみる必要がありますよね。日本の現実を知るうえで、いい本でした。ぜひ、あなたも、ご一読ください。
(2010年8月刊。1700円+税)

バカボンのパパよりバカなパパ

カテゴリー:社会

 著者 赤塚 りえ子、 徳間書店 出版 
 
 今ではほとんどマンガ本を読むことはない私ですが、大学生のころまでは週刊マンガをよく読んでいました。『おそ松くん』は愛読していましたし、シェーという奇声とパフォーマンスは私も何回もしたことがあります。そんなわけで赤塚不二夫は、とても身近な存在なのです。その愛娘である著者がマンガ家である父親をどう見ていたのか、ぜひ知りたいところなので、早速よんでみました。天才の娘であることは喜びなのか苦痛なのか。どうなんでしょう・・・・?
 この本を読むと、赤塚不二夫が天才的才能を持っていることを改めて確認できると同時に、単なる女好きの凡人ではないのかという気にもさせます。それにしても、娘はいいものですよね。父に可愛がられたあげく、イギリスに渡って自らの芸術的才能を花開かせることができたのです。そして、父母が離婚したあと、なんとか父親と再び折り合いをつけることが出来たのでした・・・・。
 「なんでマンガを描いたの?」
 「マンガはな、お金をかけないで、監督も俳優も美術も全部ひとりで出来るんだ」
 なーるほど、そうも言えるのですね・・・・。赤塚不二夫は、早くから分業システムを導入していた。仕事量が増えるにつれ、さらに合議制をフジオ・プロに取り入れていった。
 ギャグマンガは、毎回新しいネタを一から作らなければならない。赤塚不二夫は一人だけのアイデアでは限界があると早くから悟り、マンガのアイデアを練るために、アシスタントや担当編集者も交えて「アイデア会議」を開いた。それは、初めから雑談から入る。雑談のなかの何かちょっとした事柄からアイデアが飛び出して、どんどん広がっていく。このアイデア会議には3時間かける。絵を描き始めるのが昼からで、終わるのが夜中の3時。12、3頁の作品にかける時間は、アイデアを含めて15、6時間ほど。
 1970年代の前半には、アシスタントだけで、40人を数えた。うへーっ、す、すごい人数ですね・・・・。
 赤塚不二夫は、多いときには週刊・月刊あわせて12本の連載を抱えていた。容赦なく迫る締め切りに向かって、毎日違うマンガを描いていた。平日は週刊誌、週末は月刊誌をやっていた。1日4時間足らずの睡眠時間だった。
 しかし、赤塚不二夫は、どんなに忙しくても、呑みに出かけた。しかし、そこでもアイデアをつかんでいたのだ。
 ハチャメッチャな人生を送った赤塚不二夫ですが、何事にも真剣だったようです。そんな真面目さがなければ、あんなふざけたマンガなんて描けませんよね。
 私も赤塚不二夫には、お世話になりましたという感謝の気持ちで一杯です。
 
(2010年6月刊。1600円+税)

ふるさと子供グラフティ

カテゴリー:社会

 著者 原賀 隆一、 クリエイト・ノア 出版 
 
 これはこれは、とても懐かしい絵のオンパレードです。思わず見とれてしまいました。手にとってニンマリ。幼かったころの楽しい思い出の数々が脳裏によみがえってきます。著者は私より年下の団塊世代ですから、子ども時代は、お金がなくても豊かな自然があり、同じ年頃の友達がわんさかいて、群れをなして集団遊びに打ち興じていました。もちろん、ボス支配などもあり、いじめもあっていたのですが、なにしろ子どもの数は多いので、たくさんのグループがあり、テレビもゲーム機も何もないような時代ですから、みんなで遊びを作り出しながら楽しんでいました。そういう意味で、現代の子どもたちは不幸ですよね。お金があっても、楽しく遊べる仲間が身近にいないというのですから・・・・。
 著者は高校の同級生と結婚し、奥様がスタッフ兼、経理兼、妻だというのです。うらやましいような・・・・。
50年以上も前の子どもたちの遊びが楽しく図解されています。ああ、なるほど、こんな遊びをしていたよね。生まれ育った地域は少し違うのですが、同じような遊びをしていたことを知って喜びをともにしました。
 ここになかったのは「パチ」の遊び方です。近くの社宅に行くと、子どもたちが、メンコを山のように積み重ねて、ひらりと一番上の一枚を飛ばすと勝ちとなり、全部のメンコをもらえるのです。それこそ神技でした。どさっという音がしたのではダメなのです。まさしくひらりと軽やかな音をたてると一番上のメンコが一枚だけ音もなくすーっと空を飛んでいくのです。すごい、すごいと感嘆していました。
 ラムネん玉(ビー玉)遊びもよくしていました。きらきら輝くビー玉を手に持って遠く離れたビー玉にうまく当てるのです。私はこれは得意でした。
だるまさんがころんだ。六文字。三角ベース(野球)・・・・。いやあ、子どものころの遊びって、たくさんありましたね。なつかしさ一杯の楽しい絵本です。ぜひ、あなたも手にとって眺めてみてください。すっかり気分が若返ること、うけあいです。
(2009年11月刊。2000円+税)

波浮の港

カテゴリー:司法

 著者 秋廣 道郎、 花伝社 出版 
 
 楽しい本です。子どもの時代の楽しくも切ない思い出がたくさん詰まった本なのです。
 波浮(はぶ)の港と言えば、伊豆の大島のことです。著者は大島の名家に生まれ育ったのですが、5歳のときに父を亡くしました。そのときのエピソードが心を打ちます。
 通夜や葬式の日に、近所の人は、父を失った幼い私を哀れんで、「みっちゃん、可哀想ね」と来る人来る人いうので、それがたまらなく厭だった。それで、(近所の)史郎ちゃん、六ちゃん(いずれも著者の子分である)を連れて、お葬式の日に波浮の港へ泳ぎに行ってしまった。そして、ひどく怒られた記憶が残っている。しかし、誰かは定かではないが、「みっちゃんも辛いのよ」と庇ってくれた人がいた。その言葉の優しさが今も忘れられない。
 そうなんですね。5歳には5歳なりのプライドというものがあるのですよね・・・・。
大島の三原山に日航機の木星号が墜落したのは、著者が小学3年生のとき。早速、三原山の現場へかけのぼり、スチュワーデスと思われる女性の死体を見たというのです。この木星号の墜落事件についても松本清張が本を書いてますよね。よく覚えていませんが、アメリカ占領軍と日本の財閥をめぐって何か略謀の臭いのある事件だと描かれていたように思います・・・・。
 小学生の著者たちは、なかなかおませだったようで、美空ひばりを本気で好きになったり、美人の先生が男性教師とデートするのを子どもながら嫉妬し、木の上からおしっこかけて邪魔しようとしたりしています。
 著者の家は旧家で名望があったとはいえ、小学生のころから家業の牛乳屋の牛乳配達をしていました。そのおかげで小柄な身体つきですが、頑強な身体になったそうです。
著者は、小学校も中学校も一学年一クラスの中で育ちました。9年間も一緒だと、その性格はもちろん、その家庭の様子も手にとるように分かる。ごまかしや格好付けのできない世界だった。なるほど、だから、いじめられる側にまわると悲惨なんですよね・・・・。
教師には恵まれたようです。伊豆の大島は都内からすると一級の僻地なので、若い新任の教師も多かったのでした。
 小学二年生のときに髄膜炎にかかって長く自宅療養しているなかで、著者は孤独との戦いを余儀なくされ、いろいろ考えさせられたのでした。そのころ、大島の三原山は投身自殺の名所となっていました。漁船の遭難事故も多く、人の死と向きあう日常生活があったのです。著者自身も大島での子ども時代に九死に一生を得る体験を二度もしています。
当時の写真だけでなく、素敵なスケッチがあり、また、漫画チックな著者たちのポートレートもあって、終戦後間もない大島における子ども時代が彷彿としてきます。
 著者は先輩にあたりますが、私と弁護士になったのは同じ年で、一緒に横浜で実務修習を受けました。運動神経が抜群で、ボーリング試合での成績がいつもとても良いのに感嘆していました。これからも、どうぞ元気で頑張ってください。よろしくお願いします。
  
(2010年10月刊。1500円+税)

日本人のための戦略的思考入門

カテゴリー:社会

 著者 孫崎 享、 祥伝社新書 出版 
 
 たとえ争点を抱えていても、隣国と戦争しないことが最大の国益である。
まさしく卓見です。私は、この指摘こそ現代日本のマスコミの多くが忘れ去っている肝心なことだとつくづく思いました。
ところが、国家間は摩擦の中で、国家戦略の中心が広範な利害から離れて、小さい問題に集中しがちだ。その中で、相手より優位に立つ、相手をやっつける、相手にいい思いをさせないという考えにとらわれてしまう。
北朝鮮との関係で、日本にとって何がもっとも大切なことか。よく考えてみると、それは何よりも交戦する可能性を排除することである。
今、北朝鮮は「窮鼠」である。「窮鼠に噛まれない」知恵、これが戦略の要である。
いやあ、まったくそのとおりです。大賛成です。戦争をあおり立てる人たちが現にいますが、戦争になったら両国に住む無数の罪なき人々が殺され、また死なずとも悲惨な境遇に叩き落されてしまうことでしょう。絶対に避けるべきことです。
 いま戦争状態にないことこそ、最大の共通利益である。これを維持し拡大することが最大の戦略である。まったく、そのとおりです。よくぞ言ってくれました。
今、日本の安全保障政策は、アメリカに追随するのみと言ってよい。そのとおりですね。
 今日の日本は、すべてアメリカの許容範囲内で動いている。安全保障に関する論議はほぼすべてアメリカの政府と学者のオウム返しである。独自の思索はまずない。日本人の国際政治の場での発言の知的水準は低い。日本は技術と経済の巨人だが、軍事と政治のピグミーだ(ハーマン・カーン)。
 核兵器の出現によって、各国の戦略は一転した。国際紛争の解決は外交の手段によってのみ為されるという見識である。
日本の防衛大綱には、ミサイル防衛が日本の防衛の柱になっているが、これはアメリカ以上に不可能なものである。
 多くの日本人は、日米安保条約によって日本の領土が守られていると思っている。中国が尖閣諸島を攻撃したときどうなるのか? 多くの日本人は、日米安保条約があるから、アメリカは即、日本と共に戦うだろうと思っている。アメリカ政府の要人は、そんな印象を振りまいてきた。日本の外務省幹部も「アメリカが絶対に守ってくれる」と言ってきた。これって、本当なのか?
 1996年、時の駐日大使モンデールは、アメリカ軍は安保条約によって尖閣諸島をめぐる紛争に介入を義務づけられるものではないと発言した。中国が尖閣諸島を攻撃したと想定したときを考えてみる。中国は、当然に占拠できると見込む戦力でくる。これに自衛隊が対応する。このとき、アメリカ軍は参戦しない。自衛隊が勝てばそれでいいが、負けたとき、管轄権は中国に移る。そのとき、安保条約は適用されない。つまり自衛隊が勝っても負けても、アメリカ軍は出る必要がない。日本人の多くは、日米同盟があるから、アメリカは領土問題で日本の立場を強く支持していると思っている。しかし、実際は違う。竹島では韓国の立場を支持し、尖閣諸島では日中のどちら側にもつかないと述べている。そして、北方領土は安保条約の対象外だ。そうなんですよね。アメリカが日本を無条件で守ってくれるなんて、幻想もいいところでしょう。
 中国の海軍増強は続く。この中、日米同盟の強化を説く人は、だから同盟を強化しなければいけないと主張する。しかし、アメリカはそんな甘い国ではない。自分の国の国益を考える。アメリカは日本要因で米中戦争に突入することを極力避ける。今後ますますこの傾向が強まるだろう。それは、国として当然の選択である。
日本人の多くは、アメリカの核の傘によって日本は守られていると信じている。しかし、論理的に考えて、アメリカが「核の傘」を日本に与える可能性はない。北朝鮮の核兵器に対してはアメリカの抑止が働くが、中国に対してはそうではない。
 1952年、アメリカのダレス長官は、日本がアメリカを守る義務を果たせない以上、アメリカが日本を守る義務は持っていない。間接侵略に対応する権利は持っているが、義務はないと述べた。アメリカの政治家や学者は、ホンネで言えば、日米関係について、従属関係における虚構の同盟とみている。
この本の著者は外務省に長くいて、いくつかの国の日本大使を歴任したあと、防衛大学校の教授もつとめています。ですから、いわゆる革新系の学者ではないのです。そのような経歴の人が言うのですから、説得があります。
この本は日本の安全を考えるうえで必読の基本的な文献だと思いました。一読を強くおすすめします。 
(2010年9月刊。800円+税)

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