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これでいいのか小中一貫校

カテゴリー:社会

 
 著者 山本由美・藤本文朗・佐貫浩、 新日本出版社 
 
 小中一貫校がもてはやされています。公立学校でのことです。本書を読んで、その狙いの一つが大規模校舎をつくることにあるのを知って、なんだゼネコンのための大型箱モノづくりの一つなんだと知りました。
 教職員の人件費は切り下げて、建設費は一挙に上げようというのです。まさしく「人から施設」です。教育の分野でまで、そんなことをしてほしくありませんよね。
 品川区は小中一貫校をすすめているが、職員給与比率は20%から12.7%へと劇的に低下した。その代わりに、投資的経費は12.8%から28%へと倍以上に増えた。
 新校舎の建設費は30億円から60億円という多額である。これは都市再開の起爆剤と位置付けられている。
 大阪、箕面市では、小中貫校はPFI方式で運営される。民間資本の活用による公共施設の設備・運営である。
 うへーっ、教育まで企業のもうけの対象にされるなんて、とんでもないことです。
 横浜市は小中一貫校の一校目が不調だったのでトーンダウンしたが、全国では東京・兵庫・宮崎・大阪・京都・栃木において複数の市が実施している。
 早くからエリート校をつくってエリートを選別していくという思想にもとづく動きだ。よりわける、け落とす、あきらめさせるという選別と競争を進める役割を果たすものだ。
 小中一貫校で、生徒の「荒れ」がひどくなっているという報告もある。
 小中学校教育文化の大きなメリットの一つはクラス担任制である。それが小中一貫校では教科担任制の導入となる。
 小学5年生、6年生は、全校のリーダーとしての誇りと責任意識を身につけさせることで、社会的自立に向けて育てると位置づけられてきた。小中一貫校ではそれが出来なくなってしまう。
 私は、これって大きいことだと思いました。中学生がいないからこそ小学校の最上級生としての誇りがあり、責任感がまっとうできるのです。小学校でそれなりの自信をつけることの意味は決して小さくないと私も思います。
 中学校的文化は小学生の段階をきちんと経てから体験をさせたいものです。
 異なる学校文化を持つ小学校と中学校とのあいだを移行する過程において、子どもは発達的な適応と再適応を求められる。
 そして、小中一貫校では学区が広域化することになりがちです。学校統廃合がなされたとき、地域との結びつきを絶たれて、子ども達がバス通学するようになるのです。
 校区が広がると、友だちと簡単に遊べず、遊びを通して地域を知る機会も減る。親たちも子どもの生活を見守るのが難しくなる。学校と地域との関係は重要である。私もそう思います。身近で遊べる環境を子どもたちから奪うなんて罪つくりなことです。
 教育がエリート層を育てることにあるなんて財界が言うだけと思っていました。しかし、橋下大阪府知事(当時)が言い出し、多くの府民がそれを支持しているというのです。我が子だけはなんとかしてエリート層にもぐり込ませたいという親の願望にかなったものなのでしょうが、全員がエリートになれるはずはありません。そんな幻想をきっぱり捨てて、みんな違って、みんないい。このような豊かな個性が尊重される教育でありたいものです。
         (2011年9月刊。1600円+税)

チェルノブイリ・ハート

カテゴリー:社会

 著者 マリアン・デレオ、 合同出版 
 
  わずか90頁あまりの少ない写真集なのですが、まさしく衝撃の告発集です。
 ともかく正視できないのです。むごい写真がいくつも登場します。思わず目をそむけたくなります。でも、勇気をふるってじっと見つめました。
 ま、まさかという写真です。脳が頭蓋骨に収まらず、後頭部に突き出している子どもがいます。信じられない奇型です。生きている子どもなんですよ・・・。
 背中から内臓が突出し、大きく垂れている。膨れた袋の中にあるのは肝臓で、足はまったく動かせない。看護師に抱かれている可愛い顔をした男の子の写真です。
 この本はアカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画を本にしたものです。
 1986年4月26日、史上最悪の原発事故が発生。190トンの放射性ウラニウムと放射性黒鉛を大気中に拡散させた。そして、のべ60万人も事故処理作業員(リクビタートル)が出動し、処理にあたった。彼らは大量の放射能を浴びた。事故以来、死亡したリクビダートルは1万3000人以上。
 このチェルノブイリ事故当時に幼少期や思春期だった子どもたちが、甲状腺がん多発の年齢層と重なる。ゴメリ州の甲状腺がんの発生率は、チェルノブイリ事故のあと1万倍に増加した。
 放射能の影響と断定はできないが、心身の障害児は増加傾向にある。
 水頭症の子どももたくさんいる。未熟児の増加は大きな問題となっている。むしろ健常児の生まれるのは15~20%にすぎない。遺伝子破損の患者が大勢入院している。遺伝子の破損によって子どもも次々に亡くなっている。
 汚染地区には、いまなお600万人もの人々が居住している。年間300人の子供が心臓手術を必要としている。心臓に複数の穴が開く先天性障害の子がチェルノブイリ事故のあと増加傾向にある。
チェルノブイリの原発炉跡を追おう石棺は早急に修理しないと非常に危険な状態にある。ひとたび石棺が崩壊し、まだ原子炉内に97%も残っている放射性物質が飛び出したら、世界中が深刻な被害を受けることになる。
 今、フクシマはチェルノブイリと同じレベルの原発事故を起こしたとされています。ところが、福島県内にはかなりの汚染濃度のある地域に人々が住み続けています。この写真で紹介されているような事態が起きないという保障はないのではありませんか・・・?
 「今すぐには影響は考えられない」という耳タコの説明は、何年後かにはチェルノブイリのようになる可能性があるとも解されます。原発は本当に危険すぎます。すぐに全停止すべきです。人類がこの地球上に生存するために必要なことです。みんなで声を上げましょう。
目をそらせない貴重な写真です。ぜひ手にとってご覧ください。
         (2011年10月刊。800円+税)

世界一のトイレ、ウォシュレット開発物語

カテゴリー:社会

著者   林 良祐 、 出版   朝日新書
 毎日、大変お世話になっているトイレの便器のお話です。なるほど、日本人の繊細さによくマッチした製品はこうやってつくるのか、感嘆しながら読みすすめました。
 日本はケータイもガラパゴス的に特異な進化をみせているが、トイレについても同じことが言える。3年もすれば「古い」と言われる。本当にそのとおりです。今どきは、駅のトイレでもウォシュレット式は普通になっています。ホテルやレストランでウォシュレットになっていないと、ここは設備投資が遅れているなと不満を感じてしまいます。ましてや和式便器なんて、論外です。観光地で昔ながらのボットン式なんていったら、もう悪評ぷんぷん、誰が次から来るものですか。
 ところが、先日行ったフランスでは違うのですよね。駅ではトイレを探しあてるのに一苦労します。最近は行っていませんが、中国でもびっくりさせられましたね。
温水洗浄便座の家庭の普及率は71%。累計の出荷台数は3000万台をこえた。今や旅行のための携帯用のトラベルウォシュレットが人気で、隠れたロングセラーになっている。さすがの私も、これはまだ持っていません。
 日本人は毎日、お風呂に入って身体を洗う、きれい好き。新しいものへの抵抗感が少ない。まったく、そのとおりです。だからウォシュレットが世界に先駆けて普及しました。
お湯の温度は38度、便座の温度は30度、乾燥用の温風は50度が最適。そして、ノズルで水を出す角度は43度。ビデの方は53度。おしり洗浄は3穴、ビデ洗浄は5穴。うむむ、みんな決まっているのですね。
 ウォシュレットの語源は、レッツ・ウォッシュ。これを逆さにしたもの。今から30年前の1980年6月に完成した。
 1982年、「おしりだって、洗ってほしい」のテレビCMが茶の間に夜7時のゴールデンタイムに流れた。初めは恐る恐るだったようです。意外にも反発はされなかったとのこと。
 においをとるために、オゾン脱臭方式がとられた今では、オゾンを使わずに、空気中の酸素を有効に使う、触媒脱臭方式へ進化している。
TOTO小倉工場は小倉城に近い市街地にある。東京ドーム4個分という広大な敷地で1日あたり2000台の便器を生産する。1台の便器が完成するまで8時間かかる。
 ここでは、便器の原料として、岡山(備前焼)県産の陶石、滋賀(信楽焼)県産の長石、愛知(常滑焼)県産の粘土を混ぜ合わせる。海外の工場では現地産を中心に調達している。
 空気混入ノズルは、水に空気を含ませることで、水の粒を大型化し、従来の水量の65%の量でも、たっぷりとした量を浴びているような浴び心地になるもの。低速で噴射した水に高速で噴射した水をぶつけると、後から出た水が追いついて、水の表面張力によって固まり、水玉ができる。ワンダーウェーブ洗浄では、1秒間に70回以上の脈動を与えることにより、流量2分の1で、洗浄力は2倍アップを実現した。しっかりとあたる強い吐水と、水をセーブする弱い吐水を1秒間に70回以上繰り返して水玉を連射し、2倍の洗浄力を可能にした。
 便器のほうも、いつまでも汚れがつきにくく、落ちやすい便器を開発した。ナノレベル(ミクロンのさらに1000分の1、100万分の1ミリ)に平滑なガラス層を設けることで汚れをつきにくくした新素材「セフィオンテイト」をつくり出した。これには汚れをイオンの力で跳ね返すイオンバリア効果もある。すごいですね、これって・・・。
 日本人の生活用水の使用量は1人1日あたり298リットル。この20年間、横ばい状態。使用量の第1位はトイレ(28%)、2位は風呂(24%)、3位は炊事(23%)、4位が洗濯 (16%)、5位が洗顔・その他(9%)。そして、日本全体で1日に東京ドーム37個分の水がトイレの洗浄に使われている。
 そこで、TOTOでは、2006年以降、洗浄水量を6リットル、5.5リットル、4.8リットルと削減していった。
たかがトイレの便器、されど毎日お世話になるトイレです。ありがたいものです。すごい苦労があることを知って感謝感謝です。
(2011年9月刊。720円+税)

衝撃の絵師・月岡芳年

カテゴリー:日本史(明治)

平松 洋 新人物往来社
 おどろおどろしい絵に度肝を抜かれます。しかし、我慢して頁をめくっていくと、江戸時代の浮世絵調になって救われます。幕末・明治を生きた最後の浮世絵師。血みどろの無残絵、迫力の妖怪絵から麗しき美人絵、気品あふれる歴史絵まで・・・。
 これがオビのうたい文句ですが、実にそのとおりです。
 目をそむけたくなる無残絵は目をつぶって通り過ごしましょう。
 歴史絵として、桜田門外の変が描かれています。まさしく血みどろの闘いであったことが手にとるように分かります。目撃したわけでもないでしょうに、あたかも実況中継のように氏名入りで活写されているのに驚きました。
 月岡芳年は天保10年(1839年)の生まれ。12歳で浮世絵師の歌川国芳の門をたたいた。芳年が「血みどろ絵」を描いたのには、その当時の時勢の影響も大きい。安政の大獄、桜田門外の変、安政の大地震、コレラによる大量死、大政奉還、明治維新というなかで、多くの人が実際に血みどろの屍を目にしていた。
 その後、新聞社に入って時事絵を描き、また絵入新聞で活躍した。このときには時給100円という破格の待遇だった。
 そのドラマチックな場面構成は、現代の劇画に通じる。
 「血みどろ絵」は三島由紀夫が愛好していたそうですが、なんとなく分かるような気がします。
 芳年は精神の病を得て、54歳という若さで生涯を閉じた。
一見の価値ある絵です。ただし、お化け屋敷なんて絶対にのぞかないという人にはおすすめしません。気分が悪くなると思いますので…。
(2011年6月刊。2100円+税)

刀伊入寇

カテゴリー:日本史(平安)

著者   葉室 麟 、 出版   実業之日本社
 ときは平安朝。平和な日本のなかで貴族たちは安穏に日々を過ごしていると思いきや、朝廷内では高級貴族たちが激しい暗闇をくり広げていて、しかも中国・朝鮮という外国の争乱までも日本に影響を及ぼしていたのです。
 この世をば 我が世とぞ思う
望月の欠けたることもなしと思えば・・・
藤原道長もこのような得意絶頂としてではなく、その地位が不安定な高級貴族の一人として登場します。そしてまた、『源氏物語』を書いた紫式部、さらには『枕草子』の清少納言も登場し、その不安定な地位を前提として語るのです。
 平安時代に生きる人たちも決して平穏無事に、のんべんだらりと泉水のある庭園でゆったり和歌づくりに専念していたわけではない。そのことを自覚させられる本になっています。
 夜郎自大(やろうじだい)の国。夜郎とは、中国(漢)の時代に西南の夷にあった国のひとつ。漢が大国であることを知らず、自らを強大と思って漢の使者に接した。うむむ、自戒すべき言葉ですね。
 紫式部は清少納言が好きではなかった。清少納言は漢籍の知識をしたり顔でひけらかすが、たいしたことはない。猿楽言(さるがるごと)とは、冗談のこと。
さがな者とは、荒くれ者、性悪者だという意味である。
 刀伊国の50艘の船が壱岐島に来襲し、家を焼いたほか島民を殺し、捕らえて連行していった。これを刀伊(とい)入寇という。その警戒にあたる責任者として、京都から藤原隆家が太宰府に派遣された。藤原家の率いる貴族たちがまるで武士であるかのように来襲してきた刀伊と戦うなんて、ええっ、本当なの・・・と叫びたくなります。
 平安時代を中国・朝鮮からの外圧とたたかっていたとみる視点が新鮮でした。そして、信長の不安に満ちた生の声が聞こえてくるストーリーも奇想天外でした。
(2011年6月刊。1600円+税)

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