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だから、アメリカの牛肉は危ない

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著者:ドナルド・スタル、出版社:河出書房新社
 アメリカ産牛肉の輸入が再開されようとしています。吉野屋の牛丼はまだ復活していませんが、同じ牛肉なのに、オーストラリアやニュージーランド産ではダメだという理由が私にはさっぱり分かりません。ところが、私の依頼者でもある焼肉屋の主(あるじ)によると、やっぱりアメリカ産とオージー産とでは、牛肉の味がまるで違うのだそうです。本当かな、と思うのですが、プロが言うのですから間違いないのでしょう。
 アメリカで牛の飼育は、1980年にはテキサス、カンザス、ネブラスカの3州で全土の40%を占めていた。2002年にはこれが54%に増えた。いまや、牛は工場飼育と呼ばれる大規模生産である。牛の解体処理ラインの速度は1時間に400頭が処理できる。ちなみに、鶏なら1分間に200羽、豚は1時間1000頭。
 いまアメリカの牛肉市場は、四大精肉企業が市場の85%を支配している。少し前までは、五大企業の占有率は55%だったのが、さらにすすんだ。精肉企業で世界最大のタイソン社の売上は、1991年に39億ドルだったのが、2001年には107億ドルにまでなっている。3倍の伸びである。
 精肉処理過程で一番の出費は労賃であり、精肉企業は賃金カットと、かつては強力だった労働組合の弱体化に成功している。
 牛肉工場で働く労働者の離職率は驚くほど高い。低いところでも72〜96%。新しい工場では250%にも達する。単純作業に細分化されているため、仕事にうんざりし、疲れ果て、傷つき、さっさと仕事を辞めていく。食肉工場にとって、離職と労働災害が最大
の問題。精肉工場で働く労働者の賃金が低く、環境も劣悪なため、ラテンアメリカやアジア、そしてイラク、ソマリア、ボスニア、カンボジアなどからの移民によって担われるようになっている。
 アメリカでは毎年、食中毒が7600万件発生している。それによって32万5000人が入院し、5200人が死亡している。
 アメリカで販売されている抗生物質の40〜70%が農業につかわれている。長いあいだ抗生物質を混ぜて餌を与え続けると、家畜の肉で人間の健康を脅かしかねない。
 牛からとれるものは無数にある。接着剤、石けん、獣脂、皮革製品、デオドラント、洗剤、マシュマロ、マヨネーズ、アスファルト、ブレーキ液、シャンプー、シェービングクリーム、シガレットペーパー、マッチ、シートロック、壁紙、インスリン、アミノ酸、血漿、コーチゾン、エストロゲン、手術用縫合糸、ビタミンB12など。ええっ、こんなのまで、牛からとれるの・・・。うっそー、と叫んでしまいました。信じられませんよね。
 私も、若いころには、マクドナルドのハンバーガーやケンタッキーフライドチキンを美味しいと思って食べていました。でも、その牛肉や鶏肉が抗生物質を多用し、工場飼育という大量生産されたものであり、化学調味料で味がごまかされているという事実を知ってから食べるのを止めました。
 今日も、これらのファーストフードの店に若者たち(いえ、中年の客も多いです)が群らがっているのを横目で見て、自分たちの健康そして地球環境について、もう少し考えてほしいものだと、つい年寄りのようにつぶやいてしまったことでした。

源義経

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著者:近藤好和、出版社:ミネルヴァ書房
 さすが有職故実(ゆうそくこじつ)を専門とする学者の書いた本だけあって、なるほどそうだったのかと思ったところがいくつもありました。
 甲冑は甲と冑であり、甲が「よろい」、冑が「かぶと」である。しかし、10世紀以降、しばしば逆によまれてきた。よろいは鎧ともかく。大鎧は、弓射騎兵の主戦法である騎射戦での防御をよく考慮したもので、全重量は30キロにもなる。
 馬には前歯と臼歯との間に、歯槽間縁といって歯のない部分があり、啣(はみ)は、そこに銜(くわ)えさせる。
 日本の馬は体高4尺(120センチ)を基準とする。サラブレッドは小さくても体高160センチあるので、日本の馬はかなり小さいことになる。しかし、アジアの草原馬のなかでは日本の馬は標準的な大きさなのであり、日本だけがことさら小さいわけではない。むしろ、競争馬に改良されたサラブレッドやアラブ種の大きさが特殊なのだ。とくに、馬は群をなすのが本能なのに、サラブレッドは逆に他の馬が近づいてくるのを嫌うことから、馬とは言えないという見方もある。
 大鎧などの武具を着装した騎兵は体重ともに100キロはこえていたから、それを乗せた日本の馬は力強かった。気性の荒い駻馬(かんば)だったろう。明治より前の日本には馬を去勢したり、蹄鉄の技術はなかった。なお、外国では左側から馬に乗るが、日本では右側から乗った。
 ところで、現在の走歩行は左右の手足が交互に出るのがふつう。しかし、江戸時代までは左右の手足が同時に出ていた。これをナンバという。相撲のすり足である。これを常足(なみあし)ともいう。四つ足動物は常足だ。騎兵にとって、騎乗者も常足が常態なら、人馬一体の動きができるわけである。現在感覚で考えてはいけない。
 この本で私がもっとも注目したのは、騎馬で断崖絶壁を降りていっている写真です。まさしく直角の絶壁を馬に乗った騎兵が降りています。なるほど、これだったら義経が一ノ谷合戦のとき、鵯越(ひよどりごえ)で坂落としすることはできたのでしょう。訓練(調教)次第で馬は何でもできるようです。著者はいろいろの説はあるが、義経は「吾妻鏡」では70騎をひきつれて鵯越の坂落としを敢行したという見解です。だから現実味があるとしています。ふむふむ、かなり説得的ですね・・・。
 また、壇ノ浦合戦のときの平氏の敗因を潮流が変わったことに求める説には科学的根拠がないとしています。さらに、義経が当時の慣習に反して水手(すいしゅ)や梶取(かんどり)をまず殺して平氏方の船の自由を奪い、それから船内に乱入したことが平氏の敗因になったという説にも根拠が乏しいとしています。むしろ、そうではなくて著者は、平氏に長年つかえてきた阿波重能の裏切りが敗因だとしています。
 歴史にはまだまだ語られるべきことは多い。そういうことのようです。

クルド、イラク、窮屈な日々

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著者:渡辺 悟、出版社:現代書館
 クルドやイラクの現実がどうなっているのか。新聞やテレビにまったく出てきませんので、この本は貴重な情報です。
 自爆未遂犯として刑務所に入っている20歳(犯行当時は19歳)の青年に面会しています。ベストとベルトに5キロのTNN火薬を仕込んで軍施設の前に行った。ところが発火のスイッチを押す手が震えているうちに、番兵に疑われて捕まったというのです。組織(アンサール・イスラム)に入って4ヶ月たったとき、「パラダイスに行け」と命じられて自爆犯に選ばれたという話にも驚かされます。
 著者はサマワにも出かけました。サマワの人々は日本に対して復興支援ということで期待している。自衛隊のあとに企業が来てくれると信じているわけだ。自衛隊は、あとから来る日本企業を護りに来たというわけ。それをごまかすため、日本政府は、2004年度に15億ドル(1650億円)を寄付し、2007年度までに円借款で35億ドル(3850億円)を援助する。このお金は給水車の購入や病院・学校の修復につかわれる。
 自衛隊を派遣するのに必要な費用は年に377億円。ざっと1日1億円かかるというわけです。そのうち7割の250億円は自衛隊出身の装備費。自衛隊は自己完結型で、食糧も装備も日本から持参するので、現地にはほとんどお金を落とさない。費用対効果という面では、まるで話にならない。自衛隊の給水能力は1日80トン。これに対して、フランスのNGOは年間6千万円で10万人を対象とする給水活動を展開している。給水トラック70台と契約し、合計800トンの飲料水を毎日運んでいる。
 いま、西日本新聞は毎日、サマワにいる自衛隊員の生活ぶりを写真入りで大きく連載しています。しかし、そこにはイラクの人々の生活の様子がまったく見当りません。イラクの人々と接点のない生活をしているからです。町に出たら生命の保障は全然ありません。
 いまNHKはバグダットのパレスチナホテルの2階の奥にいて、外には出ない(会社命令で出られない)のです。高遠さんたち3人がイラクで拘束されたとき、サマワには70人のマスコミ記者がいましたが、会社命令ですぐ自衛隊の宿営地に逃げこみました。そして、自衛隊機に乗ってクウェートまで運ばれたのです。人命尊重というわけです。
 日本のマスコミがアメリカ軍と自衛隊の発表した情報しか報道しないため、著者のようなフリージャーナリストはますます貴重です。外務省の奥大使と井ノ上書記官が殺された事件も犯人は不明のままです。この事件も、実はアメリカ軍による誤射の確率が非常に高いと言われていますが、うやむやのままとなっています。真相究明の努力はまったくなされていないのです。
 サマワにはアメリカ軍による劣化ウラン弾の影響が残っているとみられています。これは、すぐに影響が出てくるものではなく、派遣された自衛隊員は、その精子が壊され、奇形児が生まれる危険性が高いとみられています。しかし、それは5年先、10年先のことですから、そのとき、今の小泉首相がいるはずはありません。
 日本のマスコミは、小泉首相の提灯もちのような報道ばかりせず、もっとイラクの人々のおかれている真実を現地から報道する努力をすべきではないでしょうか。

放送中止事件50年

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著者:メディア総合研究所、出版社:花伝社
 森繁久弥と佐藤栄作首相が対談した番組(1965年10月13日、TBS)で、森繁が「だいたい政治家になる連中は少し知能程度が低いのでは」と言ったところ、佐藤首相も「たしかに政治家というのは、どこか狂っていなくてはならない」と答えました。しかし、この部分は橋本官房長官によってカットされてしまいました。
 この佐藤首相が引退するときの記者会見(1972年)で、「テレビはどこだ。NHKはどこだ。新聞記者の諸君とは話さない。国民に直接話したいんだ。偏向的新聞は大きらいだ」と言って、内閣記者会が総退場して空っぽとなった記者席を前に、首相がひとりテレビカメラに向かってしゃべったという有名な事件がありました。いま、内閣記者会は小泉首相の手のひらで踊らされるだけで、抗議の総退場なんて考えられもしません。残念でなりません。
 NHKの花鳥風月を扱った番組にはいいものも多いが、肝心な政治・社会の問題には触れないし、迫らない。海外ものに力作があっても、日本政治の核心に迫る問題は巧みに避けている。海外ものでも、日米同盟にかかわる問題になると、とたんに及び腰になってしまう。本当にそうですよねー・・・。だから私はNHKの受信料の支払いを依然として停めています、だって、NHK幹部は、政府・自民党による番組の事前検閲は今後しませんと確約しないのですよ。何が公正・中立・不偏・不党ですか、聞いて呆れます。
 政府と向きあうことをしなくなったというだけでなく、テレビは社会とも対面しなくなっている。憲法改正問題にしても、憲法のどこがどう問題なのか、問題でないのかについて、真正面からとりあげた番組がどれだけあるのか・・・。まったく同感です。日曜朝の、モノ好きな人しか見ていない時間帯での政治討論会だけでお茶を濁されては困ります。ゴールデンタイムに、とことん議論する番組を組むべきなのです。
 私は高校生のとき、紅白歌合戦なんて、あんなものは日本人を一億総白痴化するだけの番組でしかないという誰かの評論を新聞で読み、まったく同感だと思って以来、紅白歌合戦を見なくなりました。大晦日の夜にはほかにもやることがあると思いませんか・・・。
 同じく、高校生のときに朝の連続テレビ小説「おはなはん」をくいいるように見ていました。でも、弁護士になって何年目かのとき、テレビなんか見るのは人生のムダだと思うようになり、見るのをやめてしまいました。テレビを見ないと、頭で毎日すっきりした生活を過ごせます。困るのはたったひとつ、災害情報をすぐに知れないことです。でも、それは田舎に住んでいますので、どうせたいしたことありません。
 ライブドアの買収にあって、フジ・ニッポン放送グループは、放送には「高い公共性」が求められるとくり返し強調した。そのとおりだ。しかし、「面白くなければテレビじゃない」と言ってきたのはフジ・ニッポン放送だったことを忘れてはならない。そのとおりです。頭を空っぽにしてしまうバカバカしい面白さ。視聴率を上げて、いかに広告料を高くとるか。それしかテレビ局の首脳は考えていないのではありませんか・・・。
 かつて「若者たち」やベトナム反戦運動をとりあげた番組は「作品が重すぎる。暗すぎる」という理由で中止に追いこまれた。しかし、現実には重いし、暗いことが多い。お笑いショーばかりを国民が求めているわけではない。本当に、そのとおりです。
 わずか80頁足らずの薄っぺらな冊子ですが、ずっしり重い内容で、両手でもっても支えきれない思いがしたほどです。
 メディア内部の反発力が衰退している、圧力に対する社会的な反発力が乏しくなっている。このように指摘されています。日本をあきらめない。どこかの政党が総選挙のときにスローガンに使っていた言葉ですが、いまの私たちの合言葉にすべきではないかと真剣に思います。いかがでしょうか・・・。

昔、革命的だったお父さんたちへ

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著者:林 信吾、出版社:平凡社新書
 団塊世代の登場と終焉、そんなサブタイトルがついていることもあって、読まずにはおれませんでした。
 団塊世代は、会社人間の最後の世代である。彼らの多くは下の世代から嫌われた。部下を持つ身になって、どうもコミュニケーションがうまくとれない。建設的な議論ができない。キャッチコピーを連呼するだけの無内容なオヤジに過ぎない。みんなで一斉に動かねば気がすまず、反対意見には耳を貸さない。
 団塊世代はバブル景気の主役とは言えない。単に巨大なマーケッティング・ターゲットとして踊らされただけ。しかし、地上げ、土地転がしでもうけたカネを、株式市場でさらに転がすという狂気の経済活動の現場を駆けまわったのも団塊世代だった。団塊世代なくしてバブル景気はありえなかった。
 うーむ、なかなか鋭い。胸にグサリと来る指摘が次々にくり出されてきます。
 団塊世代には無党派層の比率が高い。議論好きで、かつては革命的であったはずの団塊世代が、実は政治的無関心を蔓延させ、それが社会的な閉塞感をもたらした。
 この本によると、それでも団塊世代は戦後日本の政治を2度だけは流れを大きく変えるのに貢献したといいます。1度目は1975年の田中角栄の退陣です。私が弁護士になった年、たまたま東京地域あたりをウロウロしていると、田中角栄がさっき逮捕されたという知らせが霞ヶ関をかけめぐっていました。角栄逮捕に同行した検察官は、私の横浜での実務修習のときの指導教官でした。今の小泉首相と同じように、マスコミは角栄を天まで高くもち上げたのですが・・・。
 2度目は、1993年の細川内閣の誕生です。非自民の8党派連立内閣に対して71%の支持率が集まりました。しかし、お殿さまが無様に政権を投げ出したあと、自民党が巻き返すと、団塊世代の多くは沈黙を決めこんでしまった。
 うーむ、なるほど、そうも言えるのかー・・・。団塊世代が学生時代と違って、ちっとも政治的な発言をしないことは事実ですよね。ともかく議員が少ない。もちろん議員になっている人はいます。しかし、こんな人が議員になっていいのかしらん、と思うような人ばっかりのような気がします。少し骨があると思った議員は、早々に自殺してしまいました。
 あれだけ政治を議論し、社会の変革を語っていたのに、政治の表舞台にあがった人の少なさは奇妙な感じがしてなりません。この点はヨーロッパともかなり様子が違うようです。フランスやドイツでは、あのころ街頭で名をはせた学生指導者が政治のリーダーに大勢なっていると聞きます。どうして日本はそうならなかったのでしょうか・・・。
 この本は、最後に団塊世代に呼びかけています。いよいよ定年退職を間近にして、自分の年金がどうなるのだけを心配している団塊世代に対する熱烈なアピール、そう思ってしばし耳を傾けてください。
 あなたたちが求めるべきは、年金の保証ではなく、60歳を過ぎてからも働いて社会に貢献できる環境であり、労働に対する正しい対価であるはずだ。
 そしてなにより、より若い世代が、やりがいのある仕事に就くことができ、子どもの可能性に対しては平等な機会が与えられるような社会であるはずだ。
 戦争と差別に反対し、一度は命がけの覚悟で立ち上がったではないか。その問題提起は、ある意味で正しかったことが、今まさに証明されているのではないか。
 あなたたちの子どもの世代は、勝ち組、負け組などと選別されようとしている。かつて疎外からの解放を叫んでいた身として、こうした言葉を聞いてなんとも思わないのか。
 かつてベトナムの子どもたちを殺す戦争には荷担できないと叫び、授業をぶちこわしたのに、今や自衛隊はイラクにまで行っている。若い世代の日本人が、大義なき戦争に駆り出され、砂漠で無意味に殺されるかも知れず、国家の命によってどこかの子どもを殺すかもしれないのだ。これを黙って見過ごすのか。
 団塊の世代は、このまま消えていくべきではない。もう一度、立ち上がるのだ。必要なのは、次世代のため、連帯を求めて孤立を恐れないこと。そうすると、下の世代も、必ずや後に続くだろう。
 久しぶりによくできたアジテーションを聞く思いでした。ここで指摘されているとおりだと団塊世代の一人として思います。私もあきらめることなく、もうひとがんばりするつもりです。私の親しい知人が1968年の東大闘争と学生セツルメントを長編小説にまとめ、近く本として発刊することになりました(「清冽の炎」、花伝社)。
 どうせ、そんな本、誰も読みやしないよ。いや、団塊世代は人生の総括時期にきているから、きっと読むはずだ。このように相反する2つの意見があります。いったい団塊世代は1968年ころ、どう生き、どんな青臭い議論をしていたのか。記録にもとづいて刻明に再現したノンフィクション風の小説です。ぜひ、あなたも読んでみて下さい。

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