法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 未分類

ポピュリズムに蝕まれるフランス

カテゴリー:未分類

著者:国末憲人、出版社:草思社
 昨年11月、いつものように仏検一級の試験を受けました。日曜日午後の3時間、うんうん頭をひねりながら文法・長文読解・仏作文そして書き取り、聴き取りのテストを受けるのです。帰って自己採点をしたら66点でした。1ヶ月ほどして結果の通知があり、もちろん不合格だったのですが、68点とっていました。120点満点で、ついに5割をこえることができたのです。といっても一次試験をパスするには8割とならければいけません。この3割のヤマをこえるためには文法をマスターする必要があります。
 動詞を名詞に変えて同旨の文章をつくれ、なんていう設問は毎回ほとんど全滅しています。私の得意とするのは長文読解と書き取りです。長くフランス語を勉強していますから、年の功で、この2つだけはなんとかできるのです。それにしても今回、自分の答案用紙を調べたら、一級受験がなんと11回目であったことに気がつき、我ながら驚き、かつ呆れてしまいました。仏検一級を受けはじめてもう11年になるというのです。そりゃあ、5割くらい得点できなければどうしようもないですよね。といっても、実は、今もってろくにフランス語は話せないのです。毎週土曜日のフランス語教室でも、相変わらずたどたどしいフランス語しか話せないので、自分でも嫌になっています。
 最近はフランス語はあまり人気がありませんので、受講生が減って、私のクラスの存立が危なくなっています。どうぞみなさん、フランス語を勉強しましょう。それはともかく、フランスを自由に旅行するくらいはできるのですから、長く勉強しているといいこともあるのです。大学に入学したときに第二外国語としてフランス語を選択して以来のフランス語とのつきあいですから、もう38年にもなります。弁護士になったとき、バカにならないようにNHKのフランス語講座を聞きはじめて今に至っていますので、もう31年間もNHKを聴いているのです。うーん、偉いというべきか・・・。
 私の愛するそんなフランスが、今やポピュリズムにむしばまれているというのです。この本を読むと、なーんだ、小泉純一郎と同じことをフランスでもやってる政治家連中がゾロゾロいるのか、そう思ってしまいました。
 昨年9月の総選挙で小泉自民党が「大勝」した(ホントは、小選挙区制のマジックによるところが大きいのですが・・・)ことについて、AFP通信は小泉首相を次のように評しました。
 これまでの日本になかったタイプの指導者だ。大物や実力者に牛耳られている政界のしがらみを断ち切った真のポピュリストである。
 では、フランスでは、一体、誰がポピュリストなのか。ご存知、極右のルペンです。大統領選挙の第1回投票でシラク大統領が566万票、20%をとったのに続いたのが、なんとルペンで480万票、17%もとったのです。有力だったジョスパン首相はその次、461万票、16%で3位になってしまったのです。
 ルペンは実は莫大な資産を持ち、その自宅はパリ郊外の最高級街の高台にある城館だ。低所得層に人気があるからといって、自分自身は決してその一人というのではない。
 ルペンの演説は抜群にうまい。聞いていてともかく面白い。言葉を恐れず、言いたいことは何だっていう。嘘も平気で言う。フランスのすべての問題の原因が移民にあるかのように物事を単純化して語り、市民を扇動しようとする。
 これは、まるで小泉純一郎ではありませんか。郵政改革を断行したら日本の景気が回復するなんて、とんでもない嘘を平気で言い通す。アメリカだって公然と反対しているのに(日本の世論が反小泉に向かわないように配慮はしているけれど)、靖国神社参拝に反対しているのは韓国と中国だけかのように言い張ってマスコミを操作するなんて、まるで同じ。
 ポピュリズムとは、普通の人々とエリート、善玉と悪玉、味方と敵の二元論を前提として、リーダーが普通の人々の一員であることを強調すると同時に、普通の人々の側に立って彼らをリードし、敵に向かって戦いを挑むヒーローの役割を演じてみせる劇場型政治スタイルである。
 若者のうちの低学歴者の2割以上がルペンに投票しているというのも、今回の小泉「大勝」と同じです。小泉の「低IQ層」工作がうまくいって、低学歴の若者が大挙して自民党へ投票したと分析されています。
 移民排斥を叫ぶルペンの党(国民戦線、FN)には若い日系人が候補者の一人となっていることを知って驚きました。
 フランスでも、選挙のときに候補者を選ぶ要素が、かつての政策から、短期間で変化しやすいイメージにうつってきたと分析されているそうです。怖いことですよね。
 フランスの若者たちが路上で暴動を起こし、サルコジ内相が厳しく対処しましたが、そのサルコジ内相はハンガリー移民2世です。弁護士出身でもあります。タカ派が評価を上げるというのも日本と共通したところがあります。フランスの政治って日本とまるで違うと思っていましたが、案外、おおいに似たところがあるようです。

島原の乱

カテゴリー:未分類

著者:神田千里、出版社:中公新書
 うーむ、そうだったのか・・・。ついつい、ひとりうなってしまいました。島原の乱について、団塊世代の学者が鋭い問題提起をしています。目が大きく見開かされる思いをしながら、ぐんぐん読みすすめていきました。
 著者は、結論として、一揆の目的は飢饉・重税で食えなくなった百姓たちの一揆というより、キリシタン信仰の容認であり、飢饉も重税も百姓の一揆を先鋭化させるひとつのきっかけに過ぎなかった。一揆にとっては、信仰それ自体が、蜂起の最大の眼目だったとしています。
 それに、一揆といっても、必ずしも民衆の集団ではなく、一揆指導者の多くは武士身分の牢人であった。蜂起の中心となった牢人たちは40人ほどいた。彼らの平均年齢は50歳くらい。ということは、クリスチャン大名であった有馬晴信が処刑された慶長18年(1614年)には、みな20代半ばの青年だった。つまり、少年時代はキリシタン大名の統治下で過ごしたはずの年齢である。このときの記憶が一揆蜂起を促したとも考えられるのではないか・・・。なるほど、まったく同感です。ついエリをただしてしまいました。
 島原の乱の主役は、殉教者というより、なんといっても立ち帰りキリシタンである。つまり転向した仏教とが再びキリシタンになっていったのである。
 一揆勢は、外国(オランダ)から砲撃される前まで、すぐに一揆は終わると考えていました。海外(オランダ)からの応援要請にこたえるつもりになっていました。それで幕府軍はオランダに砲撃を頼んだのです。南蛮国からもおまえたちは見捨てられることを示そうとしたのです。
 原城内には敵に内通するスパイが横行していました。
 原城が落城するまでに、城内から一揆勢のうちから1万人以上が立ち去ったともされています。
 うーん、なるほど、なるほど。島原城に久しぶりにまた行ってみたくなりました。残念なことに、私はまだ原城址には行ったことがありません。

宮廷料理人アントナン・カレーム

カテゴリー:未分類

著者:イアン・ケリー、出版社:ランダムハウス講談社
 お正月にお餅を食べ過ぎたわけでは決してありませんが、またまた少し太ってしまいました。これまで、あと3キロ減量が必要だと言ってきましたが、これで5キロ減量を余儀なくされました。でも、これってホント難しいんですよね。お正月に食べたお餅は、お雑煮に入った1個と夕方のアンコロ餅の1個のみです。あっ、2日にも1個だけ食べました。3日目からは、いつものように朝食はニンジン・リンゴジュースだけです、いつも1日2食です。だから、貴重な2食を大切にしています。マックやケンタ、そして牛丼なんかの有害ファーストフードとは無縁の生活です。いえいえ、それどころか美食についての本をすこぶる愛好しています。
 この本はフランス革命のころ、フランス料理にも革命をもたらしたと言われているアントナン・カレームの一生をたどったものです。カレームは、なんと、親に捨てられた子どもでした。それなのに、王様のシェフであり、シェフたちの王様にまでのぼりつめたのです。それだけでも、たいした人物です。カレームには、24人もの兄弟がいて、16番目の子どもだったといいます。本当でしょうか・・・。
 父親はカレームを捨てるとき、次のように言ったそうです。
 いまの世の中、根性さえあれば、運をつかんで、出世できるってもんだ。そして、おまえにはその根性がある。あばよ、坊主。神様からもらったものを持って、行っちまいな。
 幸運にも、10歳のカレームは、ひとりの料理人に拾われました。革命前、パリのレストランでは食事ができませんでした。レストランが出すのはブイヨンやポタージュなどのスープだけ。当時のスープとは、流行に敏感な人たちが、いい気持ちになったり、呼吸器の病気を和らげるために飲むものだった。かつてのコーヒーと同じ役割だ。レストランとは、文字どおり健康を回復するために行くところだった。
 ナポレオンは食べ物に興味がないことで有名だった。公式の席で食事することを好まず、皇后ジョセフィーヌも公式の晩餐会を嫌っていた。歯並びの悪い口元を隠したがっていたから。したがって、カレームは、ナポレオンのシェフをつとめたことは一度もない。
 カレームはタレーランそしてイギリス皇太子のお抱え料理人ではありました。そして、大富豪ロスチャイルド夫妻の料理人に就任したのです。カレームを抱えたことで、ロスチャイルド夫妻は新興ブルジョア上流社会に次第に受け入れられ、支配すらするようになった。最高の料理は、最高の芸術と同様に、金銭で購うことができる。
 ただ、カレームは50歳で亡くなっています。料理人は、たいてい地下で職業人生を送る。昼なお薄暗い照明が視力を弱め、蒸気とすきま風がリューマチを悪化させ、料理人の人生は悲惨なものになる。胸に吸い込むのは木炭の煙と蒸気ばかり。そう、それがシェフの人生なのだ。うーん、ホントに悲惨ですよね。
 カレームは、図書館にこもる熱心な読書家でもありました。だから、たくさんのレシピを残し、本として出版することができたのです。この本には、そのレシピとあわせて、カレーム自身が描いた料理の壮大な盛りつけの絵も紹介されています。
 ああ、こんな美食を前にして、明日からどうやってダイエットしよう・・・。

光の国・インド再発見

カテゴリー:未分類

著者:我妻和男、出版社:麗澤大学出版会
 10億をこえる人口をもつインドには、少なく見積もっても300の言語があります。紙幣で100ルピーと表示するのにも、15言語で書かれているのです。他の州に行けば、ほとんど字が読めません。それでもインドの識字率はインド全体で65%。男性75%、女性54%ですから、高いというべきでしょう。
 インドの人口は本当は11億人ではないかと噂されています。あと20年もすれば中国を抜いて世界第1位になることでしょう。
 有名なマハトマ・カンジー(この本では、ガーンディー)についても紹介があります。ガーンディーとは、香辛料を商う人という意味だそうです。ガーンディーの祖父から3代にわたって藩王国のディーワーン職をつとめていました。ディーワーンというのは首相とか総理大臣と訳されていますが、誤解を招きやすい。民事事件の調査、治水工事の監督などを職務とする役職の名前でした。
 インダス文明は紀元前2500年をはさんで前後1000年ほどのあいだに栄えた古代文明です。その最大の特徴は、軍事力を背景とした王が存在しないということだそうです。えーっ、それでどうやって国を統治していたのでしょうか・・・。インダス文字が解読されていないため、その全貌は不明のままだということです。
 ゴータマ・ブッダは、憎しみをもって憎しみに報ずれば、憎しみは絶えることがないと説きました。かつブッシュによくよく叩きこみたい言葉です。
 インドといえば、なんと言っても映画でしょう。年間につくられる映画がコンスタントに800本、2001年には、なんと1013本もつくられたそうです。アメリカが400本、日本は300本というのですから、ケタ違いの多さです。インドではアメリカ(ハリウッド)映画よりも自国の映画が好きです。
 インド映画は「踊るマハラジャ」のように、途中で必ず歌と踊りがはいります。例外的に入っていないのもありますが、観客は歌と踊りの入っているのを圧倒的に好むのです。上映時間も3時間というように長く、途中で休憩が入るのです。観客は映画を見ながら泣き、笑い、そして歌をうたって、踊り狂います。ちょっと日本とは違いますね。
 インドは貧富の格差が大きい国として知られていますが、統計のうえでは、ブラジル31.5倍、メキシコ19.3倍、中国10.7倍、アメリカ8.4倍に比べて4.7倍と、格差はそれほど大きいものではありません。ちなみに、日本は3.4倍です。経済の発展にともなって所得格差が縮小している現実があるのです。ちょっと不思議ですよね。
 インドでは日本のカラオケははやっていません。他人(ひと)の前で歌をうたうのは乞食のカーストのやることという心理的抵抗感が強いからです。
 言ってみたいなという気持ちも少しはあるのですが、なにしろ遠くて・・・と思っているところです。

いま問いなおす「自己責任論」

カテゴリー:未分類

著者:イラクから帰国された5人をサポートする会、出版社:新曜社
 評論家の大宅映子は次のように語りました。
 人質家族の「自衛隊は撤退しろ」や当事者の「またイラクで活動したい」発言には呆れてしまう。退避勧告を無視して事件を起こした責任を、まずはしっかり認めるべきだ。こうした事件のように、自己責任でやれることを何でも国のせいにしていると、国は非難される前に規制をたくさんつくって、今以上に国民をがんじがらめにしてしまう。
 アメリカのパウエル国務長官(当時)は、インタビューで次のように発言しました。
 誰もリスクを引き受けようとしなかったら、私たちには前進はなくなる。私は、あの日本市民たちが、より大いなる善のため、よりよき目的のために、すすんで自分の身を危険のなかに置いたことを嬉しく思っている。日本の人たちは、こういう人たちがすすんでああいう行動をとったことを誇りに思うべきだ。
 どうでしょうか。イラク侵略の張本人であるアメリカの支配者のなかにも、こういう考えを表明する人がいるのです。それに比べると、大宅映子の発言はいかにも安っぽいものに思えてなりません。まさしく小泉好みの御用評論家ではないでしょうか。
 いかなる思想の持ち主だろうが、国民保護は政府の義務のはずだ。論者は強調しています。私も、まったく同感です。小泉首相を支持する人間だけが日本人ではないし、小泉支持者だけが政府に税金を納めているのではないのです。小泉をいまの日本で最大の危険人物とみている私も、それなりに税金をおさめています。
 昔から日本人は世界各地の危険なところへ進出していったことで有名です。それなのに政府の退避勧告を無視したら、あとは何も言えなくなるなんて、とんでもありません。それに、だいいち、自衛隊は「安全な」サマワに行っているというのが政府の建て前なのではありませんか。しかも、イラクのサマワで給水活動にあたっているフランスのNGOに対しては、日本政府は、給水車35台分のレンタル料35万ドルについて、無償資金協力をしています。つまり、日本政府はフランス人がボランティア活動するのはいいけれど、日本人の民間ボランティアが活動するのは困るというのです。まるで筋が通りません。
 読売新聞は社説で人質になった3人とその家族を次のように攻撃しました。
 3人は事件に巻きこまれたのではなく、自ら危険な地域に飛びこみ、今回の事件を招いたのである。自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係機関などに大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題である。
 人質の家族の言動についてもいささか疑問がある。記者会見で公然と自衛隊の撤退を求めていることだ。武装グループの脅しに屈し、政府の重要政策の変更まで求めることが、適切といえるだろうか。
 えーっ、と驚いてしまいました。そんなことを言う資格がいったいに読売新聞あるのでしょうか。サマワで自衛隊を取材していた記者は全員撤退しました。もちろん読売の記者もです。そして、それは、政府の費用負担だったのです。そもそもサマワで自衛隊がしているのは何なのか、日本のジャーナリストは本当のことを現地からまったく伝えていません。いえ、伝える努力すらしていないのです。政府が退避勧告したから、それに従っているというのでしょう。しかし、その後もフリーのジャーナリストはイラクへ何度も出かけているではありませんか。私たちはそれによってイラクの現実を知っているのです。
 3人が解放される前、公明党幹部が記者団に次のように語ったそうです。
 3人が解放されて、帰国後にヒーロー、ヒロイン扱いされ、自衛隊撤退を訴えられたら厄介だ。
 つまり、3人が解放されて、自衛隊撤退を求める世論が高まるのを恐れ、その前に3人を叩きのめしてしまったというわけです。恐るべき世論操作です。
 それにしても、3人叩きに乗せられた日本人が多かったということは、今の日本社会の底流にドス黒い怨念がドロドロうずくまっている。そんな感じがしてなりません。いかにも冷え冷えとした思いに駆られてしまいます。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.