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ビッグ・ピクチャー

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著者:エドワード・J・エプスタイン、出版社:早川書房
 映画大好き人間の私ですので、ハリウッドの内情を知りたいと思って読みました。いろいろ面白い話を知ることができました。ハリウッドは遠くで見たことしかありません。ロサンゼルスのチャイニーズ・タウンの舗道にあるスター手形をなつかしく思い出します。
 映画6大スタジオにとって、映画をつくること自体は、財務的にみると、重要度は低くなっている。封切映画は、いずれも恒常的に欠損を計上している。
 ディズニーの「60セカンズ」の制作費は1億330万ドル。内外の劇場に配給するための費用が2320万ドル(うち、プリント代1300万ドル、保険・輸送料など1020万ドル)、世界規模の広告費6740万ドル。残余料金1260万ドル。つまり、2億650万ドルが経費だった。総売上2億4200万ドル。劇場の取り分は1億3980万ドル。つまり、2億650万ドルかかった映画の代価として、半分以下の1億220万ドルしか回収できなかった。
 1947年にアメリカ全国で47億枚の入場券が売れたのに、2003年には3分の1の15億700万枚しか売れていない。
 2003年にアメリカで封切られた473本の映画のうち、6大スタジオがつくったのは半分以下。そこで、入場券売り上げから得たのは総額32億3000万ドルだった。
 今や、6大スタジオは映画を家庭でみせるライセンス料で利益の大半を稼ぎ出している。それは劇場からの収益の5倍となっている。劇場に貸し出す映画から入ってくる小川のような金の流れに比べ、ビデオ・DVDの販売による売上げは津波規模。
 ビデオ・レンタルの大手1社で年間39億ドルを主要スタジオに支払っていた。ビデオとDVDから6大スタジオが得た年間収益は179億ドルに達していた。
 ほとんどの映画は赤字になるようになっている。「プライベート・ライアン」の出演料としてトム・ハンクスとスピルバーグが3000万ドルずつを受けとったため、この映画の予算は7800万ドルから一挙に1億3800万ドルにふくれあがった。スターの取分は収益の分配ではなく、制作費として扱われた。
 撮影は時間との競争だ。撮影期間中は、日々、膨大な出費が生じる。低予算の映画でも、維持費は1日8万ドル、固定費として5700万ドル。「ターミネーター3」のようなスケールの大きいアクション映画だと、日常の維持費は30万ドル。2000年のハリウッド映画の平均的な日常の維持費は16万5000ドルだった。
 監督自身がすべてのシーンの撮影に立ち会ったり、すべてのロケ地に行く必要はない。主要な俳優が出演しないときにはセカンド・ユニットに撮影させる。同時撮影によって映画の製作作業を大いにはかどらせるのだ。
 スタジオのプロダクションの大半は、撮影を3ヶ月から6ヶ月で終える。
 映画は細切れの断片でできている。CGは生身の俳優全員をあわせたより高くつくことがある。「ターミネーター3」のCG効果のため1990万ドルがつかわれた。
 劇場は封切りの週は入場券の売上高の10%と一律に支払われる劇場手当てを受けとる。スタジオは通常、封切後の2週間は入場料収益の70〜80%を手に入れる。劇場が受けとる割合は、週に10%の割合で増えることが多く、4週から5週目に入ると、入場券売上げのほぼ全額を手に入れる。
 劇場の主たる利益はチケットの売上げやスクリーンの広告ではなく、実は飲食物の販売からあがっている。ポップコーンの塩味を強めると、客はノドが渇いて、それだけ余計にソフトドリンク(利ざやが大きい)がほしくなる。
 トッピングに余分に塩を加えることがマルチコンプレックスのチェーンをうまく運営していく秘訣だと劇場幹部は述べている。
 先日、「シリアナ」という映画を東京で見てきました。ハリウッド映画なのですが、アメリカが中東のアラブ諸国をいかに牛耳っているか、その大きな狙いの一つが石油利権であること、気にくわない指導者はミサイルによるピンポイント攻撃で空から抹殺することなどが映像となっていました。少し前の映画「武器商人」も、アメリカが世界各地に武器を輸出してもうかっている事実を紹介していました。
 ハリウッド映画は、単なるアクション映画だけではないところがすごいと思います。

ふふふ

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著者:井上ひさし、出版社:講談社
 井上ひさしが中学3年のとき、本屋で英和辞典を万引きしようとして店のおばさんにつかまったという話に驚いてしまいました。あの井上ひさしが中学生のときに万引したんだって、えーっ・・・という感じです。とても信じられませんでした。
 ちなみに、私は万引したことは1度もありません。そんな勇気はありません。ただ、学生時代にはキセル乗車は何度もしました。生来、気の小さい私ですから、たった何十円かのキセルでも、いつ見つからないかとドキドキハラハラしていました。幸い一度も見つかったことはありませんでした。改札口を出るとき、前の大人のすぐうしろにぴったりくっついて逃げるように早足で出たこともあります。ラッシュアワーだったから見つからなかったのでしょう。でも、そんな重荷に耐えきれず、大学を卒業してからは一度もキセルをしたことはありません。車内で本を読むのに集中するには、そんなスリルは邪魔になりますから。
 万引を見つけられた井上ひさしは、おばあさんから、こうさとされました。
 これを売ると百円のもうけ。坊やにもっていかれると、百円のもうけはもちろんフイになるうえに、5百円の損が出る。その5百円を稼ぐには、これと同じ定価の本を5冊も売らなければならない。
 うちは6人家族だから、こういう本を一月に百冊も2百冊も売らなければならない。でも、坊やのような人が月に30人もいてごらん。うちの6人は餓死しなければならなくなる。こんな本一冊ぐらいと、軽い気持ちでやったのだろうけど、坊やのやったことは人殺しに近いんだよ。
 こう言ったあと、タキギを割っていったら、勘弁してあげるというのです。もちろん、井上ひさしは喜んで死にものぐるいでタキギを割りました。すると、おばあさんはおにぎりを載せた皿をもってきて、手間賃として7百円渡したのです。そして、そこから英和辞典5百円をとって、2百円の労賃と英和辞典一冊を井上ひさしにもたせました。欲しいものがあれば働けばいい、働いて買えないものは欲しがらなければいいという世間の知恵を手に入れた。井上ひさしは人生の師を得たのです。うーん、いい話ですね。
 本屋の万引率は2%といわれてきたが、最近は10%にもなる。店の利益は20%だから、その半分が万引でもっていかれる。これでは本屋の経営は成りたたない。そうなんですよね・・・。
 アメリカとフランスの大学入試(資格試験)の問題文が紹介されています。日本でも取りあげてみたらどうでしょうか。
 まずは、アメリカです。ここにあなたの一生を書きつづった一冊の伝記がある。その総ページ数は300頁。さて、その270頁目にはどんなことが書いてあるだろうか。その270頁を書きなさい。これまでの人生の総括と未来への展望が問われているわけです。すごい設問ですよね。私ならなんと書くのか、迷ってしまいます。次はフランスです。
 夜ふけにセーヌ川の岸を通りかかったキミは、一人の娼婦が今まさに川へ飛びこもうとするところに出会う。さて、キミは言葉だけで彼女の投身自殺を止めることができるだろうか。彼女に死を思い止まらせ、ふたたびこの世界で生きていく元気を与えるような説得を試みよ。
 この設問に対して、アンドレ・マルローは、「わたしと結婚してください」と説得するしかないと答えたのだそうです。なんともすごい設問であり、答えではありませんか。人生と社会の機微に通じていなければ答えられませんよね。
 小さな本ですが、さすが井上ひさしです。人生の知恵がぎっしり詰まっていて、苦笑、失笑、嘲笑、哄笑のうちに人生のあれこれを考えることができました。

レイラ・ザーナ

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著者:中川喜与志、出版社:新泉社
 クルド人女性で初めて国会議員に30歳の若さで当選したレイラ・ザーナの闘いを紹介した本です。私は、そういう人がいることをこの本で初めて知りました。彼女が獄中にいることがトルコのEU加盟の障害となって、10年後にようやく釈放されたということです。そんなこと、ちっとも知りませんでした。
 クルド人は、独自の言語と歴史、文化、慣習を持った「民族」である。推定総人口3000万人は、中東世界ではアラブ人、トルコ人、ペルシア人に次ぐ第4の民族である。
 レイラ・ザーナは、1991年、トルコ大国民議会(国会)総選挙にトルコ東部のクルド人居住地から立候補し、84%の支持を集めて30歳で当選した。そして、議員就任式にレイラはクルド人民族の伝統色をまとい、トルコ語で議員宣誓を行ったあと、クルド語で、「私は民主主義の枠組みの中で、クルド人とトルコ人が平和裏に生きるべく闘う」「クルド人とトルコ人の兄弟愛に万歳」と述べた。
 レイラは議員不逮捕特権を奪われ、1994年に投獄され、以後10年間にわたって獄窓に閉じこめられた。2004年6月に釈放されたとき、レイラは43歳になっていた。
 レイラ・ザーナたちの釈放なくしてEU加盟交渉は難しいというEU側の反発があった。そして、レイラが釈放される直前に、トルコ国営放送はクルド語放送を開始した。週2回、1回35分だった。これは、その後、週5回に増えている。
 レイラとは、アラビア語で夜の暗黒という意味。それが今では、レイラという名前はクルド人にとって、娘がほしいということを表す幸運の言葉として頭に浮かぶようになっている。
 レイラの夫は市長だった。夫と結婚したとき、レイラは14歳。クルド人の娘は15から16歳で結婚するのは普通のこと。
 レイラは総選挙のとき、民衆に向かって仕事や住まいなどの経済的公約は一切しなかった。ただ、クルド人の人間としての誇りを守り、高めるために働くと公約した。
 「今までの政治家は、伝統的に、個人や団体にとっての利益を用いて、民衆をだますという基本でやってきた。私は、これの反対に立ち向かう。私たちの目的は民衆の団結を保証すること」
 レイラ・ザーナの当選によって、食卓での地位は牛より後ろ(女性の地位は牛より低い、という意味)であったクルド人女性が変わった。
 対するトルコ首相も同じ女性。2人の子どもの母親であり、経済学教授であり、アメリカ国籍を有している。
 「トルコでは、すべてがトルコ人である。トルコ人でない者たちに唯一の権利がある。それは、沈黙することである」
 クルド人なるものは存在しない。クルド人とは山岳トルコ人のことである。国民はトルコ語を話す。このようにトルコでは公式に言われてきたのです。
 トルコには「灰色の狼」というテロ実行部隊があり、いくつもの暗殺に関わっている。このテロ組織のパリでの暗躍を描いたのが、先に紹介したパリの暗黒街を描いた小説「狼の帝国」です。
 国民1人あたりの所得が世界で50番目のトルコは、軍事費では世界で6番目か7番目。1993年度のトルコは、世界最大の武器輸入国。1994年度の予算の半分近く、890兆リラの総予算のうちの401兆リラが軍事支出に充てられている。
 ヨーロッパ議会の3人の有名な女性議員がレイラ・ザーナの釈放を要求したところ、トルコの国民大臣は彼女らのことを売春婦だと言い放った。
 平和主義者として有名だったクルド人弁護士が1994年に2人も暗殺されている。
 クルド人の民族色である赤・緑・黄色を組み合わせることは禁止されている。だから信号も赤・緑・黄色ではなく、赤・青・黄色である。えーっ、そうなの・・・と驚いてしまいました。ところで、今のイラク大統領のタラバーニはクルド人です。
 クルド人が政党を立ち上げると、憲法裁判所が判決で政党を閉鎖し、党の資産は国家が没収する。しかし、党の閉鎖命令に備えて新たな政党を設立する。このくり返しをずっとやってきた。
 私はマルアス・ギュネイというクルド人映画監督のつくった「路」という映画を東京で見たことがあります。1982年の作品ですが、刑務所の中から采配をふるってつくられた映画で、トルコ国内では上映禁止となっていました。大変な国だと思ったことを覚えています。民族のアイデンティティーを守るための闘いというのは人間の尊厳をかけた闘いなのだと思い知らされました。

いなかのせんきょ

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著者:藤谷 治、出版社:祥伝社
 談合、根回し、饗応、買収。無理が通って道理が引っ込む。キレイゴトではすまんぞ、田舎ってとこは・・・。
 珍しい選挙小説です。日本のドロドロとした選挙戦の一端がにじみ出ていると思いました。それにつけても、戸別訪問が公職選挙法で禁止されているのは天下の悪法です。先進国では、どこでも戸別訪問こそが選挙運動の中心柱となっています。アメリカのようにテレビ宣伝が柱となると、お金はいくらあっても足りません。まさに金権選挙です。日本でも、小泉流のマスメディア露出度のみをねらった派手な金権選挙が、アメリカにならって年々ひどくなっています。嘆かわしいことです。
 ひょんなことから村長選にうって出ることになった清春は、地道に街頭でマイクを握って訴えてまわります。お金なし、看板なし、後援組織なしの孤独な闘いです。敵は村内の有力企業をひとまとめにしています。それでもへこたれず、あきらめずに清春は、明日が投票日という最終盤にマイクを握ってトツトツと訴えます。方言まる出しです。
 「平山さん(対立候補)は、しきりに公共事業の導入と映画館の招致を訴えている。雇用の拡充と観光収入が見込めるから、それは一つの見識かもしれない。でも、俺はそんな経済政策には反対だ。山を切り崩して平地にして、村中を排気ガスだらけにして工事して、国道だの映画館だの作ってどうする。公共事業は収入が安定するかもしれないが、それだって長い目で見ればしょせん臨時収入さ。それで村には借金が残る。俺らの生きてるうちにはとても返せないような借金が、・・・。
 たしかに、この村にはマクドナルドもセブンイレブンもない。でも、山には鹿や狸があって、ちょっとは山桜もある。鮎は全国有数だといって日本中から川釣りの客が来る。都会の人には、そんなところが村の魅力なんだ。俺は都会風に発展するより、村らしい発展のあり方を工夫した方がいい。たとえば、山道を歩きやすいようにするとか年寄りに古い知恵を借りるとか、介護を役人まかせにしないで、みんなで助けあってやるとか、そんな地道な、手づくりが俺ららしい発展ではないか。都会風の発展がいいか、村らしい発展がいいか、どっちか決めてくれ。俺の考えに賛成してくれるなら、俺は一生けん命働くよ」
 うーん。心にしみるいい話です。思わず目頭がじーんと熱くなってしまいました。私の住む町にも大型スーパーが出来て、近くの商店街は壊滅状態となり、デパートは2つともつぶれてしまいました。いま新幹線工事と湾岸道路の建設がどんどんすすんでいます。本当に住みやすい町をつくるというより、相変わらず大型公共優先です。その裏で福祉予算がどんどん切り捨てられています。
 村の人々の心をつかんで、見事に清春は村長に当選しました。でも、問題は、これから、村長になってからのことでしょうね。
 大分にビラを配っただけで逮捕され起訴された市会議員がいます。今どき、なんということでしょうか。日本では選挙が始まると、憲法で保障された表現の自由が警察によっていとも簡単に踏みにじられてしまうのです。恐ろしいことですよね。
 日本の選挙のあり方を考えさせる良質の選挙小説だと思いました。

中国農民調査

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著者:陳 桂棣 、出版社:文芸春秋
 先に紹介しました「十面埋伏」(新風舎)のタネ本のようだと思わず口走ってしまいました。中国農村部の悲惨な実情があますところなくレポートされています。それがいいという意味では決してありませんが、中国当局が発刊2ヶ月で発禁処分にしたのも十分理解できます。なにしろすさまじいのです。
 でも、暴力団が想像以上にはびこっている現代日本の暗部を直視したとき、単に中国は遅れていると冷笑できるとは思えなくなるのです・・・。
 漢王朝では8000人が1人の役人を養っていた。唐王朝では3000人が1人の役人を、清朝では1000人が1人の役人を養っていた。今は40人が1人の公務員を養っている。
 私は、単純に公務員を減らしたら社会は住みやすくなるなどという考えは完全な間違いだと考えています。公務員は高給優遇していいのです。そうでないと、ソデの下ばかりが横行して、社会は滅茶苦茶になってしまいます。とくに福祉関係には、もっと惜しみなく公務員を投入すべきです。
 1979年に中国の党政府機関の幹部は279万人だったのが、1989年には543万人に増えた。そして1997年には、800万人となった、このとき増加した幹部の人数は、同じ時期に国有企業で解雇された127万人とほぼ同じである。

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