法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 未分類

コールガール

カテゴリー:未分類

著者:ジャネット・エンジェル、出版社:筑摩書房
 イエール大学で修士、ボストン大学で人類学博士号を取得した女性が、昼間は教壇に立ちながら、夜は娼婦として生活していた。男は娼婦をどう扱うか。娼婦は客をどうみているか。女性人類学者が自らの売春体験をつづった、驚きのノンフィクション。
 これはオビに書かれている言葉です。こんなことって本当にアリか・・・と思うと、スナップ写真もあって、どうやら本当のようですから、驚いてしまいます。アメリカって、まったくもって変な国ですよね。もっとも、アメリカにも東電OLが・・・と書かれていますので、私が知らないだけで、日本もあまりアメリカと変わらないのかもしれません。
 コールガール組織で働く女性の少なくとも半分、もしかすると4分の3が車と運転手をあてがわれており、その大半は学生寮に住む女子学生だ。
 コールガール組織の元締めをしている女性の取り分は1時間で60ドル。2時間なら 120ドル。この1時間の仕事をとるための電話の交渉は、たいてい2分そこそこですんでしまう。しかし、彼女は2分で60ドル以上の仕事をしている。客を入念にチェックして、女の子たちの盾となり、危険を承知のうえで新聞の広告欄に自分の名前と電話番号をのせている。
 彼女は午前2時に営業を終える。午前2時以降にコールガールを求めて電話してくるのは、やけっぱちになった問題ありの連中だからだ。
 彼女のコールガール組織は小さく、その規模の小ささから摘発を免れることができた。経営者はひとり、待機するコールガールも20人そこそこ。この程度の組織では、警察にとっては逮捕のしがいがない。
 著者は、彼女のもとで仕事をつづけ、週に4、5人のお客をこなした。お客をとらない日は彼氏と会い、この2つを完璧に分けていた。お客とするのは仕事、彼氏とはセックス。 コールガールがダブルを好む一番の理由。それは、お金だ。ダブルの仕事は、客の支払いもダブルになり、それぞれ一時間分の料金を稼げる。ふところが暖かい客をうまく乗せれば、契約時間の延長も難しくない。一時間で仕事を切りあげて次に電話を待つより、延長のほうがはるかに楽だ。
 コールガールが気にするのは、セックスの中身や回数ではなく、むしろ無為につぶす時間のほうだ。新規の客と連絡をとり、ほんとうに自分でいいかどうか確認し、相手が何を求めているか探りを入れる。これが結構手間だし、ストレスにもなる。だから、35歳の著者にとって、コールガールしているときは、コカインは習慣であり、日課だった。コカインのない朝など考えられなかった。
 若いコールガールのなかには、高額の報酬を得ることに慣れっこになっている人がいた。彼女らは金遣いが荒い。突然、大金が稼げるようになり、良識的な判断ができなくなってしまう。八方ふさがりの困窮生活を長く続けてきた若い女が突如として大金を手にしたら、なおさらのこと。金遣いが荒くなると、よりいっそう多くの仕事をこなさなければならない。それによってこの仕事にともなう危険もいっそう増すことになる。
 客は自分の思っているほどにはコールガールを支配してはいない。コールガールは客の欲望を探り、相手が自分を支配したがっていると読みとれば、それ相応に対処する。
 この仕事をしているかぎり、誰かと深い仲になったときは気の重い二者択一に直面することになる。つまり、エスコート・サービスで働いていることを打ち明けるか、それとも嘘をついて押し隠すか。隠せば、いつか見つかるのではないかと恐れつつ毎日を過ごすことになる。だが、打ち明けたところで、どうなるのか。その関係が破局を迎えるまで、そう長くはかからないはず。
 結局、実生活においても、客を相手にするのと同じような関係しか、男たちと結べないのではないか。退屈な妻とありきたりのセックスをすることに飽きた男たちが、性的ファンタジーを満たすという、ただそれだけが目的で求めるにすぎないのではないか・・・。 売春に携わる多くの女性がドラッグの奴隷になっている。ドラッグは女たちを仕事の奴隷とするために故意に押しつけられる。人の命がそれほど安く扱われている。依存症は恐ろしい病だ。
 私も弁護士を長くしていますが、新規の客と接するときには毎回、緊張しています。ほんとうに自分でいいのか、相手が何を求めているのか探りを入れます。相性のない客だったら、あとでトラブルになり、支払った着手金の返金を求められることもあります。コールガールと弁護士は似たところがある、なんてことは言いません。でも、職業としてみたときには、どこの世界でも共通するものがあるという気がします。

ブンブンブン ハチがとぶ

カテゴリー:未分類

著者:國房 魁、出版社:新日本出版社
 「ドンと鳴った花火だ」「かあさん、おかたをたたきましょ」に続く「歌いたくなる写真集」シリーズの3冊目です。まだ見ていない人は、一度、本屋の店先で手にとってみて下さい。子どもたちの笑顔にひきこまれてしまいますよ。見てる方まで自然に楽しくなって、つい笑顔がこぼれてくる本です。
 子どもたちが自然のなかで、伸び伸び、目が光り輝いています。野山のなか、雪のなか、田んぼのなかで焦点が見事にあっています。さすがはプロのカメラマンです。脱帽です。
 子どもたちが木登りしています。ジャンプして飛び上がっています。ミドリガエル(青蛙)を小さい鼻の頭にのっけています。そんな動きの一瞬を写真にすばやく切り取っているのです。たいした力です。
 古沢小学校の1年生は、全員で15人しかいません。梅雨どきの田んぼの道を一列に並んで傘を差しながら下校していきます。カラフルないい映像です。都会では絶対に見れません。雑木林でカブトムシをつかまえます。真剣な目つきです。
 いつのことだか思いだしてごらん
 あんなことこんなこと あったでしょう
 うれしかったこと おもしろかったこと
 いつになってもわすれない
 大人のちょっと疲れた傷ついたこころを十分いやしてくれる素敵な絵本でもあります。2500円は、ちっとも高くなんかありません。だって、明日に生きる勇気が自然にわきあがってくるのですから。

人間は脳で食べている

カテゴリー:未分類

著者:伏木 亨、出版社:ちくま新書
 人間は脳で食べている。口で味わう前に、脳が情報を処理している。口は、それを確かめる作業をする程度である。
 私も本当にそうだと思います。たとえば、わが家で一人ワインを飲んでも、ちっとも美味しくありません。美味しいワインをいただくためには、まずもって講釈が必要です。私の行きつけのフランス家庭料理の店(「ア・ラ・メゾン」)では、シェフが、このワインはフランスのどこそこの地方でとれたもので、そのファミリーはどういう出身で、ワインの作り方には、こんな工夫と苦労をしている。この年はワインのあたり年だった。などと、ひとくさり、ありがたい説明を聞かされます。もちろん保存状態は家庭と違って抜群です。ボトルからデカンタに移しかえるときも、ロウソクの炎に照らしながらの作業です。目にも楽しい作業で、鮮やかなワインの赤色を見せつけられますので、いかにも美味しそうだと期待にみちみちてきます。そして、広口の大きなワイングラスにそそがれ、手にもって揺らして、まず鼻で香りをかぎ、そして舌の上にワインをころがすようにのせて味わうのです。シェフがじっと側にいて見守っていますので、うん、うん、美味しいですと言ってしまいます。すると、本当に美味しく感じられるのです。
 幼いころから食べ慣れた味わいには、安心感を与え、おいしさを感じさせる。逆に、食べ慣れない味や食材には、しばしば違和感を覚える。子どものころから刷り込まれた味や匂いは、安全で信頼できる風味として、定着し、安心できる。
 やみつきのおいしさは、脳の報酬系で発生する。快感を強く生じる食べ物には、動物や人はやみつきになる。サーカスの熊のごほうびは、角砂糖かチョコレート。報酬効果は、快感を発生する前頭前脳束と呼ばれる神経の束が興奮する状態を示している。情報がおいしさを誘導する。私たちのおいしいと感じる味の多くは、実は、他人から与えられた情報で成りたっている。ところが、眼窩前頭前野を破壊すると、新しいやみつき感を獲得することができなくなる。
 絶対的なおいしさと思われているものにも、実は集団の総意にすぎない面がある。食べたいという期待や切ない欲求は、脳内のドーパミン神経が興奮している。
 匂いの判断は、味よりもかなり正確。多くの有害物の匂いを引っかける網をもっている。匂いの方が安全性のチェックに適している。
 ラットを用いた実権によると、ラットは清酒やビールをほぼ完璧に飲み分けることができる。ラットの選ぶビールの銘柄と、人間が極限近くまで大量に飲んだときにまだおいしく飲めるビールの銘柄とがほぼ完全に一致した。
 食物を口のなかでかむ。かんでいるあいだに、食物成分がだ液とまじる。これが舌を刺激する。舌は、食べ物の成分をキャッチして、甘味、酸味、苦味、塩味、うま味、そして脂肪の刺激などの信号に変える。渋味や辛味などが含まれている場合には、これらも信号として脳に送り出す。さらに、歯触りや舌触り、粘つきやとろみなど食感も物理的な信号となる。
 舌や口の中からの信号は、脳の入り口と言える延髄孤束核に伝えられる。これは後頭部にある。延髄孤束核は、すべての信号を舌の先、舌の奥、咽頭、内臓などの順に整列させる。延髄孤束核に整列した信号は、脳の一次味覚野に別々に送られて、味覚が統合される。舌は食べ物を単純な味覚成分に分解して脳に伝え、味覚野がこれを再び組み立て直して食品の味わいに戻す。再構成された情報は、価値を判断するために扁頭体に送られる。ここで、おいしさの判断が下される。
 おいしいと判断するまでの複雑なプロセスを初めて知りました。
 好き嫌いの程度は、実際には信号の頻度で強弱が表される。好きならば信号が何度も出て、そうでなければパラパラとした頻度でしか信号は出ない。この回数が好き嫌いに比例する。そうなんですか。そういうものなんですね。脳科学って、ここまで解明してるんですね。すごいものです。
 味と匂いの信号は、独自の道をすすみながら、最後に合流する。
 小さな飽きは、同じものを食べ続けないようにするための脳の摂食抑制信号である。同じものばかりを食べていると、リスクが大きいからだ。
 マクドナルドは、ターゲットを女子高校生と女子大生にしぼった。10年、15年したら、子どもを連れて戻ってくるからだ。マクドナルドなどのファーストフードは、人間の味覚を台無しにするだけでなく、地球環境を回復不可能なまでに破壊するものでもあるというのが私の考えです。マックやケンタは人類の敵なんですよ、まじで・・・。

平和創造・人間回復、つなげよう、いのち

カテゴリー:未分類

著者:毛利正道、出版社:合同出版
 団塊の世代の弁護士も元気いっぱい頑張っている。そんなメッセージを伝えてくれる本です。著者はホームページも開設していて、日々、果敢に問題提起をしています。かなりの読者をかかえているようです。ぜひ、あなたもアクセスしてみてください。
 「被害者の母親に叱られた私」という文章に出会いました。著者が45歳のとき、集団リンチにあって息子を殺された親の話を聞いているとき、その母親がバンバンとテーブルを叩いて怒ったのです。著者の態度が共感をもってきいていないという怒りがぶつけられました。つらかったでしょう、そんな気持ちがまるで感じられない、非常に事務的な態度だと非難されたというのです。
 これには、私も思いあたる苦い経験があります。相談者に対して、そんなの無理ですよ、と冷ややかに言い放ったのです。その言い方に相談者からくってかかられました。もっと親身になって話を聞いてくれてもいいではないのか、そんなもっともな苦情でした。私は、なるほどと思い、心から反省しました。あとで苦情の手紙が送られてきました。私は、お詫びの手紙に相談料5000円を同封しました。本当は5000円返すだけでは足りないと思ったのですが・・・。こんな失敗をときどきしてしまいます。人間としての未熟さからです。申し訳ないです。
 著者が強く感銘するのは、日本国憲法が、いつ、いかなるときも、いのちを人の手で奪うことは一切許されないとしている、その哲学。
 軍隊では人を殺す訓練をする。お隣りの韓国にも徴兵制がある。日本は違う。日本は戦後60年間、憲法9条をもち、戦争をせず、国民としては戦争の準備も、人を殺す訓練も受けずにきた。このことが、日本で犯罪による死者が少ない背景となっている。
 私も、まったく同感です。自民党や民主党のいうように憲法9条2項を廃止してしまったら、日本は戦争をする国になってしまいます。
 フツーの人が人殺しするのをあたりまえと思いはじめたら、日本はアメリカと同じように、隣りで殺人事件が起きても平気という、おぞましい国になってしまいます。平気で海外に攻めていって人殺しをしてはばからないアメリカのような国に日本をしてはいけません。

下級武士の食日記

カテゴリー:未分類

著者:青木直己、出版社:NHK生活人新書
 幕末、万延元年(1860年)、紀州・和歌山藩の勤番侍であった酒井伴四郎が江戸での単身赴任中に書き記した詳細な日記帳から、その食生活を再現したものです。
 桜田門外の変で大老井伊直弼が暗殺された2ヶ月後に江戸勤務を始めた28歳の青年節の生活がよく分かります。伴四郎は細かい字で毎日、日記をつけていたのです。もちろん、毛筆です。だから、現代人の私にさっと読めないのが残念ですが、こうやって活字で紹介されると、本当によく分かります。
 享保6年(1721年)ころ、江戸は110万の人口をかかえていた。ロンドンは70万人、パリ50万人、北京70万人だったので、江戸は世界一の人口だった。
 伴四郎は、猪ではなく豚をよく食べた。外出先でも、豚鍋で酒を飲んでいる。ただ、多くの場合、カゼを理由に、豚肉を薬と称している。豚肉は、多くは味噌やタレなどで味をつけ、猪同様、ねぎと一緒に煮て食べていた。15代将軍の慶喜は豚肉好きだったことから、「豚一殿」と呼ばれていた。うへー、そうなんですか・・・。
 江戸時代、一番格式の高い鶴はとくに珍重されていた。二番目は白鳥だった。鷹狩りの獲物として、将軍家から天皇へ塩漬けの白鳥が献上されていた。ただし、一般に好まれたのは鴨だった。
 伴四郎は、昼に飯を炊いて、朝や夕方は粥や茶漬けなどですませていた。京都・大阪の上方では飯は昼に炊いて、煮物や煮魚をおかずに、味噌汁など、2、3種と一緒に食べていた。これに対して、江戸では、朝に飯を炊いて、味噌汁と一緒に食べていた。昼は冷や飯だが、必ず野菜や魚などをおかずとしていた。夕食の多くは、茶漬けに香の物だった。昼食のおかずに重きをおいていた。
 上方の酒は、下り酒として江戸でもてはやされていた。江戸近郊でつくられるものは、地まわりものと呼ばれ、上質な下り物に対して品質的に劣っていた。だから、くだらないという言葉がうまれた。ふーん、そうなんですかー・・・。
 伴四郎の江戸詰手当は年に39両。支出は年に23両ほど。約4割を節約していた。ほかに米が現物支給され、食べた残りの米を売って、2両を得ていた。
 独身の伴四郎が楽しむことのできる場所と仕掛けが、江戸のあちこちにありました。武士といっても案外、固苦しい生活を過ごしていたわけではないことがよく分かります。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.