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カテゴリー: 社会

歴史としての日教組(下巻)

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 広田 照幸 、 出版 名古屋大学出版会
日教組の実体をよく理解することができました。
まずは、1995年の日教組と文部省との「歴史的和解」です。
これは、村山内閣のとき、与謝野馨文部大臣が主導したものと言われています。その内実が、明らかにされていて、興味深い記述です。
 1994年6月、自民党と社会党が新党さきがけとともに連立政権をつくり、総理大臣に社会党委員長だった村山富市が就任した。このころの自民党は、小沢一郎の率いる新生党―新進党への対抗上、左にウィングを伸ばすことで政党としての党勢回復を図ろうとしていた。自民党がもっともリベラルになっていた時期だった。それで憲法改正を棚上げにし、日教組を含めた労働組合との良好な関係づくりに熱心な状況になっていた。
そして、日教組のほうは、内部に救援資金問題をかかえていた。日教組はストライキを構えて闘った時代の負の遺産として、巨額の救援資金が組合財政を深刻に圧迫する事態となっていた。年間78億円の予算のうち3分の2近くを処分された組合員の給与補填に充てていた。これを解決するには各地の教育委員会との話し合いが必要だが、そこへ自民党と文部省が圧力をかけていた。日教組の組織力を弱めるため、自民党と支部省は「兵糧攻め」までしていた。
和解の糸口を切り出したのは村山首相その人だった。そして与謝野文部大臣は慎重にことを進めた。最終的に文部省と日教組で合意した文書は今も公開されていないようです。信じられません…。
次に、「400日抗争」です。実は、私は知りませんでした。1986年(昭和61年)8月から翌87年3月までの間、日教組主流派の内部で主導権争いがあり、大会が開かれず、人事も予算も決まらなかったのでした。この対立は、ストライキも辞さないという左派と協議優先の右派。労線問題で、結局あとの連合へ合流していくのか、それに反対するのか…、など。発端は、日教組の田中委員長が自民党候補の激励会に参加したことでした。
このころ、反主流派の共産党と、左派の一部であり、中核である社会主義協会系とが「共協連合」をつくっていると非難されていたが、この「共協連合」なるものには何の実体もなく、いわば幻の存在でしかなかった。
結局、この「400日抗争」は終結したが、一般組合員の関心には薄く、むしろ多くの組合員は、失望し、不満をかきたてた。結局、日教組の弱体化につながっていた。
民主党政権下で自民党が大きく右に揺れるなか、ネット上で荒唐無稽な「日教組けしからん」論が横行するようになった。かつて右翼の街宣車が大きなスピーカーで「民族の敵、日教祖を撲滅しましょう」なんて叫んでまわっていたのを思い出します。今では、それがネット上の叫びに変わっているわけです。さらに、国会審議のなかで、突然、脈絡なしに安倍首相が「日教組…」と叫んだりするという茶番まで加わります。
そんなアベ首相と「ネトウヨ」が目の敵にする日教組の実体を知ることのできる貴重な学術書です。下巻だけでも300頁、3800円もしますが、全国の図書館にせめて一冊は備えておいてほしい貴重な文献です。
(2020年2月刊。3800円+税)

我が家に来た脱走兵

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 小山 帥人 、 出版 東方出版
50年前、私が大学生のころ、アメリカはベトナムに大量(最高時50万人)の兵隊を送り、ジャングルでベトナム解放民族戦線(ベトコン)と戦っていました。
アメリカのベトナム侵略戦争です。アメリカには共産主義が東南アジアに広まったら困るという「ドミノ理論」があるだけで、客観的には何の大義もありませんでした。要するに、アメリカの軍需産業がもうかる一方で、前途有為のアメリカ人青年が5万5千人も無駄に戦死させられたのです。そして、ベトナムでは何百万人もの罪なき人々が無残に殺されました。そんなベトナム戦争に疑問をもつアメリカ人青年がいて当然です。
ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)は、そんなアメリカ人青年がアメリカ軍から脱走してきたときの受け皿になっていました。この詳細は『となりに脱走兵がいた時代』(思想の科学社)で詳しく紹介されています。
この本は脱走兵の一人、19歳のキャルを3日間だけ京都の実家に迎えたNHK記者が、47年ぶりに再会したことを紹介しています。
キャルは北海道からソ連へレポ船で渡り、スウェーデンにたどり着きました。やがて結婚して子どもまでもうけたのですが、ついにアメリカに戻ったのでした。そして、麻薬中毒患者になったり、CIAに脱走当時のことを全部話したりしたのですが、今はホームレス支援の生活をしているのです。
脱走兵のなかにはCIAが送り込んだスパイもいました。これは、『となりに脱走兵がいた時代』にも紹介されています。
この本を読んで、見も知らないアメリカ人青年の脱走兵を受け入れた日本の家庭がたくさんあったことに改めて深く感動しました。ナチス・ドイツの支配するベルリンでもユダヤ人をかくまったドイツ市民が何百人もいたというのと同じことなのでしょうね…。やっぱり、いつの時代にも勇気ある人はいるものなんですよね。
著者がNHK記者だったこともあり、当時の映像が残っていて、それが毎日放送(テレビ)で2015年に放映されたとのことです。みてみたいです。
(2020年2月刊。1500円+税)

日本プラモデル、世界との激闘史

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  西花池 湖南 、 出版  河出書房新社
 日本のプラモデルは世界中から注目されているようですが、それでも日本の厚いファンで支えられているようです。そして、プラモデルに戦前の日本やドイツの戦車や戦艦などに日本人の人気があるのは、ドイツではまったく考えられないという指摘には、はっと驚かされました。
実は、私も中学生くらいまでは兵器モデルを愛好していましたし、雑誌『丸』を読んで軍事知識を仕入れていたのです。同世代の津留雅昭弁護士(故人)も私と同じようなことを言っていましたが、私より格段の軍事オタクでした。しかし、それも世間に反戦・平和を愛好する人々が増えてくると、軍事モデルは退潮していったようです。
プラモデルが発展したのは戦後のことです。初めはアメリカで盛んで、ここでも日本はアメリカの物真似からスタートしています。
現在、世界の模型の三大市場は、アメリカ、日本、中国だ。日本の模型市場は、ずっと日本の模型メーカーが支配していた。ところが、今では中国やロシア、そして東欧の模型メーカーの製品が押し寄せている。ただし、日本では、模型市場を日本の模型ファンが支えている。しかも、コアなファンが実に多い。
日本には、世界が呆れ、憧れもする部厚いオタク層が存在し、彼らのキャラクターへの愛が模型市場を隆盛させている。
「ロボット鉄人28号」は1960年に売り出され、累計で500万個も売れた。
静岡には、今なお老舗のプラモデルの会社が4社もある。
戦車のタミヤが「パンサー」や「ロンメル戦車」を売り出し、人気を集めた。そして「怪獣」キャラクターものが全盛となった。
1966年(昭和41年)の「サンダーバード」シリーズは、日本のプラモデル史上空前のメガヒットとなった。私が高校3年生のころのことです。テレビで私も「サンダーバード」はみていました。ところが、ブームが去ると、模型メーカーが次々に倒産していったのです。
1975年(昭和50年)には、スーパーカー・ブームが起きた。最盛期には、月に200万個も売れた。
「宇宙戦艦ヤマト」は1983年(昭和58年)までに、テレビアニメ3本、映画4本がつくられ、10年ほど人気は続いた。私も、長男が大好きだったので、これはよく覚えています。
コンピューターによるCAD/CAMの時代になる前は、優秀な金型(かながた)職人がプラモデル生産を支えていた。
このように日本でコアのファンがたくさんいるとしても、それはたいてい40歳以上の層であって、少年ファンを取り込めていない。今では、男子小学生で模型をつくったことがあるのは、わずか5%ほどでしかない。模型をつくる子はかつてのように多数派ではなく、「変わった趣味」扱いされるようになっている。いやあ、そ、そうなんですか。世の中、ずいぶん変わりましたよね…。
日本のプラモデルの変遷を知ることができましたし、なつかしく思い出しました。
(2019年12月刊。1600円+税)

未完の時代

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 平田 勝 、 出版 花伝社
全学連の輝ける委員長だった著者は、共産党の要請を受け、辛じて籍だけあった東大文学部生として東大闘争に関わるようになったのでした。
著者は駒場寮のとき寮委員長にもなっていますが、その寮委員仲間には東大学長にもなった政治学者の佐々木毅がいました。
著者は東大闘争について、安田講堂攻防戦ばかりが世間のイメージとして定着しているが、この安田講堂攻防戦は、東大紛争の本筋と解決する道からは大きくズレた、一部の孤立した学生の動きであり、大学への権力の介入を許しただけの妄動だったとしています。私も、まったく同感です。
2日間にわたる安田講堂攻防戦は、一日中、テレビで実況中継として放映され、大変な高視聴率でしたが、それこそ政府・自民党の狙うところでした。
東大闘争は七学部代表団と加藤一郎総長代行らの東大当局とのあいだで確認書を取りかわして決着しましたが、その成果は大きいものがありました。政府・自民党は、確認書をしきりに攻撃したのですが、東大当局は今に至るまで、一応、確認書は守ってきています。
東大闘争のなかで、全共闘とそのシンパの学生は、しきりに「自己否定」と言っていました。民青系が民主的インテリゲンチャ論を展開すると、全共闘はせせら笑っていたのです。
でも、全共闘のメンバーもシンパ層も、東大生をやめたというのは私の知るかぎり何人もいませんでした。そして少なくない人たちが権力に取り込まれ、企業戦士になっていきました。
「自己否定」という言葉からは、自己のありように対する厳しい自己反省を含む倫理的ニュアンスがある。しかし、全共闘の実際の行動からすると、自己否定の論理とは、そうしたものとは全く違って、言葉には酔っていたが、自己の感情を絶対化し、自己否定や自己批判を、暴力をもって他人に押しつけるという、むしろ「自己肯定」の論理に立つものであった。自分の感情にだけ「誠実」であればそれでよいのか、このように問いかけた東大の教官がいたが、そのとおりだと思う。
この分析も、私の実感にぴったりあうものです。
私のクラスにいた全共闘のメンバーもシンパも、「自己否定」どころか、自分を絶対視しているとしか私には感じられませんでした。
そして、さらに大きな問題は暴力の問題です。全共闘のメンバーやシンパだった人は、自分たちがひどい暴力を振るっていたことをあまり語りませんし、反省の弁を聞くことがほとんどありません。しかし、当時、全共闘に対峙していた側の一員だった私にとって、全共闘の暴力は決して見過すことのできない重大問題です。
もし全共闘が暴力をともなわない単なる論理の問題であったのなら、自己の内部にあるエリート性の否定としての「自己否定」であり、精神運動として一定の意味はあったと思われる。しかし、現実には、全共闘の論理には暴力がともなっていた。全共闘は暴力の魔力に取りつかれていたと思う。本当に、そのとおりです。
東大闘争が収束したあとしばらくして連合赤軍の「総括」の名のもとの大量リンチ殺害事件が発覚しましたが、全共闘の「敵は殺せ」という暴力の論理の行きつく先だったと私は思います。
全共闘のメンバーが万一「革命」に成功して政権を握ったとしたら、スターリンの恐怖政治、毛沢東による文化大革命発動という恐るべき悲惨な事態が日本でも起きたことでしょう。
全共闘の暴力に対して、無抵抗主義、ガンジーのような非暴力で対処するというのは、非現実的だったと著者は主張していますが、私も同感です。全共闘の暴力に対して、民青も「クラ連」も、そして多くの一般学生もヘルメットをかぶり、ときにゲバ棒をもって対峙して、全共闘の暴力を克服して確認書を勝ちとり、授業再開にこぎつけたのでした。
全共闘のシンパ層は、授業が実際に再開されると、なだれをうって授業に出席しました。私は、それが悪いというのではありません。学生として授業に出るのは当然だからです。ですから、せめて暴力を振るっていたことだけは反省してほしかったのです。
全共闘の暴力に対抗して、多くの東大生が立ち上がりましたが、それだけでなく「外人部隊」の応援も受けています。それは事実ですし、必要だったと思います。宮崎学の本に出てくる「あかつき戦闘隊」も実際に存在しました(あまりに誇張されすぎていますが…)。
また、共産党が大量のゲバ棒、毛布、弁当をはじめとして、大金を投入したのも事実のようです。それは政府、自民党、財界側からも同じように資金が投下されていたこととあわせて考えるべきものだと思います。
著者は東大闘争の過程で共産党の宮本顕治書記長から直接、闘争指導を受けていたことも明らかにしています。これまた、すでに活字になっていることでもあります。
最後に、この本は、民青を舞台とする「新日和見主義事件」に触れています。共産党は、この事件の詳細を明らかにしていませんが、民青の発展を大きく阻害した残念な事件だったことは間違いありません。私も70年代の遅くない時期に民主連合政府が実現できると信じて活動していましたので、それがぐーんと遠のいてしまったわけです。ただ、学生セツルメントが1970年代に急速に低下し、やがて消滅していったことは、「新日和見主義」事件とはまったく関係がありません。やはり、学生の質・関心に大きな変化があったのです。
いま、アベ政権に代わる政権を目ざしているなかで、反省材料の一つになる本だと思いました。貴重な歴史証言の一つとして私は一気に読みあげました。著者の今後ますますのご健勝を祈念します。
(2020年4月刊。1800円+税)

兵器を買わされる日本

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 東京新聞社会部 、 出版 文春新書
読むほどに腹の立ってくる本です。コロナで大変な日本なのに(全世界がそうですが、それはともかくとして…)、医療崩壊を喰い止めるために医療費を増大させる必要があることは明白なのに、軍事予算を削って、医療・福祉にまわすという政策が出てきません。せいぜい一世帯にマスクを2個、郵便で送り届けますというピンボケ策です。
真相を隠し、責任転嫁を図って政権を維持することしか頭にないアベ首相をいただく日本国民は不幸です。最大の災難は、とんでもない首相から来ているとしか言いようがありません。
日本はアメリカから最新鋭のステルス戦闘機F35を105機購入する。すでに決まっている42機とあわせると147機。1機120億円として、105機で1兆2600億円。
安倍首相ほど、トランプ大統領にこびへつらうことに心血を注いできた指導者はおそらく世界中を探してもいないだろう。
これは、アメリカのワシントン・ポストの記事です。いやはや、とんでもない「愛国者」です…。
2019年度の防衛予算は5兆2574億円で、防衛費は5年連続で過去最大を更新し続けている。
今年(2020年度)も、コロナ・ウィルス対策で予算組み替えするかと思うと、何もせずに、同じように軍事優先、医療福祉の切り捨てのままでした。驚くべき冷酷さです。
増大する日本の防衛費にアメリカの関係者が群がっている。要するに、日本の軍事予算の増大は、日本を守るためというより、トランプ大統領を支えているアメリカの軍需産業のためなのです。本当に嫌になってしまいます。
日本はヘリ空母「いずも」をもっているが、実は、海上自衛隊は慢性的な人員不足。空母の運用には人員確保が難しい。現場はほしいと言っていないのに、トップダウンで空母化が押しつけられているだけ。
基地騒音公害で周辺住民に巨額の賠償金が支払われている。地位協定によるとアメリカも分担金を支払わなくてはいけないはずなのに、アメリカは分担金を払っていない。そして安倍政権はアメリカに対して支払えと請求してはいない。恥ずかしい限りです。
イージス・アショアは、安倍首相がトランプ大統領に買わされたもの。イージス・アショアは、日本の防衛のためではなく、アメリカ本土を守るためでしかない。ハワイとグアムのアメリカ軍基地を守るためのシステムだ。
いやはや、何ということでしょう…。日本を守るための軍事予算といいつつ、実は自分たちの政権を維持するため、そして日本の軍需産業のためというのです。やり方が汚ないですよね。ホントに腹がたちます。プンプンプン…。
(2019年12月刊。850円+税)
 今年は満開の桜をいつまでも眺めて楽しめます。出勤途中、横手にある小川の土手の桜並木を見ると、心がほっこりします。
 庭のチューリップは盛りをすぎ、白をベースとした黄色のアイリスの花が加わりました。シャガの白い花も咲きそろっています。ジャガイモが芽を出して、茎が伸びていて楽しみです。周囲の雑草をとってやります。 そしてアスパラガスがいつものところに毎日1本、2本と収穫できます。電子レンジで1分間、チンすると、春の味を楽しめます。
 コロナさえなければ、春らんまんを思う存分に楽しめるのですが…。

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