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カテゴリー: 社会

マルクス資本論

カテゴリー:社会

著者 門井 文雄、 出版 かもがわ出版
 理論劇画。はじめて聞く言葉です。つまり、単なるマンガ本ではないということです。うむむ、あの難解なことで有名な資本論をマンガに出来るのか。そして、マンガにしたら理解できるのか。ハムレットのような問いを突き付けられます。
 まあ、でも、マンガだとたしかに分かりやすいかな。そんな感触は得られます。
 私も資本論には、これまで少なくとも3度、挑戦しました。大学生時代に一度、そして弁護士になって時間をおいて二度、挑んでみました。でも、やっぱり私には難しい本でした。頭にするするっと入ってくるような本では決してありません。著者が、思いっきり、渾身の力をふりしぼって語っている。そんな迫力にみちみちた文章が、はてもなく切りもなく続くのです。ですから、私も意地になって、少なくと3度は全巻を読みとおしたわけです。だけど、残念ながら理解できたとはとうてい思えませんでした。
 マルクスが、生涯の友となったエンゲルスに出会ってまもなく書いた『共産党宣言』、これは私も大学1年生のときに読んで、なるほどと感心した覚えがあります。こちらは分かりやすい本でした。世の中の矛盾に目をつぶることなく、万国の労働者よ、団結して立ち上がれと呼び掛けていました。ぶるぶるっと、体中が震えてしまいました。非力でも、何とかしなくては、そう思いました。
 この理論劇画は、資本論第1巻の大意をなんとか伝えようと奮闘努力しています。それでも剰余価値とか、等価交換とか、やさしいようで難しい言葉が出てきます。そして、労働力と労働の違いが語られます。この点は、なんとなく分かった気になります。
 大洪水よ、我が亡きあとに来たれ。資本家は、ほおっておくと強欲な論理をむき出しにして、労働者を老いも若きも、女性までも非人間的扱いにして、踏みしだいてしまう。
 まるで、今の日本と同じように、マルクス時代のイギリスでは、労働者の生命、身体が悲惨な状態に置かれていました。そして、御手洗氏の率いる日本経団連は、イギリスの強欲資本家の完全な直系の子孫です。ともかく、我が身の繁栄しか考えていません。いったい、キャノンの製品を買うのはロボットだとでも考えている人でしょうか……。せめてヨーロッパ並みの、ルールと節度をもった資本主義社会であってほしいものです。老後は年金をもらって、ゆったり生活できる。これを望むのは当然のことではありませんか。それをできなくする社会を生み出している今の日本の政治は根本的に間違っています。プンプンプン。
 
(2009年4月刊。1300円+税)

回復力、失敗からの復活

カテゴリー:社会

著者 畑村 洋太郎、 出版 講談社現代新書
 自滅パターンにはまりこんだ人には、ある共通点がある。それは、人は弱いという認識が欠けていること。窮地に追い込まれて大変な状況のときに心がけるべきことは、自分の出来ることをただ淡々とやり続けること。ただ、それがまた難しいのですね。心が乱れていますから……。
 組織運営に外部の人間を参画させると、硬直した雰囲気を壊すひとつの有効な手段になりうる。内部の人間だけだと、どうしても客観性に乏しい。社会とズレた見方になってしまう。そうなんです。私の参加する会議の一つに、たまらなく暗くてかたい雰囲気のものがあります。お互い、けなしあうだけで、相手の成果を認めようとしないのです。いるだけで、くたびれる会議です。出なくて済むときには、心底ほっとします。
 ピンチのときのポイントは、ひとりだけで荷物を背負ってはいけないということ。
 私は、やったー、失敗したー……というときには、それを誰か、気の置けない友人に話して吐き出してしまうようにしています。自分のうちにうつうつと籠らせないようにするのです。
 自分のやっていることに自信を持つ。自信のない人は、ちょっと困難なことがあると、すぐに撤退してしまうので、結局は目標を達成できない。自信をもっていると、ちょっとくらいの困難ではめげないで、再チャレンジする。その差が、最後に結果として現れる。そして、この自信は根拠がなくてもかまわない。
 大切なことは、失敗を前にして、自分が何をどう考えて、どう行動したかを後々までしっかり覚えておくこと。それが出来たら、自分の判断や考え方、それにもとづいた行動がどんなふうに間違っていたか、後で確認することができる。これは失敗を正しく理解するための基本である。そのようなことのできる人のみが、失敗に学ぶことができる。
 手助けを受けられるのは、おそらく日ごろから愚直かつ丁寧に努力を続けている人である。うむむ、けだし至言だと思います。何事も謙虚であり、持続したいものです。
 失敗なんかで死んではいけない。まさしく至言です。いい本に出会いました。
(2009年1月刊。720円+税)

東大駒場学派物語

カテゴリー:社会

著者 小谷野 敦、 出版 新書館
 私にとって昔懐かしい駒場の話です。大学2年生のとき、ちょうど東大闘争に突入して授業がなくなりましたから、まともに授業を受けたのは1年と2か月ほど。ところが私自身は、大学で授業を受けて勉強する意義が分からず(と称して)、地域(神奈川県川崎市です)に出かけて、若者(労働者です)たちと一緒のサークルをつくって、しこしこと(その当時の流行語です)活動していました。
 翌年2月に授業が再開されてからも、引き続き漫然と授業には出ずに、地域でのセツルメント活動に没頭していました。まさしく、人生に必要なことは、大学ではなく、地域におけるセツルメント活動で学んだという気がします。
 それはともかくとして、この本を読むと、駒場での教授生活も、内情はかなり大変だということを知ることができます。それは第一に、この本のように内情暴露する人が出てくる危険性は高い、ということです。この本は、学者のゴシップでみちみちています。
 といっても、『源氏物語』だってゴシップを載せているじゃないかと著者は反撃しています。なるほど、そうなんでしょうね。『源氏物語』が世の中に出たとき、この人は誰がモデルなのか、いろいろ話題になったことでしょう。だから著者は、次のように喝破するのです。
 文学はゴシップと不可分の関係にある。ふむふむ、そうなのか、うむむ。
 私が大学生のころ、渋谷駅から井之頭線に乗り、駒場東大前駅で降りていました。ところが、この駅は、なんと1965年(昭和40年)にできたものだというのです。なーんだ、まだ2年しかたっていないときに私は利用したんだ……。昔から、こんな駅があったとばかり思い込んでいました。
 駅の階段を降りると、真正面が駒場の正門に至るのです。回れ右をすると、麻雀屋やラーメン店などの飲食店が混じる商店街になっていました。
 駒場の春、という言葉が出てきます。五月病とは無縁な、未来へのなんとはなしの希望を感じさせるものです。しかし、その希望を現実化させた人は、どれだけいたのでしょうか……。
 私にとっての救いは、まず第一に駒場寮です。6人部屋でしたが、先輩のしごきなんて、とんと無縁の自由極まりない天国のような生活が、そこにありました。ただし、経済的には楽ではありませんでした。1ヶ月をわずか1万3000円あまりで生活したという収支ノートが今も手元に残っています。もらっていた奨学金は月3000円。学費は年に1万2000円でした。
 第二に、セツルメント活動です。ここで、素晴らしい先輩と素敵な女性たちに出会うことができました。残念なことに、私の恋は実りませんでした。
 著者は、35冊も著書を出したのに、駒場で不遇な目にあったのを嘆き、攻撃しています。そうなんでしょうが、きっと学者にも求められる協調性に欠けていたのでしょうね。
 著者は、本を書かない教授がごろごろしていると手厳しく批判しています。本当にそうです。私も本は何冊も書いていますが、モチはモチ屋で、何を得意とするかの違いがあり、私などは議論のとき、きちんと順序、論理だてて展開するのはまったく不得手のままです。この本を読んで、学者の世界の厳しいゴシップを聞いた気がしました。
 それにしても、天皇崇拝論者が駒場の学者にそんなに大勢いたなんて、驚きです。ご冗談でしょ、という印象を受けました。
 昨日の日曜日、福大で仏検(1級)を受けました。朝から「傾向と対策」を読んでフランス語の感覚を必死で取り戻す努力をしました。単語がポロポロと忘却の彼方に飛び去っているのです。試験は3時間かかります。1問目2問目と全滅していき、長文読解でなんとか得点して、最後の書き取り、聞き取りで少し点を稼ぎます。100点満点で30点そこそこという哀れな成績がつづいています。我ながら厭になりますが、それでもフランス旅行を夢見て続けています。
 休憩時間に庭へ出てみると、色とりどりのバラの花が見事に咲いていました。梅雨空の下で、フランス語にどっぷり遣った苦難の日でした。
 
(2009年4月刊。1800円+税)

トヨタ・キャノン非正規切り

カテゴリー:社会

著者 岡 清彦、 出版 新日本出版社
 日本の今の深刻な不況の引き金を引いたのは、トヨタであり、キャノンであると私は考えています。もちろん、その背景には、アメリカのサブ・プライムローン危機に端を発した世界的な金融危機があるわけですが……。それでも、トヨタとキャノンの責任は重大です。
 トヨタの期間従業員は、最長で2年11ヶ月の有期雇用契約である。最初の契約は4~6ヶ月で、その後も6ヶ月、1年と細切れ契約にして、いつでも期間満了で解雇できるようにしている。トヨタはカンバン方式で有名だが、その「人間カンバン方式」こそ、期間従業員の活動である。必要なときに、必要な労働者を、必要なだけ使う。派遣労働者は奴隷だ。昔、女性は女郎屋に売られたが、いま、オレ達は工場に売られる。
 トヨタは、この20年間、正社員を増やさず、期間従業員を増やして日本一の利益をあげてきた。1990年のトヨタの経常利益は、7338億円。2008年には、それが2.3倍の1兆5806年にのぼる。しかし、正社員は7万人から6万9000人に減っている。そのかわり、期間従業員は1万人をこえ、生産現場の3割を占めるようになった。
期間従業員の日給は1万円。年収は300万円。正社員の平均年収829万円の半分以下でしかない。トヨタは、期間従業員のマイカー通勤を認めていない。だから、会社のバスか、自転車で通勤する。
トヨタは株主への配当は継続していて、2037億円も配当した。首切りを宣言した6000人の期間従業員の雇用を守るためには、配当金の9%、180億円あれば可能である。
そして、トヨタの内部留保(貯め込み利益)は、13兆9000億円にのぼっている。
うへーっ、こ、こんな莫大な利益、そして株主配当金があるのに、労働者のほうは平然と首切りするのですね。ひどいものです。血も涙もないとは、このことですよね。
ところで、いったい、取締役のもらう年間報酬額はいったいいくらなんでしょうか?
今の日本経団連会長の出身母体であるキャノンの名前が、観音に由来するということをこの本で初めて知りました。
キャノンでは、ほとんど残業はない。しかし、ノルマ達成まで働くことには変わりない。それは、サービス残業として何の手当てもつかない。
キャノンは大分県から莫大な補助金をもらっている。総額48億円にものぼる。ところが、そこで働く大量の労働者がワーキングプアと呼ばれている。4553億円もの利益を上げていながら、貧困宣言を出す。これって、まったく矛盾そのものです。
キャノン労組は、上部団体に加わらず、賃上げ要求すらしていない。
派遣労働者の時給は1000円。結局、手取り11万5000円になる。正社員だったら、残業や交代制手当がなかったら、月10数万円から20万円程度の手取りとなる。
キャノンそして日本経団連会長である御手洗は、「3年たったら正社員にしろと硬直的にすると、日本のコストまで硬直的になる」と言って開き直り、法律のほうこそ変えるべきだと弁明し、主張している。いやはや、とんだ男です。こんな人物が財界人トップなんですから、日本の将来はお先真っ暗です。
キャノンも、株主への配当は、同じく前期と同水準にしている。
日本経団連って、ホント、自分たち大企業のほんの目先のことしか考えていない強欲な資本家集団なんですね。あきれてしまいます。こんな人たちに今時の若者は日本の国と郷土を愛する心が足りないなんて言われたくありませんよね。守るべき自分の生活があってこそ、守るべき郷土があり、国があるのですからね……。
(2009年3月刊。1400円+税)

格差とイデオロギー

カテゴリー:社会

著者 碓井 敏正、 出版 大月書店
 近年、格差は階層化とその固定にとどまらず、貧困階層の中に独特の社会意識を形成しているのではないか。高度成長の背景には、学歴獲得に代表される上昇志向が存在してきた。しかし、今、子どもの教育に関心を払わない「貧困の文化」が日本に生まれているのではないか。そうだとすると、階層化の問題は深刻である。
 格差の拡大が許されるのは、社会の中でもっとも恵まれない人々の生活を向上させる限りにおいてのみである。
 これは、哲学者ロールズの言葉だそうですが、まことに至言です。
 ワーキング・プアなど、社会的弱者は、生活の逼迫のため、他の人々に比べ、社会関係から疎外されやすい立場にある。そのため、その窮状は人々に知られにくく、その結果、余計に精神的に孤立する危険が高い。とりわけネットカフェ難民と呼ばれる若者たちは、社会関係の基点となる固定した住居を欠いているため、その危険性が高い。
 したがって、まず何より、住居の保障など、社会関係形成の基礎的条件を提供することである。
 「もやい」(湯浅誠事務局長)は、その活動を通じて、孤立した貧困者の社会的関係性を回復することが目的なのである。
 現代のあらゆる組織、コミュニティは、コミュニケーション機能をこれまで以上に求められている。格差の存在を知りながらも、日々の個人的満足を重視して、それを問題としないという日本人、厄介なのは、格差で割を食っているはずの下層の若者ほど、この種の感性が強いという事実がある。
 最近の若者は、世界に関して無知であることについてストレスを感じていない。それは、自分の知らないことは存在しないことにしているから。ちょうど、弱い動物がショックを受けて仮死状態になることによって心身の感度を下げ、外界のストレスをやり過ごすという生存戦略をとっているのに似ている。おそらく、現代の若者も、鈍感になるという戦略を無意識のうちに採用しているのだ。
 疎外感に支配された人間の行動は、格差の解決を目ざす社会運動には向かわずに、犯罪のような社会病理現象として現れる傾向がある。
 格差から生まれる社会的疎外感や剥奪感は、強盗や窃盗のような一般的な犯罪として表現されるだけではない。それは、生活など個人的なファクターに媒介されることによって、しばしば世間を驚かすような、特異な犯罪として自己表現する場合がある。
 人間は、とりあえず身近な可能性にすがろうとする。あまりにも自分とかけ離れた富裕層や、とりわけ能力のある人間を攻撃のターゲットにはしない。
 なーるほど、そうなんですね。
 人間は生物的存在であると同時に、社会的存在でもある。貧困の定義のなかに、社会的関係性の維持という条件を加えなければならない。
 ネットカフェに居住している日雇い派遣の労働者は、完全に分散し、孤立している。
 重要なことは、安定した職場環境を用意することである。労働は生活の手段であるが、同時に人と人を結びつける接点である。人は労働によって人格的に成長し、人との信頼関係や責任感を育むことができる。また、人は仕事を通して社会に貢献し、社会の一員としての自覚と誇りをもつことができる。職場は人間の本質である社会性を確認する重要な場なのである。労働は、生活の手段であるだけでなく、同時に人間の生きがいでもある。
 ところが、日雇い派遣労働では、職場での継続的な人間関係を構築することはできない。細切れの労働は、人間関係・社会関係をも細切れにする。期間を限られ、将来が保障されない労働形態は、人間にとってきわめて不自然で非人間的なあり方である。
 ヨーロッパでは、日本と違って大学の授業料などの学費はすべて無料である。ヨーロッパの学生が在学中に学費に苦しむことは基本的にない。
 金持ち日本の大学生のあまりに高すぎる学費は、あまりに低い文教予算によります。不要不急の港や橋や道路、そして新幹線などにばかり大金をつぎこんでいる自民党政治は、日本人の持っている大切なところを基礎レベルでこわし続けているとしか思えません。ところが、そんな政府が若者に愛国心教育を押し付けようとするのです。まったく世の中、おかしなことだらけ、ですね。 
(2009年2月刊。1600円+税)

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