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カテゴリー: 社会

消費税によらない豊かな国ニッポンへの道

カテゴリー:社会

著者 富山 泰一、 出版 あけび書房
 日本の常識は世界の非常識。この本を読むと、そのことがよく分かります。
税・社会保険負担の高い国は、社会的保障の充実しているところが多い。基本的に生活を保障されている国ほど、国民負担率は高く、企業も活性化している。税金が高くても、その見返りとしての生活保障が実行されていると、国民は高い税金を払うことに納得する。しかし、残念なことに、日本では負担が高いだけで、生活の安定が保証されていないため、政府を信頼できない。
 ヨーロッパの多くの国では、医療・教育そして介護は無料であり、失業給付も充実している。デンマークでは、失業給付は5年間、無年金者はいない。スウェーデンでは、子ども3人がいると、児童手当だけで家族5人全員の食費が賄える。
 そうなんです。日本でも、医療・介護そして教育をみんな無料(タダ)にすべきなのです。そのための税負担が高いのなら、私も文句は言いません。
 ムダな軍事費(実効性のないミサイル防衛に5000億円つかう。アメリカもムダだとしてやめたF22を50機、2兆円も出して買う…)、そして、九州新幹線やら道路、橋などの大型公共工事をやめたら、これは日本でも十分に可能なんです。
 ゼロ金利が続いている。1991年の利子収入がもし続いていたとしたら、2004年までに国民が失った利子収入は304兆円。一方、企業のほうは利子負担を260兆円も減らし、金融機関は95兆円も利子所得を増やしている。
 消費税を導入して20年経つ。なぜ消費税を提言したのか。高齢化社会を迎えるためと説明したが、本当は、そう言ったら一般の人が分かりやすいと思ったからだと、今さらになって政府関係者が正直に告白しています。とんでもないセリフです。
 イギリスの消費税は、標準税率こそ17.5%と、日本より3倍も高い。しかし、税率は3段階に分かれていて、家庭用燃料と電力は5%。そして、ゼロ税率は食料品、水道水、新聞、雑誌、医薬品、建築など、生活にかかわるものが含まれている。
 消費税が導入されてから企業が増やした内部留保額は、176兆円(1989年度)から411兆円(2006年度)と、236兆円も増えている。
 10億円以上の大企業は、増収増益であり、人件費などのカットにより、利益蓄積を増やしつづけている。そして、株主への配当が急増しているうえ、役員報酬が急激に増えている。役員報酬の一人当たり平均額は、日産自動車で3億円近く、ソニーは2億円あまり、住友商事は1億4000万円、コマツは1億3000万円、マツダも同じく1億3000万円、トヨタは1億2000万円。資本金10億円以上の大企業の役員報酬は、2004年から急増し、1995年と比べて2倍になっている。なんとなんと、これほどの超高給とりが、公務員の給料は高すぎるだなんて公言しているのですからね…。
 日本でも、所得が100億円を超えるのが9人、50~100億円が27人、20~50億円が92人もいる。しかし、逆に年収200万円以下の給与所得者は1220万人(2007年)。小泉内閣当時の234万人(2001年)の5倍以上に急増している。そして、正規雇用が454万人も減り、非正規雇用が490万人増えている。
 日本のあり方を大いに考えさせられる薄いパンフレット(140頁)でした。もっと知りたい、知らせたい、実に重たい内容がいっぱい詰まっています。
 
(2009年5月刊。1500円+税)

われら青春の時

カテゴリー:社会

著者 佐藤 貴美子、 出版 新日本出版社 
 1950年代、名古屋における学生セツルメント活動、そして、元セツラーが医師となって地域に定着し、民主診療所を切り拓いていく話です。
セツル、というのは住みついてという意味。困っている人たちのために、住みついて医療や教育を提供しようという運動。日本では関東大震災のあと、東京帝国大学の心ある学生たちが、診療所・託児所・法律相談などを実施したのが最初。
私が学生セツラーであったのは、それより15年あとの1960年代後半のことでした。それでも、かなり似たところはありますので、大いに共感・共鳴しながら読み進めていきました。学生セツルメント活動が全盛期を迎えたのは、私が大学を卒業したあと70年代はじめで、その後急速に衰退していったと私は考えています。
大須事件に学生セツラーが巻き込まれて刑事被告人となってしまいます。このころはまだGHQがいて、朝鮮戦争のあと、政治活動が禁止されていた時代でもありました。それにも負けず、セツラーたちは神社の境内で、納涼映画会を計画します。原爆映画を上映しようというのです。当日、トラック2台で警察の機動隊員数十人が襲いかかってきて、上映会はつぶされてしまいました。このころは、むきだしの弾圧があったのですね。
主人公の女性は、医学部生でした。医師国家試験になんとか合格し、地域に飛び込み診療所を開設します。そのとき、指導教授に会いに行って言われた言葉がすごいものでした。
「やるなら、大物になりなさい。目立つようにすることです。大物になるのです。さもないと、○○君のように、名無しにされ、行方知れずにされてしまいます。やる以上は強気で行くのです。大物になって目立つのです」
なーるほど、ですね。
このころは、『君の名は』に続く『笛吹童子』というラジオドラマ全盛の時代だった。うーん、なつかしいです。私も『笛吹童子』のメロディーは、今でもはっきり覚えています。それこそ、ラジオにしがみつくようにして聴いていました。
セツルメント診療所を案内するチラシはガリ版印刷だ。ガリッ、ガリッと音がしはじめた。ガリ切りという作業には、根気とコツがいる。鉄筆に込める指の力が強いと、紙が破れてしまう。用心して力を弱めると、蝋紙が切れないので文字が出ない。そのころ合いが微妙である。すべての文字を均等な力で書かねばならない。強調したい言葉について力を込めようものなら、そこだけ早く破れて、ビラ全体がダメになってしまう。
そうなんです。私も大学1年生の4月からセツラーとなってガリ切りを始めました。四角いマス目に字をおさめ、なるべくなるべく読みやすいように丁寧にカッティングするうち、それまでと比べて格段に読みやすい字が書けるようになったのです。
ガリ切りをした蝋紙を謄写版にセットする。これにもコツがあって、原紙をピーンと張らねばならない。しわがあると文字が歪んでしまう。ローラーにインクが平均につくようにならしたうえで、印刷していく。体重を全部ローラーにかけ、加圧するように回転させ、印刷された紙を一枚ずつめくっていく。
この作業を2人1組でするようにこの本では描かれていますが、私たちは1人でしていました。そのほうがよほど早かったように思います。右手でローラーを押しまわして、指サックを左手の親指にはめてザラ紙をめくっていくのです。
学生セツルメントでは、実は異性と知り合えることも大きな魅力だった。
いやあ、ホント、そうなのです。たくさんの出会いがありました。
セツラーたちは山道を歩くのにも歌いながら行くので、長い道のりも苦にならない。
セツルに入って歌う楽しさを始めて知った者が多かった。何かにつけて歌が出る。歌いながら、楽しく作業をすすめる。
生来音痴の私も、みんなの邪魔にならないように気をつけながら楽しく歌っていました。
 60年代の学生セツルメントを知りたい人には、『清冽の炎』1~5巻(花伝社)をおすすめします。あわせて、当時の東大駒場の状況もよく分かる本です。
 
(2009年6月刊。2000円+税)

ビジネスで失敗する人の10の法則

カテゴリー:社会

著者 ドナルド・R・キーオ、 出版 日本経済新聞出版社
 コカ・コーラの元社長によるビジネス本です。さすがに鋭い指摘がなされていました。
 会社というのは人間が考えた概念にすぎない。会社が何かに失敗するということは、実際にはない。失敗するのは個人だ。なーるほど、ですね。
 失敗したいなら、柔軟性を否定すべきだ。しかし、柔軟性それ自体に価値があるわけではない。柔軟性と適応力は、企業の指導者に不可欠な資質であり、管理能力や業務の能力、技術力といった個々の能力を超えるものである。
 いまは情報の時代だと言われている。しかし、これは正しくない。情報の時代ではない。データの時代なのだ。データは無限に入ってくる。なるほど、そう、そうなんですよね。
データ中毒になって、未処理のまま洪水のように流れ込んでくるデータに忙殺され、考える時間が取れなくなっている。受信箱ショックと呼ばれる状態になっている。つまり、入ってくるデータが多すぎて、処理しきれなくなっている。
 凡人にとっては、情報通信技術のために、ムダな時間を省いて、今やっていることに集中し、じっくりと考えるどころか、時間が圧縮されて、ストレスがたまるようになっている。
 データはいくら集めても、多すぎるということはありえない。これは間違いなのだ。
 うーん、そうなんですよね。でも、データに振り回されないようにするというのは、実のところ、かなり難しいんです。
 成功をおさめている人はみな、自分の仕事に愛情をもっていて、きわめて熱心に取り組んでいる。どんな職業であっても、みな自分の仕事に心から熱意を燃やしている。少し度が過ぎるのではないかと思えるほど、夢中になっている。
 ふむふむ、これもぴったりくる指摘ですね。なるほど、なるほど、と思います。
 リスクをとるのをやめ、柔軟性をなくし、部下を遠ざけ、自分は無謬だと考え、反則すれすれのところで戦い、考えるのに時間を使わず、外部の専門家を全面的に信頼し、官僚組織を愛し、一貫性のないメッセージを送り、将来を恐れていれば、必ず失敗する。
 そうなんですね。よーく分かりました。
(2009年5月刊。1600円+税)

寡黙なる巨人

カテゴリー:社会

著者 多田 富雄、 出版 集英社
 2001年5月2日、67歳の著者は、突然、脳梗塞に倒れた。右側の重度の片麻痺、舌や喉の麻痺による摂食障害が残った。眠っている間に、麻痺のために舌が喉に落ち込んでしまうので、常に電動ベッドの背を45度に上げていなくてはいけない。しかも、水が一滴も飲めない。むせてしまう。唾を飲み込むこともできない。嘔吐反応まで消失していた。
 舌がまったく動かないから、話すこともできない。
 鏡を見ると、歪んだ表情の老人の顔が映っている。右半分は死人のように無表情で、左半分は歪んで下品に引きつれている。顔はだらしなく涎をたらし、苦しげにあえいでいる。とても自分の顔とは思われない。
 リハビリで受ける発声の訓練は、身体にこたえる。発声は全身の運動なのである。ところが、身体が、声を出す筋肉運動の仕方を忘れてしまっていた。うひゃあ、そういうことなんですか……。
 受けてみて、リハビリは科学であることを理解した。実際の経験によって作り出され、その積み重ねの上に理論を構築した、貴重な医学である。
 そして、歩くというのは、人間であることの条件なのである。歩くという何気ない作業が、実は複雑な手続きで行われていることを初めて知った。
 立ち上がるだけでも、脚のたくさんの筋肉のみならず、重心をとり、平衡感覚を全身の筋に覚えさせる大変な学習を要する。随意運動を指令するのは大脳だが、脳梗塞は、その指令を出す大脳皮質の運動野が障害されることが多い。
 小泉改革は、障害者にとって必要不可欠のリハビリを無情にも最長180日に2006年から制限しはじめた。改革の名を借りた医療の制限である。
 著者は、小泉改革を厳しく糾弾しています。まったく同感です。自民党の弱い者いじめの典型が、このリハビリ一律制限です。とんでもない悪法です。いま、消費税を5%から12%に上げようという動きがありますが、その口実にまたもや福祉予算の充実がつかわれています。とんでもないごまかしです。
 この本で救いなのは、著者が重度の障害を持ちながらもリハビリに励んで、本を出版するまでに回復できたということです。並々ならぬ決意と努力のたまものと思います。引き続き健康に留意され、体験をふまえて現行医療制度の改善のための告発を続けてください。 
(2009年2月刊。1600円+税

懐旧九十年

カテゴリー:社会

著者 庭山 慶一朗、 出版 毎日新聞社
 驚嘆しました。よくぞここまで覚えているものです。1917年生まれですから、92歳です。昨年91歳のときに出版されています。それなりに裏付け調査もされたのでしょうが、基本は記憶力の良さではないかと推察しました。
 著者は、住専問題が騒がれたとき、悪の権化のようにマスコミから叩かれました。私も名前だけは知っていました。そのバッシングに耐え、道義的責任から私財1億2000万円を拠出しています。そのあたりになると、著者の筆は弁明に走るどころではありません。怒りに震えて糾弾しています。その激しさには耳を傾けるべきところがあると思わされます。
 著者の父親は、大阪画壇で活躍した日本画家の庭山耕園という人です。申し訳ありませんが、私の知らない人です。花鳥画では有名な人のようです。私も知る竹内梄鳳という画家と並んでいたというのですから、すごい人なんですね。庭山画塾(椿花社)を主宰していたとのことです。
 著者自身は広島で原爆被害にあって命拾いしていますが、3人の弟を戦死させています。ですから、毎年、3月15日に靖国神社に参拝しているそうですが、戦犯を拝んでいるわけではありません。著者は、自分が徴兵されて戦死するのは困る。徴兵を遁れるのにはどうしたらよいかと考えていたと言います。すごいですね。
 著者の小・中・高の生活ぶりが克明に語られています。よくぞここまで覚えているものだと感嘆しました。
 高校生のとき、満州事変が起きて日本軍が破竹の勢いで進軍していたころ、著者は今は勝っているが、万一敗れて敵が日本に上陸してきたら、島国だし、どうしたらよいか心配していたとのこと。うへーっ、そ、そんな心配をしていた高校生がいたのですか。軍国少年ばかりではなかったのですね。
 かといって、著者はマルクス主義には初めから近づいていません。むしろ、反共です。末弘厳太郎に著者は私淑していたようです。末弘厳太郎は、セツルメントにも関わっていましたし、社会に目を見開いていましたので、反共の著者が学生として心が惹かれたというのには、やや意外な感があります。
 著者が東大法学部を卒業した時の成績は、優17、良3、可1というものでした。すごいです。私など、優はわずか1コだけという低飛行の成績でした。
 大蔵省に入り、主税局に配属されますが、昭和19年5月、召集令状がきて、呉の海兵団に入営します。ところが、裏から手が回って、やがて召集解除になるのです。しかし、再び広島に赴任します。そこで原爆にあったのでした。
 妻とともに庭に出て引っ越しのための荷造りを汗だくでやっていた。一服して、ふと頭をあげて上空を眺めると、真っ青に晴れた青空に銀色に光る球体が数個浮かんでいるのが見えた。爆発寸前のリトル・ボーイ(原爆)を目撃したというわけです。それでも90歳まで元気に長生きできたのですから、よほど運のいい人なんですね。
 広島の原爆記念日に「過ちは繰り返しません」というのは、主語がないから意味不明。すべからく消去すべきだと著者は指摘しています。同感です。
池田勇人その他の著名人との交友が次々に紹介されています。
 公共事業という「美名」をつかって国土を破壊することは許されない。行政指導に深入りして銀行と癒着している銀行局のやり方を常に厳しく批判していた。叙勲制度を批判していたから、断った。人間の格付けは受けたくないからである。なるほど、なるほどです。
 大蔵省を26年間つとめて辞めたとき、まだ50歳だった。そこで、日本住宅金融株式会社の社長になった。三和銀行のお誘いに乗った。これは世間でいう大蔵省の「天下り」ではない。そして、20年のあいだ社長を務めた。そこでは、保証人を取らない住宅ローンを始めて、大当たりした。
株主総会では、「いかがわしい慣習」を徹底的に排除した。日本のほとんどの会社がいかがわしい慣習に従っているのは、自らいかがわしいことをしているからである。
 著者は、「私を人身御供にした当時の橋本龍太郎首相以下の政府関係者、中坊公平弁護士以下の集団、学者、評論家、マスコミを許さない」としています。「住専」問題は、むしろ政府とりわけ大蔵省の財政金融政策の失敗によるものだということです。
 ここらあたりになると、著者の怒りが先に立って、全体像が見えにくいという恨みはありますが、それだけに考え直して見るべきものがあることはよく伝わってきます。
 この本は、著者の長男の庭山正一郎弁護士より贈られてきたものです。庭山弁護士は日弁連憲法委員会でご一緒させていただいていますが、その高い識見・能力にいつも敬服しています。500頁もの厚さの本ですが、感心、感嘆、感服しながら最後まで読みすすめました。
(2009年2月刊。1600円+税)

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