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カテゴリー: 社会

離婚で壊れる子どもたち

カテゴリー:社会

著者 棚瀬 一代、 出版 光文社新書
 面会交流権について、私はこれまでかなり消極的でした。その法制化にも反対で、せいぜいい運用で考えたらいいと考えてきました。子どもにとって、別れた父親(大半がそうです)に会っても、あまりいいことはないというのが根拠でした。それが、この本を読んで大きく変わりました。やはり、子どもにとって、その成長過程で父親との交流は不可欠かもしれないと思うようになったのです。この本は、アメリカと日本の実践にもとづいていますので、とても説得力があります。
 現在の日本では、3組に1組の結婚が離婚に至っている。年間26万件にのぼる。そのうち4割が乳幼児を抱えている。
 離婚ケースの8割で、母親が親権者となり子ども全員を引き取って育てている。子どもが3人以上いても、7割の母親が全員を引き取っている。
日本の離婚の9割は協議離婚である。
 離別した母子世帯の平均年収は、202万円(1992年度)と低い。別れた夫から養育費の支払いを受けているのは15%でしかない。養育費の取り決めをしても、1年で半分は約束を守らなくなり、2割だけが履行しているにすぎない。2003年の法改正によって養育費の給料天引きが認められるようになったが、それでも19%に過ぎない。
 両親が離婚騒動をひき起こしたとき、子どもが強迫的に学業に励み、「良い子」に徹することで大変な時期を乗り越えようとする過剰適応の子どもがいる。こういう子どもは、後になって「良い子症候群」になり、学業に集中できなくなる危険性をはらんでいる。
 両親が別居すると、ほとんどの場合、子どもは抑うつ状態に陥るが、この状態のときにはいじめにあう危険性も高まる。
 1歳半から3歳児までのあいだ、子どもが父親との接触がないときには、父親の面会申出に対して、子どもは「両親そろった家族」の記憶がないので、「別に会いたくない」と拒否することが多い。それは、たしかにその時点での子どもの正直な気持ちではあるが、その気持ちに母親が便乗して会わせないと、子どもは父親像を欠いたまま育ってしまう。
 性同一性の模索を始める思春期になると、必ず「自分のお父さんは、どんなお父さんだったのだろう?」と気にかかりだす。女の子であれば、青年期になって異性との親密性を求める段階になって、同世代の異性にはまったく興味がわかず、父親世代の異性に父親像を追い求めるという問題になって現れてくることが多い。
 男の子であれば、性同一性の確立が困難になったり、結婚後に自分の子どもに父親としてどのように向き合ったらいいのか分からないという問題となって現れる。
 したがって、父親が面会を求めてきたら、母親は自分の気持ちはさておいて、父親と子どもが会う機会を設定する方向に協力することが、子どもの発達にとって望ましい。
 3歳から5歳児までの子どもは、基本的に道徳的な判断をしないのが特徴である。離婚に際して、両親のどちらが悪いのかという判断をしない。そして、自己中心の心性がある。離婚によって家庭が壊れたとき、それは自分が悪い子だったからだという自責の念から極端に良い子になってしまうことがある。自分が頑張って良い子になれば、親はまた元に戻るかもしれないという幻想を抱く。
 そこで、極端に良い子になっている子どもに対して、離婚したのはあなたのせいじゃないのよと繰り返し繰り返し言って聞かせる必要がある。
 片方の親が意図的に子どもの世界から消えることを選んだときには、子どもがその傷から完全に癒えることはないだろうと言われている。父親に対する抑えがたいノスタルジーとともに、自分を見捨てた父親への許しがたい怒り、そして見捨てられたという癒しがたい傷、悲しみが成人してまで残る。
 6歳から8歳児までの子ども、親に見捨てられたという気持ち、悲しみがどの時期よりも深い時期である。この時期の男の子は、去っていった父親への思慕が強く、一緒に暮らす母親に対して結婚を壊したことや、父親を追い出したことに対して怒りを向けることが多い。父親がでていったあと、虐待的だった父親とまったく同じことを母親やきょうだいにし始め、母親がショックを受けることがある。
 9歳から12歳の子は、道徳観、正義感が強く、白黒をはっきりさせ、グレイゾーンを許せない発達段階にある。離婚の責任はどちらにあるのかを判断し、「良い親」と同盟して、「悪い親」へ復讐することがある。
 しかし、この子どもの心性を利用して味方に取り込み、他方の親を子どもの世界から排除するならば、やがて、子どもが青年期になったときに、自分を片親から疎外させた親に嫌気がさし、良い関係を維持することができなくなる危険性が高い。
 13歳以上の思春期・青年期にある子どもにとっては、もっとも安定した家庭を必要としている時期であるので、片親が突然に家を出ていったりして家庭の基盤が不安定になることは、子どもにとって大きなショック体験である。子どもの反応として、親に向けるべき怒りを打ちに向けて抑うつ状態に陥り、不登校やひきこもりになる場合と親への怒りが置き換えられて外に向けられ、学校で攻撃的行動をとったり、非行に走ることがある。
 子どものために争っているつもりが、いつのまにか子どもを置き去りにして夢中でいがみ合い、闘いをエスカレートさせていくことがある。同居する親への気遣いと忠誠心から、別居している親への思いを語れずにいる子どもから、そのホンネを聞き出すのは非常に難しいことでもある。
 子どもに虐待などの直接的な危害が及ぶような例外的な場合を除いて、原則的には、子どもには離婚後も両親との継続的かつ直接的な接触を保証するという方向に向かうべきである。別居している父親と良い関係を継続させることが子どもの精神的な健康にとって決定的に重要なのである。
 子どもの発達段階に応じて、親との関係が具体的に語られていますので、実務的にも大いに勉強になりました。目下、同種のケースの裁判を担当していますので、よくよく話し合ってみたいと思います。
 
(2010年2月刊。860円+税)

山谷でホスピスやってます

カテゴリー:社会

著者 山本 雅基、 出版 じっぴコンパクト新書
 山田洋次監督の映画・最新作『おとうと』に登場するホスピスのモデルは大阪ではなく、東京の山谷(さんや)にあったのでした。いやあ、すごい人たちがいるんだなと映画を見て感嘆したのですが、この本を読んでその感嘆は驚嘆というべきものに変わりました。まさしく、こんな善意の人々が少なからずいるので日本社会はまだ成り立っているのだと、胸の内が震えるほどの感動をじっくり味わいました。こんな素晴らしい本に巡り合えてよかったなと思う半面、自分は今どれだけのことが出来ているのかと、ついつい反省させられたことでした……。
 学生のころ東京に10年ほど住んでいたことのある私ですが、山谷のドヤ街には一度も行った事がありません。なんだか怖いところというイメージがあったから、近寄りがたかったのです。
 ドヤとは、宿(ヤド)をひっくり返した言葉。宿は簡易旅館のこと。ドヤは1泊2000円。平均年齢60数歳の単身男性3500人が生活している。
 「きぼうのいえ」の居室は、すべて個室。部屋にはテレビがあり、事務所にあるビデオ・ライブラリーから毎日2,3本のペースでビデオを借りることができる。
 ここでは、喫煙も飲酒も、本人の健康に多大の悪影響を与えない限り、規制しない。消灯時間もない。入居者は、みな生活保護を受けている。
 居室のベッドのシーツにできたタバコの焦げ穴の数と、その施設の住みやすさは正比例する。
 入居者の過去は問わない。入居者が語りたい過去は聞くけれど、それ以上は踏み込まない。
 「きぼうのいえ」は40坪の土地に建っている。銀行からの借金、1億2千万円でつくられた。
 ワンカップのお酒を買って飲むのは、お金の問題もあるけれど、「いまは、これだけ」という、自制のきっかけにするため。経済的かつ身体的な自衛手段なのである。
 うむむ。なるほど、そういうことだったんですね。1升ビンを買ってしまうと、どうしても際限なく呑んでしまいますからね……。
 山谷に住み続けて生きていくためには、次々に起こる事件や物事におうようであることが欠かせない。
 入居者には、驚くほど歯のない人が多い。歯を治すことと縁遠い生活を送ってきたからだ。
 それはそうですよね。健康保険が使えず、すべて自費だなんて、ぞっとします。
 この「きぼうのいえ」が始まってから3年間のうちに、看取った人(入居していて亡くなった人)は、34人。すごいホスピスです。感動しましたという言葉では軽すぎます。
 「きぼうのいえ」は、年に数千万円以上の赤字を出しながらも、ボランティアにも支えられて続いています。著者夫妻は、何回となく、もうやってられないと投げ出しそうになり、また、うつ病にもかかりながらも、今日までなんとか、やってきたということす。すごい努力ですね。漫然と生きているのが恥ずかしくなってしまいます。
 不思議なことだが、「きぼうのいえ」では、「死にたくない」と言いながら亡くなった人がまだいない。もはや奪い取られるものがなく、すべてを失ってきた入居者にとって、この世は積極的に生きる意味を見いだせない場所となっている。しかし、ここに入って希望を見出すと、やはり命の継続を望むように変わる。
 いい話ですよね。こんな施設をいつまでもボランティア頼りにしていていいとはとても思えません。戦車や航空母艦より、こんなところにこそ国はお金をつぎ込むべきではないでしょうか……。映画『おとうと』とあわせて、一読を強くおすすめします。
 
(2010年1月刊。762円+税)

ほびっと、戦争をとめた喫茶店

カテゴリー:社会

著者 中川 六平、 出版 講談社
 アメリカのベトナム侵略戦争反対!私の大学生のころ何回となく叫んだシュプレヒコールです。岩国基地の近くにべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)が喫茶店を開き、反戦アメリカ兵のたまり場になっていたという話は聞いていました。
 この本は、その喫茶店でマスターとして働いていた男性が、当時の日記などをふまえて活動状況をよみがえらせてくれたのです。
 マスターと言っても、実は21歳の同志社大学生だったのでした。喫茶店を途中でやめて、大学を無事に卒業し、ジャーナリズムの世界に入りました。私より少し下の、団塊世代です。
 この本を読んで、驚いたことがいくつかありました。
 まず第一に、基地の近くで凧あげをして、ベトナムへ飛び立とうとしたアメリカ空軍の飛行機を止めたというのです。うへーっ、凧揚げって、戦争を(少しの間とはいえ)止める力があるんですね。日本の公安刑事が基地近くの凧あげを禁止しようとしますが、何の法的根拠もありません。ある若者は川にボートを浮かべて、そこで凧あげをしたというのです。
 その二は、著者を取り囲んで脅し乱暴した男性4人組の暴漢がいたのですが、それがあとで公安刑事だったというのが判明したのでした。ベトナム戦争に反対しようという日本人の声は当時からかなり大きく、多くの日本人の共通した考えになっていたと思います。それなのに、公安刑事は「おまえなんか岩国に住めないようにしてやる」と言って、「実力阻止」行動に出たのです。ひどいものです。
 第三に、デッチ上げの犯罪で喫茶店が警察によって家宅捜索されたということです。20人以上もの警官が店内に押し入ってきました。関西赤軍に自動小銃が渡ったことの関連だったのです。日本赤軍によるイスラエル空港での乱射事件の直後のことでした。とんでもない濡れ衣でしたが、そのデマの出所には赤軍派の活動家の一人の口から出まかせもあったようです。連合赤軍によるあさま山荘事件の起きたころのことです。
 それでも、その後まだ喫茶店が続いたというのですから、不思議と言えば不思議です。
 まだ21歳の、かなりいい加減なところもある(ありそうな)大学生に喫茶店の経営が任されていたというのも、かなりいいかげんな話です。
 それでも、ベトナム戦争に反対する日本人の気持ちがこういう形で示されたのはいいことですよね。ほのぼのとした中に、若者の一生懸命さが伝わってくる、いい本でした。ベトナム侵略戦争での敗北に懲りず、またもやアフガニスタンへ乗り出そうというアメリカの狂気は恐ろしい限りです。
 
(2009年10月刊。1800円+税)

新自由主義か新福祉国家か

カテゴリー:社会

著者 渡辺 治・二宮 厚美ほか、 出版 旬報社
 日本社会をひっぱったのは、企業社会と自民党政治を柱とする開発型国家であった。
 企業の繁栄で労働者の生活を、と考えた企業主義労働運動も、福祉国家が完成させた福祉の制度に興味をもたなくなった、企業社会プラス自民党利益誘導型政治プラス貧弱な社会保障が、日本社会の成長と安定の三本柱となった。
 共和党と民主党しかないアメリカと違って、日本では、民主党の左に、反構造改革、反軍事大国を公然と掲げる社民党や共産党がいた。こうした状況では、民主党は自民党の構造改革に対処するにも、漸進路線のところではとどまれなかったのである。そして、皮肉にも、これが民主党への国民の期待を高めた。
 民主党は、その支持基盤から言って、大都市の中間層の利害に敏感であり、この層の要求にこたえようとした。大都市部の中間層の要求は、学校での「平等」主義をなくし、より競争的で進学に効率的な教育を受けたいというものだった。子どもたちをより良い学校に上げるために、学区制の廃止、学校選択の自由化も求められていた。
 高卒後の進学には、大学、短大、専修学校を問わず「100万円の壁」がある。親が100万円を用意できなければ、進学は容易ではない。
 失業しても失業保険はもらえない。その受給率は1998年以降下がりつづけ、2008年度は22%、つまり、失業者5人のうち1人しか受給していない。そして、1970年代に受給率が8割から6割にまで下がったが、この低下は日本の労働組合運動がストライキを背景とした国体交渉ができなくなった時期にあたる。
 きちんとした失業補償は、劣悪な職を労働市場から駆逐する大事な要因である。
 失業時の生活保障が十分でなく、「半失業」が増えると、貧困世帯が増え、各種の社会保険も十分に機能しなくなり、無年金者と医療保険の無保険者あるいは実質的無保険状態が増える可能性が高い。
 日本という国の在り方をよくよく考えさせられる真面目な本です
(2009年12月刊。2300円+税)
 朝、雨戸を開けると、赤いチューリップの一群が朝日を浴びて輝いているのが目に飛び込んできます。チューリップは早起きです。いま2区画のチューリップが咲いています。庭に出て数えると82本ありました。3日前は45本でした。雨が降って、たっぷりと陽光を受けてぐんぐん花を開かせています。
 チューリップの隣には地植えの青紫色のヒヤシンスの花が咲いています。可憐な黄水仙そして淡いクリーム色の水仙も咲き誇っています。
 白いジャガの花が咲きだしました。ハナズオウもつぼみをつけ出しています。

Twitter 社会論

カテゴリー:社会

著者 津田 大介 、 出版 洋泉社新書
 
 私がツイッターという言葉を知ったのは最近のことです。アメリカのオバマ大統領が選挙戦以来愛用しているということでした。ブログとはどう違うのかなと疑問に思っていました。つい最近、初めてツイッターの画面を見ることができました。140字というので5~6行の短文がえんえんとつながっていました。ミニ情報の大洪水のようでした。このなかからどうやって選択するのか不思議でなりません。
 ツイッターを運営するアメリカ、ツイッター社は、2009年9月、複数の投資会社から1億ドル(90億円)を獲得し、現在の企業価値は10億ドル(900億円)に値する。
2006年、アメリカのグーグル社は動画投稿サービス「ユーチューブ」を10億5000万ドル(1500億円)で買収した。
ツイッター社は、ネットの世界にいち早くリアルタイム・ウェブの潮流を持ち込み140字という限られた文字数で放送メディア並みの瞬間的情報伝播力を持たせないことに成功した。 
現在、全世界で5500万人ものユーザーを抱えている。前年比から1270%の増加である。ツイッター社のサービスが始まったのは2006年7月のこと。アメリカのユーザーは2009年に1800万人、2010年には2600万人になると予測されている。
Twitterとは、ぺちゃくちゃしゃべるさえずるという意味。日本人ユーザーは、2009年
10月、100万人とみられている。
ツイッターは、今のところ誰でも無料で利用できる。これから有料になるという話はない
問題は、「なりすまし」だ。そして、デマも急速に伝播してしまう。これは情報の真偽を検証する機能が貧弱であるツイッターならではの問題だ。 
英米に比べて日本のツイッター議員はやや少ない。ツイッターをつかって情報を発信している日本の公的機関もまだ少ない。
ツイッターには、ブログについての「お気に入り」と同じようにフォロワ-というツイッターのフォローをする人々がいて登録するようです。そうでもないと洪水に埋もれてしまいますよね。
(2009年12月刊。760円+税)

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